1「夢無し青年とバイトのビラ」
≪2015、5/25変更点≫当初、1話と2話をまとめて掲載していましたが、一つづつに分けました。
<2015.7.14>
ルイス・キャロルのアリスから作品に落とし込んだ要素の解説文を追加しました。今後も後書きに蘊蓄投下予定です。
後、文章の一部を改変。
<2015.7.18>
あとがきの蘊蓄を一つ追加。
「狂気」は生在るものの中より生まれる。
それは時に心を狂わせ、時に形を成し、害を及ぼす。
人の目に見えない災悪の様な存在。
しかし、唯一、手に負えない其れ等を捕獲・管理する場所が存在した。
Under ground。
狂気を狩る世界。
1「夢無し青年とバイトのビラ」
青年は空を眺めていた。
年の頃は十八歳程か。顔は程々に整い、躯は細身で背は平均的。髪を伸ばせば女とも見えそうな中性的な姿で、冷めた様な目をもう少し明るくする様に努力すれば一部の女受けが良くなるだろう。
只、若さも盛りというその歳にしては些か表情に力が無い。
昼休みの中庭で弁当箱を囲み、好きなアイドルや放課後の予定を嬉々と語らう女子達とは対照的に、隅に在る木陰のベンチで座る其の姿は宛らリストラされて公園で時間を潰すサラリーマンの様であった。
「雀はいいよな・・・・」
青く晴れ渡った空を戯れながら飛ぶ二羽の雀の姿をぼんやりと眺めながら青年の口から溜息にも似た言葉が漏れた。
彼等は自由だ。何者にも縛られる事は無く、人間の様に入り組んだ社会の役割も無い。
・・・いや、自分が思っている以上に自然はそれ程甘くないだろう。縄張り争いに負け、ヤクザの如く幅を利かせる烏に毛を毟られ、場所によっては香ばしい焼き鳥に化ける可能性だって大いにあるのだ。
だが、この儘、あの鳥達に混ざって何処かへ行けたら・・・。
「俺・・・、何言ってんだろう」
青年は表情を険しくし、手に持っていた紙を強く握った。
力を入れられて皺の寄った紙には「進路希望書」と書かれていた。
青年の名は三国有子。
普通のサラリーマンの家庭に生まれ、小・中学校共に地元の公立に通い、成績も中の上。
両親の希望と世間の風潮もあって、今までと同様、地元の高校に入学した。
入学から二年間は成績と素行に気を配り、友人と休み時間を楽しむ普通の高校生ライフを過ごしていたが、三年目はそうもいかなかった。「進路」と言う名の大人の階段を上るときが来たのだ。しかし、十八年間をそつ無くこなしていた彼は、これと言って強く興味を引くものも無く、将来像の描けない青年になっていた。
この儘目的も無く大学に行くのも学費を無駄にするようで気が引ける。
かと言って、社会に出るにも特筆すべき経歴も技術も無く、会社の志望動機なんぞ給与や福利厚生さえそこそこならば、「生活の為に働きたい」以上の理由は無い彼に就職氷河期を乗り切れる可能性は無いに等しい。
しかし、全面切ってニートになる様な図太さも持ち合わせてはいなかった。
社会勉強にバイトでもしようかな・・・。
そんな甘めの考えが脳裏に浮かんだ其の時、公園の木々がざわめいた。
「ぶっ!」
突風で飛来したA4サイズの紙で視界が真っ黒になり、不意を衝かれた青年の口からは情けない呻き声が零れた。
しかも、紙は昨日降った雨に濡れていたのか、嫌なしっとり感を肌に伝えて来る。慌てて引き剥がすと其れは、どうやらアルバイト募集のビラのようだった。
―――〈アルバイト募集〉――――
〈仕事内容〉
生き物の捕獲と管理
日給3万・社宅住み込み(家賃無し)
〈応募条件〉
以下の内容を認識できる者・・・―――
大雑把過ぎる説明だが、察するに動物園か畜産関係の仕事だろうか。
オーバーオールを穿いた不細工な兎のイラストが載ったビラからは零細企業感を通り越してキナ臭さが漂っている。
しかし、家賃がタダで給料も良いなんて夢のようだ。下降線を辿っていた青年の心が一気に華やいだ。
ビラを最後まで読み進めるまでは。
・・・・・・真っ白。
パソコンで打ったと思われる平凡な書体の文章の最後には、〝以下の内容″など全く書かれてはいなかった。
「只の悪戯か・・・」
青年はガックリと肩を落とした。
この御時世に日給三万などと割の良い話がある訳が無いのだ。しかも社名どころか連絡先すら書いていないのに、どう応募すれば良いというのか。
それにしても、明日に迷い傷付いていたナイーブな男心を更に抉るとは趣味が悪い。
落胆と少しの苛立を覚え、彼は顔の見えない犯人の代わりにチラシを睨みつけた。
細く顰めた目には、忌々しい虚偽の文章と、うっすらと浮き出た何かが・・・・・・・・・見えた。
「?」
さっきまで何も無かったビラの空白部分に絵の様なものが浮かび上がっている。
目を凝らして見つめ続けていると、絵の輪郭は次第に濃さを増し、プラカードを持ったトランプ兵の姿になった。
不思議の国のアリスでお馴染みのアレである。
額烏帽子に似た顔の無い三角頭と、申し訳程度に付いた針金の様な手足のトランプ兵が掲げたプラカードには、「連絡先090-1832-1898」と書かれていた。
紙が濡れると浮き出る仕掛けだったのだろうか。まあ偶然にしろ、分かったのだから応募条件はなんとか満たしたのだ。
給料溜まったら何買おうかなぁ。
まだ採用にもなっていないのに、フワフワと舞い上がった気分で青年は浮き出た番号に電話を掛けたのだった。
<1話後書き>
思い付いた所から書き進めていますので、最終項まで筋は出来ていても文章が虫喰い状態です。今の所通しでお見せできるのは此処までという事で、若し万が一にも気になって下さった方がいれば、頑張って書くのでお待ちください。
<追加の後書き兼蘊蓄コーナー>
えーっ、本作品は荒筋の欄でも紹介した通りルイス・キャロル作:不思議の国のアリスと鏡の国のアリスの要素を組み替えて制作したお話です。
狂気が具現化するという、此の話全体に亘る設定は、元ネタのアリスに使用されている詩や内容が「これ、気違・・・・、いや、かなりカオスだよね」と思える内容だった事と、日本の古典や伝承にある「嫉妬に狂い生き霊になった六条の御息所」や「才能を嫉妬され、陥れられた上に左遷された事を恨み、鬼となった菅原の道真」、「恋敵を呪う内に自ら鬼となり、愛していた男に其の姿を見られたため、姿を消した女の話」等を合わせたものです。
また、後々出てくる、具現化した狂気の本来の姿を見る事が出来る真眼の機能は、元ネタのアリスが話の修了付近(女王によって裁判に掛けられる場面)でトランプ兵に囲まれたかした際に、「こんなの、たかがトランプでしょ」と言ってトランプ兵を只のカードにしてしまう場面から、「彼女は敵が只のトランプである事を知っていた、または見えていたのではないか」と考え、更にその考えに「言霊思想(言葉に出した事が現実のものとなる考え)」を合わせて制作した能力です。
アリス以外にも、修験者や陰陽師が鬼やキツネなどが、人やその他のものに化けている事を言い当てると、本来の姿を現すという伝承が日本には多数在り、こういう文化的要素も制作活動に影響しているのだと思います。
ちなみに、アリスの世界は黄泉の国であるという説があり、主人公の名前は「黄泉の国のアリス」から「黄泉国有子」、音の一部を端折り、読みを変えて「三国有子」になりました。