表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
聖峰の要  作者: くるなし頼
第二章 幻惑の定
44/48

降千 朝

史境エリアが置き土産として置いていった、大きな敵。それは、巨大過ぎる亀だった。


固そうなその甲羅は防御力が高いことを示し、重そうな手は攻撃力の強さを表しているようである。


「…大きいね」


敵の姿を見て、遥が面倒くさそうに呟いた。



巨大過ぎる亀の敵を前に、切手とレイが立ちはだかる。そしてレイは何の迷いもなく、亀に向かって大鎌を振るっていた。

切手も敵の動きに注意しながら、それに続く。


遥も魔法攻撃の準備を始め、手紙も矢を放つこと十数秒。



呆気なく、亀を倒してしまった。



「弱っ」


防御が高そうで、長期戦になりそうな雰囲気であったがゆえに、遥が今度はつまらなさそうに言い捨てる。


「弱いって言うか…四天王が強過ぎなんだとおもうよ。僕の攻撃はあんまり届いてなかったし」


苦笑いの切手がなぜか亀をフォローすると、手紙が面白そうに笑った。


しかしその輪に混じることなく、レイはいつの間にか近くにあった『井戸』のフィールドの入口を見つめている。



『井戸』にいる立方体の敵…。あれはメンバーを一人だけ強制ゲームオーバーにさせる。この電子都市リアリスの状況では、ゲームオーバーからの復帰の回復魔法は通じないだろう。



次第にレイの視線は、楽しく話している手紙たち三人に向く。そしてそこから顔を背けたレイは、静かに目を瞑った。



…奴らに話す必要はないな。もしあの立方体と戦う必要があったとしても、プレーヤーを守るのが四天王の義務だ。



「レイ、とりあえずそこのフィールド覗いて見ない?」


ひとりで考え事をしていたレイに、手紙が話しかける。するとレイは動揺した様子もなく、素直に頷いた。


「ああ」













「薄暗っ」


「うわあっ!? しかも狭い!」


「…ふーん? 前と変わんないね」


井戸のフィールドに入った手紙と切手、遥がそれぞれの意見を好き勝手に口にする。


「遥…だったか。お前はこのフィールドのどこまでいった?」


珍しくレイが質問を投げかけた。


「ぼく? ぼくは奥までいったよ。なんにも無かったけど」


「そうか」


「でも、なんで?」


「…遥が来たときはまだ未実装だったようだが、このフィールドの奥にボスクラスの敵がいる。四天王でも少々時間がかかった敵だから、あまり戦いたくないな」


最低限の情報だけを伝え、レイはそれ以降口を閉ざした。



四天王でも時間がかかった敵かぁ…。それこそレイがいるうちに戦っておきたいんだけど?



丸い石を集めている遥たちにとって、強い敵と戦うのは必須事項である。それを充分に分かっている遥が、心の中で溜め息をついた。


「っと、たたっ」


謎の言葉を呟いた切手に、みんなの視線が集中する。どうやら先頭を歩いていた切手に、小型コウモリのような敵が体当たりしてきたらしい。


急いでやり返す切手の後ろでは、手紙が瞬時に矢を放ち、遥が瞬間移動でナイフを投げてとどめを刺した。



しかし、その場にレイの低い声が通る。


「甘い」


叱るような低い声と共に、レイは大鎌をいつもより広い範囲で振るった。すると小型コウモリが、ドミノのように大量に倒れていく。


「一匹に集中し過ぎるな。周りにも気を配れ」


「うっ…」


痛いところをつかれた手紙と切手は、黙り込んでしまった。



だがここで、手紙は当初の目的を思い出す。


「あ! 朝さんがこのフィールドの奥の方にいる!」


嬉しそうに、やや焦りながら放った言葉に、三人が振り返った。


見つかったことに安堵する切手と遥をよそに、レイだけは少しだけ暗い顔になる。



朝…なぜよりによって、このフィールドに?




メンバーの誰かを犠牲にしなくてはならない敵がいるこのフィールド。思いやりを持つ朝が、ここに来ることすら少し奇妙である。


「よーし! じゃあ急いで合流しよう!」


先ほど黙り込んだのはなんだったのか、と思わせるほどに手紙は元気に言った。笑顔の切手と、呆れた遥が頷くなか、レイは首を横に振る。


「いや、必要ない。ここからは俺一人で行く。…正直、助かった。とにかくすぐここから離れておけ」


立方体の敵が出現する可能性を危惧したレイが、すでに三人に背を向けて歩き出した。


「え、ちょっ、え?!」


唐突すぎる出来事に切手が焦ると、手紙と遥が静かに顔を合わせる。


そしてレイの姿が見えなくなった後、ひっそりとした声で遥が話し出した。


「こんだけ距離置けば、ついて行ってもバレないよ。…行こう」


「…」



…良いのかな? これってついて行くというより、つけて行くなんだけど。



切手が無言になると、手紙がその肩にポンと手を置く。


「別に大丈夫だって!」


「手紙…」


「俺の“捜索”があれば、見失うことはない!」


「あぁ…そっちか」


何かを諦めた切手は、忍び足で歩き出す手紙と遥に続いて歩き出した。


















一方のレイは、雑魚を蹴散らしながら黙々とフィールドの深部まで向かっていた。フィールドの薄暗さも、朝に対する疑問が頭を巡っているせいか、あまり気にならない。


そしてついに、レイは以前に立方体の敵と戦ったバスケットコートほどの空間へと辿り着いた。なぜがは分からないが、立方体の敵の姿は見られない。


そして、思わず声がでる。


「…朝?」


目の前にいたオレンジ色のポニーテールが、一瞬だけぴくりと動く。そしてレイに背を向けていたポニーテールの女性が、ゆっくりとレイの方へと体を向け始めた。


「どうしてレイがここに…?」


その酷く動揺した顔は、長い付き合いのレイでも見たことのない顔だったらしい。

レイも驚いてしまったが、すぐに動揺を落ち着かせた。


「お前を探していたんだよ」


「…!」


嬉しくも悲しそうな表情をした朝は、ゆっくりと首を横に振る。


「だめ。お願い、ここから…あたしから逃げて」


「は?」


「あたしはもう、あたしじゃなくなっちゃうから」


いつの間にか瞳に溜まっていた涙を一筋流した朝は、レイに向かって笑顔を見せた。


そんな異様な様子の朝に困惑していたレイだが、ある予感が頭を過ぎる。


「お前…まさか」


以前、立方体の敵と戦ったこの場所。


しかし見つからない敵の姿。


そして自分が自分でなくなるという、朝の言葉。


「立方体の敵のデータが侵入していたのか…?!」


レイが問うと同時に、朝の姿は溶けるようになくなり、大きな立方体を形成していった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ