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聖峰の要  作者: くるなし頼
第二章 幻惑の定
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青年と少年

「うーん…」


廃れた工場のフィールドの中心で、手紙は唸っていた。


その近くで、切手と遥が暇そうに会話している。


「そういえば、維流と籠下さんはどうして僕たちと一緒に来なかったのかな?」


「さあ? でも確かもう一人仲間がいるらしいから、その人の所に行ったんじゃない? 最初に二人が別行動したのって、お兄さんが勝手にその仲間を増やしたからだって言ってた」


「どういうこと?」


「お姉さんはお兄さんと二人きりが良かったのに、お兄さんが部外者を連れ込んだから、お姉さんが怒ったらしいよ」


「…その部外者に同情するなあ」


白依に目の敵にされた切手は、大きく溜め息をついた。


そのとき、ずっとひとりで唸っていた手紙が首を横に振る。


「だめだ。このフィールドには丸い石を落としそうな敵はいないみたい。“捜索”で見ても雑魚ばっかり」


「そっか…」


「ま、そーいうのも有りだよね。とりあえずぼくらも中央街に戻ろうか」


切手と遥は手紙を手招きし、三人で中央街へと足を向けた。



三人がいた場所から、中央街までそう遠くはない。あと数十秒で街に着くという所で、三人は険しい顔をして足を止めた。


「なにあれ…!」


一番早く反応した切手が、剣を取り出し走り出す。続いて手紙と遥も武器を持ち、相手の様子を窺った。


三人が見ているのは、ちょうど中央街から出てきた、三人組である。距離があるせいか顔はよく見えないが、声だけはよく聞こえてきた。


「やめろ! 離せよ!」


「黙れ」


片腕を掴まれた少年が逃げようと暴れて抵抗するが、その腕を掴む青年は低い声で却下する。やがて片腕を掴まれた少年が、高い声で叫んだ。


「おれはまだ死にたくない!」


少年の嘆きも虚しく、腕を掴む青年は溜め息混じりに武器を取り出す。その禍々しい武器を見て、少年は言葉を失ってしまった。


腕を掴んでいない手にある、青年の得物。それは、ただでさえ高い青年の背の丈を超えるほどの、大きな大鎌だった。



様子を窺っていた遥が、ぼそりと呟く。


「あの大鎌のお兄さん、まさかリョクア側の人間ってやつ?」


「そうかもな。明らかにゲームプレーヤーを脅してるし。念のため“捜索”で…………あれ?」


特技を使った手紙が、首を傾げた。


「? 手紙、どうしたわけ?」


「や、その。手を掴まれている少年の方が、敵の反応なんだけど」


「…え」


死にたくない、そう叫んだのが敵。

死にたくない、そう叫んだ少年に武器を向けるのがゲームプレーヤー。



その状況に頭を悩ませたとき、二人はすでに走り出した切手を思い出した。


「あ!」


「やばい! 取りあえず切手を止めないと、ややこしくなりそう!」


しかし切手はもう遠くに行ってしまっている。とりあえず大声を出して止めたいところだが、下手に少年たちに気付かれるのも避けたい。


あと数秒で少年たちの元へ切手が辿り着くというとき、切手の目の前にあの優しそうな人物が現れた。

思わず、切手は急いでいた足を止める。


「あ…桜城水月さん?!」


「久しぶりだね。ただ、少し待っててね」


優しい声で水月が切手を止めたとき、青年の大鎌の柄が少年にぶつかる。


「がっ!?」


その勢いで飛ばされた少年に向かい、大鎌を持つ青年が何かの魔法をかけた。そしてすぐに倒れている少年の元に向かい、軽く一発蹴り上げる。


「え、ちょっと!」


思わず切手が少年に駆け寄ろうとするが、水月がそれを止めた。


「水月さん! どうして…どうして止めるんですか?」


ボロボロになっていく少年を見ていられない切手が叫ぶ。その頃には手紙と遥も、水月の元へと辿り着いていた。

それをちらりと確認した水月が、ゆっくりと首を横に振る。


「大丈夫。あの少年は、これで救われる」



蹴られてうずくまる少年に、大鎌を持った青年が再び魔法をかける。すると意外なことに、青年は少年に手を差し出した。


「…ほら、立て」


睨むような目つきで、少年はその手を無視して自力で立ち上がる。大鎌の青年は特に表情を変えることなく、水月の元へと足を進めた。


誰が一番に口を開くのか。


なんとなく淀んだ空気に誰もが気後れするなか、手紙が驚きの声を上げた。


「あれ?! あの少年のデータが、敵からゲームプレーヤーになってる!」


「えっ!?」


手紙の驚きの声よりも、さらに大きな声で驚いたのは、当事者の少年だった。


少年は手紙に駆け寄り、いきなり詰問してくる。


「ねえ、きみほんと? ていうか何でわかるの?」


「え、え? えっと、俺の特技の関係で…」


「本当に、ボクはゲームプレーヤー?」


「あ、ああ…………?」


「ほんと? よかった…! ゲームプレーヤーに戻れたんだ!」


完全に困っている手紙をよそに、少年の顔は晴れやかなものとなる。


だんだん複雑になった状況を見て、遥が水月に顔を向けた。


「ちょっと、これどういうこと?」







「データ侵入の解除だったんですか?!」


少年が帰った後、手紙と切手、遥、水月、大鎌の青年が、中央街のはずれの方で立ち話をし始める。


切手が驚きの声をあげた後、水月が申しわけなさそうに笑った。


「驚かせてごめんね。実はあの少年に、敵のデータが勝手に入り込んでいてね。それで敵のデータのみを消していたんだ」


にこやかな水月に対し、大鎌の青年はずっと無表情である。腕を組んで壁に背中を預け、目は閉じているため、手紙たちは彼が寝ているのではと心配になっていたりした。


青年がそんな態度でも、水月はいつも通りである。


「敵のデータがゲームプレーヤーに入った場合、その人は二つの体力値を持つことが分かったんだ」


「二つの体力値ですか?」


手紙が不思議そうに首を傾げると、水月は頷いた。


「うん。本来のその人の『ゲームプレーヤーとしての体力値』と『敵としての体力値』。僕たちが敵のデータの入った人に攻撃すると、両方の体力値が減っていく。

 そこで敵としての体力値のみゼロになれば良いんだけど、ゲームプレーヤーとしての体力値も同時にゼロになるから、その人はゲームオーバーとなる」


「ってことは、敵としての体力値のみを減らす方法があるんですか?」


「残念ながら、それはまだ」


「そうですか…」


三人はふと、桐姫と砂記を思い出す。

感傷に浸る三人を待ってから、再び水月が解説を始めた。


「ちなみに回復薬を使ったとしても、両方の体力値が回復するみたいなんだ」


「…はい。その原理は分かります」


真剣な顔つきで手紙たちが頷くと、水月はやわらかい笑顔を見せ、指を一本だけ立てる。


「だけど、そこに一つ抜け道があってね」


「抜け道、ですか?」


三人がきょとんとして目を合わせていると、水月はずっと黙っていた大鎌の青年の肩を叩いた。


「さ、見せてあげてよ」


「…面倒だな」


心底面倒くさそうな声で、青年は壁から背を離す。そして青年は一番近くにいた、手紙の目の前に移動した。


なにをされるのか分からない手紙は、ほんのり後ずさる。


「えーと…なんでしょう?」


苦笑いでそう訊いてきた手紙に向け、青年は静かに言葉を言い放った。


「さあな」



えええええーー?!



素っ気なさすぎる返事に、手紙は心の中で絶叫する。

それと同時に、手紙はやっと青年の顔をきちんと見る機会が出来た。


「わぁ…」


思わず手紙は声を漏らす。


「…なんだ?」


「い、いえ、なんでも」


奇妙なものを見る目で、青年は手紙を見た。手紙はごまかし笑いをしながら手を振るが、内心ではこの青年の顔を絶讃している。



なんていうか、カッコいいというか…綺麗? 美形っていうのかな? 水月さんもなかなか顔はいい方だけど、水月さん以上にカッコいいかも。



男性の手紙ですら褒めちぎる青年は、やや細身の高身長で、女性に好かれる要素が多い容姿をしていた。強いて言えば彼の性格なのであろう寡黙な部分が相まって、冷たい印象が与えられる。



切手や遥もその容姿の凄さに気付いていくなか、その青年が手紙に何かの魔法をかけた。


「これは…あの少年にかけていた魔法…?」


「そうだ。体力値を確認してみろ」


手紙の問いに、青年は無愛想に対応する。言われたとおり体力値を確認した手紙は、独り言のような驚きの声を出した。


「あっ! 体力値が回復してる!」


史境エリアと戦ったあと、体力値が八割は残っていたため手紙は特に体力値の回復をしなかった。しかし、今は体力値が満タンである。


そこで遥が、大きく頷いて納得していた。


「そっか、回復魔法! 回復薬だと敵のデータの体力値も一緒に回復するけど、回復魔法はゲームプレーヤーの体力値しか回復しないんだ!」


「えっと、なんで?」


切手が遥に訊く。


「回復魔法っていうのは複雑だから。ものすごく細かな処理を要する。逆をいえば、回復魔法なら詳細に効果を設定できる」


つまりこの青年は、少年の持つ二つの体力値を削りつつ、ゲームプレーヤーの体力値のみを回復した。そして敵のデータの体力値だけをゼロにし、少年のゲームプレーヤーとしての体力値だけを残す。


「ややこしい!」


理解できずに混乱する切手に向けて、水月が首を縦に振った。


「うん。だから『そういうものなんだ』っていう理解で構わないよ」


「は、はい…」


ショートしそうな頭を抱えた切手が、その時ふとあることに気付く。


「…って、ちょっと待って。回復魔法を使えるということは、あなたは医療術士ですよね? しかも四天王の水月さんといるっていうことは…」


たんだんと青年の正体が分かった切手が、期待の目で水月と青年を見る。


青年はそっぽを向いてしまうが、水月は楽しそうな顔で頷いた。


「うん。この人が四天王のひとり、医療術士のレイ・ユーガだよ!」

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