フェレン
「イルネジュパラシア?」
爬虫類人らしき生物を乗せた円盤形の物体が飛び去っていくと、金髪の男性は振り向いて、透と聡の顔を見ると何か問いかけてきた。しかし、透と聡のふたりには彼が何を訊いているのか、理解できなかった。透と聡のふたりがどうしたものかと顔を見合わせていると、金髪の男性はふと気がついたように、金属質の素材でできた黒色の衣服から何かを取り出した。
見てみると、それは携帯電話程の大きさの、四角く、縦に細長い、銀色の金属で出来たものだった。男性はその銀色の物質の横壁面に手で触れた。すると、銀色の金属の縁の部分が青く発光し、それと同時に透は頭のなかにスーという、たとえばラジオ等でチャンネルを合わせる前のノイズのようなものが聞こえて来るのを感じた。青色の瞳を持った男性は透の顔を見ると、また口を開いた。すると、不思議なことに、今度は男性がなんと言ったのか、透は理解することができた。
「きみたちはどこから来たんだい?」
西洋人の容姿をした、まだ幼さの残る顔立ちをした男性は、透の顔を見ると言った。透は急に男性の言葉が理解できるようなったので、驚いて聡の顔を見た。聡も透の顔を見た。
「これはエトゥーラだよ。知らないのかい?意識の周波数帯を調節することができるんだ」
透は男性の言っていることの意味が理解できなくて黙っていた。
「一種の自動翻訳機のようなものだと言っているんだろう……」
透が黙っていると、聡が透の顔を見て、通訳するように言った。
「まあ、そんなようなものだね」
青い瞳を持った男性は聡の言葉に小さく口元を緩めて言った。
「僕の名前はフェレン。・フェレン・アルシス。ローレンから来た。きみたちは?言葉が通じないところをみると、ローレンではなさそうだけど……」
透は再び聡の顔を見やった。それが地名なのか、国名なのかよくわからなかったが、ローレンという名前を透はこれまで一度も耳にしたことがなかった。とりあえずという感じで、透と聡のふたりは各々に名前を名乗り、自分たちが日本という国からやってきたことを告げた。しかし、透の予想通り、日本という国名をフェレンという名前の男性は理解することができなかったようだった。
「ニッポン?」
フェレンは眉根を寄せると、不思議な言葉を耳にしたように反芻した。
「そんな国の名前は聞いたことがないな……それにきみたちふたりの名前も、あまり耳にしたことがない響きを持つ名前だ……」
フェレンはそう言ってから、軽く唇を噛むようにして何か考えていたが、
「……まさか」
と、はっとしたように透たち二人の顔を見て言った。
「この星には僕たちが知らなかったヒューマイノドがいるということなのかい?この星で既に独自に進化した人間がいるということなのかい?……だとしたらそれは信じられないことだな……これまで僕たちはずいぶんと詳しくこの星を調査してきたつもりだったけど、あの忌まわしい爬虫類人をべつにすれば、この星に既に知的生命体が存在していたなんて知らなかったよ……しかも、それがヒューマノイドだったなんて……」
「……ちょっ、ちょっと待ってくれ」
勝手に話を進めていくフェレンに対して、聡がいくらか慌てたように言った。
「さっきから聞いていると、きみは……フェレンは……この星の外から、地球外からやってきたということなのか?」
「……地球?」
フェレンは聡の顔を見ると、不思議そうに繰り返した。そしてやや間を開けてから、
「そうか。地球というのはレマリアのことだね。……なるほど。きみたちはこの星のことを地球と呼んでいるのか」
と、フェレンは納得したように微笑んで言った。それからフェレンは、
「そうだよ。僕たちはリアンからレマリアにやってきた……きみたちが地球と呼んでいる、この星にやってきたんだ……宇宙船に乗って……だいたい今から百年くらい前のことだよ」
と、続けた。
「百年前……」
透はフェレンの話に絶句して言った。もしフェレンの言っていることが全てほんとうのことだとすれば、この太古の地球には異星文明が訪れており、しかもその異星人は地球人と全く同じ姿をしていたということになった。そしてそれだけでなく、太古の地球には爬虫類人も存在していたのだ……更に驚くべきことに、その爬虫類人は、もしかすると恐竜から進化した知的生命体なのかもしれなかった……
透は慄然とした。もしこれからのことが全て真実だとすれば、透たちふたりがこれまで常識だと信じていたことは全て誤りであったということになった……果たして、フェレンは、未来からやってきた人間で、自分たちのことを揶揄って遊んでいるのだろうか?透はフェレンの真意を探るようにじっとフェレンの顔を見つめた。しかし、フェレンの表情を見ている限り、とてもそんなふうには見えなかった。というより、そもそもそんなことをすることに一体どんな意味があるのだ?と透は自分で考えておきながら疑問に思った。
ではやはり、フェレンが今話したことは全て真実なのだろうか……透は愕然として発すべき言葉を見いだすことができなかった。
「きみたちの……その……ニッポン?とか言ったかな?その国はこの近くにあるのかい?」
透と聡のふたりが、フェレンの告げた、とてもほんとうことだとは受け入れがたい事実に圧倒されて黙っていると、フェレンは好奇心に満ちた瞳でふたりの顔を見ると訊ねてきた。
「……日本はこの近くにはないんだ」
透は答えながら、フェレンに日本という国のことをどう説明したら良いものかと戸惑った。
「ないというか……また存在してないんだ……日本という国が誕生するのは今から何億年か先のことで……」
フェレンは透の説明に、理解に苦しむというように眉を潜めた。
「……信じられないだろうが、俺たちは未来の世界からやってきたんだ」
横から聡が説明して言った。
「……未来?」
フェレンは目をまるくして聡の顔を見つめた。聡はフェレンの顔を見つめ返すと、首肯した。
「正直に言って、俺たちも今のこの世界が、もともと俺たちのいた世界からどれくらい過去に遡った世界なのかは把握できないんだが、少なくもはっきりしているのは、俺たちがもともといた世界は、今居るこの時代よりも遥かにあとの世界だということだ……俺たちはタイムマシン……時間を移動することのできる機械に乗ってこの世界にやってきたんだ」
フェレンは聡の告げた事実に、信じられないというように目を見開いたまましばらくのあいだ黙っていたが、やがて口を開くと、
「驚いたな」
と、呟くように言った。それから、
「ほんとうに、きみたちは、未来のレマリアから……未来の地球から、この世界にやってきたって言うのかい?」
と、自分が聞き間違いをしてしまっているんじゃないかと思ったのか、念を押すように確認してきた。
「……信じられないのは無理ないと思うが、ほんとうにそうなんだ」
聡はフェレンの顔を見ると首肯いて答えた。フェレンは聡の言ったことに対して少しのあいだ黙って何か考えていたが、
「なるほど」
と、やがて神妙な表情で首肯いた。
「……いや、リアンにも……僕たちの母星にもタイムトラベルの技術はあるんだ……だから、時間移動はわかるんだけど……でも、まさか、このレマリアで、未来のレマリアからやってきた人類種と出会うとは思ってもみなかったな……」
と、フェレンはいくらか顔を俯けて一独り言を言うように言った。そしてそれから、フェレンは再び顔をあげて透たちふたりの顔を見ると、
「ところで、どうしてきみたちはこの世界へやってきたんだい?」
と、興味を惹かれたのか、更に訊ねてきた。透と聡のふたりは顔を見合わせると、代わる代わる自分たちがこの時代へやってきた経緯をフェレンに話して聞かせた。自分たちが暮らしている世界では恐竜という生物は絶滅しており、非常に珍しい生物であること。だから、自分たちが暮らしている未来の世界へ恐竜たちを移送することを仕事にしていたこと。そしてその恐竜の移送中に事故に遭い、この世界へ辿り着くことになったこと。今のところ、もといた自分たちの時代へ戻る方法は見つかっていないこと。
「……なるほど。そうだったのか……」
と、フェレンは顎に右手を当てて、難しい表情をして首肯いた。
「……確か、フェレンの母星にも、タイムトラベルの技術があると言っていたと思うんだが」
透はフェレンの顔を見ると、遠慮がちな口調で切り出した。そう言った透の顔を、フェレンは怪訝そうに見つめた。透はフェレンの顔を見つめ返すと、続けた。
「もし、タイムマシンがあるのなら、なんとか俺たちを未来の世界へ連れ帰ってもらうことはできないだろうか?厚かましいお願いであることは重々承知の上なんだが……」
「そうしてあげられたらいいんだけど……」
フェレンは透の顔を見ると、いくらか申し訳なさそうに目元を細めて言った。
「でも、残念ながら、過去への移動ならともかく、未来への移動は難しいんだ」
と、フェレンは少し目を伏せて言った。
「きみたちがいた世界の技術がどうなっているのはわからないんだけど、僕たちの技術では、なかなか任意の未来へ移動することは難しいんだ」
フェレンは言ってから、伏せていた顔をあげて再び透の顔を見つめた。
「もちろん、未来へ移動することができないわけじゃないよ」
と、フェレンは言い訳するように続けた。
「でも、未来というのは過去とは違って、まだ確定していない世界だから、毎回移動するたびに、違う世界へ辿り着いてしまうことになるんだ」
と、フェレンは少し悔しそうな口調で続けた。
「たとえば今きみたちをタイムマシンに乗せて未来のレマリアに移動したとするね?でも、そこは、きみたちがもともといたレマリアではない可能性の方が遥かに高いんだ。これは情報量の問題で……タイムトラベルをする際には、移動したい時代の、かなり詳細な座標軸を設定する必要があるんだ……でも、これが未来だと、設定がほとんど難しい。移動したい方向、つまり、縦軸の設定はできるんだけど……問題は横軸で……横軸に関しては何も情報がない状態でタイムトラベルするしかない。それは……簡単に言ってしまうと、真っ暗な空間のなかに、適当に前に向かってジャンプするという感じになってしまうんだ。そしてそれは恐ろしく危険なことなんだよ……最悪の場合、辿り着いたその世界はとんでもない世界で、即死ということもあり得るんだ」
「……そうなのか……」
透はフェレンの説明に打ちのめされて言った。
「……なるほど。タイムトラベルの概念は俺たちがいた世界とあまり変わらないようだな」
透の隣で聡が納得したように首肯いた。そうなのか?というように透が聡の顔を見やると、聡はそんなことも知らなかったのか?というように透の顔を見返した。
「俺たちの時代のタイムトラベルの技術も、さっきフェレンが話していたのとだいたい理屈は同じだ」
と、聡は腕組みして言った。
「過去への移動は比較的まだ容易だが、未来になると、設定がまるで不可能なんだ。未来へ移動するたびに、違う未来へ移動することになる。これはさっきフェレンが話していた情報量の問題だ。ただ単に未来へ移動するだけなら話は簡単なんだが……」
と、聡はそこまで言葉を続けてからはっとしたように表情を硬直させた。
「どうかしたのか?」
と、透は気になって友人の顔を見つめた。
聡は声をかけてき透の顔を見ると、
「……いや」
と、いくらか気落ちした様子で首を振った。
「俺たちのタイムマシンからデータを取り出すことができれば、あるいは未来の世界へ戻ることも可能かもしれないと思ったんだが……」
「それはほんとうのなのか!?」
透が聡の告げた嬉しい報告に声を弾ませると、聡は苦笑するように口元を緩めて首を振った。
「でも、やはり難しそうだ」
と、聡は目を伏せて告げた。
「俺たちがもといた時代は、フェレンから見れば未来の世界ではあっても、俺たちから見れば現在の世界だ……だから、フェレンからタイムマシンを借りることができて、なおかつ、俺たちの乗ってきたタイムマシンから情報を取り出すことができれば、あるいは、と思ったんだが……しかし、あのタイムマシンの壊れ方ではとても情報を取り出すことは難しいだろうな……」
聡は難しい表情を浮かべて言った。
「……確かにな」
透は首肯いた。そして乗ってきたタイムマシンの姿を透は思い浮かべた。大破した操縦席と、まだ船内に数多く取り残されていると思われる凶暴な恐竜たち。
「……きっと何か方法は見つかるよ」
と、それまで黙って透たちのやりとりに耳を傾けていたフェレンが、薄く微笑んで慰めるように言った。