糸部 砂記
手紙と切手は『穏やかな畑』と呼ばれる、電子都市リアリスで一番弱い敵が徘徊するフィールドに来ていた。
つまり誰もが一番初めに訪れるスタート地点に、二人はいた。
「勢いのままここに来たけど、どうすればいいんだ?」
腕を組んで、フィールドの入口付近にて立ち止まる手紙が切手に質問する。
「僕に聞かれても。どうすればストーリーとやらを始められるのか知らないよ」
意気込み充分に走り出したものの、いきなり二人は立ち止まってしまった。
切手は考える。
よくあるストーリーRPGというのは、始まると同時に何をすればいいのか分かるもの。しかしここは、一応オンラインゲームなんだよね。
それならストーリーに関わるクエストと呼ばれる、ゲームキャラクターの依頼をこなすのかな?ということは、まず中央街にもどってみようか。
手紙は考える。
ストーリーっていうのはお話。RPGはロールプレイングゲームの略称…だったかな。ならば俺たちが立ち止まって道を迷うこともストーリーだというのか?
誰だって一度は何をすればいいのか分からなくなる時がある。そんなとき、自分は何をすべきかと、足を止めることも大切だ。
…なるほど、ストーリーRPGっていうのは人生の挫折を違う視点で教えてくれるうえに、解決法をひたすら探させるという教材ってことか!
目を輝かせた手紙が、大きく頷いて感動していた。
「なるほど、ゲームって奥が深いな!」
まさか親友が大きな勘違いをしているとは思いも寄らない切手は、素直に同意する。
「うん。でも困ったね…」
ちなみに、手紙は電子都市リアリス以外のゲームはしたことがない。
「…ん?」
その時、急に手紙がキョロキョロと周りを見渡し、ゆっくりと歩き出した。
その足はすぐに止まり、切手を手招きする。
「おーい切手、見てみてよ!」
「どうしたのさ」
切手が手紙の場所まで進むと、そこには見知った顔が居た。
「あれ?雲多さんに葉月さん?コミュニケーションシステムのみの二人が、どうして敵のいるフィールドに?」
よく見ると、二人は敵と戦っている。コミュニケーションシステムのみの利用者は、もちろん敵と戦うことはできないはずだが。
そこでやっと、切手はこの状況を理解した。
「もしかして…ゲームクリアを目指すために、わざわざゲーム機能も開始したのかな」
「そうだと思う。ゲームオーバーを恐れて動かないゲームプレーヤーが悪いとは思わないけど…。雲多さんたちは何だかかっこいいな」
雲多も葉月も、武道とは遠い生活を送っているらしく、危険にならない程度に苦戦していた。
助けに行こうかと話し合いを始めたところで、手紙が再び周辺を見渡し始める。
「?…なんだ?」
「手紙、どうしたのさ」
「俺って“捜索”を不定期に使う癖をつけたじゃん?何だかまた新たにこのフィールドに人が来たみたいで…」
手紙は話していると、自分たちが来た道を辿る男性を一人見つけた。思わずじっと見つめてしまうと、目があう。
無表情のその男性はどんどん手紙たちに近付いてきた。
「えと、あの…?」
切手が動揺しながら、すぐそこまできた男性に声をかける。
男性の肌は褐色で、がたいも良い。身長も高いうえに無表情だと少し顔が怖く、見た目だけで人を怖がらせるには充分な容姿をしていた。
そんな男性の怖い印象を和らげていたのは、一つに束ねられた、海のように青い長髪だ。
つい、手紙と切手の視線も髪に向いてしまう。
「…ああ。この髪か」
二人の目線にすぐ気付いた男性は、意外にも気さくそうな笑みを浮かべ、指で長い髪を掴む。
「あ、すみません。直視してしまって失礼でしたね」
慌てて切手が頭を下げた。続いて手紙もそれに続く。
こんなふうに謝られるとは思ってもみなかった男性は、驚きながらも二人の顔を上げさせた。
「謝ることではない。…それより、紹介が遅れたな。俺は糸部砂記だ」
「俺は手紙って言います」
「僕は湯家切手です。けど、どうしてここへ?」
切手の問いに、腕を組んだ砂記は無表情になる。ただ少しだけ、口角が上がっているようにも見えた。
「君たちはゲームクリアを目指しているのだろう?ならば、ぜひ仲間にしてもらいたくてな」
この状況で敵の居るフィールドに出ると言えば、ゲームクリアを目指すほか目的がない。
さらに仲間が多ければ多いほど、火力は上がり生存率も高くなる。
手紙と切手、砂記にとってもメリットだらけの提案に、二人は顔を見合わせた。そして、砂記の方をむき直し頷く。
「とってもありがたい提案ですが…なぜ、俺たちなんです?」
「電子都市リアリスで組めるグループは四人までですよね?砂記さんは強そうですし、僕らなんかでは足手まといなのでは?」
手紙と切手が話し終えると、砂記は静かに首を振った。
「君たちは強いだろう。なにより、戦意があるのは何よりの強みだ」
砂記の口調は偉そうだが、どこか優しいところがある。不思議とそれは手紙と切手にも伝わっていた。
「それに…」
砂記は周囲を睨むように見渡した。つられて手紙たちも同じことをするが、畑しか見えない。
黙ってしまった砂記に、切手が声をかけた。
「どうしたんですか?」
「…いや。先ほど怪しい人物を見かけてな。まあ、ここには居ないらしいが」
険しい顔から、無表情へと戻す。この砂記の落ち着いた言動や、Tシャツにシンプルなジーンズというスタイルから、大人らしさが伺える。
そのせいか年齢を知らない砂記に対して、手紙たちは自然と敬語を使っていた。
「ええと。それではグループ登録、俺たちからもお願いしてもいいですか?」
話題がよく分からなくなる前に、手紙が話を戻す。砂記は改めて二人の方にむき直し、小さく頷く。
「ああ。よろしく頼む」
「…砂記さんは格闘系だと思っていました」
穏やかな畑で歩きながら世間話をすること約五分。さっそく手紙から失礼な発言があった。
「ちょ…!手紙、失礼だって」
さすがの切手も手紙を叱る。しかし切手の表情からして、心の中では手紙と同意見らしい。
「まあ、よく言われる。以前、前衛戦士だと勝手に思われ、言い争いになったことすらあるからな」
当時のことを思い出しているのか、砂記は苦笑いしていた。そして反省していないだろう手紙は、そんな砂記にとにかく聞きたいことを聞きまくっていた。
「攻撃術士ってことは、やっぱり目標は四天王の降千朝さんなんですか?」
「あそこの域にたどり着ければとは思っているな。せっかく『術士』の適正があることだ」
「…うーん。なるほど」
術士の適正。
これも電子都市リアリスの特徴の一つだった。
服や武器に続き、攻撃魔法や回復魔法の演出も、プレーヤーが決めなくてはいけない。
「まあ、見せた方が早いな」
砂記は近くにいた大きなイモムシに体を向けた。そして右手には槍を持つ。
ちなみにイモムシの体は緑色。動きはなかなか気色悪いが、顔は可愛らしいため人気はまずまずあるとのこと。
そんな中途半端なイモムシに向かい、離れた場所で砂記は槍を掲げた。背の高い砂記の背丈を優に越える槍は、砂記が掲げてもそこまで地面から離れない。
「あの槍、かなり長いな」
「うん。でも割と軽そうだね」
こそこそ話をする手紙たちをよそに、砂記は敵に集中している。眉間にはシワがよっており、表情自体は怖かったが。
その時だった。
槍の周辺に火花が舞う。
「おおっ!」
思わず手紙が、楽しそうに声を出した。
そんな声にも心を惑わせず、砂記は槍から一閃の電撃を放つ。
電撃は外れることなくイモムシの中心にあたり、一瞬にしてイモムシを消してしまった。
「すごい…!」
切手もその威力に驚く。
槍をしまった砂記が、少しだけ嬉しそうに振り返った。
「攻撃魔法をあまり見たことがないのか?」
「はは…実はそうなんです。特に僕は適正すらないですから」
「…そうか」
切手には術士の適正はなかった。
先ほどの電撃の演出も、全て砂記が頭で考えたものである。そして魔法攻撃は使うときにより、細かく演出が変わってしまう。
つまり、定型的な登録が武器などと違って出来ないのだ。
少しだけ落ち込む切手に、明るく手紙が声をかけた。
「まあまあ、俺だって適正あるのに使いこなせないし」
定型的な登録ができないため、その時その時で演出を考えなくてはならない。
そのうえ、頭で考えてから魔法攻撃の発動まで、早く処理をする必要もある。
これによって、電子都市リアリスには術士の適正という言葉が生まれた。
術士の適正があるか、ないのか。
これははっきりと、脳の構造で決まる。
その人の脳と電子都市リアリスの互換性。つまりその人の脳がどれだけ読み取りやすいかによって、変わってくる。
「さて、気を取り直して巨大な敵にでも挑むとしようか」
腰に手を当て、穏やかな畑のフィールドの奥側を睨む砂記が、ぼそりと呟く。
その言葉に首を傾げた手紙は、“捜索”を使った。切手は戸惑いながらも、砂記と同じ方向を見る。
「巨大な敵…?ここは初心者向けのフィールドだから、そんなものいないはずでは…って、ええ?!」
「…ハチノコ?そんな敵、ここにいたっけ?」
“捜索”により、砂記の言う巨大な敵の名を掴んだ手紙が、すぐに弓を取り出した。切手も急いでそれに続く。
「とりあえず、このグループで初めての戦闘開始だね!」