濫觴
お世辞にも大きいとはいえない門の前に遥人はいた。
この街、ヴァローナは市壁に囲まれている。アルディエル牢獄の付近にあるからなのか守りに特化された街だ。
「壁に囲まれている割には人が多くはないな。まあ、最初はそのほうが動きやすいか」
人が少ないと自身のことを探る輩をあぶりだしやすい。特に五感が強化された遥人にとっては難しいことではない。
クレールに脱獄後刺客を送らないように約束させたが、帝国がただ指を咥えてみているとは考えにくかった。
必ず何かしらのアクションを起こしてくるだろう。
その上ここは全く知らない世界。気を引き締めていかなければどこで足をすくわれるか分からないのだ。
「いつまでも衛兵の制服を着てるのもあれだし、まずは服と武器を揃えるか。しかも飛び切り高いやつ」
遥人はニヤリと笑みを浮かべながら懐からパンパンに膨れた袋を取り出す。
「まさかこんなに金を手に入るとはな。有効活用させてもらうよクレール」
袋の中には数え切れないほどの紙幣が入っていた。
見た目はただの袋なのだが中が異空間に繋がっており、保管量は凄まじい。と袋に入ったメモに書いてあった。
侮れない男だ。やはり、帝国にスパイとして監獄に派遣されただけはある。
この世界の貨幣は日本と同じだ。
異なるのはお金の単位が円ではなく”プラナ„といわれている点のみだ。紙幣にもしっかりと偉人らしき人物が描かれている。
「にしても出来すぎだな。こんなファンタジー世界で紙幣が使われてるなんて……日本でも紙幣が使われ始めたのは明治時代だぞ」
遥人は街の中へと歩き始める。
正門をくぐるとすぐに足が止まった。
「文字が完全に日本語なんだけど……」
遥人の目の前には一直線に広がる道の両端に日本語で書かれた看板を掲げた多くの飲食店が存在していた。
訳がわからない文字が埋め尽くされている光景を想像していた遥人は困惑する。
「ここは日本なのか……? いやいや、そんなこと有り得ない。日本にあんな広い草原存在しないし、あんな監獄もない。まず、こんなファンタジー風の街並み自体日本にない。でも、海外にある日本町ならありえるかも……」
「しっかりしろ俺。今は出来ることをやろう。まずは武器と装備だ」
遥人は武器屋を探すため再び歩き出した。
◇
街の人に案内してもらい、直ぐに服と武器を買うことが出来た。
服は黒のTシャツに、白い短パンを買い、スピードを殺さないため、防具は購入しなかった。
武器は使い勝手がよかった太刀にしょうとしたが、なかっため剣で代用した。
この剣は普通ものではない。名を“ネガシオン”という。いわゆる、“魔剣”といわれるものだ。
本来魔力はなにかを強化したり、形を作ることしか出来ない。
が、この剣は魔力を喰らいそれで切れ味を上げたり、放出して衝撃波を放つことが可能だ。
高性能とヴァローナ唯一の魔剣ということも相まって10000000プラマもかかった。
服、武器を手に入れた遥人は、次の目的地”冒険者ギルド„に向かう。
武器屋に案内してもらったときに冒険者ギルドの存在と場所を教えてもらったのだ。
遥人の足取りは軽い。
ファンタジーの世界には欠かせない存在であるギルドは、ラノベ好きには聖地ともいえる場所である。
”非日常„を求める遥人が嬉しがるのは当然のことだった。
しばらく歩くといかにも冒険者と分かる風貌の人々が出入りする建物に着いた。
「ここが冒険者ギルド……遂に俺も冒険者か」
遥人は喜びで頬が緩む。
「えへへへ……はっ!」
我に返って周りを見回すと周囲から冷たい眼で見られていた。
一人でべらべらと喋り、にやにや笑っていたら”やばいやつ„と思われても文句はいえない。
「あっ……す、すみませんでした」
自分の状況を理解すると顔を赤くしながら恥ずかしさのあまり謝ってしまった。
遥人は度重なる奇行にもっと顔を赤くする。周りの視線から逃げるように遥人はギルドに入った。
遥人はギルド前に着いたときとは打って変わっり、意気消沈してしまっていた。
これから冒険者たちに”やばいやつ„と認定されたらこれからどうやってやって行けばいいのか。
自業自得とはいえ、暗い未来を想像すると頭が痛くなる。
遥人は冒険者登録をするためにとぼとぼ受付へと歩いていった。
「あの……冒険者登録にきたのですが……」
「は、はいかしこまりました。あ、あの……大丈夫ですか?」
「大丈夫です……少し、本当に少しだけへこんでるだけなんで」
明らかに気落ちしている遥人に受付嬢は苦笑いしながらも気遣ってくれた。
受付嬢の気遣いに気づくことない遥人。が、あるものを見つけると彼の顔が豹変する。
「な、なんだと!?」
「えっ!?」
「あなた、エルフですよね!?」
「は、はいっっ!」
遥人の突然の変貌ぶりに半ば悲鳴に近い声で受付嬢は答える。
異世界の代名詞であるエルフとの出会いは遥人の擦り減った精神ライフを回復させた。
「あ、あの……そろそろ登録の話を進めてもよろしいでしょうか?」
受付嬢は驚愕の表情で固まっている遥人に恐る恐る声をかける。
「あっ、申し訳ありませんでした。進めてください」
「通常は登録料5000プラナをいただきます」
「通常は……?」
「はい。実技試験を受けていただいて合格する事が出来れば免除されます」
「なるほど。その内容は教えていただけますか?」
「大丈夫です。内容は……この街唯一のAランカー、“ローガン”と戦っていただきます」
「Aランカーですか……それは面白そうですね」
遥人は笑みをこぼす。
彼の顔は戦いを求める冒険者そのものだった。
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