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3「二代目アリスと黒兎」

<10/4>

一部文章を改変。

日の光が微かに差し込む森の中に大きな影が(うずくま)っている。

タールの様にヌラヌラした表皮と飴細工を摘まみ出した様に細長い足の生えた楕円形の身体。体長は五十メートル程だろうか。黒一色の何処とも付かぬ頭を(もた)げ、掘削機に似た口で木々を砕いては飲み下す其の様子を、囲う様な配置で(うかが)う三体の影が在った。

一つは鉄製の仮面を付けた、スーツ姿の壮年男性。もう一つは、大岩の様な巨躯(きょく)で如何見ても本来の原型を留めていない山鼠(やまね)。そして、最後の一つは人型をしたガタイの良い黒兎である。


()―っ、此方(こちら)神谷(かみたに)。捕獲装置固定完了。そっちの状況は?」

単眼鏡にも似た視覚カメラを埋め込んだ鉄仮面の眼が、背の高い(くさむら)の隙間から覗き、口元に付けられた小型マイクで同僚二人のインカムへ言葉を飛ばす。


 足元には廃棄された捕鯨船から入手した尖頭(せんとう)(もり)付きの捕鯨砲が設置されており、運び易い様にキャタピラの付いた台車型の土台が付いていた。砲台とキャタピラ、如何(いか)にも男心を(くすぐ)る魅力的な要素である筈だったが、如何(どう)見てもやっつけ仕事で制作した様な外観はダサさを拭い切れない。

 銛を発射した反動で捕鯨砲が倒れるのを防ぐと同時に、標的が暴れた際に砲台を持って行かれない様、支柱には鋼鉄製のワイヤー数本が巻き付けられ、其の端は周囲に在る木々の根元に固定されていた。


「此方、大和。砲台設置完了。何時(いつ)でも行けるぞ」

「俺も作業完了」

 ザザ、と短いバリの後にスピーカーから黒兎と山鼠(やまね)が捕鯨砲の準備を完了する報告が聞こえ、鉄仮面は発射ボタンに指を掛けた。

「ボタンを押すタイミングを間違えるなよ。参・」

『弐、壱』


 ガシュッ!



重い金属同士が擦れる音と火薬の爆発音の混じった射出音と共に捕鯨砲から飛んだ尖頭銛が蟲の表皮に突き刺さる。しかし、厚い表皮に勢いを()がれ、喰い込んだのは全体の三割程だった。


それでも多少は痛いのか、くぐもった狼の遠吠えに近い声を上げてのたうち回る。銛に繋がるワイヤーが切れない様、蟲が暴れる度に操作盤で張りを調整するも機械の反応が追い付かず、一方的な強い引きに(わず)か数秒で捕鯨砲を固定した木が(かし)いできた。

念の為、先端に即効性の麻酔薬も塗ってはおいたが効いている様子は微塵も無い。


矢張り三機程度では足りなかったか・・・。

こんなデカ(ぶつ)を少人数で、(しか)(とぼ)しい数と質の装置で捕獲しようというのがそもそも難しいのだ。

口には決して出せないが、我等が上司は(すこぶ)るケチく、給料は(まさ)に雀の涙と言って相違ない。そんな少ない給金の中から自腹で装備を買う余裕など有る筈は無かった。

 鉄仮面は()ぐ黒兎のインカムへ通信を繋げた。

「大和、剣は()だ使えないのか」

「今、準備中だ!あんな分厚い皮膚に普通のやり方で刺さる訳無いだろ」

 スピーカーに黒兎の罵声(ばせい)がキンと響く。

鉄仮面が視覚カメラに組み込まれた熱センサーで兎の姿を確認すると、重力による加速で攻撃を重くする為、枝に跳び移りながら巨木に登っている様子が映った。

只、木々が密集した地帯の為、自慢の跳躍力も張り出した枝に遮られて登るのに難儀している様だ。


黒兎の持っている大剣は、刺し込まれた対象の時間を吸い取り、刀身の寿命に()える機能が付いたトリッキーな品である。

時間を吸い取ると言っても、相手を老化させる訳ではない。吸い取った時間の分だけ対象の活動を停止させるのである。殺傷能力は普通の大剣と大差無いが、捕獲には今まで役立ってきた。

しかし、長時間活動を停止させるには剣の(つか)に付いたレバーを引き、其れなりの間、剣を刺している必要が有る。持ち主の大和曰(いわ)く、収容所に運び、身動きの取れない様に凍結処理を施すまでの時間を静止させる為には10秒程は必要になるらしい。

其れまで、蟲の動きを出来るだけ止めて此の骨董品と固定具を持たせる必要がある。


鉄仮面はシルクハットを取ると其の底を蟲に向けた。

缶詰の蓋の様に帽子の底が開き、中から飛び出した折り畳み式のガトリング砲から発射された対戦車弾が凶暴な音を立てて蟲の表皮に穴を開ける。

 しかし、尖頭銛同様、負わせる傷は浅く、怒りに痛覚が鈍くなったのか胴への攻撃は余り効果的では無くなった。精々(せいぜい)、最も細い足首付近を狙い撃ち進行を(はば)む程度である。

 更に不味い事に、ある程度刺さっていた銛が抜けてきた。

「神谷!薬使っても良いか?」

 捕鯨砲の固定が外れない様に抑えつけていた山鼠が、叫んだ。

「少しだけだぞ!」

鉄仮面の許可を聞くと同時に、山鼠が腰のベルトポーチからチューブタイプの簡易注射器を取り出し、腕に突き刺す。

 みしみしと骨が(きし)み、身体(からだ)の何処かの組織が切れる音と共に、泡立つ様に山鼠の体躯が急速に増した。三メートルだった体長はチューブの五分の一を打ち込んだ時点で五メートルに(ふく)れ上がった。

 急激な身体の変化に表皮が耐え切れなかったのか皮が所々裂け、肥大化した筋組織が()き出している。眼は血走り、負荷を掛け過ぎた所為(せい)で細胞が異常に死滅し、周囲には死臭の様な甘ったるい臭いと腐敗臭が漂ってきた。

「おい、ちゃんと意識は有るか?」

「頭が煮エ立つ様だガ、問題ナイ」

 鉄仮面の呼び掛けに、一部片言になりながらも山鼠が返答する。

 変化が一通り終わった所で、山鼠は前足を地に付け、四足で蟲の(ふところ)へ勢い良く走り込むと、太くなった二の腕で暴れる蟲を押し(とど)めた。


「其の(まま)(おさ)えとけよ」

 インカムに兎の声が響く。

やっと木の天辺(てっぺん)付近に到着した兎が蟲に狙いを定め、先端のしなやかな部分をバネに高い木の先から跳んだ。同時に、ヒュッとソニックブーム音が立つ。

柄と刃の付け根に懐中時計と大型船のブレーキが合わさった様な(てのひら)大程の装置が()め込まれた大剣を抜き放ち、(はっ)(そう)に近い形で構えた時だった。


ピロリロリン

「・・・・・・」

兎の胸元で間の抜けた着信音が鳴った。

「?」

「は?」

 突然の場違いな音に一瞬、同僚二人の気が()れる。

 間の悪い事に、尖頭銛が抜け、蟲の足が山鼠を横に(はら)った。張り跳ばされた山鼠が木の幹に打ち付けられ、今や蟲を(おさ)える物は何も無い。


「げっ・・・・」

蟲が兎の方を振り向き、頭部の八割を占める大口を開けて待ち構えている。

空中では方向転換が効かない。非常―――――――に運良く、あの巨大で掘削機の様に何列も並んだ鋸歯を擦り抜けられても口の中に留まるのは御免である。

大和(やまと)!」

鉄仮面が対戦車弾を胸の装甲に当て黒兎を横に飛ばした。


「藪医者!貫通したらどうすんだ!」

「口に落ちるよりマシだろうが!次撃はしくじるな」

次弾を込めながら文句を垂れる鉄仮面。

弾も今までの準備も全て台無しだ。

 不測の事態も多々有ったが、携帯の音が無ければ仕留められていた筈だ。


拘束の無くなった蟲は、(かす)れた様な甲高い獣声を上げ、森の奥へ走り出していた。

「早く追うぞ」

「いや、無理だ」

やや落ち込み気味の声で言うと、黒兎は鉄仮面の視覚カメラに映る様、携帯の着信画面を見せた。

「女王様か・・・」

発信者を見ると、鉄仮面も仕方ないと肩を(すく)め、電話に出るように(うなが)した。

「はい、此方(こちら)A班、大和です」

「さっさと出んか、この皮剝げ男!」

音割れした怒声が鼓膜を乱暴に揺らした。こちとら、あんたが下した任務を忠実にこなしている最中なんですがね。と言いたいのは山々だったが、兎は喉元まで出かかった言葉を呑み込んだ。

 しかし、そんな部下の心中も構わず、携帯のスピーカーからは罵声が飛んで来る。

「二代目が入った。お前を今からそいつの教育係に任命するから、さっさと城へ帰って来る様に」


ツーッ、ツーッ・・・・


一方的に罵られ、ぷつりと通話を切られた兎は送信者の代わりに電話を厭そうに見た後、鉄仮面に救いの目を向けた。

「代わっ・・・」

「さっさと行った方が身の為だぞ」

皆まで言い終わる前に、同僚から非情に切り捨てられた。


「上司様からの呼び出しだ。俺は帰るから後は頼むぞ」

打ち付けられた衝撃で未だふらついている山鼠に向かって叫ぶと、兎は森の外へ走りだした。





<三話内で使用したアリスの要素>

今回、不思議の国のアリスから使用した要素は「お茶会の三人」と「兎」。

元ネタではお茶会の三人はヤマネ、兎、帽子屋となっていますが、此の話ではヤマネ、兎、医者となっており、三人は狂気を捕獲するチームになっています。

兎の要素については、お茶会の兎と時計を持って急いで走る兎の二つを合わせて一つのキャラクターとし、武器に時計の兎が持っていた懐中時計を組み込んでみました。

元ネタのアリスでは、兎はどこにでもいるモブの様な存在で扱われており、これを「モブ=同じ姿のもの=クローン?」という様に捉えて、この物語に出てくる女王付きの兎達はクローンという設定になっています。

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