赤い竜のお薬
「みのりや~。ま~だかいのう~。」
「もうちょっと待ってね。おじいちゃん。」
巨大な中華鍋をひっくり返して、お皿に山盛りの焼きそばを盛り付ける。
おじいちゃんが大好きな海鮮焼きそばだ。
一度作ってから、とても気に入ってくれたみたいで、今日みたいにたまにリクエストされる。
海鮮といっても、お出汁の元は川にいるエビみたいなやつを煮込んで作ったスープを使っているので、ちょっと違うかもしれない。
「まあ、美味しいからいいよね。」
「何か言った?みのり。」
「ううん。これ運ぼうと思って。」
「手伝うわ。これもいい匂いねえ。」
私が盛り付けた大きなお皿を、ガートルードさんが小さくなった身体で器用に運んでくれる。
竜の手って物をつかんだりするのは苦手そうだと思ってたけど、そんなこと全然ないみたい。
この間なんて、どこから調達してきたのか、色々な赤に染められた糸を三つ編みにして、角を飾る「飾り紐」を作っていたし。
おじいちゃんの場合は、物を運んだりするのなんかもすぐ魔法でやっちゃうから、器用かどうかはわからない。
「お待たせ~。」
「おお~。う~まそ~じゃのう~。」
「ホント美味しそうね。」
おじいちゃんとガートルードさんはあっという間に食べてしまう。
身体の大きさを考えれば当たり前なんだけど、おかわり作った方がいいかな?
「あら。みのり。今日は全然食べてないじゃない。」
「ほんとじゃのう~。どうしたんじゃ~?」
言われて自分のお皿を見てみる。
あれ。食べたつもりが全然減ってない。
おじいちゃんに加護をもらってから、食欲が無いなんてなかったのに。
でも、焼きそばを口に入れても喉を通らない。どうして?
「みのり。あなた、具合が悪いんじゃない?長老、ちょっと詳しく診て下さいな。」
「んん~?こりゃあ、熱があるようじゃのう~。」
私の様子がおかしいのを心配して、ガートルードさんとおじいちゃんが寝床に連れて行ってくれる。
私の寝床は、おじいちゃんが魔法で作ってくれた洞窟の部屋のうちのひとつで、石のベッドに柔らかい草を敷いて、肌を刺激しない大きな葉っぱを布団替わりにしている。
暖かい気候なので、普段はこれで十分なんだけど、今日は寒くて仕方がない。
川でエビをたくさん捕った時に濡れたのがまずかったかなあ。
「病気か何かかしら?」
「ん~。魔力が膨らんどるから、そのせいじゃろうなあ~。」
「あら。じゃあ、魔力酔いってこと?みのりって成人してるんじゃないの?」
「それなんじゃがな~。」
遠くで二人が話してるのが聞こえる。
心配させちゃったなあ。
そう思いながら、私の意識は落ちていった。
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う。口の中が苦い。
何で?まだ眠いのに。
ああ、でも苦くてもう寝れない。
しょうがない、起きるか。
そんなことを思いながら目を開けると、目の前には真っ黒な鱗が。
え。何?
「長老。みのりが目を覚ましたみたい~。」
「おお。そうか。みのりや~。身体を動かせるかのう~?」
え。おじいちゃんの声が近い。
どうやら、私はおじいちゃんの傍で寝ているみたい。
言われた通り、身体を起こそうとして見る。
すると、寝る前と違って、身体が軽くなってるのを感じた。
「うん。すっきりした。もう大丈夫みたい。」
「そうか。そうか。」
「良かったわ。はい。お水。」
「ありがとう。」
小さくなってたガートルードさんからお水の入ったコップを受け取り、喉を潤す。
ふう。お水が美味しい。
「みのり、あなたまだ成長期だったのね。」
「え?」
「自覚がなかったようじゃがのう~。みのりの魔力が増えとるんじゃ~。」
魔力が増える?
異世界人は魔力が大きいっていうのは聞いてたけど、魔力って増えたりするものなの?
「あなたが寝てる間に色々調べたの。普通は身体が大きくなるのと一緒に魔力も大きくなるんだけど、あなたはもう大人だっていうし、魔力も安定してたから、成長期は終わってるんだって思ってたの。でも、異世界から来たみのりは、それに当てはまらないんですって。」
「赤んとこの古ーい記録に残っとった。異世界から落っこちてきたもんは、皆、最初から魔力が大きくてのう~。魔力があつかえんで、自滅する場合も多いんじゃが、まれに、みのりのように魔力の扱いを覚えたやつの魔力が増えて、成長するんじゃそうじゃ。」
「じゃあ、私が今回寝込んだのって、成長痛みたいなやつなのね。」
「成長痛~?」
「ほら、長老。子供が急に大きくなった時に骨がきしんだりするでしょう?あれよ。」
「おお。それじゃあ~。その魔力の成長に身体がついていかんかったんじゃなあ~。わしが調節したから、今は安定しとるぞい。」
私の身体が軽いのはおじいちゃんのおかげだったみたい。
だから、おじいちゃんの傍で寝てたのね。
「ありがとう。おじいちゃん。」
「なんの。元気になって良かったわい~。赤んとこにも礼をせんと~。」
「ホント。赤のとこの薬がなかったら、もっと時間かかってたわよ。みのり、口の中苦くない?もっとお水いる?果物もあるわよ?」
どうやら、口の中が苦かったのは、お薬の味だったらしい。
お水のおかげでだいぶ薄れたけど、まだちょっと苦い。
「果物もらえますか?」
「はい。クーがとってきてくれたやつ。心配してたわよ。」
「クーちゃんが。あの、私、何日くらい寝てたんですか?」
クーちゃんが取って来てくれた果実は、桃のように瑞々しくて甘いやつだ。
甘い果汁で、口の中が幸せ一杯になる。
「5日よ。中々目を覚まさなくて、心配したわ。」
「そんなに?」
5日間も寝込むなんて初めてだ。
日本にいた頃だって、風邪は1日で治ってたし。
クーちゃん心配してるだろうなあ。
外に出る許可をもらえたら、クーちゃんに果物のお礼を言いに行こう。
「心配かけてごめんなさい。」
「いいのよ。みのりのせいじゃないでしょ?でも、予兆はあったはずよね?いつもと違うことはなかった?」
ガートルードさんに言われて、そういえば最近疲れやすいなあと思っていたのを思い出す。
じゃあ、その時にはもう魔力が増えてきてたんだ。
「あ。疲れやすいなあとは思ってました。」
「やっぱり。これからは、いつもと違うと思ったらすぐに言ってね?」
「そうじゃのう~。わしも目が利かんくなっとるから、言うてくれんとわからんしの~。」
言われて、勝手に大丈夫だと思ってたことを反省する。
前にもらった美容液みたいに、私の場合、異世界から来てるから、ちょっとしたことでも普通と違うことになるのはわかってたのに。
「はい。これからはちょっとしたことでも、ちゃんと報告します。」
「そうしてね。」
「それがいいのう~。」
本当に気をつけないといけない。
おじいちゃんとガートルードさんがいなかったら、どうなってたか。
それにしても、魔力が増えたのかあ。
メイリンちゃんみたいに、魔力調節とかちゃんと習った方がいいのかな。
「みのり、魔力調節、長老から習った方がいいわよお。太るから。」
「そうじゃのう~。そこまで魔力が増えると、適当に調整せんと、メイリンみたいになるのう~。」
ガートルードさんが私の心を読んだみたいにズバリと言い、おじいちゃんが追い打ちをかける。
うう。やっぱり魔力調節いるんだ。太るのはやだなあ。