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聖峰の要  作者: くるなし頼
第二章 幻惑の定
34/48

顔合わせ

不思議な声と共に現れた『史境エリア』という敵キャラクター。


その敵の姿を目で探すも、手紙はなかなか見つけられない。



なんで? “捜索”では確かにこのあたりに居るはずなのに…。



辺りを見回す不審な行動に、他の仲間たちも気付き始める。なかでも、一番始めに声を掛けたのは切手だった。


「手紙、どうしたのさ?」


「このあたりに、ちょっと変わった敵がいるはずなんだけど…」


手紙の声色はいつものトーンだが、顔つきは真剣そのものである。彼をよく知る切手と遥はその緊張感を察し、手紙と同じように敵を探し始めた。


しかし初対面の白依と維流には、それは難しい。


「手紙…だっけ? 何であんたにそんなこと分かるのよ」


少々苛立っている白依に続き、純粋に疑問に感じた維流は落ち着いて質問をした。


「ええっと…どういうことなのでしょうか?」


「実は…」


いったん探すのを止めた手紙が、白依と維流の方を向く。


するとその瞬間、維流の目が鋭くなった。

手紙がそれに驚く暇などなく、抜刀した維流は上を向き、勢い良く飛び上がる。


「なるほど、そういうことですか」


冷静にぽつりと維流が呟いた。

その右手には、両手で持つサイズの大きな剣が握られている。


そして軽々三メートルほど跳躍した維流は、空中にいた何かを切った。


「よし…」


みんなが呆気にとられるなか、維流は地上へと足を着ける。それを追うように、維流が切ったモノも降りてきた。


「皆さんが探していたのは───これですね」


維流が怪しい笑みとともに、切ったモノを指差す。そこにはなぜか宙に浮いている、身の丈より長い銀髪をもつ子どもがいた。


「…!」


手紙が“捜索”を使うと、その子どもこそが『史境エリア』であることを表していた。


白い肌に銀髪、そんな儚いイメージを壊す黒いマントのような丈の長い服に、鋭い目つき。その目は一心に手紙を捉えていた。


そんな『史境エリア』の視線から逃れることなく、手紙は向き合って話しかける。


「君はいったい何者?」


低く、疑うような声は史境エリアに届いたようで、史境エリアはにこりと怪しい笑みを見せた。


【わたしは史境エリア。貴方にはずぅっと話しかけていたよな?】


「…っ!?」


史境エリアが話し出すと、その音が頭に響き渡り、手紙は思わず驚き目を見開く。その場にいた全員が同じ反応を示していたため、彼女の声はみんなに聞こえたらしい。


そんな皆の顔を見て、楽しそうに史境エリアは笑った。


【なに、その面白い顔? …もしかしてやっと気付いたの? 私が貴方に、いや今は貴方たちの頭に声をねじ込んでいるのを】


「…ねじ込む…?」


遥が不審そうに呟く。



人の脳を頼りとする電子都市リアリスでは、もとより人の声は耳ではなく、頭だけで処理される。

しかしそれを『頭に直接話しかける』とは言っても『頭にねじ込む』とは言わない。


困惑の表情を見せる手紙たちに向け、史境エリアはまたもや笑いかける。


【わたしの声はね、音じゃないの。ただの、文字】


その証拠に…と、史境エリアは自分の口を指差した。


【口、動かさなくても声が聞こえるでしょう?】


「確かに…」


史境エリアの言葉に疑問を持ちつつも、切手は頷く。

彼女の言うとおり、彼女の表情がどれくらい変わろうと、彼女の口は開かない。しかし恐ろしいほどその動きに違和感が感じられなかった。


それはまるで、初めからそうなっているように。


「君は…ゲームキャラクター?」


【そう】


「じゃあその口も、仕様ってやつか」


思わず納得したように手紙が言うと、意外なことに彼女は顔をしかめた。


【仕様ねぇ…。そんな美しいものじゃない】


悲しみのような、怒りのような、判断しづらい感情を彼女は向ける。


【あのリョクアの野郎が作り忘れただけ】


「や、野郎って…君…」


【エリアって呼んでよ。それがわたしの名前なんだからさ。でも、そろそろお別れ】


名残惜しいけどね、と彼女は笑う。そして次の瞬間には、獣のような目つきに変わった。


【ここにいる全員を倒す!】


危機感を覚えた手紙たちはそれぞれ武器を構える。

そして瞬時に剣をもつ切手と維流は走り出し、手紙と白依が後ろに下がった。そしてその真ん中の位置で、遥は待機している。


史境エリアは両手を重ねて胸にあてると、目を瞑った。そして内なる何かを解き放つように、手を天に向ける。



そして。



【~♪】



彼女は歌った。



それは美しいものであるにも関わらず、手紙たちの頭にどすんと重りが降りたように、脳を圧迫し始める。


「な、なにこれ!」


「頭が締め付けられるように、きついですね…!」


史境エリアに向かって走っていた切手と維流が、その場で膝を着く。なんとか剣を地面に突き刺し、倒れはしていないものの顔は苦しそうだった。


【意味のない文字を、大量にねじ込んでいるから。脳が処理しきれないんだよ。情けないね、人間は】


淡々と史境エリアが述べる。


手紙と白依も、頭の中がぐしゃぐしゃになるのを感じていた。それでも史境エリアと距離があるせいか、武器を向ける元気はあるらしい。


「維流…いま助けるから!」


両手に拳銃を構えた白依が、辛そうな面持ちで声を張る。手紙も負けじと弓を引いた。


【~♪】


史境エリアは一瞬だけ片目を開く。それと同時に、維流は勢い良く顔を前に向けた。


「…っ! 皆さん、気をつけてください! 魔法攻撃がきます!」


精一杯に声を張った維流が叫ぶ。その顔にいつもの冷静さがないことから、本当に危険な状況だということが強調される。


「了解…でも、どうしてわかるのさ?」


苦しそうにその場を動けない切手が、維流に問いかけた。


「私の特技です…。“魔法感知(スペルフィール)”といって…術を使おうとすると事前に…察知が出来るんです」


「なるほど…だから空にいた彼女に気付けたんだ」


二本の剣を交互に地面に突き刺し、切手は動けない維流の前に立った。


「き、切手さん? なにを…」


切手の行動が理解できない維流は、自分を庇うようにして立つ切手に話しかける。そんな維流に、切手は笑いかけた。


「まあ見てなって」


あれこれしているうちに、史境エリアの攻撃魔法の準備は整ったらしい。歌を歌うのを止め、切手たちの方に向かって右手で指差した。


【わたしの攻撃魔法…耐えきれる?】


その言葉と同時に、史境エリアの手から一筋の青白い光が放たれる。ただそれは、一筋というには逞しすぎる、直径一メートルはある太い光線だった。


それに向かって、切手が剣を振り下ろす。


「はあああぁぁーーーっ!」


気合いの入った声とともに、その剣と光線がぶつかり合う。


それを後ろで見ていた手紙が、嬉しそうに微笑んだ。


「そっか! 切手の“相殺”!」


切手の特技の“相殺(バランスアウト)”は、どんなに強い攻撃でも、こちらの攻撃で打ち消すという技である。これにより、切手は史境エリアの魔法攻撃を“相殺”した。


切手が剣を振り下ろしきった時には、不気味な青白い光は消え、辺りが晴れ晴れとした景色へと戻る。史境エリアの歌もなくなり、切手たちを蝕む脳の重みも消えた。


そして隙を逃すまいと、歌うのを止めた史境エリアに向かって、切手と維流は再び走り出す。





しかし。





【甘い!】


鋭い史境エリアの声と同時に、今度は彼女の左手からもう一筋、青白い光が放たれた。


「時間差?!」


驚いた切手は思わず受け身の姿勢をとる。

これは、彼の特技の“相殺”は、一度使うと三十秒は特技を使えなくなるためだった。



だが、史境エリアの光線は切手たちには当たらず、その後ろへと向かう。


その先にはもちろん、手紙と白依がいた。


「籠下さん、魔法は使える?」


「適性はあるけど苦手ね。あなたは?」


「うん、一緒。とりあえず足掻こうか!」


「よし、乗ったわ!」


二人は少しでも光線を軽減しようと、魔法攻撃の展開を始める。



切手の特技は例外であったが、基本的に物理攻撃は物理攻撃で、魔法攻撃は魔法攻撃でしか受け止められない。そして互いの攻撃力に差がなければ、ダメージを受けることなくやり過ごせる。


どう見ても強すぎる史境エリアの魔法攻撃を、手紙と白依は協力して受け止める準備を始めた。


「…」


「…」


そのうちにも、史境エリアの光がどんどん近付いてくる。二人は力足らずを確信しつつも、迷うことなく自分たちの魔法攻撃の準備を進めた。


そしてついに、青白い光が二人の目の前に辿り着く。


「手紙、いくわよ!」


「了解!」


白依の号令と共に、二人の手から魔法攻撃が放たれる。手紙からは青い炎が、白依からは闇のように禍々しい灯りが現れ、青白い光に向かって飛んでいく。


明らかに史境エリアの青白い光の力には足下にも及ばないが、二人は強気の笑顔で顔を見合わせた。


「攻撃は最大の防御って、籠下さんらしい」


「あんたも一緒でしょ。というか籠下さんはそろそろ止めてよ。白依って呼びなさい」


「あははっ、わかった!」


やがて二人の魔法攻撃は威力を失い、史境エリアによって飲み込まれていく。

障害を無くした青白い光は、迷うことなく手紙と白依に向かっていった。


「…!」


「…っ」


覚悟を決めた二人は、苦い顔で目を細めていく。


「…あれ?」


だが、いつまでたっても二人の元に青白い光は来ない。おかしいと思っていた手紙は、強い風を感じ、思わず目を見開いた。


「遥!」


手紙たちの目の前にいつの間にか現れた遥は、二人に背を向けている。そして自らの魔法攻撃を、史境エリアの青白い光に向けて放っていた。


「全く…なーにかっこ良く負けようとしてるわけ? っと、ちょーっと強すぎない? この人の魔法攻撃」


軽口を叩きつつ、遥は真剣な目つきで魔法攻撃を受け止めている。彼の得意な風をイメージした魔法は、やがて青白い光と共に消え去った。


「ふう。さて、反撃する?」


伸びをしながら、遥は振り返って手紙と白依に笑顔を見せる。よほど史境エリアの魔法攻撃が強かったのか、さすがの遥の顔にも冷や汗が浮かんでいた。


「当たり前!」

「当たり前よ!」


元気よく手紙と白依が同時に叫ぶと、遥がにやりと笑う。


「なんていうか、二人って似てるね」


そう言って、遥は再び魔法攻撃の準備を始めた。


前衛の切手と維流も、史境エリアに攻撃を始めている。



───二人って似てるね。



その言葉を否定できなかった手紙と白依は、顔を見合わせ頷くと、敵に向けて狙いを定めた。

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