攻撃魔法
ハチノコの見た目は、馬鹿でかい密蜂だった。しかし大きさはこの間のモグマに負けず劣らずで、空を飛ぶこともできるらしい。
素早く剣を両手に握り、切手は敵に向かって走り込む。
弓を使う手紙と、攻撃術士の砂記はその後方で武器を構えていた。
今は夏。電子都市リアリスは現実世界の季節も反映する。ログインして時が流れ、夕日が空を赤く染めるなか、一番最初に攻撃を仕掛けたのは切手だった。
敵が空を飛んでいることもあり、切手は大きく跳躍する。そして浮いている最中にバツを描くように、剣を交差させて切り裂く。
するとハチノコは、ふらついて一瞬地につく。しかし、すぐにまた飛んでしまった。
「なるほど…ある程度の攻撃を受けると、地面に落ちるのか」
砂記が納得したように呟く。その横で手紙は弓を引き、すでにハチノコに狙いを定めていた。
「それなら俺達がぱぱっと攻撃を当てて、落ちたところを切手に任せれば良いですね!」
意気揚々と手紙が矢を放つ。視界に入ってくる夕日が眩しそうだが、手紙の手は止まらない。
「よしっいけっ!」
切手から離れ、地上から五メートル離れた所を飛ぶハチノコに手紙の大量の矢が注がれる。
矢に合わせて、砂記も魔法攻撃の電撃を次々と使っていた。
「手紙は凄い命中率だな。今のところ、ほぼ百発百中じゃないか?」
砂記は感心しながら一生懸命矢を射る手紙を見た。そのほめ言葉に、手紙は元気な笑顔を見せる。
「失礼な。完璧な百発百中ですよ!…っと」
そのとき手紙と砂記目掛けて、ハチノコがいきなり急降下して来た。恐らく、ハチノコの大技なのだろう。
黄色と黒しかない巨大が迫ってくるのは、なかなか怖いものらしい。さすがの手紙と砂記も、怯んで逃げるのが一瞬遅れる。
「まずい…!」
攻撃術士である砂記の防御力は低い。四つある職業のうち、個人差はあれど基本的に防御力が低く設定されているのは攻撃術士だ。
こうしている間にもハチノコは羽音で危機感を煽りながら、どんどん迫ってくる
「大丈夫!」
逃げ切れないことを悟りながらも、なお避けようとする砂記に、手紙が明るい声で叫ぶ。
「なに…?」
怪訝そうに砂記が、思わず足を止めた。
するとすぐそこにまで迫ってきたハチノコめがけて、切手が勢いよく飛び込む。そして素早く一発、切り込んだ。
「な…!?」
明らかに切手の攻撃力では、ハチノコの急降下の攻撃力を上回れない。そう思った砂記だが、目に飛び込んできた光景に驚いていた。
「ふうっ。なかなかハチノコも素早いね」
準備運動をしたあとのように、無傷の切手がさらりと喋る。切手の軽やかな攻撃一つでハチノコは完全に止まり、すでに後ろの方に一時距離をとっていた。
切手は特技の“相殺”を使い、ハチノコの急降下を無力化していた。
そのおかげでハチノコも切手も、そして切手の後ろにいた手紙と砂記も無傷で済んだ。
「なかなか面白い特技をもっているな」
口角を少しだけ上げて、砂記が切手に声をかけた。ほのかに切手も嬉しそうだった。
「ええ。この特技のおかげで、僕は前衛戦士でいられるようなものですから」
スピードと回避に力を入れている切手は、前衛戦士にしては防御力は低い。理由は動きやすくするため、装備を軽くしているからである。
装備品には「重量」が定められている。基本的に防御力と重量は比例しているため、防御力が高ければ高いほど、重量があがる。
もちろんここは意識だけの世界であるため、実際に重さは感じない。ただ動くスピードが遅くなるだけだ。
ここまで驚かされ続けた砂記は、今度はこちらの番だと言うように、槍を天に向ける。
「魔法攻撃は絶対に外れない…」
ぼそりと呟いてみせる。
イモムシ戦よりも時間はかかったものの、やがて槍には火花が散った。
その明るさは、前回のものとは比べものにならないほどだ。
「おおっ、なんか凄いですね!」
火花が視界に入った手紙がいち早く砂記の魔法に気付く。そして砂記は静かに槍の矛先をハチノコに向けた。
「行け…!」
槍から離れた電撃が辺りを照らし、ハチノコへ向かっていく。その電撃はハチノコを包みこみ大きな音をたて、体力値を大きくえぐった。
電撃から解放されたハチノコは、明らかに疲れ果てている。
「凄い!」
そのハチノコの様子を間近で見ていた切手が、剣を構えながら感動していた。
「やっぱり一撃でのダメージの大きさは、攻撃術士が一番だね。…とどめは決めさせてもらいます!」
低空飛行となったハチノコめがけて切手が剣を向ける。途中、ハチノコが明らかに毒っぽい塊を投げてきたが、切手は軽やかにかわした。
…その後方にいた手紙と砂記も、ギリギリ避ける。
「うおわっ!?」
「…危ないな」
切手は背中から聞こえたその声に、思わず苦笑してしまった。しかしハチノコの目の前に来たら、その表情は真剣なものとなる。
大きく跳躍した切手は、二本の剣の持ち方を素早く変えた。
いつも剣の柄を持つとき、切手は刃があるほうに人差し指があるようにしている。それを今、刃がある方を小指へと変えた。
「いっけー!切手ー!」
嬉しそうな手紙の声援と同時に、切手は二本の剣をハチノコに突き刺す。そして重力に引かれながら、勢いよく地面へと落ちていく。
「…現実世界だったら相当エグいな」
「それを言ったら終わりですって」
槍を既にしまった砂記と、まだ弓を手にしている手紙が雑談をしていた。
「ふう…」
切手が無事に地面に着地したとき、ハチノコは消えていった。その後に、何かきらりと光ものが落ちる。
「やっぱり、あの砂記さんの魔法攻撃が大きいですね」
穏やかな畑のフィールドの端っこで、先ほどの戦闘の振り返りを三人は始めていた。
切手の言葉に手紙も続く。
「確かに。魔法攻撃の強さを改めて知った気がします」
「まあ、そうだろうな」
砂記は照れた様子もなく、淡々と話し出した。
「手紙と切手のコンビネーションは物凄く良いだろう。だがそれは安定しているだけで、火力に乏しかったからな」
「う…」
痛いところを疲れた切手が、言葉を詰まらせた。それを見て砂記は急いで首を横に振る。
「いや、そういうことじゃない。決定的な火力が足りない、ただそれだけだと思う」
「…なるほど。たしかに俺も切手も基本的に、一撃必殺!じゃなくて手数で勝負!だからなぁ。ここは俺が常に一撃必殺係になるしか…」
手紙が納得したように頷くと、砂記が困ったように頭をかいた。
「ま、まあ、手紙のスタイルはサポート系だからな。今まで通りでいいと思うが」
「え。そうなんですか?」
「ああ。もしかしてアタッカー志望だったか?」
「あたっ…?えーと、カッターですか?」
「…いや」
純粋に喋る手紙に対し、砂記は困り果てた。そして隣にいる切手に助けを求める目を向ける。
「手紙は電子都市リアリス以外のゲームをやったことなくて。ゲーム用語とかは特に苦手なんです」
「…アタッカーはゲーム用語ってわけではないと思うが……」
切手と砂記が同時に手紙を見た。状況をいまいち理解していない手紙は、ただただ首を傾げる。
「そう言えば、最後にハチノコが落としたのは?」
「あ、それがあったね」
ハチノコが消えた後、現れたきらりと光るもの。手紙はずっとそれが気になっていたらしい。
それを回収した切手が、二人の前に差し出した。
「これは、石?なんか綺麗にまんまるだけど」
興味深そうに、緑色の球体の石を手紙は見つめる。切手の片手に収まるほどの大きさの石はうっすら透けていて、太陽の光を反射していた。
表面がつるつるしているのかと思い、手紙が石に触れる。ちょうどその瞬間、石の光の反射が静まった。
「?…っと、もう夜か」
気付けば日が落ち、周りは暗闇に包まれる。どうやらこの石は、太陽が沈んだせいで反射する光を失ったようだ。
電子都市リアリスの時間、季節、流行は全て本社があるアルシィス国に合わせてある。
ちなみに手紙と切手のいるカタヤ公国とアルシィス国の時差はそんなにない。
都会では決して見られない澄んだ夜空を見上げながら、切手が呟く。
「電子都市リアリスの中でも、睡眠は必要なのかな?」
「さあな」
夜空を見上げた砂記が、素っ気なく答えた。同じく夜空に目を輝かせる手紙は、その嬉しそうな顔と声で話し出す。
「電子都市リアリスは常に脳に介入しつつ、働きかけ続けます。それを少しでも和らげるためにも、ここでの睡眠は絶対に必要だと思いますよ」
「…おい、ゲームには疎いんじゃないのか?」
「残念。俺は機械のシステム系には強いんです」
呆れた砂記に、手紙は明るい返事をする。
昼間の恐怖はすっかり和らいだ手紙たちは、危機感すら薄れていく。
そのまま雑談をしつつ、三人は穏やかな畑のフィールド内にある、木造の小さな小屋に向かった。
畑の真ん中にこじんまりと建つ小屋の中には、ベットが二つ。そして布団も二つずつあった。
「うんうん。数は足りるね」
満足そうに切手が頷く。すると手紙は早々と布団を抱えて、小屋の入り口から外にでた。
その異様な光景に、砂記は思わず口を挟む。
「何をしている?」
「え?ああ、俺見張りしますから。なんかよくわかんない敵もいるし、念のために」
「見張りは必要だろうが、なにもお前が…」
やらなくてもいいのでは?
そんな砂記の言葉を軽く受け流し、手紙は小屋の外の入り口付近に布団を敷き終えた。
「ま、俺が適任なんですって」
笑顔で手紙は手を振ると、勝手にドアを閉める。
“捜索”を特技に持つ手紙が小屋の見張りをする。
この特技により、敵が手紙を攻撃をしようとすれば、素早く察知できる。これは手紙が無意識に行える特技の機能なので、寝ていても働いてくれる。
これはまさに、見張りにはうってつけだった。
しかし手紙の特技をまだ知らない砂記は、困惑しかしていない。それを見た切手が、笑いながらなだめている。
「手紙なら大丈夫ですよ。それに砂記さんが仲間になって、少し浮かれているみたいですし」
「浮かれる?」
「はい。その…手紙って友達少ないので」
切手と砂記が小屋のなかで雑談を始めた。小屋の外にいるため、中の声が聞こえない手紙はひとり布団に潜り込む。
その表情は、にこやかなものだった。
「…?あの明るい手紙に友達が少ないだと?」
小屋のなかでは、切手の言葉を疑うような砂記の声がしていた。
二人も就寝前らしく、それぞれ備え付けられたベットに横になっている。
「まあ、手紙が通っている学校がお堅いところでして。それが原因なんです」
「お堅い、か。そういう雰囲気は俺も苦手だ」
「そうですか?」
切手は落ち着きをはらった声で、ずっと気になっていたことを訊こうとしていた。
「砂記さんってガサツそうですが、その行動一つ一つに品がありますよ」
「…いちいち一言多い奴らだな」
呆れつつ、砂記は切手の観察力の鋭さに驚いていた。
三人はまだ顔を合わせてから数時間程度の付き合いである。砂記自身、手紙と切手がどんな人物なのかいまいち掴めていない。
しかも切手が見抜いたのは、言動に表れる上品さだ。どうしたらそんな視点で人を見れるのか。砂記は気になったが、とくに言及はしなかった。
そのとき、ぽつりと切手が言葉を呟く。
「見慣れているから、分かるんですよ」
しかしこの声はあまりに小さかったため、砂記はよく聞き取れなかったらしい。
「何か言ったか?」
「…はい。品のある行動をする親友がいるから、砂記さんのも気付けたんですよ」
切手はこの小屋に一つしかないドアを、優しい目で静かに見つめていた。