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聖峰の要  作者: くるなし頼
第二章 幻惑の定
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二人を、二人で。

「回復魔法が通じない…?」


暗闇を照らす敵に向かい、レイは思わずといったように言葉を漏らした。


動揺を隠しきれないレイのこの言葉を聞いた切手は、一度で分かったはずのその言葉を聞き返していた。


「え…?」


ただ切手も深刻そうな顔をしていたため、レイも改めて説明をすることはなかった。


離れていてもレイの言葉が聞こえたらしく、遥と手紙も顔を見合わせる。

そして、ついに遥が動き出した。


「…」


敵である立方体を背に、レイの真正面に来た遥は真剣な眼差しで疑問を投げかける。


「これは…どういうことなわけ?」


疑わしき四天王のこと、回復魔法が通じないということ、全てに答えてほしい。遥はそれを全てこの質問に含め、何より今、真実を知りたかった。


今聞こえる音は、このことに気付いていない切手の剣が立方体にぶつかる音。そして立方体が動くときに鳴らす、不思議な機械音のようなものだけ。


しかしレイは歩き出し、遥を通り過ぎた。


「敵に背を向けるな」


「…は?」


「回復魔法が通じない。ただ、それだけなんだよ」


通り過ぎて再び戦いだしたレイに、遥は冷ややかな視線を送る。しかしその目は、次の瞬間には大きく見開かれていた。


「あ…」


とっさに遥はレイに手を伸ばす。しかしその前に、暖かい何かが肩に乗ったのを感じた。


「遥」


「あ、手紙…」


遥の肩を叩き、優しく名前を呼んだのは手紙だった。


手紙は落ち着いた表情で笑いかける。


「レイと朝さんは、俺たちみたいに仲間同士なんだ」


二人は立方体と戦うレイに視線を向ける。レイの表情は険しくも、いつもは見せない迷いや悲しみ、辛さが隠しきれていなかった。


それはきっと仲間である朝を助ける方法を考えつつ、最悪の場合倒すしかないと覚悟を決めている証拠なのだろう。


無意味と分かっていても、レイはたまに立方体めがけて回復魔法をかけている。そしてそんな自分を見続けている二人に気付き、低い声で言葉を投げた。


「朝は特殊な体質を持っている。そのせいかもしれない」


「特殊な体質?」


思ってもいなかった言葉に、思わず手紙が聞き返す。


「ああ。…だが、もういいだろう」


頷いたレイは覚悟を決めたように呟くと、鋭い目つきで立方体を睨み付けた。


「悪いな、朝。俺は、もうお前を倒す」


レイは大鎌の先端を立方体に向けて宣告すると、迷いなく刈り始めた。


「ちょっ…! でも立方体を倒すと朝さんがゲームオーバーになるんじゃ…」


割り切ったレイの行動に、思わず遥が口をはさむ。しかしレイは攻撃の手を休めないまま、確固たる意思を揺るがせずに答えた。


「四天王がプレーヤーを倒す。…朝はそんなこと望まない。俺も朝も、自分の手で味方をゲームオーバーになんて追い込みたくないんだ。…だから俺は朝を止める!」


「…!」


レイの思いを聞いた遥は、目を見開いて驚いていた。


その傍らで、嬉しそうに笑うのは手紙だ。


「ははっ! やっぱり四天王はすごいや! ………」


楽しそうな顔も、朝を倒さなくてはいけないという状況を思い出し、一瞬にして曇る。しかし一番悔しく苦しいはずのレイが下した決断を、手紙は信じることに決めた。




まだ朝さんが助かる可能性もゼロではない。それに、たとえゲームオーバーになって(しもべ)になったとしても、助ける方法があるかもしれないし。



自分に言い聞かせるように心の中で呟いた手紙は、迷わず矢を立方体に向けた。



本気のレイと、同じく全力を尽くす手紙たち三人。さすがに敵を倒すのに時間はかかりそうだが、じっくりと敵の体力値は減らすことができている。


敵の攻撃も容赦はないが、立方体は単発の攻撃が多く連続攻撃はしてこない。

それこそ一発の威力は高いが、切手は“相殺”により難を逃れられ、遥も“瞬間移動”で楽々回避している。レイの場合、回避が間に合うものの、最悪直撃さえ避ければどうにかなるほどの防御力を持っていた。

問題は手紙なのだが、回避が間に合わないと判断した場合のみ“相殺”をしている切手の後ろに隠れている。なによりすごいのは、そのことを切手も理解し、わざと手紙の直線上で戦うことが多いことだった。



そのとき、どこかで聞いたことのある男性の優しい声が聞こえてくる。


「かけがえのない仲間が敵にまわる。ただでさえ最期まで足掻く敵が、さらにたちが悪くなっているね、レイ」


四人は敵の様子を伺いつつ、声のした後ろの方を振り向く。


薄暗い通路から現れた影。その影は悲しみを表に出さず、固い決意を示した表情をしている。


その人物の姿を見て、誰より驚いていたのは、レイだった。


「水月…?」


「ははっ。…なんでこういう時こそ、何にも言葉が見つからないんだろうね」


困ったような笑みを浮かべた水月は、次の瞬間にはもうその場にはいなくなっていた。


「え?!」


手紙と切手が驚いていると、今度は反対方向から大砲でも放つような、豪快な音が聞こえ始める。


“神速”の特技により瞬時にその場を離れた水月は、真面目な面持ちで攻撃を始めていた。


その行動で一つの悲しい可能性を見出したレイは、立方体に見向きもせず水月に近寄る。


「おい、お前まさか…!」


「何言ってるの? レイだってやろうとしていたことだよ。…ほら、もう立方体は縮小を始めている」


いつの間にか体の色を赤くした立方体は攻撃の手を止め、綺麗な四角を歪めながら小さくなっていく。


もちろんこれは、四天王が一度だけ目にしたことのある自爆の前兆であった。



立方体の攻撃が止んだことにより、手紙たちはもう攻撃の手を止めている。どんどん小さくなる敵を見て、手紙だけは敵の狙いに気が付き叫んだ。


「みんな逃げて! 爆発する!」


「えっ?!」


「はぁ…めちゃくちゃな敵だよね」


手紙の合図とともに、切手と遥も敵から離れるため走り出す。


しかし『一番近くにいるプレーヤーが即死』という過酷な条件を知っているレイと水月は、その場を動かない。



互いが互いに、犠牲になろうとしていた。



立方体の縮小をよそに、そして手紙たちの声もただの風景とさせ、レイと水月は睨み合う。





その時だった。



「わわっ!」


走る足を突然止めた手紙が、困った顔で再び叫ぶ。


それはもちろん“捜索”に『彼女』の名が見つかったからである。


「史境エリア…!」



反射的にレイが手紙が居るに顔を向けると、水月がにっこりと笑った。


「隙あり」


右手で抱え込むように持っていた銃器をしまった水月は、空いた手でレイの腕を掴む。


か細いレイの腕は水月に引かれ、次の瞬間には手紙たちがいる方へと連れて行かれていた。


そしてすぐに“神速”で立方体の一番近くに移動した水月は、必死でこちらに走ってくるレイに笑顔を向ける。


「レイ、後は頼んだよ」


レイのスピードは速い。でも、この距離ならもう、間に合わない。このタイミングで史境エリアを置いてくれたリョクアには感謝…はしなくて良いか。

むしろ感謝はレイにしないと。本当は立場が違うであろう僕らと、対等に、親友として関わってくれたんだから。



自分が代わりになろうとするレイに水月は背を向け、今度は自分の両の手に収まるくらいに小さくなった立方体に目を向けた。


立方体は今もなお、縮小を続けている。


「ねえ朝、君をひとりにはさせないよ」


立方体は縮小を続ける。


「駆恋もまだ無事だし、レイもこれで守れる。二人を、二人で見守っていよう?」


立方体は縮小を続ける。


「手紙や切手、遥だっている。きっと彼らも、この世界で生き残るよ」


立方体は縮小を続ける。


「そろそろ、かな」


立方体の縮小は止まった。


















そして、壮絶な爆発音と共に最期の時を迎える。

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