予期せぬ出会い
ふたりは再び墜落地点を目指して歩き出した。
途中、出し抜けに恐竜の群れと遭遇して肝を冷やしたが、それは幸いにしてハドロサウルスという、アヒルのように長く平たい口吻部を持った草食恐竜の群れだったので、襲われるということはなかった。
そしてようやくのことでふたりは目的地に近づいた。
透たちふたりが歩いている地点からやや離れた場所に、昨夜の飛行体の残骸と思われる主部があった。それは想像していたよりもずっと大きく、大型旅客機並の大きさがあった。形状は薄平べったい円盤形をしており、爆発の影響によるものなのか、機体は中心部分から真っ二つに裂けていた。ふたつに裂けたその機体は前と後ろと別れて、それぞれ少し離れた地点に半ば横倒しになるような形で倒れていた。もともとは銀色だった思われる機体は爆発時の炎によって黒く煤けていた。
「……あれでは生存者はいないだろうな」
聡が軽く眉を潜めて呟くような声で言った。
「……だろうな」
透も小さな声で同意した。
ふたりは更に機体に近づいていった。周辺には機体の破片と思われものが無数に散らばっていた。透は落ちている破片の一部を手に取ってみたが、その破片は金属であるにもかかわらず、驚く程軽かった。その金属が一体どんな物質によって構成されているのか、透には検討もつかなかった。
裂けた機体のなかの様子を見てみると、そこにはかつて操縦室のようなものがあったことが伺えた。墜落時の衝撃や、その後の爆発によってかなり破損してはいたが、そこにかつて高度に進んだコンピューターや計器類があったことが推察された。もしかすると、この飛行体を作った文明の持ち主は、自分たちよりも進んだ文明の持ち主だったのかもしれない、と、透は慄然とするように思った。こんな太古の地球に、現在の地球よりも進んだ文明が存在していたなんて……透がそんなふうに圧倒されていると、
「……おい」
と、隣にいた聡が緊張した声で言うのが聞こえた。
透はどうしたのだろうと思って聡の方へ目を向けてみた。聡は空を見上げていた。つられるようにして、透も聡の視線の先を目で追ってみた。
すると、今透たちがいる場所からいくらか離れた空の上空に、銀色に光る円盤形の物体が浮かんでいるのが見えた。そしてどうやらその円盤形の物体は透たちがいる地点に向かって近づいてきているようだった。
「……こちらに向かって近づいてくるぞ」
透は目を細めるようして、自分たちがいる方向に向かって近づいて来る飛行物体を見つめながら言った。
「……ああ」
と、聡は空に目を凝らしたまま首肯いた。
「仲間が、生存者がいないか、探しにきたんだろうか……」
「……かもしれないな」
聡は呟くような声で答えた。
見ていると、まず間違いなく、円盤形の物体は、透たちがいる、この地点を目指しているようだった。
「……どうする?」
空に眼差しを向けたまま、動こうとしない聡に向かって透は声をかけた。聡は透の方を振り返ると、
「……そうだな」
と、曖昧に首肯いて、再び空を振り仰いだ。
透もこちらに向かって近づいてくる飛行物体に再び視線を戻した。もし、こちらに向かって近づいてくる飛行物体の乗組員が、未来から自分たちを探しにきた救助班であれば、それは自分たちが未来へと帰ることのできる願ってもないチャンスだと言えた。しかし、もしそうでないとすれば、どんな危険が待ち受けているともわからなかった。
このままここで様子を見るべきか、それともどこかへ隠れるべきか、二人は判断に迷った。
と、ふたりがそんなふうに躊躇していると、背後で急に何かの物音が聞こえた。驚いて二人が振り返ってみると、今までどこかに隠れていたのか、そこには、黒色の、金属質の、つなぎ目のわからない、何か近未来的なデザインのする衣服を身にまとった男性がひとり立っていた。
男性は金髪で色が白く、西洋人らしい風貌をしていた。歳の頃は二十歳前後といったところだと思われた。背の高さは聡と同じくらいだった。あるいはもしかすると、彼は、昨日墜落した、この飛行物体に乗っていた乗組員の生き残りなのだろうか。
透と聡のふたりが戸惑っていると、金髪の、肌の白い男は険しい表情で、透たちに対して何か言った。だが、彼がなんと言っているのか、透たちふたりには理解することができなかった。西洋人らしき風貌をした男性が発した言葉は、凡そ透たちが耳にしたことのない種類の言語だった。英語でもなければドイツ語でもなかった。どこかフランス語に似た響きを持ってはいたが、しかし、透はフランス語ではないと思った。透は大学のときにフランス語の勉強をしていたことがあったので、それはまず間違いのないことだった。
ふたりが何が起こっているのか理解できずにいると、西洋人風の容姿をした男性は透たちのもとに更に近づいてきた。そして先ほど透たちが抜けてきた森を指差して激しい剣幕で何か言った。
見ていると、彼は恐らくは逃げろと言っているのだろうと思われた。そして西洋人風の容姿をした男は透たちに背を向けると、森がある方向に向かって駆け出していった。透と聡のふたりもよくわけのわからないままに、自分たちに背を向けて走っていく金髪の男性のあとを追った。
金髪の男性は森のなかに入ると、すぐにしゃがんで森の草木のなかに身を隠した。透と聡のふたりが金髪の男性に追いつくと、彼は二人の方を振り向いて、自分と同じように身を屈めるように手で合図した。透と聡のふたりは言われるままに、金髪の男性と同じように森の草木のなかに身を潜めた。
そして三人が森のなかに身を潜めるのとほぼ同時くらいに、上空から戦車二台分程の大きさのある、銀色のステンレスのような素材の金属に覆われた円盤形の物体が、音もなく、さきほどまで透たちがいた地点の近くに着陸した。そして円盤形の機体の右側面が開き、なかから何かが降りてきた。
遠目なのではっきりとはわからなかったが、それは人間とは少し異なった容姿をした生物のように思えた。二本足で歩き、二本の腕を持っているところまでは人間と同じなのだが、頭の形状が人間とは異なっていた。本来人間の頭部があるべき場所に、鳥類、あるいは爬虫類を彷彿とさせるものがあった。
「ルゥビチィシュ」
透の側で身を潜めて様子を伺っていた金髪の男性が小声で何か言った。透が振り向いて男性の顔を見てみると、彼は眉間に皺を寄せて険しい表情を浮かべていた。彼は自分たちがいる場所からいくらか離れた場所にいる、二匹の生物に対して、嫌悪感、あるいは憎しみのようなものを、抱いているように透には感じられた。
蜥蜴と鳥の特徴を合わせ持った頭部を持つ、二匹の生物は、昨夜墜落した飛行物体の残骸の周囲を入念に探査したあと、満足したのか、諦めたのか、またもとの乗ってきた円盤形の機体に乗り込むと、やがてどこかへと飛び去っていった。透は遠ざかっていく円盤形の物体をじっと見送った。