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魔の欠片

作者: 鈴森蒼

 ブランコが揺れていた。

 パン屑を突いていた鳥たちが、一斉に飛び立つ。

 一羽の鳥もいなくなった公園で、修一は立ち尽くしていた。

『君の協力が必要だ』

 修一の視界には公園と、公園に似つかわしくない者が見えていた。

 見慣れない衣装の、透き通った男女の姿。輪郭は不鮮明で、蒸気を当てられているかのようにゆらゆらと揺らめいている。背景の色が混ざるので、肌の色の髪の色もわからない。男女の別が分かったのは、唯一、声だけだ。

『魔王の魂の欠片が、この世界に落ちたわ。私たちはそれを追いかけてきた』

 揺らめきながら影が近寄ってくる。それぞれが手を伸ばしているのだと、わかった。

 修一は動かなかった。二人の手が両肩に触れるのを見て、感じた。触れられた場所はほんのりと暖かくなった。

 ほっとして目を閉じ、開けたときには知らない場所にいた。

 明るい空と、まばらな緑しかない乾いた大地。小さな家々が固まっているのも見える。どこの国だろう――首を傾げているうちに、周囲が揺れた。修一の横で人が倒れ、家が次々と壊されていく。

 息が止まりそうになる前に、光景が変わる。

 修一は、修一ではない誰かだった。手には武器。両刃の細長い剣は、しっくりと手になじみ、異形の存在をなぎ払った。横に並んでいるのは知らない顔ばかりだが、共に戦う仲間だった。

 敵の名は、魔王と言った。

 また、景色が変わった。修一は元の公園ので、揺らめく影の前で立ち尽くしていた。

『私はクローヴィル』

 男が名乗った。

『私は、サーラカ』

 女が名乗った。

 幽霊のような二人が、異世界で魔王を倒した兄妹だと、修一は白日夢の中で体験した。二人は神より授けられた剣で魔王の魂までも斬り刻んで混沌に沈めた。はずだった。魔王の魂の欠片がここに逃げ込んだことを知り、二人がそれを追いかけてきたことも、いつの間にか知っていた。

「……いいよ」

 二人が求めている協力とは、修一の身体を借りたいということだった。悪しき魂の欠片はすぐそばにいる。しかしこのままでは何もできない。ほんのしばらくでいい。魔王の魂を完全に沈黙させるために、身体を貸して欲しい。

 彼らの言葉の真偽を確かめる方法はなかったが、修一は承諾した。新年早々、こんな経験も悪くない。大学と自宅とバイト先をくるくる回るだけの毎日に、ちょっとばかりの変化があってもいいじゃないか。

「俺は、高木修一」

 承諾書にサインするように、修一も名乗りを上げた。

 白光が瞬いた。とっさに下ろした瞼の裏からでも眩しすぎる光を感じる。

「……」

 光が収まってから、ゆっくりと目を開ける。赤や緑の残像がいくつも揺れていた。何度か瞬きして確かめた結果、目の前の光景は目を閉じる前と何一つ変わらなかった。

 大学生になって初めての冬休み。正月一色に染まって静まり返る町と、人気のない児童公園。隣には五歳になる姉の子供、姪の麻里佳が、小鳥にやるパン屑の入った袋を持って立っている。

(あ、鳥がいないか)

 違いが一つ見つかった。麻里佳が餌をやって集めた鳥は、足下の一羽を残してすべて飛び去ったようだ。姪の足下でちょこんとしている雀は、驚きのあまり腰を抜かして逃げ損ねたのか。

(とりあえず……夢、だった?)

 修一は手の甲をつねってみた。

 痛い。

「……」

 異世界の兄妹勇者に身体を貸すとか、そんな話だったが、どうやら今でも修一の身体は修一のもののようだ。当たり前なのだが。

「あ――」

 麻里佳が、驚いたように口を開けた。

「……麻里佳?」

 屈み込んで優しく呼びかけると、麻里佳は驚いた顔のまま見つめ返してくる。何を見たのかと問いかける前に、麻里佳はその場にしゃがみ込み、足下にうずくまっている雀に向かって叫んだ。

「あにうえっ、これはいったいどういうことですかっ」

『知らん!』

 力一杯の否定が返ってきた。

 修一は目と耳を疑った。どうも、雀がしゃべったように思えたのだが。

『私だって説明が欲しいくらいだっ!』

 やはり雀がしゃべっていた。少なくとも、嘴の動きに合わせて声が聞こえてくる。

「わたしたちは、しゅういちにやどるのではなかったのですか!」

 五歳の麻里佳が、まわらない口で必死に雀相手に訴えている。雀も、人間の子供を相手に人の言葉で怒鳴り返している。

 その口調に、修一は聞き覚えがあった。

「あの、もしかして……」

 そっと声をかけると、麻里佳と雀は言い合うのを止めて、案の上の答えを返してきた。

「そうよ、わたしはサーラカ!」

『私がクローヴィルだ!』

 自称異世界の救世主たちは、なぜか修一ではなく、麻里佳と雀に宿っていた。

「左様ですか……」

 一時的とはいえ勇者となって、欠片とはいえ魔王と対決。口に出すと少しばかり恥ずかしいが、誰でも一度はあこがれる夢が叶いそうだったのに。

 言葉にできない虚しさを、ため息と共に吐き出す。白い息が出ただけだ。

『――なんというか』

 二人と一羽は、思い思いの眼差しでそれぞれを眺めていたが、やがて最年長(?)の雀、もといクローヴィルが、仕方なしと言った様子で場をまとめ始める。

『現状を嘆くばかりでは意味がないな。大幅な手違いとはいえ、このまま進めるしかないだろう』

「え、このまま?」

「たしかに、やりなおしているじかんはありませんね」

 修一の突っ込みを無視して、麻里佳、もといサーラカが苦く同意する。幼女は雀を片手に乗せて立ち上がると、修一を見上げた。

「しゅういち、さきほどもいったとおり、わたしたちはまおうのたましいのかけらをおってきました。ざんねんなことに、このきかいをのがせば、つぎがありません。これが、まおうをかんぜんにほろぼす、さいしょでさいごのちゃんすです」

「はあ……」

 何もなかったことにして帰りたい。が、見上げてくる姪の姿とダブって、一瞬、幻が揺らめくのが見えた。自分のものではない記憶がうずいて、このままにしておけないとよくわからない正義感が修一を責め立てる。

「念のために聞くけど、ほんとにそのままで魔王とやらにとどめを刺しに行くのか?」

『先ほどの我々の姿を見ただろう? あのままでは不安定で話しかけるだけで精一杯だ。こちらの世界に存在するものの姿を得られたおかげで魔王の魂の欠片を追いかけることができる』

「うーん、安定してるかっていったらそうなんだろうけど」

 修一が問題にしているのはそこではない。サーラカが慌てたように口を挟む。

「しゅういち、わたしたちはこのせかいのものにやどることはできたけど、これだけではまおうをおいかけるにはふじゅうぶんなの」

『途中、どんな障害があるとも分からない。ぜひ、案内を頼まれてくれないか』

 サーラカの頭の上に移動したクローヴィルも、熱い視線を向けてくる。つぶらな瞳がとても可愛らしい。

「……障害、ね」

 魔王の手下が襲ってくるわけではなさそうだ。話の方向から単純に考えて、道が分からないということらしい。異世界の人間から見たら、途中の信号でさえ、障害には違いない。

「ほんとに道案内だな」

 それだけでいいなら楽だけど――ちょうど公園に親子連れがやった来たのを見て、修一は出ようと促した。幸い、サーラカが示したのは親子連れが入ってきたのとは反対側の出口だった。通りに出ると一端止まる。公園前にしては車の通りが多い道だ。いつもそうしているように、姪の手を繋ごうとすると、

『妹の手を気安く握るんじゃない』

 電光石火で、クローヴィルに手を突かれた。

「……俺の姪に勝手にとりついてるくせに」

 クローヴィルは知らん顔でサーラカの頭の上に戻ると、羽を膨らませてくつろいだ。


 *


 サーラカの示す方向へと、どんどん歩いて行くうちに、公営団地に行き当たった。四角い建物に囲まれた小さな広場の前で、足を止める。

「まさか、ここか?」

 尋ねるとサーラカは頷いた。そっと入り口の柵に手を伸ばし、慎重な様子で周囲を伺う。

「ちかくに、いるわ」

『私にも感じられる。修一、もう少し先だ』

 サーラカの頭の上で雀が、ぶるっと身を震わせる。

 修一もまねて見回してみた。正月というのは人が溢れている場所とそうでない場所がはっきりしている。ここは、後者だ。砂場とベンチしかないミニ公園に、おかしいところを見つけろというのが無茶な話だと一人ごちる。

「なあ、魔王ってどんな姿なんだ? 角とか羽とか生えてるのか?」

 白日夢では魔王の姿を見ることはできなかった。果てしない昏さと絶望だけが残っている。

「そんなわけないわよ。あなたとおなじよ」

 意外な答えが返ってきた。

『魔王も私たちと同じく、この世界に留まるにはこの世界のものに宿っているはずだ』

 そういうことかと納得して、クローヴィルをじっと見る。

「……人間じゃないものにも宿れるんだよな……?」

『例外は何事にもある!』

 雀は不機嫌そうにそっぽを向いた。

「……高木か?」

 不意に呼ばれて、修一は顔を上げた。均等に並べられたプランターの二つ向こうで、知った顔がこちらを見ている。

「森本。あ、やっぱここ、おまえん家か」

 森本貴秀は、春に同じ大学に進学した高校の同級生だ。この公営団地群のどれかに住んでいることは知っていたが、伏せがちな母親がいるので直接訪ねたことはない。

「これ全部じゃないけどな。そっちの子、もしかして、例の姪っ子?」

「あ、そうなんだ」

 頭を撫でようと手を伸ばすと、雀が睨んでくる。なぜか、サーラカも睨んできた。

「なにしてるの。はやくにげなさい」

 早口に囁く声は、張り詰めていた。

「……え?」

『ぼんやりしてるな! こいつが魔王だ!』

 叫ぶなり、クローヴィルは森本に向かって飛んでいった。

 森本は、最初こそ驚いたものの、簡単に雀を捕まえてしまった。

「なんだこいつ……雀?」

「あにうえっ」

『サーラカ、剣を、早く!』

 森本の手の中で、クローヴィルが苦しげにもがく。

 サーラカはあっけにとられる修一を尻目に、両手を天に向けて伸ばした。

「けんよ! わがもとに!」

 幼い声が空に吸い込まれる。と、二条の閃光が走り、二振りの剣が具現する。

「あ、それ――」

 修一が見た記憶では、神より授けられた剣は普段は二人の手元にはなく、呼ぶと二人の手の中に現れていた。

 しかし今同じことをするのは止めた方がいいと、警告する時間はなかった。

 剣は現れた。

「……」

 クローヴィルは、森本の手に捕まっていたからということ差し引いても、手に握るのは不可能だった。

 ので、剣は、ぱたりと森本の足下に落ちた。

「……」

 森本はつまらなそうにそれを見て、片足で踏みつけた。

『貴様、神の剣を足蹴にするとは!』

(いや、自分が斬られるんだから普通そうするだろ)

 冷静に心の中で突っ込みを入れて、修一は横に視線を落とした。

「あにうえっ! くっ、いま、たすけに――」

 もう一振りの剣は、きちんとサーラカの手の中に現れた。おそらく、魔王と戦ったときのサーラカに合わせられた剣が。

「……手伝おうか?」

「け、けっこうよ!」

 自分の身体と同じくらいの大きさの剣に振り回されながら、サーラカは森本に向かっていった。途中で重たくなったのか、掲げることを止めて引きずっている。

「おとなしくほろびなさい!」

 掛け声は勇ましかったが、剣は持ち上げられなかった。コンパスのように地面に円弧を描く剣先を、森本は片足跳びで避けた。勢い余ってよろける幼女を見下ろし、雀にを片手に持ち替えて、振り向いたところにでこぴんをお見舞いする。

「いたいっ」

 ひるんだ隙に、剣を取り上げる。これも足下に落として踏みつけた。

「で?」

 魔王との再戦は、あっけなく終わった。次はお前かと睨まれて、修一は慌てて首を横に振った。

「待て。森本、お前は、その……魔王なの?」

 素で聞くには少し恥ずかしかった。が、森本は険しい目をしたまま、雀と、おでこを押さえて涙ぐむ幼女を順番に見た。

「……これとこれがあの勇者だとして、高木、お前は何だ?」

「え? えーと……道案内?」

「〈ガイド〉か。つーと、こいつらはお前を目印にして――」

「いやだから待て。ちょっと待て。間違いなくすごい誤解がある」

 話をしようと一歩前に出たところに、がしっと両足を掴まれた。

「だめよ、しゅういち。こいつはかけらとはいえまおうのたましいのもちぬし」

『知り合いのようだが、油断してはだめだ。ここで力を蓄え、いずれは他にもこぼれた欠片と再びつながりを持とうと――』

「持つわけねーだろ」

 森本は投げやりに言った。

「だいたい『魔王』が必要だから呼んだのってそっちだろ。しかも一人じゃ意味がないから、あちこちから寄せ集めたのもお前らだ」

 雀と幼女が、同時に目を丸くした。

「……わたしたちが、よんだ?」

『あちこちから?』

「そうだよ。ばらばらにしたって、そりゃそうだろ。不要になったから解体しただけだ。用は済んだからそれぞれ元の世界にお帰りくださいってことだったのに、わざわざ追いかけてくるとか、どういうことだよ」

「どういうこと、って……」

 サーラカは救いを求めるように兄を見上げる。雀は、ぱくぱくと嘴を動かすだけだ。

 お互いの気勢が逸れたところを狙って、修一は提案した。

「あっちに座って話さないか?」

 日だまりのベンチが、手招きしていた。


 *


 世界は疲弊していた。

 いや、世界はいつの時代も変わらなかった。人々が、生きることに疲弊していた。

 水が少ない、土地が痩せている、平地がない――大地は人を拒むかのようだった。人が生きやすい土地は、常に狙われた。豊かな土地が実る前に奪い合う、この繰り返しではいずれ人は自滅する。この事態を憂えた人々が少しずつ集まり、議論を重ねて一つの結論に達した。

「そうだ、魔王を喚ぼう」

 共通の敵があれば、人を協力せざるを得ない。むろん、この世界をくれてやるわけにはいかないので、あまり強力すぎる魔王はよろしくない。むしろ、こちらで力を与えてやるくらいがちょうどいい。人類衰退憂慮委員会と暫定的に名付けられた集まりの中には、力のある魔術師もいたので問題は無い。

 魔王がいるからには勇者が必要だ。こちらは各神殿から選定してもらうことにした。信仰する神が違っても、共通する敵を叩くと言うことで団結してもらえばよい。

 お膳立てした魔王と勇者の戦いは、当然ながら勇者の勝利に終わる。

 しかし、ここで終了するのは得策ではないと委員会は判断した。時間が経てば、一時的な繋がりなど、あっという間に消えて無くなる。そこで魔王は倒されたのではなく、封印することになった。さらに、ある程度の周期で復活するとなれば、必ず起こる災厄に人々は備えざるを得ない。

 こうして、百年ごとに復活する魔王を勇者が封印するという図式ができあがった――


「――ってわけなんだが、高木、どうした?」

 修一は遠い目をしていた。

 隣でサーラカが肩を落として俯いていた。その膝の上では雀が萎れていた。

「ごめん、ちょっと斜め上の発想についていけなかった……」

「俺も『今年の魔王になってくれ』って言われた時にはしばらく現実逃避してたから大丈夫だ」

「今年の……え、魔王って復活するたびに毎回違う奴なのか?」

「というより、封印と見せかけて元の世界に帰していたらしいぞ」

 うう、とうめき声を漏らしたのはサーラカだ。

「……まおうのふういんに、おおくのいのちがちったというのに……」

「あ、それ委員会がそれっぽくでっちあげた話を、委員会御用達の吟遊詩人と語り部が広めただけだぞ」

『嘘なのか?!』

 愕然とする雀というのも珍しい。修一は写メを取りたい衝動を必死にこらえる。

「ってことは、誰も死んでないのか?」

「内輪もめで毎回いざこざがあるくらいで、魔王と戦って死んだ奴はいないって」

 なにしろ魔王の手下も異世界から召喚した一般人のエキストラだからと聞いて、兄妹がさらに打ちのめされたのは言うまでも無い。

「内輪もめって何だよ」

「つまりさ、どこそこの神殿から選ばれてきましたって奴ばっかり揃ってるだろ。最後に魔王を倒して一番の手柄を立てるのは俺だ、って必ず揉めるんだと」

「魔王の前まで行ってそれか」

「……すみません」

 なぜかサーラカが謝った。居心地悪そうに、雀を突いている。クローヴィルは迷惑そうだがじっと耐えていた。

「べつにあんたらの話じゃない。俺も話を聞いただけだし」

 ぶっきらぼうに呟く森本に、修一は思わず吹き出した。

「なんだよ」

「なんでもないよ。えーと、ほら、お前が魔王になってこの二人と戦ったときはどうだったんだ?」

「魔王は俺だけじゃないんだよ。TPOでいろいろ使い分けられてたし、最後は魔王として喚ばれた全員で一人の魔王を演じてたし」

「使い分け……?」

 思い当たることがあったのか、サーラカがぽつりと呟く。

「まおうは……しんしゅつきぼつでした……」

『同時にいろんな場所にいるような気がしていたが、そういうことか……』

 あのときは苦労したな、はいあにうえ、と感傷に浸り始める兄妹が、だんだん哀れになってきた。

「ま、でもいつまでもこんなこと繰り返してるわけにもいかないだろうって意見も出てきて、魔王討伐ごっこは今回でおしまいにすることになったんだそうだ」

 封印ではなく、完全な消滅を。

 神々が力を込めた剣を作り上げ、それをもって魔王をバラバラに斬り刻み、混沌に沈める。

 委員会が最後に描いたとおりにクローヴィルとサーラカは剣を振るい、魔王を倒した。

『あの剣も作られたものだったのか……』

「喚ぶと出てくるって仕掛けは結構大変だったらしいぞ?」

 森本に裏話を聞かされても、クローヴィルは少しも感動しなかった。当然だ。

「ああ、そうか、バラバラにしたってのは」

「そ、平たく言えば、全員で動かしてたハリボテから出てきて、お役目ご苦労さんって、それぞれの世界に帰ったってことだな」

 サーラカがしくしく泣き出した。クローヴィルが必死に肩に乗って慰めている。

「えーと」

 修一は必死に言葉を探した。

「二人ともさ、なんでここまで森本を追いかけてきたんだ。森本の話だと、魔王を斬り刻んでめでしためでたしになったんじゃないのか?」

「おそらく、ほとんどがそうおもっていたのでしょう」

 鼻をすすりながら、サーラカが言った。子供らしくない、疲れ切った表情だ。

『だが私たち二人は、魔王の魂が消滅するのではなく、移動したように感じたのだ』

「無駄に鋭かったんだな、あんたたち」

 感心したように、森本。するとサーラカが、涙目できっと睨んだ。

「わたしたちは、かんぜんなしょうめつをめいじられていたのです。だから、キビアフどのにたのんで、たましいのかけらのゆくえをさぐってもらったというのに」

「それって委員会のメンバーじゃねえか」

 森本の表情が険しくなる。裏方を知っている人間が手引きしたとなると、この状況はまた変わってくる。

「まさか、口封じとかそういうことか?」

「絶対それ違うと思うな……」

 呟く修一に視線が集まった。

「なんでそう言い切れるんだよ」

「その人の案内でここにきて、最初は俺にとりつこうとしたんだぞ、その二人。で、よくわからないまま、子供と雀だぞ?」

 森本と雀と幼女は、互いに顔を見合わせて、怪訝な視線を修一に戻した。――つまり、なに、どういうこと?

「だからさ、そこまで計算されてるんじゃないかってことだよ。雀と子供じゃ、満足に戦えないだろ。で、俺は森本の知り合いだから、とりあえずこうして話が聞けたわけだ」

『……つまり、最後の種明かしをされたということなのか?』

 ははあ、と森本も頷いた。

「あれか、よく働いてくれたあなたにご褒美的な」

「というより、魔王が消滅してないことに気づいちゃったから仲間に引き込んでおけ、とか……?」

 おそるおそる兄妹を窺うと、二人とも硬直していた。

「……あにうえ、まさかあのときのキビアフどののことばは……」

『言うな、サーラカ』

 心当たりがあるようだ。

 森本は屈むと、足の下に踏みつけたままだった剣を拾い上げた。

「早く帰って聞いてみたらどうだ?」

『……そうしよう』

 雀が首を振ると、サーラカが手を伸ばして剣に触れた。軽く念じるように目を閉じると、剣は消えた。

「……もし、あなたのことばがうそだったら、わたしたちはこんどこそとどめをさすでしょう」

「ああ、嘘だったらな」

 森本は軽く笑い飛ばした。サーラカは悔しそうに唇をかみしめて、修一の膝を握りしめた。

「痛いんだけど……」

 子供の握力は侮れない。サーラカは慌てて手を離すと、ベンチから降りた。

『では、この場はこれで去ることとする』

「しんぎを、たしかめてきます」

 言い終わるや否や、空気が揺らめいた。

 影のようなものが麻里佳と雀から立ち上り、すぐに消えた。それだけだった。

「――あれ?」

 麻里佳が驚いたように声を上げた。その声に驚いた雀が、修一の頭の上から飛び去る。

「しゅうちゃん、小鳥のパンがなくなっちゃった」

「ここにあるよ」

 コートのポケットに突っ込んでおいたビニール袋を取り出して渡してやると、麻里佳は嬉しそうに笑った。それから、修一の隣の人物に気づく。

「麻里佳、こっちは俺の友達の森本な。こんにちは、じゃない、あけましておめでとうだろ」

 修一に促されて、麻里佳はおずおずと新年の挨拶をした。

「あけまして、おめでとう」

「おめでとう。ごめんな、お年玉はないんだ」

 代わりに、と森本はポケットから小袋入りのチョコレートを取り出した。麻里佳は笑顔になり、修一を見る。修一がいいよと頷くと、ありがとうと受け取った。

「しゅうちゃん、ここ、小鳥来る?」

「来るんじゃないかな。撒いてみれば?」

 麻里佳は広場の真ん中まで走って、ビニールからパン屑を撒いた。すぐに、二、三羽の小鳥が寄ってくる。麻里佳はいつも通り、驚かさないようにそっとしゃがんでみている。

 じゃあ、俺はそろそろと立ち上がる森本を、修一は呼び止めた。

「なあ……喚ばれた時って、魔王になってくださいって言われたのか?」

「だいたいそんなところだな」

 まだ何か言いたそうな修一の顔に気づいて、森本は次の言葉を待つ。ためらいながら、修一は訊いた。

「……なんで魔王なんかになろうと思ったんだ?」

「親の病気を治してくれるって言うからさ」

 しかも前払いだったと、森本は笑っていった。

「そっか」

 森本が魔王に選ばれた理由が分かった気がした。強すぎてもいけない魔王が、彼らの望みだった。

「お前こそ、なんであいつらに協力しようと思ったんだ?」

「俺は、あれだ、ちょっと勇者気分を味わえるのもいいかなって」

「そんなことだと思った」

 少し間を置いて、森本は言った。――あの世界で選ばれた勇者は、みんなそんな奴ばっかりだったと。

「……計算ずくだな」

「まったくだ」

 強くない魔王と強くない勇者が戦った世界の行き先が、少しばかり気になる年明けの小さな事件だった。

「魔王と勇者」をお題に書いてみたらこうなりました。

勇者っていろんなものに振り回される運命なんです、きっと。

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