竜の美容
「みのりや~。まだかいの~?」
「もう出来るわ。うん。いい色。良さそう。」
「いい匂いね~。」
おじいちゃんに作ってもらった石窯のオーブンから、魚の包み焼きを取り出す。
魚といっても、シーラカンスみたいなデッカイお魚で、味はアユみたいな淡泊なお魚だ。
ただ、おじいちゃんやガートルードさんに合せて大きいのにすると、少しクセがつくようになるから、綺麗な水で数日生かして、その後、ハーブと小麦の生地で包んで包み焼きにして出している。
私の料理を気に入ったガートルードさんは、ハーブや薬草に詳しくて、一緒に探すのを手伝ってくれるからとても助かる。
胡椒みたいな実を見付けてからは、調理できるお魚の種類がぐんと増えた。
「みのり、あなた髪には何もしないの?。」
食事が終わってお茶にしてる時、ガートルードさんが私の髪をジロジロ見ながら言う。
髪のことなんて今まで言われたことが無かったから、すぐに反応が出来ない。
「ほら、あなたの髪って私たちの鱗みたいなものなんでしょう?綺麗に整えてるけど、艶を出すものとかも塗ったりした方がいいわよ。ここって乾燥してるのに日差しが強い所だし、ほっといたらどんどん傷むわ。私も鱗のケアが大変なのよね。」
髪かあ。おじいちゃんのおかげで水浴びやお風呂は入れてるけど、髪は手ぐしで出来る限り髪をとかすくらいなんだよね。
保湿しようにも、トリートメントはないし、代わりの油みたいなのもバターじゃべたべたしそうだしねえ。
「う~ん。保湿に使える油とかあればいいんですけど。べた付かないのがまだ見つかってなくて。」
「あら。じゃあ、私が使ってるやつ試してみる?さらりとして、つるつるになるのよ。毛先にちょっと使ってみて、ダメだったらすぐに洗い流せばいいわ。」
そういってガートルードさんが差し出したのは小さな壺に入った黄色く透明な液体。
少し顔を近づけて匂いを嗅ぐと、ふわりと花の香りがした。
「お花の香りがしますね。」
「これはゴーラっていう花の実を絞って取るの。これを鱗に定期的に塗ると、うるおいと艶が保てるのよ。魔力でも鱗の輝きは変わってくるけど、それとこれで艶が出るのはまた別なのよね。」
それはわかるなあ。
おじいちゃんは長生きでたくさんの魔力を持ってるから、おじいちゃんの鱗は内側から溢れる輝きを持っている。
でも、それと目の前のガートルードさんの光を反射してキラキラしてる感じはまた違うものだ。
ガートルードさんの場合、鱗がまるで宝石みたいに見えるもんね。
「良さそうですね。少し頂いて良いですか?」
「ええ。ただし、毛先だけで先に試してね?」
「はい。」
蜜を集めるのに使ってる小さな小瓶に分けてもらう。
早速、夜にでも毛先に塗りこんで、明日の朝に結果を見ることにした。
そして、翌日。
思いもよらなかった結果が私を待っていた。
「え。みのり、それ。」
「ずいぶん、キラキラしとるの~。」
ガートルードさんがかぱりと口を開け、おじいちゃんがしげしげと私の毛先を見つめる。
キラキラどころか、おじいちゃん、私の毛先、金髪になってるんだけど。
「やだ!せっかく綺麗な黒だったのに。ごめんなさいね。何で色が変わっちゃったのかしら?」
「ゴーラの実じゃからのう~。魔力に反応したということもあるかものう~。」
顔色を変えるガートルードさんにのんびりとしたおじいちゃん。
まあ、金髪は想定外だけど、毛先の数センチの話だし、茶髪だけど染めたこともあるから、私としては驚いてもショックと言うほどじゃない。
「ちょっと。長老!知ってたなら。」
「いや、わしも色が変わるなんてのは初めてじゃ~。じゃが、みのりは異界の者じゃからの~。みのりの魔力に反応して色が変わったかの?」
「私の魔力に?」
「ゴーラの実は魔力と相性がええから、治療の効果が高まるように食べさせたり、この汁みたいにして塗ったりすることもある。みのりの魔力に反応して何かの作用が出たとわしは思っとる。」
へえ。便利な実なのね。
私がおじいちゃんの博識に感心してると、横から視線を感じる。
「みのり、色が変わっちゃったのに、あんまり驚かないわね?」
「ん~。驚きましたけど、髪を染めたこともあるので、そんなには。毛先だけですから、2ヵ月もすれば伸びて切れば元通りですし。」
「髪ってそんなに早く伸びるの?切っていいものなの?」
おっと。そこからかあ。
私は人間の髪について、伸びる期間や長さ、動きやすくするために伸びた髪をある程度の長さに保つようにすることをしどろもどろになりながら説明した。
場所や時代によって髪の扱いは違うけど、少なくとも、私の育った時代の日本は長いひとも短いひともいて、長くても背中か腰くらいまでだった。
だから、今より長くなると、さすがに動き辛いので切るつもりだと言うと、おじいちゃんとガートルードさんは納得してくれたようだった。
「成る程ねえ。今までみた髪や毛のある種族はいつも同じ長さだったから、ある程度伸びたらそこで止まるんだと思ってたわあ。伸び続ける種族もあるのねえ。」
野生の動物とかはそうかもね。
人間の髪だけがあんなに伸びるのは私も不思議だけど、そういうものだから仕方ない。
「ものすご~くなが~くなったら、止まるのかもしれんがのう。じゃが、それでは邪魔じゃしのう。ほうほう。ちょうど良い長さにするのは必要じゃな~。」
おじいちゃんは改めて私の髪に興味を持ったようだ。
なんだか、自分が動物園の動物になった気分。
「長老。女の子をそんなにジロジロ見るもんじゃないわよ。でも、安心したわ。定期的に切るなら、大丈夫そうね。」
「はい。大丈夫です。毛先に試すように言ってもらえて助かりました。言われなかったら、もっとべったり塗ってたかもしれないので。」
「合う合わないって私たちでもあるから、念の為だったんだけど、言っておいて良かったわあ。爪を染めるのは大丈夫だったわよね?」
「ええ。あれはなんともなかったです。」
クーちゃんが見つけてくれた爪を染める実は、私でも問題なく使えた。
ただの実だったから何ともなかったのかもしれない。
「魔力が絡むとどうなるかわからんということじゃな~。じゃが、わしが魔法で直した時は何ともなかったのにの~?」
「そういえばそうね。どうしてかしら。」
「魔力で本来の植物の効能が変わっちゃうってことかしら。魔法なら魔力だけ使うから、それは問題なかったとか?想像だけどね。」
悩む私とおじいちゃんに、ガートルードさんが自分の推測を教えてくれる。
私の魔力で植物の効能が変わっちゃうのかあ。じゃあ、お薬は利用できないよね。
「ありそうじゃの~。みのりはしばらく魔力を感じる植物には近づかんようにな~。」
「はい。気をつけるわ。おじいちゃん。」
近づいたら、漆みたいにかぶれましたじゃ嫌だしね。
これはクーちゃんにも伝えとかないと。
クーちゃんなら、きっと魔力に反応する植物も知ってるだろうし。
教えてもらって、そこには近づかないようにしよう。
今までは運よく遭遇しなかっただけでも、この先はあるかもしれないし。
早めに分かって良かったわ。
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「クーちゃん。そういうわけだから、魔力と反応する植物は避けてほしいの。」
「この辺りにはない。川に近いと増える。」
「確かに、水辺に多いわね。」
「じゃあ、川に行くときは空を飛んだ方がいいかも。」
「長老にお願いすれば、喜んで乗せてくれるわよお。その時は私も誘ってちょうだい。そんな姿、見たやついないわあ。ぷくく。」
「そうします。クーちゃん、トルネードランカーの方って大丈夫かしら?」
「問題ない。あそこの岩盤は硬い。」
「あら。トルネードランカーの巣があるの?あれ、美味しいのよねえ。」
本体じゃなくて卵の方なんだけど、まあいいか。
ガートルードさんが追い払ってくれれば、卵も楽に採れるかな。