ラプトル襲撃
その後、透と聡のふたりは食料品を確保するために、恐竜たちが収められている貨物室へ移動することにした。操縦室と貨物室を繋ぐドアはさっきの衝突の影響で歪んで開けることが不可能だったので、熱線銃で破壊して強引に進んだ。
この熱線銃はジュラ紀等の危険な生物が生息する地域で活動するタイムマシンには常備されている武器だった。まだ試したことはなかったが、一応、体長十五メートルを超える大型の肉食恐竜でも一撃で射殺することができるという話だった。
透と聡のふたりは熱線銃を正面に構えながらゆっくりと貨物室のなかに入っていった。貨物室は何しろ巨大な恐竜を収納することができるようになっているのでかなりの広さがある。体育館ふたつぶんくらいの広さは余裕であった。これだけの大型のタイムマシンを透と聡のふたりだけに操縦させている会社もどうかと思うのだが、透にしてみても、これまでに何度もこのタイムマシンで過去と未来を往復していて、大凡そういったことに意識を向けたことがなかった。
でも、考えてみるまでもなく、今回のような、不測の事態が起った場合には、たったふたりの人間ではどうしようもないということになる。会社側の人間はそんな簡単なことにも考えが及ばなかったのか、と、腹が立つというよりも、透は呆れる思いだった。
貨物室も先ほどの激突でかなりの損害を受けたようで、貨物室の内壁は外側から打ち破られていて、そこには巨大な岩がめり込んでいた。あるいはそこまでいかなくても、大きく凹んでいる箇所が多く確認された。恐竜を閉じ込めていた巨大な檻も、至る所に派手に散乱しており、そのうちのひとつやふたつの檻は既に壊れていたとしてもおかしくはなかった。
今にも物陰からラプトルあたりの小型の恐竜が襲いかかってくるのではないかとふたりは身構えていたが、今のところそのようなことは起こらなかった。
「……これはかなりヤバいかもな」
貨物室の惨状を目の当たりにして透は独り言を言うように言った。
「……ああ」
聡は険しい表情で頷いた。
ふたりは貨物室の中央通路を真っすぐに進んでいった。電力系統は完全に破壊されてしまっているので電気をつけることはできなかったが、大破した外壁の向こうから太陽の光が差し込んでくるので、薄暗いながらも周囲の様子を確認することはなんとかできた。
貨物室は二連結になっており、現在ふたりがいる貨物室は比較的小型の恐竜を積んでいた貨物室だった。ふたりが目指している食料品が備蓄してある倉庫は、二番目の貨物室との連結部分の境目あたりあった。……なんとかそこまで、無事に辿り着くことができればいいのだが、と、透は心のなかで冷や汗を掻くように思いながら、中央通路を倉庫に向かって進んだ。
そして、なんとか幸運なことに、透たちふたりは無事に食料品が保存してある倉庫まで辿り着くことができた。
本来、この倉庫は食料品の備蓄のためというよりも、貨物室の清掃用の道具や、恐竜の餌等を保管するための場所として使われていたものだった。言ってみれば、従業員のための食料品はまあ一応念のために置いてあるといった程度のものでしかなく、実際、透と聡のふたりも、緊急用の食料品がそこに置かれているということをマニュアルで知ってはいたものの、今回のように現実に食料品を得るために倉庫まで足を伸ばしたのはこれがはじめての経験だった。
倉庫の広さは牛舎ひとつぶんくらいの広さで、緊急用の食料は倉庫の一番奥のスペースにあった。ダークグリーンに塗装されたコンテナのような趣きの箱のなかには、レトルト食品や、インスタントラーメン、それから缶詰といった食料品が入っていた。
そして当初の予想よりも遥かにそれらの量は多く、上手く節約しながら使えば、なんとか半年くらい持ちそうだった。飲料水も、保存食に比べればその量は少ないものの、それでも二週間程度の分量なら十分にあった。それに、飲料水であれば、なんとかこの世界でも調達することは可能だと思われた。調理するための、アウトドア用の鍋やフライパン、それから、小型のコンロも揃っていた。
これならなんとかなりそうだな、と、透と聡がいくらかほっとしていると、突然、何かの物音が聞こえた。その音はどうやら倉庫の入り口側から聞こえてきたようだった。まさか恐竜だろうか?透は自分の心臓の鼓動が急速に早くなるのを感じた。透は隣にいる聡の方を振り向くと、
「もしかして、ラプトルか?」
と、小声で確認してみた。
聡は右手の人差し指を口の前に持っていくと、静かに、というような合図を出した。と、その刹那、奥の物陰になった箇所から、茶褐色の二メートルくらいの生物がこちらむかって動いたのがわかった。
透はその生物が動いたと思われる方向に向かって熱線銃を発射した。赤いレーザービームのような光線が発射した方角に向かって真っすぐに飛んでいたが、それは目標とする生物を破壊することなく、恐竜の食料を貯蔵していた箱に穴をあけた。
と、近くでシュルルというような音が聞こえ、その音が聞こえたと思う方向へ顔を向けると、茶褐色の二本足で歩行するトカゲ型の生物が、透に向かってその手についている大きな鎌のような形をした爪を振り下ろそうとしているところだった。
やられる!と思って透は身構えたが、その瞬間、赤いレーザービームがそのトカゲ型の生物に命中した。トカゲ型の生物は破壊力の高い熱線銃によって粉砕され、ばらばらになった小型恐竜四肢が派手に散らばった。隣にいた聡が熱線銃で小型の恐竜を仕留めてくれたようだった。
「すまない。助かった」
透は聡の顔を見ると、礼を述べた。
「油断するな」
と、聡は透の方は見ずに正面に顔を向けたまま、厳しい口調で言った。
「まだ他にもいるぞ!」
透は聡の言葉に驚いて正面に向き直った。ちょうど光が途切れる暗がりのなかに、四匹から五匹くらいの小型の恐竜がいるのが確認できた。恐竜特有の匂いも漂ってくる。
「来るぞ!」
という聡の叫び声と共に、暗がりにいた複数の茶褐色の肌を持った二本足のトカゲ型の生物が、透たちがいる方向に殺到してきた。