籠下 白依
「あなたが…あなたが悪いのよ!」
悲痛な叫びを上げた白依は、両手にそれぞれの銃を握った。その目には、うっすらと涙が浮かんでいる。
「え、ちょっと!」
突然の出来事に戸惑いつつ、手紙は白依を止めに入ろうとした。
しかし、白依の行動は早かった。
「…っ!」
白依は一瞬だけ目を細めたかと思うと、次の瞬間には両手の銃の引き金を引いてしまう。
その銃弾の先には────切手がいた。
「って、ええ?! 僕?!」
一応、ゲームプレーヤー同士なので、切手には弾が当たらない。だからといって撃たれ続けることに抵抗はあるため、避けるのをやめることは出来ないが。
その様子を白依の側で見ている遥は、呆れた目つきで一部始終を見守っていた。
「うっわー…」
遥の視線が、白依の右手の銃に移る。どうやら電子都市リアリスならではの処理がなされているらしく、右手の銃は見た目は拳銃だが、中身はマシンガンのようだった。連続して放たれる銃弾は、止まることを知らない。
銃弾を避けまくる切手と、何か考え事をしている維流。そしてなんとか言葉で説得しようとする手紙と、その言葉が届いていなさそうな白依。
その時ふと、白依の言葉が蘇った。
───悪かったわ。あたしって混乱すると何するか分からないのよ。
遥はひとり、納得したように頷く。
「ああ…」
しかし一番危機を感じている切手は、白依に向かって叫んだ。
「ちょっ! 籠下さん!! 維流も見てないで…!」
「ん、あ、ええ…。やはり止めた方がいいですか?」
考え事をしていた維流は、思い出したように切手を見る。切手は激しく頷きながら叫んだ。
「当たり前だよ!」
「仕方ないですね…。ほら、白依」
少しだるそうな声で呟くと、維流は切手と白依の間に仁王立ちする。すると白依は撃つのをすぐにやめ、手さえおろした。
「維流…どうしてそんな奴かばうのよ?!」
白依が叫ぶように言い放つが、維流は冷静だった。
「この人を撃つ必要はないよ?」
「あるわよ!」
白依は言い切ると、震える手を握りしめる。そして今にも泣きそうな顔で、今日一番の大声を出した。
「あたしは維流だけが居ればいいのーーー!!!」
「…」
「…」
「…?」
「…どういうこと?」
白依の叫びの意味が分からない手紙と遥は、目を合わせる。
「つまり、まあ…。白依は独占欲が異常なんです。それ以外はさっぱりとした性格なんですけれどね」
廃れた工場のフィールドの、比較的敵の少ない場所で、維流がざっくりと説明していた。その隣にはそっぽを向いた白依がいる。
そんな二人を、手紙たちは苦笑いで見つめていた。
その中でも一番の被害者である切手に、維流は頭を下げる。
「とりあえず、特に切手さんにはご迷惑をおかけしました」
「いえいえ。そんな…」
どこか納得している切手も、なぜかつられて頭を下げる。
この状況についていけない手紙と遥は、切手をじっと見つめていた。その無言の圧力に気付いた切手は、意味深な視線を向ける。
「実は僕、この二人と面識があるんだ」
「へえ?」
遥が感情のない相槌をうった。その隣で、手紙が首を傾げる。
「学校の友達とか?」
「ううん。この間、会ったばかり」
「…? ああ! もしかして雪原のフィールドで共闘したっていう…」
それは遠くもない、つい最近のこと。
手紙と遥が砂記たちと戦っているとき、切手は別の場所で雪だるまと戦っていたと言った。
その時に切手は、二人組の男女と共闘したと述べていたことを手紙は思い出す。
「あー…」
遥も思い出したようで、納得したような表情をしている。
「そう言えば切手、何か言ってたよね。女の子の方が初めて見るタイ…」
「わーわーわー!」
焦りながら切手が遥の声をかき消した。そして遥にしか聞こえないほど、小さい声で遥に注意する。
「ただでさえ籠下さんと溝が深まってるんだから、余計なこと言わないでよ!」
「えー」
「…遥、なんだか楽しんでない?」
怪しむように切手が遥を睨むと、無言で遥はそっぽを向いた。
一方の白依も、ひとり不機嫌な顔つきでぶつぶつと文句を言っている。
「だいたい維流は面倒くさがりやのくせに、たまーにお人好しになるから嫌になるのよ…。また変なモノ拾ってきたのかと思うじゃない」
「はぁ…。全く、人の悪口はほどほどに」
「うるさいわね! 陰口じゃないだけ善意的でしょう!?」
再び言い合いが始まりそうな白依と維流を、手紙は優しい目で見守っていた。
喧嘩か…。俺と切手は、滅多に喧嘩しなかったからな。叔父さんの家の人とも、あんまり…。
「…」
皆がわいわい話しているなか、手紙はほんの少しだけ感傷に浸っていた。
その時。
『ふーん…賑やか。砂記と桐姫を消したくせに』
「…あ」
手紙の元に、またあの不思議な声が届く。
今まで考えていたことを頭から振り払い、手紙は“捜索”を使って不審人物を探し始めた。
廃れた工場のフィールドには、身を隠す場所が多い。それゆえに手紙は、慎重に声の主の姿を探した。
そして意外なことに、すぐに怪しい敵の存在を見つける。
「史境…エリア…?」
何の名前なのかも分からない言葉を、手紙が発した。それを聞きつけた白依が、不機嫌な顔をそのままに聞き返す。
「なによ、それ 」
しかし、手紙にその声は届かなかった。
なぜなら彼は、不思議な声の主が信じられないほど近くにいることを知り、必死にその姿を探していたからである。
切手が白依と維流について話していたのは、第一章の「溶岩の倉庫」というタイトルの話です。