助言者
電子都市リアリスにて体力値が設定されているものは、四種類ある。
一つは手紙や切手などの戦闘ゲームができる『ゲームプレーヤー』。
一つはコミュニケーションシステムのみの『コミュニケーションプレーヤー』。
一つはゲームプレーヤーが戦う『敵』。
最後の一つは、電子都市の案内やストーリー進行に関与する、作られた存在である『ゲームキャラクター』。よくNPCと言われるもの。
このうち戦闘を行えるのはゲームプレーヤーと敵、そして一部のゲームキャラクターである。
そして戦闘を行えるのは、違う種類の相手とのみになる。つまり、ゲームプレーヤーは同じ種類であるゲームプレーヤーとは戦えない。たとえ殴ったり魔法攻撃を行っても、体力値は減らない上に、その攻撃は当たらないようになっている。
手紙が見張りをすると言ってから約七時間。
暗闇に包まれながらも、もうすぐ朝日が現れてもおかしくない時間帯。もしここが現実世界ならば、目覚めの早い動物たちが鳴き声を聞かせてくれる時刻だ。
さすがの手紙たち三人も眠りについていた。
あとは日の出を待つだけ、そんなときに手紙の“捜索”が発動する。
「…!敵か?」
特技のおかげで、手紙の頭はすぐに冴えきる。その後すぐに自発的に“捜索”を使い、手紙を目標にした敵の居場所を探った。
《キミ…な…………ん…》
「…って、ん?」
特技を使った結果、近くに敵は見あたらなかった。
「というか、さっき変な声も聞こえたような…」
気のせいかと思った瞬間、再び何か言葉が聞こえてくる。
《…い………の……タ…》
「?!」
何を言っているのか、はっきりと聞こえなかった。しかしこの声が、何か特殊なものであることはわかる。
手紙は再び“捜索”を使う。すると敵は近くにいないものの、自分と同じ戦闘プレーヤーが近くにいることがわかった。
手紙は急いでその場所に向かう。
畑が一面に広がるなか、所々に生えた木々。小屋からだいたい二百メートル離れた場所、そこにプレーヤーがいるらしい。
足音をたてず、しかし素早く手紙は暗闇を走り抜ける。そのうち、うっすらと明るくなり、地に生える植物たちをしっかりと確認できるまでになった。
そして幹の太い大きな一本の木に辿り着く。手紙は勢いよく、そこに身を潜めていたプレーヤーの目の前に飛び出した。
「…!……へぇ」
驚きつつ感心したような言葉を漏らしたのは、手紙ではない。
手紙の視界に入ってきた不思議な雰囲気をまとう、やや中性的な顔立ちのひとりの少年だった。
その少年は面白そうなものを見る目で、手紙を見続ける。
「わりと離れていたから、気付かれないと思ったんだけど」
銀色の髪に金色の瞳、手紙より小さい背をした少年は、少々偉そうな口調を使う。
さらに冷ややかな言葉と、冷めた笑み。それを向けられた手紙は、あまり良い気がしなかった。
「それで?あんたが俺に変な声をかけてきたのかよ?」
「声…?」
何を言っているのかわからない、といったように少年は首を傾げる。この少年は明らかに怪しいものの、この言動に悪意を感じられなかった手紙は、すぐに首を横に振った。
「いや、ごめん。何でもないから」
「そう言われると気になるものなんだけどね。ま、確かに君はぼくに構ってる暇、ないんじゃない?」
「暇って…確かに見張りが離れちゃまずいか」
「ふふっ、そう言う意味じゃないんだけどな」
薄ら笑いを浮かべて楽しそうに話しながらも、やはり少年のどこか冷めた口調に変わりはない。
意味が分からなくなってきた手紙から、苦い声が出てくる。
「あのさ、君なんなの?」
「うん?まあ、今の君にとっての良き助言者かな。ちなみにぼくの名前は、くわ───」
ガシャァアン!!
遠く過ぎず近過ぎず、そんな距離からなにやら物が壊れる音がした。
「な、なんだ?!」
手紙は音のした方を向く。それは、切手と砂記のいる小屋がある方向だった。
落ち着いている少年は、変わらぬ口調で腕を組んだ。
「あらら。行動早いなあ…。慎重そうな見た目してるのに」
「あっちは…小屋のほう?」
切手と砂記に何かあったのではと不安にかられたとき、少年は手紙の背中を軽く叩く。
「そうでしょ。ほら、こうしてる間にもあの槍攻撃術士が、君の親友を殺しちゃうよ?」
「…っと、なにするんですか!」
砂記の電撃魔法攻撃を避けようとした切手は、ドアを体当たりして開け、小屋から飛び出た。
そして電撃に向かって、とっさに前に出した自分の右手を切手は見つめる。その右手には特技の“相殺”を使った感覚がまだ残っていた。
「しかもプレーヤー同士の喧嘩防止のため、攻撃は当たらず、通り抜けるはずなのに…」
戸惑いながらも怒る切手に、槍を持った砂記が近付く。
「お前の特技は魔法攻撃にも有効なのか…こざかしい」
砂記は槍を掲げ、再度攻撃魔法を使う準備を始めた。
魔法攻撃は必中かつ大ダメージを受ける。よって切手は魔法攻撃を発動させる前に、砂記を止める必要があった。
二本の剣を取り出し、急いで砂記に駆け寄る。そして攻撃をするため、剣を振り上げるが…。
「…っ!」
出会ってからまだ一日も経っていないが、仲間だった砂記。そう思い、一瞬ためらった切手に電撃がぶつかる。
「…やばっ…」
衝撃により切手は数メートル後ろに飛ばされた。そして急いで自分の体力値を確認し、絶望する。恐らく、魔法攻撃どころかあと槍の一振りを一度でも受ければ、体力値は尽きゲームオーバーになってしまう。
「プレーヤー同士は戦えないはずなのに、どうして体力値が削られるのさ?!」
“相殺”が使えるまであと、十秒ほど。
切手は諦めずに勝機を探した。
「残念だが、ゲームオーバーになってもらう。…リョクアのためにも!」
「くっ…」
砂記は槍は引き、切手に狙いを定める。回避は難しいと判断した切手は、防御の姿勢に入った。
まさにそのとき。
「切手ーーー!」
どこからか、切手の名前を呼ぶ手紙の声がした。その声と同時に、無数の矢が砂記と切手の間に放たれる。
「…ちっ」
舌打ちした砂記が一歩後退する。その隙に切手は回復薬で体力値を完全な状態に戻した。
手紙は走りながら、なお矢を射続けている。さすがに走っているせいか命中率は低かったが。
それをすぐに見抜いた砂記が、再び魔法攻撃の準備のために槍を掲げた。
「…っ!」
急いで対処法を考える切手だったが、いい方法が思い浮かばない。とにかく早く“相殺”が使えることを祈るしかなかった。
しかし、切手の目の前で砂記はいきなり倒れる。
「残念でーした」
人を小馬鹿にしたような声で、砂記の背後から銀髪の少年が現れた。倒れ込んだ砂記は一瞬にして立ち上がり、謎の少年を睨みつける。
「なんだ…?」
「ん?リョクアの味方っぽい奴が怪しいことしてたからさ。釘ならぬ、ナイフを刺しておこうかと思って」
少年はにこやかな笑みを浮かべる。
仲間の砂記に攻撃されたと思ったら、銀髪で白いパーカーを着た、半ズボンの少年が現れた。何が起きているか分からない切手は、地面に突き刺さったものに目を奪われる。
「これは…ナイフ?」
その言葉に砂記が反応する。
「そうか、投げナイフか。…お前、もしかして『クワナ ハルカ』か?」
「ふふっ…。ま、八割正解だよ」
クワナハルカと呼ばれた少年は鋭い笑みのまま、幾つかのナイフを両手に持ち構える。そしてそのまま、ナイフを砂記目掛けて投げつけ始めた。
「…面白い!」
闘志をむき出しにした砂記はクワナハルカに槍を向け、投げられたナイフを突いて落とす。それからどんどんと二人で戦闘を繰り広げていった。
呆然とその光景を眺める切手に、やっと手紙が追いつく。
「き、切手、無事か?…ったく、あいつ、凄い、特技を、もってるな…」
息切れしている手紙に、切手が駆け寄る。どうやら手紙は矢を射続けながらも、全力疾走したらしい。
「手紙こそ大丈夫?そ、それと砂記さんが…」
「うん…。本当にあいつの言うとおりになっちゃったよ…」
手紙はクワナハルカの方に目をやる。そして先ほどあの少年に聞いた情報を、切手に伝え始めた。
「砂記は電子都市リアリスに俺たちを閉じ込めた『リョクア』側の人間だったんだ」
「リョクアって、あのメールのひとだよね?」
切手の問いに頷きつつ、手紙は話を進めていく。
「うん。俺たちに近付いた理由は謎だけど、砂記は俺たちをゲームオーバーにさせる気だったみたいだ。…全部、『ヨウ』に聞いた話だけど」
「『ヨウ』…?誰なのさ、それ」
「あれ?あいつ名乗らなかったのか。あの銀髪のナイフ投げてる奴」
「え。なんかクワナハルカとか呼ばれて、八割正解とかいってたよ?!」
二人が話している間にも、クワナハルカことヨウがナイフを投げつつ、槍をかわす。砂記は槍でヨウに攻撃しつつ、飛んでくるナイフを地面に叩きつけたりしていた。
手紙は二人の戦いを見ながら、解説を続ける。
「彼は『加七 遥』。遥と書いて遥と読ませるらしい」
「なるほど、それで砂記さんはクワナハルカって呼んだんだ…。それより、加勢しなくていいの?」
切手はほぼ対等に戦う二人を見て、再び剣をとる。手紙もいつも使う弓を構え、砂記に狙いを定めた。
「先に切手に説明するよう、遥に頼まれたから。…でももう終わったら、俺たちも戦おう!」
「了解!…もう、迷わないから!」
複雑な表情を浮かべつつ、砂記と戦うことに腹をくくった切手は言い切った。そして手紙の元から離れ、遥と砂記に向かっていく。
ひとりになった手紙は落ち着きをはらい、“捜索”を使う。
すると今までは確かに『ゲームプレーヤー』だった砂記の情報は、『敵』に変わっていた。