魔導士
俺は死んだのか?
仲間だと思っていた奴らに裏切られ、剣を突き立てられ惨めに朽ち果てたのだろうか
目の前は真っ暗で何も見えない。暗黒の世界だ
いや・・・遠くの方で誰かが喋る声が聞こえる。上手くは聞き取れないが、女性の声だということはわかった
恐る恐る瞼に力を入れてみる。一点の光が脳に刺さるかのように現れた
ゆっくりと目を開けると古ぼけた天井がそこにあった。小奇麗なシャンデリアが吊り下げられていた
俺は死んでいない
そのまま全身に力を入れ一気に上半身を起こす。体中に包帯が巻かれていた
(一体誰が・・・?)
「目が覚めたかい?よく生きていたね」
我に返り、正面を向くと車いすに座った人間の女性がこちらに向かい微笑んでいた
「私はミリア、魔導士みたいなものだ。今は一線を退いてこんな森の中で生活しているがな」
ミリアと名乗った女の印象は 不気味 だった
眼帯に覆われた左目、肌は恐ろしいほどに透き通り、まるで死人だった
人形のような美しい顔立ちだが、どこか得体の知れない狂気を感じさせた
そしてスカートに隠れているものの、左足が無かった
「・・・ここは?・・・戦争はどうなった?・・・兵団のみんなは・・・?」
俺は次々に浮かびあがる疑問の波を押さえきれず、矢継ぎ早に質問した
「さて、何から話したらいいやら・・・」
女は深いため息をつくと、事の全てを話し出した
ーそこから俺の記憶は曖昧だった。
脳が本能的に記憶することを拒んだのかもしれない
ミリアの話はまるでおとぎ話のようだった。
俺はまだ夢の中にいる
話の途中、何度もそう自分に言い聞かせた
しかし、包帯の奥から絶え間なく現れる鈍痛がこれが現実であるということを俺に突き付けた
偶然助け出されてから俺は2週間眠り続けていたこと
帝国は条約を破りオークに宣戦布告したこと
全ては最初から帝国に仕組まれた罠だったということ
あの日を境に大陸からオークという種族が姿を消したこと・・・
ミリアの口から全てが語られた後、俺は嗚咽を洩らし、悲痛の唸りを上げ続けた
混乱と悲しみが入り混じり、やがてそれは俺の中で巨大な怒りへと変わっていった
「それにしても君は運がいい。あの瓦礫の山に潰されず、這い上がってこれたのだから。しかも私たちが偶然通りかかって君を見つけた。これは凄い事だよ」
「・・・助けてくれたこと、感謝する」
俺はベッドから立ち上がろうと、足に力を入れた。
「ぐっ!!」
突如、体中にとてつもない痛みが走る。
体勢を崩した巨体が、そのまま床へと叩きつけられた。傷が開き、至る所の包帯が赤色に染まった
「どうする気だい?」
「・・・知れたことか・・・帝国を潰しに行く!」
「無駄だ、君の体はもう使い物にならない。それに今や君はこの世界で最後のオークだ。一歩でもこの屋敷から出たら袋叩き。どれだけオークの力が強くても今度は助からない」
自分が一番よく分かっている事だった。この体ではきっと満足に武器さえ扱えないだろう
癒えない傷口から無残に流れ出る血がそのことを証明していた
「くそッッ!!」
無様だった
何もできない自分をただ呪うしかなかった
ミリアを尻目になんとか立ち上がり、止まることのない怒りを壁にぶつけた
緑色の岩のような拳が唸りをあげた
クリーム色の壁に大きな穴が開き、シャンデリアが震える
「なぁオークよ、もし君の復讐を可能にできる、と言ったらどうする?」
「・・・どういう事だ?」
俺は質問の意図がわからず聞き返した。困惑する俺の顔を見てミリアは不敵な笑みを浮かべた
「さっき私は魔導士と言ったが、あれは少し語弊がある。私の得意分野は人体魔法」
「人体魔法?」
幼い時、魔導書はいくつか読んだことがあったがそんな魔法は何処にも書いていなかったはずだ
「まぁ、知るはずがない。これは魔法界のなかでも禁忌、遥か昔に抹殺された領域だからね。だが・・・私がこれを使えば君をもう一度勇敢な戦士にすることができる。それもオークではない、人間の戦士にね」
「それは本当か!?どうすればいい!?」
ミリアは喋り続ける
「君はその体を私に提供してくれるだけでいい。君の血液、体の一部を人間の体に埋め込んで魔法を発動させるのさ。君は記憶や血脈を引き継ぎ、健全な人間として活動できる。・・・成功したらの話だがな」
「・・・要は俺に実験台になれと言う事か」
「ご名答♪もちろん、断ったってかまわない。装備と剣ぐらいは提供してあげよう。全ては君の意志だよ」
言うならばこれは賭けだった。命と力を天秤にかけた狂気の賭け
だが、俺に選択肢はあるだろうか
強い憎しみが、怒りが俺の理性というものを粉々に打ち砕いた
「・・・頼む、俺を実験台にしてくれ」
ミリアは一瞬驚いたような顔を見せたが、再び不敵な笑みを浮かべた
「君は事実上、人でもオークでもない、異形者になるというという事だぞ?それでも構わないというのか?」
「・・・ッ」
全てを捨てる覚悟
強く握った拳がわなわなと震えた。恐怖故か悲しみ故か、怒り故かは自分にもわからない
だた、死んでいった仲間たちの顔が、家族の姿が頭の中を走馬灯のように通り過ぎていった
「・・・帝国を潰せるというのなら、力を得れるのなら、それが俺の理想像だッッ!!」
俺はミリアの車いすをすがるように掴んだ
「なら、決まりだな」
ミリアは震える俺の肩に手を置き、満面の笑みを浮かべた
「研究室へ案内しよう。次に目を覚ました時、君の新しい人生が始まる」
もはや俺に恐怖という概念は無かった
あの日、本当なら俺はとっくに死んでいたはずなのだから
施術台の上、俺は静かに目を閉じた