第一節 いろいろ嫌いな妖精
フリギネアは泣くのが嫌いだった。
悲しいから嫌いとか、顔がはれぼったくなってブスっぽくなるから嫌いというのもそうだが、
「あーはーはーはーはーはーはーーん」
「どしたのよフリギネア。なに笑ってるの?」
「泣いてるのっ!!!」
泣き方に癖がありすぎてだれも泣いていることに気づいてくれない。
「そかそか。よしよし」
頭をぽんぽんとなでてくれる姉が目の前にいると胸しか見えない。そんな自分のちびっこさも嫌いだ。
それと、
「フリギネアって呼ばないで!!」
彼女は自分の名前も嫌いだった。
「あ、ごめん。フリゴ」
他にも嫌いなことはたくさんある。
なにより嫌いなことがたくさんある自分が、このクロタマゴテングダケのキノコ妖精、フリギネア……通称フリゴは大嫌いだった。
だから……といってもいい。フリゴはいつも音楽を聴いている。
黒い卵形の大型ヘッドフォンを常に耳にかけて、さまざまな音楽に身をゆだねるのがなによりの享楽であった。
音楽はいい。すべてを忘れさせてくれるしさまざまな世界へ自分をいざなってくれる。たとえ心が沈んだとしても楽しげな旋律は自分を包んでくれるし、ステキなフレーズは自分を勇気付けてくれる。
悲しい曲だって好きだった。感動する唄もある。聴いているうちについ、ほろりと涙してしまうことも音楽の力を感じさせるひとつの証明であり、胸を打つ詩を聴くたびに心が洗われるように思う。
ただ、いくら感極まっても、
「あーはーはーはーはーはーーーん」
「どしたの? 楽しいことでもあった?」
「泣いてるのっっ!!!」
泣くのは嫌いだった。
嫌いといえば先日、キノコ議会「キノコの山」が打ち出したキノコ妖精に対する方針も大嫌いだ。
人間が支配する今の世の中で、住むところに追われたキノコ妖精……特に毒をもつ者たちの種を淘汰してキノコの生き残りをかけるそうだ。馬鹿げている。
生きていければそれでいいのになぜ選別されて生きることを争い勝ち取らなければならないのか。
それを決める方法も、無作為に選ばれた人間たち100名をそのキノコ毒で捉えるという、なんとも物騒な競争によって行う。人間とかかわるにしてもそんな方法でかかわりたくはなかった。
……だが、
「フリゴーーーーー!!!!」
彼女たちの住む場所で一人木陰に腰をかけていたフリギネアに向けて、飛び込むように現れた姉がいる。
「またサボってるのーーーー!?」
大きなつばのある白い帽子、白いドレス、白いブーツ、ついでに腰に白い小さな羽根までつけて真っ白な装いの長女、ヴィロサが血相を変えてフリゴがもたれかかっていた木に手を突いて逃げられないように彼女を囲った。
いわゆる壁ドンだが、姉にされても別に何もときめかない。
「お前ときたらそうやって人の目を盗んではできる限りサボろうとするのが悪い癖なの! わかってる!?」
「え? なに? お前は目を盗んだらサボロンを割る癖があるってなに?」
フリゴは四六時中ヘッドフォンのボリュームを上げて音楽を聴いているため、唐突に話されたことはほぼ聞き取れない。
「ヘッドフォンの音量を落としなさいーーーー!!!!」
「やだ」
「どうして!?」
「ヴィロサ姉のお小言を聞かないですむし」
「こんの馬鹿フリギネアーーーー!!!」
「フリギネアって呼ばないで!!!!」
「そういうことだけは聞こえるじゃないの!!!」
確かにそういうことだけは聞こえて不快だ。
「とにかく、あのムスカリアですら働いてるのよ!? お前みたいに聡明な子が働かなくてどーするの!!」
「ですらって、ムスカリアかわいそう」
しかも比較中に"お前みたいに聡明な"などといったらムスカリアは……
「あの子なら笑って許してくれるわ! それよりも、一族が消されちゃったらいやでしょ!?」
「いやだけど……」
人間やっつけるのもいやだ。キノコの毒はそんなためにあるんじゃない。
「お願いよ。私はお前たちとずっと家族でいたいの。みんながやる気出してくれないと困るのよ……」
……こんな、姉がいる。
フリギネアはそんな姉の温かさが嫌いじゃない。
キノコの山の掲げた競争とやらに、否が応でも絡まなければならなかった。
久しぶりに人間の街に降り立った。いや、妹のために最近降り立った気もする。まぁ、自分の意思で降り立つのは久しぶりだ。
極端に前の開いた……というか開きすぎて肩が丸出しになっている水玉模様の白いブラウスが太陽の光を浴びて輝いているように見える。黒のレギンスも含め全体的に夏の装いだが、白いブーツのみはまるで雪原を歩くような代物であり、初夏の陽気にやや異様な雰囲気を醸している。
さて、さきほど100人の人間が無作為に選ばれていると言った。その100人にはキノコ妖精にしかわからないマークがついている。もちろん印鑑のようなものではなく、波長が合えばそれとわかる仕組みであり、さまざまな周波数の波長を飛ばしてその反応を見ていかなければならない。
めんどくさいが、あまりに単純な探索ができてしまうと足の早い妖精のほうが有利になってしまうので仕方なかった。
ターゲットはこの街に一人いる。
広域の周波でそれはわかっているので、あとはそれを徐々に狭めて探せばいいのだが、とにかく本人としては乗り気じゃないだけにあまり必死さはみられず、ザルで水をすくうような目の粗さで街をほっつき歩いていた。
(自分のかかわる人間はどんな人間かな……)
知らない人間と関わるのはあまり好きじゃない。子供っぽい容姿と露出度の多めな格好は一部の人間の気をひいてしまうようで、警察に会えば補導されかけるし、うっとうしいナンパも数度、ひどいといかがわしい店に勧誘されたり、変な婆さんから孫の結婚相手に斡旋させられそうになったりもする。
そんな愚痴を誰かにこぼせば「もっと目立たない格好をすればよい」とアドバイスされたりするが、他人の目のために自分のしたい格好にケチをつけられることも嫌いだった。
ちなみに今聴いている音楽はロイヤルハープーンというバンドの「笑顔のあった街」という曲だ。フリゴの好きな曲のひとつだ。
~~♪ この街を二人は歩いた。君の笑顔に包まれながら歩く坂道に
~~♪ 心地よい風が吹いた。それだけで幸せな気がしていた
(これ歌ってるアーティストがターゲットなら大歓迎)
フリゴはそんなことを思いながら、平日の真昼間を繁華街に向けて歩いていた。
泣き声がする。
ヘッドフォン越しにも聞こえてくる大きな泣き声。子供の声だ。
別に気にしなくてもよかったが、気乗りのしない探索を行っていることと子供の声だったこと、なにより泣き方が自分と違って上手(?)だったことが気になってそちらに曲がってみることにした。
見ると小さな自分の、さらに腰くらいまでしかない男の子がよたよた歩きながら泣いている。迷子だった。
「泣き方上手だね」
「うわぁぁぁぁぁぁ!!!」
男の子は声をかけてきた大人の女性にすがるように一際大きな声を上げた。
「それはあたしに対する挑戦なの?」
誰がどう見ても泣いているとわかるその男の子の泣き方がフリゴは少しうらやましい。
しかし男の子にはその言葉の意味が理解できず、やっと見つけた初めての女性から離れようとはせずに泣きはらした。藁をもつかむような場面で、幼児が信用するのはやはり女の人なのだ。優しそうだからなのかやわらかそうだからなのか、女の人ならきっと何とかしてくれるはず。
ところが
「泣いてるばっかで訳わかんないから。じゃね」
フリゴはあっさりときびすを返して歩き出した。
一瞬、なにが起こったかわからない男の子で様子を伺うように泣き止んでしまったが、次の瞬間、再び火がついたかのように泣きはじめる。フリゴはそれでもお構いない。
それを、かまわざるをえないと思ったのは、彼が彼女のあとをついてきてしまったためだ。
「悲しいときは、音楽を聴くといいよ」
彼女が立ち止まると男の子も立ち止まって、しゃくりあげながら一応は泣き止む。
「νランダーっていうアーティストの"蝉の鳴くFour season"なんて元気になれるよ」
「……」
無反応。何かものほしそうな目をしてじっとフリゴのほうを見つめている。わからない。
「泣き止んだんなら早く帰りなよ」
「……」
「なに、帰りたくないの?」
ふてた顔のまま、首を横に振り続ける男の子。フリゴはさらにもてあます。
「何か言ってくんないとわかんないし……」
子供の面倒など見たこともないしあまり興味もない。そのまま走ってしまえば振り切れるだろうが、走るのはめんどくさいし、このままついてこられるのも困る。
なお、「こういうときは警察に行けば何とかしてくれる」という知識を、キノコ妖精フリギネアは持ち合わせていなかった。