表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
聖峰の要  作者: くるなし頼
第二章 幻惑の定
47/48

幻惑の定

「ありがとう」


優しそうな女性の声が、どこからか聞こえた気がしていた。



凄まじい爆発音とともに、眩しすぎる光が辺りを包む。

目を伏せていた手紙は、恐る恐る片目を開けてみる。すると、そこは真っ白な世界が広がっていた。


「わあ…」


自分以外が全く見えない真っ白な世界。その珍しい光景に落とされた手紙の声は、今もなお響き続ける爆発音にかき消されてしまった。



自分の声は誰にも届かない。


誰かの声も自分には届かない。



残響に包まれながらも、陰ることの無いこの空間から手紙は目が離せなかった。


───ひとつ、完了か。


手紙の脳内に、芯の通った男性の声が鳴る。爆発音という騒音の中、はっきり聞こえたこの声は、どうやら手紙の頭に直接語りかけたものらしい。



うーん…また史境エリアの関係者かなあ。



彼女と似た意思疎通手段を使う男性の声に、手紙は少しだけ戸惑う。


しかし、そんなものはすぐに一蹴りされた。



───あの(むすめ)とは違う。我は………。


「…え?」



まるで手紙の思考を読んだかのように返答した声に、思わず顔をしかめる。その時にはあの爆発音は止み、白い世界も黒く歪んでいく。

やがてもとの洞窟に戻った頃には、あの男性の声はしなくなっていた。


かわりに見えたのは、近くで前を向いている切手と遥、そして少し遠くで立ち尽くしたレイの姿だ。




(りっぽうたい)と水月の姿は───そこにはなかった。


しばらくこの場に沈黙が流れる。しかしそれを破り、その場に落ちていたものを拾ったレイは手紙たちのもとに戻る。


そのレイの手の中には、四つの腕輪が収まっていた。


ついさっきまで戦っていた敵を彷彿とさせる、アクセントに緑の立方体がついた銀色の腕輪を、レイは皆に配る。


「…これは?」


「とりあえず、つけてみろ」


切手が訊くと、腕輪をさっさとつけたレイが静かに言い放った。


全員が腕輪をつけたことを確認したレイは、手紙と切手の腕を掴む。


そして二人の手を、遥の目の前に持っていった。


「遥、これを持て」


『これ』扱いされた手紙と切手の手首を、遥はきょとんとしながら持つ。その後、レイが遥の肩に右手を置いた。


これで、皆が遥に触れていることになる。


「この状態で“瞬間移動”で出口まで飛べ」


「? それは構わないけど。ぼくの特技の“瞬間移動”は、いくらぼくにくっついていても、他のプレーヤーは運べないよ」


というか、できたら前からやっているし。



そう言葉を付け足した遥はレイの命令に従い、特技を使った。








そして、四人は文字通り一瞬で洞窟の出口まで移動していた。


「あれ?」


自分だけでなく手紙たちも一緒に移動していたことに、遥は驚きを隠せなかった。自分の腕についている腕輪をじっと見ると、遥はレイに疑問をぶつける。


「これはなに?」


「プレーヤーに“道具”のデータを付け加えるものだ」


さらりとレイが答えると、納得したように手紙が大きく手を叩く。


「なるほど。“瞬間移動”は武器などの道具は一緒に運べるけど、プレーヤーの俺たちは運べない。だけど俺たちが道具のデータを持ってしまえば、“瞬間移動”の効果が受けられるんだ」


手紙の解説を聞き、隣にいた切手も納得する。


「なるほど。でもそれって“瞬間移動”でしか恩恵がないような…」


「………強いて言えば、その腕輪があれば俺の弓で切手が射れるけど…」


「お断りだね」


即座に切手は首を横に振った。



どうやらこの腕輪は立方体が落とした戦利品(アイテム)らしい。


その腕輪をじっと見つめた後、レイは手紙たちを見た。


「ゲームクリアをする、三つの攻略ルートがある。そのうちのひとつのラストボスが、この立方体だったんだ」


「えっ?! じゃあ朝さんにはそんな強敵のデータが?」


切手が驚いて声をあげると、レイは無言で頷く。その隣にいた遥は腕を組みながら考え込んだ。


「そんな強力なデータを抱えたから、レイの回復魔法による救助ができなかった、とか?」


「いや、違う」


遥の問いに即答したレイは、一瞬だけ悲しそうな表情を浮かべる。しかしそれを悟られる前に話し始めた。


「それは、朝が特殊な体質だからだ」


「…特殊?」


「ああ。朝…と、水月もだな。二人はプログラムによって構成された『ゲームキャラクター』だからな。朝は侵入してきたデータと自分のデータが同質であるゆえに、綺麗に混ざり合ってしまったんだろう」


さらりと言われたその言葉に、三人は言葉を失った。


『ゲームキャラクター』。

それは、ゲームプレーヤーとは違う。言ってしまえば、ゲームキャラクターは生き物ではない。


ゲームの中でしか動くことの出来ない、架空の人物である。


「…」


手紙たちは思わず黙り込む。おそらく色んな感情がせめぎあい、なかなか言葉が出てこないのだろう。


やがて、心の整理が出来てきた手紙が口を開く。


「それでその…朝さんと水月さんはどこに…?」


恐る恐る出てきた言葉は、二人の安否を気にするものだった。隣にいる切手と遥も、手紙と同じような視線をレイに送る。


二人の正体を知ってなお心配をしてくれる。そんな三人に感謝をしたレイはその気持ちを尊重し、もう隠し事はしなかった。



立方体の最後の爆発の効果。


救う手段が見つからなかった朝は、恐らく立方体とともに消えてしまったこと。


そして立方体の爆発の効果により、水月も犠牲となったこと。



その全てを話し終えた。


「そ、そんな…」


切手が信じたくない、というように言葉を漏らす。


一通り話し終えたレイは、いつも通り表情は変えない。しかし無意識に口数が増えてしまっていた。


「はじめの頃、強さの度合いによる縦社会化を恐れたアルシィ会社は、四天王というものを作った。四天王という絶対的な最強がいることで、強き者は弱きを助ける、強き者は偉いわけではない、それを浸透させていた」


一瞬だけ遠くを見たレイは、話を続ける。


「特に朝と水月は表舞台でがんばっていてくれたな」


「…あのさ」


そのとき、腕を組んだ遥が少しだけ訊きづらそうにたずねた。


「レイもゲームキャラクターなわけ?」


するとレイはゆっくりと首を横に振る。


「いや、違う。俺は人間だ」


「そっか」


「ああ。…だが、変わらないだろう?」


「?」


想定外のレイの言葉に、三人は顔を上げた。すると視界に入ったのはレイの表情ではなく、細くも意思の強そうな背中だった。


「あいつらは俺にとって大切な仲間だ。ゲームキャラクターとか、本物の人間かなんて問題ない。なによりあいつらは、誰よりもこのゲームを楽しんでいたしな」


「…! うん!」


思いやりのこもった言葉に、三人の気持ちも重なる。友情を大切にし、それに救われている三人はもう下を向くことはなかった。


そしてまだ手紙たちに背を向けたままのレイは空を仰ぎ、独り言のように呟く。


「『幻惑(げんわく)』のルートが完了か。残るは『聖峰(せいほう)』と『心根(しんこん)』…」


















四天王が一気に二人敗退か。



薄暗い石造りの地下牢の中で、史境エリアはひとり物思いにふける。


牢の中とはいえ、ここは敵たち所有の建物である。それゆえ史境エリアは捕まったために牢にいるわけではない。


ただ、ひとりになりたかっただけである。


長すぎる髪を引きずりながら、彼女は冷たく冷えた檻の鉄に触れ、さびしそうな表情を浮かべた。


《これが幻惑(ゲームキャラクター)(さだめ)って言うのか?》


史境エリアは目を瞑るとそのまま床に倒れこみ、眠りについた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ