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聖峰の要  作者: くるなし頼
第一章 集う仲間
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裏切り者へ

一対三になった砂記は、苛立ちを隠さずに舌打ちした。


「さすがに分が悪いか」


近くで剣で切りつけてくる切手、その後ろからナイフを投げる遥、さらにその後ろから矢を射る手紙。


前衛、中衛、後衛が揃っているせいで、砂記が魔法攻撃を準備する機会を与えてくれない。


「降参してください!…そしてなぜ僕らが戦えてしまうのか、教えてください」


切手が祈るように砂記に頼む。

遠くにいる手紙も、なんとか聞き取れる声量で呟いた。


「…確かに、それは俺も知りたいかも」


「ふーん…」


そんな手紙を見て、遥は冷ややかな視線を送る。



何かを諦めている手紙に、砂記に戻ってきてほしいと思う切手。それを興味深そうに観察する遥。


とても同じ敵を相手にしているグループとは思えないほど、それぞれの意見は一致していなかった。



そんな雰囲気を察したのか、砂記は軽く鼻で笑う。


「フン…まあ、戦える理由は簡単だ」


いきなり説明してくれることに驚いた一同は、一斉に戦いの手を止める。

砂記は右手で掴む槍を地に着け、左手を自分の胸に当てた。


「『敵』のデータを俺に取り込んだからだ」


「…は?」


誰よりも先に、遥が相手をバカにしたような声と疑いの眼差しを向ける。


そして躊躇うことなく、言葉を次々と放つのだった。


「敵のデータを取り込んだら、ゲームプレーヤーとも戦えるって?意味分からないんですけど?」


「まあ…納得出来なくはない、という範囲だよね」


控えめに、切手も遥に賛同した。


さすがに居心地が悪くなったのか、砂記が頭を抱えてぶつぶつ呟く。


「うるさい。システムに関しては…その、そんなに詳しく無いというか」


「んー、悪いとこ突っ込んだかな?」


困る砂記を、遥は哀れむような目で見る。

はたから見ると、砂記は明らかに遥に遊ばれていた。本人たちは気付いていないが。


その間、ずっと手を組んで考え事をしていた手紙がやっと口を開く。


「取り込む、というより、データの書き換えってことですか?」


「…え?」


真面目な手紙の考察に、思わず砂記が呆気にとられる。そんなこと構わないというように、手紙は真剣なトーンで話を進めていく。


「砂記さんの電子都市リアリスでのデータにある『ゲームプレーヤー』という情報を『敵』に書き換えた。そういうことであってます?」


手紙の意外に分かりやすい解説に、砂記は思わず頷いてしまうところだった。しかし、すんでのところでその顔を止める。


「いや、確か取り込むと言っていたような…」


「…うーん」


手紙は再び考え込む。


いくらゲームに疎くとも、こういった面では受けてきた特別な教育を活かせる。それを手紙はよく知っていた。


考えることに苦を感じないことは、手紙の長所である。しかし今回ばかりは、これがマイナスにも働いていた。


「───っと、お兄さん。あんまり警戒を怠らないでよ」


「あ、遥、わるいわるい」



ついさっきまで手紙と離れた位置にいた遥は、一瞬のうちに手紙の背後に移動していた。そして手紙に向かって振り下ろされた斧を、ナイフで受け止めている。


しかし、悪びれた様子もなく遥に礼を述べた手紙の心は、未だに考え事に捕らわれているらしい。


呆れて嫌味も言えないのか、遥はただただ深い溜め息をつくのだった。



「い、いつのまに?!」


さっきまですぐ側にいた遥が忽然と居なくなったため、切手と砂記は驚いていた。しかしそんなことに構う暇なく、遥は受け止めた斧を押し返す。


「ほらお兄さん、仕事して」


「…もうしてる。こいつも、敵のデータの取り込みとやらをしているみたいだけど」


手紙は“捜索”を使った後、ゆっくりと自身に斧を向けた人物を見た。


そこにいたのは、とても斧を振り回すとは思えないほど、可憐な容姿をした女性だった。


桐姫(きりき)…。正直、助かった」


砂記がその女性に向けて、素直な感謝の言葉をかける。


女性は優しい笑みを浮かべることで、砂記に意思表示をした。その女性の笑顔は、綺麗な黄緑色の髪と合わさって見ている者に癒しを与えてくれる。


「それは、よかったです」


凛とした、淡々ともいえる話し方をする女性。

彼女はその長い髪の一部を高い位置に二つに束ねており、毛先は肩を少しだけ越えていた。顔立ちは整ってはいるものの、童顔らしく幼い印象を残している。



桐姫と呼ばれた女性は遥から一歩下がり、一礼した。


「不意打ちについては謝罪しましょう。…それにしても、よく私が来たことに気付きましたね?」


話し相手が手紙から遥へと変わる。遥は桐姫とは違い、毒のある笑顔で受け答えをした。


「あなたの外見に似合わない(よろい)が、朝日に反射して光ったので」


遥の発言により、手紙と切手は朝日が上っていたことに気付く。すでに夜は明け、涼しそうな夏の早朝の時刻となっていた。


「なるほど。これは迂闊(うかつ)でしたね」


可憐な外見に似合わないと評された、桐姫の身体を手足の先まで守る銀色の鎧。これはどこかの騎士団の一員が着ていそうな、ありふれたデザインをしていた。


反省点をすぐに改善する性格なのか、桐姫はすぐに暗い紫色のマントを鎧の上に羽織る。


「次からは、こうして現れましょう」


ひとり納得したあと、桐姫は斧の矛先を遥に向けた。

宣戦布告を悟った遥は間合いをとりつつ、ナイフを数本取り出して構える。


「砂記、ここは私が引き受けましょう。…逃げなさい!」


「お兄さんたちもここはぼくに任せて、安全な場所に行くべきだね」


桐姫と遥はお互いを真剣な顔で睨みつけつつ、仲間に話しかける。


砂記か静かに頷いたとき、手紙が叫んだ。


「んなことできるかって!」


手紙は弓を構えていた。もちろん、的は桐姫だ。


「遥くん、とか言ったね。…僕たちが退く理由はあるの?」


切手も剣を取り出し、いつでも動けるように桐姫と砂記を睨む。


二人に背を向けたまま、遥は溜め息をついた 。


「効率が悪いでしょ。…このお姉さん、かなり手強そうだし。少しでも生き残らないとね」


「遥、お前…」


思ってもいなかった返答に、手紙は驚いてしまった。その隙を突くかのように、砂記が乾電池を手に持った。


いち早くそれに気付いた切手が、砂記に近付く。


「それは『飛躍式(ひやくしき)乾電池』ですね。…ほんとに、あなたは僕らを裏切るんですか?!」


いつも落ち着いている切手は、珍しく怒りを露わにして声を荒げた。


「わざわざ仲間のフリをして、僕らを騙して…!」


切手の激情に少し驚きながらも、砂記はあくまで冷静でいた。


「そうだ。おまえたちをゲームオーバーにするべく、俺は動いた」


「…!ひどいよ!」


だんだんと日が高くなっていく。どこかで鳥の鳴き声すら聞こえてきた。



爽やかすぎる朝。それに気付くことなく、切手の心は悲しみが溢れていた。


ここまでのことが全て演技で、砂記は仲間であって欲しかった切手は、感情を抑えつつ俯く。


「切手…」


いつの間にか弓をおろしていた手紙が、感傷に浸る切手を心配する。


そんな中、この件に関してあまり関わりのない桐姫は怪訝そうな顔になる。そしてすぐに手紙に声をかけた。


「…。そこの、弓のかた」


「ん、あ、俺?」


いつもと変わらない表情を桐姫に向ける。よりいっそう、桐姫の顔は固くなる。


「あなたも砂記に裏切られた身でしょう?…なぜ、そこまで平然としているのですか?」


理解できない、そう思った桐姫。


桐姫の問いに初めはきょとんとしていた手紙の表情は、だんだんと悲しそうな笑顔に変わっていく。


「いや、人は人だからかな?」


「…?」


「俺って未だに人間がよくわからなくて。…人間って自分のためなら人を裏切れる。これは倫理としては良くないけど、その…心理としてはとても理解できるじゃん?」


手紙の口調は早くなったり遅くなったりと、秩序がなかった。恐らく手紙自身、しっかりとした考えがまとめられないようだ。


「あなたは、まるで自分が人間ではないような言い方をしますね」


桐姫は遥に向けていた斧を手紙に向けた。少し動揺しつつも、手紙は首を横に振る。


「偉そうなこと言ったとは思うけど!それに砂記に対しては怒っているけど、なんだか諦めの気持ちが先行しててっ!」


「…残念な思想の持ち主みたいですね。………」


桐姫は一瞬だけ砂記をみると、斧をしまった。そして砂記同様、乾電池を取り出す。


「気が変わりました。今回だけは見逃しましょう」


素っ気なく桐姫はそう言うと、乾電池を強く握りしめる。


この飛躍式乾電池は電子都市リアリスにある便利アイテムの一つ。行きたい場所を念じながら強く握ると、その場所にいける。

もちろん、便利であるぶん使用の際には色々な制限があるが。



「あ!」


手紙たちが止める前に、桐姫はその場から消えてしまった。砂記それに続いて乾電池を強く握る。その表情はとても複雑な感情が入り混じっているらしく、眉間にしわが寄っていた。


「ちょっと待ちなよ」


そんな砂記を遥が止める。


「君たち『リョクア側』の目的はなんなの?それが分かんないんだけど?」


やや挑発的な遥に対し、砂記は冷たく対処するのだった。


「色々な思想が入り交じっているが…俺たちはみな、電子都市リアリスが嫌いなんだよ」


「…」


嫌悪感を込め、砂記は言葉を放つ。そして乾電池の効果で、ここからすっと消えてしまった。


今まで砂記がいた場所。そこに遥は軽蔑とするとも言える、冷めた視線を送り続けていた。

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