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聖峰の要  作者: くるなし頼
第二章 幻惑の定
35/48

処理能力

「維流、行くよ!」


史境エリアという未知の敵に向かい、二本の剣を持った切手が軽やかに走り込む。

その後を、維流はついて行った。


「はい!」


維流の剣は一本であるが、かなり大きい。それゆえに重さも増すため、威力は高くなるが移動速度は落ちてしまう。


早々と切手が切り込むと、史境エリアはさらりと軽やかに避けた。しかしその隙を見逃すことなく、維流が大きな剣を振り下ろす。


「まだまだ…」


そう呟いた史境エリアは、何かで維流の大きな剣を捉え、弾き返した。


「な、なにあれ?!」


思わず、というように白依が叫ぶ。その前で遥が冷静に頷いていた。


「なるほど。あれが彼女の武器なんだ? ゲームキャラクターならではだね」


史境エリアの使った武器は、銀色が美しい己の髪の毛だった。自身の髪の行方を自在に操り、束になることで強度を増している。


【ふん…】


まるでムチのように、史境エリアは髪で切手と維流を振り払った。二人はそのまま、後ろへと飛ばされる。


「わっ!」


「…っ!」








「ぎゃっ」


飛ばされた体が急に止まったと思ったら、手紙の小さな叫びが耳に届く。何事かと二人は後ろを振り向くと、なぜか手紙が倒れていた。


どうやら、飛ばされた二人のクッションとなるように、手紙が待ち構えてくれていたらしい。


「わわわ、ごめん、手紙!」


「ですが、助かりました」


倒れた手紙に向かって切手と維流が手を差し伸べた。それを照れくさそうに手紙は掴むと、元気よく起き上がる。




その間、ずっと魔法攻撃の準備をしていた遥が、台風のような風の渦巻きを史境エリアに向けて放った。


その規模の大きすぎる魔法攻撃を前に、白依が感心したように言葉を漏らす。


「すごいわね…」


そのまま遥の魔法攻撃は史境エリアへとぶつかり、彼女はふらついた。しかしその顔から、余裕の色は消えない。


彼女の強気な笑みを見て、遥は思わず舌打ちをした。


「やっぱり魔法攻撃使いには、魔法攻撃は効きにくいか…」


曇った表情を浮かべたあと、遥は投げナイフを取り出す。



手紙たちの立て直しも終わったらしく、切手と維流は再び敵である史境エリアの元に切り込んでいた。


【鬱陶しい…。…♪~】


迫り来る切手と維流に嫌気がさしたのか、史境エリアは再び歌い出した。


近くにいた切手と維流は、再び立ち止まってしまう。


「うわっ…」


「この歌をどうにかしなくてはいけませんね…!」


手紙と白依が史境エリアに向かい、弓と銃を撃つも、流暢に動く髪の毛に跳ね返されていた。早くも白依は苛立ちを露わにしている。


「なんなのよあれ! 卑怯だわ!」


「確かに……………ん?」


白依の意見に同意した手紙は、少しだけ空を見上げた。


そして首を傾げると、すぐに矢を放つ支度を始める。



その疑問の残る手紙の行動に、白依が口を挟んだ。


「なにしてんのよ」


「いや、隙を作った方がいいかなって。ほら、白依も攻撃しようよ」


「…?」



何か秘策があるのかしら? もう少し分かりやすく言ってくれればいいのに。……史境エリアに聞かれるのを避けているの?



手紙の真意は分からない。しかし攻撃を続ける道を選んだ白依は、両手の銃をしまい、左足に付けていた青色の銃を取り出した。


「綺麗な銃だね…って、ちょっと!」


「なによ、うるさいわね」


集中力を削がれたく無いらしく、鬱陶しそうに白依は呟く。両手で銃を支える彼女の視線は、銃口と共に史境エリアを一心に睨みつけていた。


真剣そのものの白依の横で、手紙は慌てて叫ぶ。


「だって、その軌道上に切手がいるんですけど!」


「平気よ! どうせ味方に攻撃は当たらないし」


「そういう問題じゃないよ!」


「そういう問題よ!」


「白依って切手にだけ、やたらにきつくない!?」


大声での口論がぴたりと止まる。


最後の手紙の問に対して、白依はなにも答えることはなかった。



もちろん、大声で交わされるこの会話は、切手の耳にも届いている。


「…僕、籠下さんに何かした?」


苦笑いしながら、切手が側にいる維流に話しかけた。維流はただただ、謝ることしかできない。


「その……申し訳ございません…」


史境エリアの歌に苦しみつつも、切手は右に少しだけずれた。



「よかった…! 切手が軌道上からどいてくれた!」


ほっと安心した手紙は、再び矢の矛先を敵に向ける。そのとき、微かに白依が言葉を漏らしていた。


「……この世にはあたしと維流だけがいればいいのに……」


「………………………」


聞こえてしまった白依の独り言を、手紙は完全にスルーしておいた。



いつもの雰囲気に戻った白依は、構えていた銃の引き金を引く。


「当たれ!」


命令口調の叫びと共に銃口から飛び出したのは、光の線だった。

さすがに意表を突かれたのか、史境エリアも防御のタイミングが遅れ、少しだけ被弾してしまう。それでも歌うのを止めないため、白依は悔しそうに舌打ちした。


そんな白依に対し、一番すぐ側で見ていた手紙が好奇心旺盛に話しかける。


「なにそれすごい! ビーム?」


「光線銃ってやつよ。これも電子都市リアリスならではの仕様ね」


「おー、かっこいい!」


「まあね」


手紙の心からの賞賛に、白依は少しご機嫌になっていた。




戦場なのに、いまいち緊張感がたりないな。



心の中で笑った遥は、小さな声で呟く。


「やれやれ、手紙が居ると誰だってお気楽人間になるのかな。…でも、お姉さんの攻撃はなかなか良かったかもね?」


彼は得意な黒い笑みを浮かべた後、史境エリアの背後に“瞬間移動(テレポート)”した。そして白依の光線銃で史境エリアがふらついている隙に、大量のナイフを投げ始める。


【…ぐぅっ! …♪】


ナイフが全て当たった史境エリアは遥を睨みつけ、遥を苦しめようと歌を歌い続ける。




しかし。




「ふん…」


史境エリアすぐ側にいても、遥は苦しそうな表情を浮かべることはない。むしろ余裕そうな顔でナイフを投げ続けた。


「な、なんで遥は平気なの?」


史境エリアの頭を圧迫する歌により、苦しむ切手が弱々しい声で呟く。隣にいる維流も驚いた顔で、元気に動く遥を見ていた。


史境エリアも不思議に思ったらしく、先ほどより大きな声で歌い出す。


【♪♪♪~】


「…うぅ……」


「…!」


切手と維流は頭を抱えて、先ほどよりも苦しそうにし始めた。手紙と白依も先ほどよりも頭への圧迫感が強まり、苦痛の表情へと変わっている。


「んー、さすがに耳障りかな」


しかし、それでも遥は余裕そうにしながら戦い続けた。“瞬間移動”を織り交ぜた速すぎる戦法に、史境エリアは歌いながらも避けることしか出来なかった。


そしてちらりと苦しむ仲間たちを見ると遥は目を鋭くし、さらに特技を巧みに使い、凄まじいスピードで史境エリアを圧倒し始める。



【~♪…っなんなんだ、おまえは! ♪~】


歌の合間に、史境エリアの怒りの声が響く。それでも遥は手を休めることなく、彼女に投げナイフを回避させないよう、速さで畳みかけていた。


しかし、そんな遥の表情も曇り始める。



…やばいな、そろそろAPがなくなるんだけど。



遥の“瞬間移動”は、APという有限の数値を消費する事により使える特技である。そのAPが尽きれば、遥の優勢も無駄に終わる。



その遥の微妙な心境の変化に気付いたのは、手紙だった。



「………うん、やってみるか」


独り言を呟き、手紙は遥と史境エリアの元へと走り出す。二人に近づくにつれ、脳内にかかる重みが増していくのが嫌でもわかった。


手紙はついに切手と維流の位置にまで辿り着く。だがその足はぴたりと止まり、切手たちと同じように頭を抱えて、感じたことのない脳への負担に苦しみ始めた。


「…っうわ!」



でも、遥が史境エリアを引きつけているから、攻撃は来ないはず…!



心の中で決心を固めると、手紙は一瞬だけ目を瞑った。



頭に意味のない文字をどんどん送りこまれているから、脳の処理が追いつかない。その文字を完全にシャットアウト出来れば楽なんだろうけど、そんなやり方はすぐには思いつけない。……それなら!



目を見開いた手紙は頭から手を離す。

そしてなんと、今まで苦しんでいたのが嘘のように、軽やかに走り出した。



…それなら、頭に入ってくる文字を、全部処理してやる!



「え!?」


「手紙さんも!?」


切手と維流が、走っていく手紙の背中を見て驚きの声をあげた。


その声が、遥にも届く。


「あはは! さすが手紙。本当に恐ろしい頭脳だね」


嬉しそうに声をかける遥だったが、手紙からの返答はない。どうやら手紙は頭の処理に全力で取り組んでいるため、他の細かな情報を受け付けられないらしい。そのせいか顔も無表情だった。


「…」


手紙は無表情と無言のまま、遥に向かってAPの回復薬を投げた。遥はそれを攻撃の合間に受け取り、すぐに使う。


「助かった、よ!」


礼の言葉と共に、遥はすぐに攻撃を再開した。手紙は少しだけ距離を置いたあと、後ろから弓を構え始める。



優勢の維持を達成できた遥と手紙を見て、史境エリアは憎たらしそうな目で二人を見続けていた。

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