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聖峰の要  作者: くるなし頼
第二章 幻惑の定
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狂気の色

その身を案じて、少女を追いかけた。


しかし今、手紙と遥はその少女に銃口を向けられている。



釣っている彼女の目は、鋭く二人を睨んだ。

その時に見えた、赤い髪に飾られた黒い桜の花びらの髪留めに、嫌になるほど目がいってしまう。



遥が両手に二本ずつナイフを持ったまま、ぼそりと手紙に話しかけた。


「これ、どういう状況なの?」


「さあ…。ただあの人は“捜索”で見ても敵のデータはなさそうだから。ただのゲームプレーヤーだと思うんだけど」


彼女がただのゲームプレーヤーであることに自信があるせいか、手紙はすでに弓をしまっていた。


そんな手紙を信じた遥も、無言でナイフをしまう。



その様子を見た少女は、小さな溜め息をついた。


「…ごめんなさいね」


赤い髪の少女は意外にも素直に謝り、銃を降ろす。手紙と遥からは視線を外しているが、悲しそうな表情をしていることが伺えた。


「まあ、俺たちも色々と騙されたりしたから、気持ちは分かるから」


そんな少女の気持ちを察した手紙は、笑顔を向けた。


「ま、いきなり武器を向けるのはどうなの? って思うけど。しかも銃を」


少し嫌味を加えながら、遥も少女を許す。


普通の人なら突っかかって来そうな言い方だが、少女はさらりと対応した。


「悪かったわ。あたしって混乱すると何するか分からないのよ」


長い赤い髪をなびかせながら、はっきりと少女は言い切る。しかし表情だけは、ずっとしかめっ面だった。


そんな少女は腕を組んで、やっと二人と目を合わせる。


「あたし『籠下(かごした)白依(しろい)』っていうの。今回の非礼を詫びるためにも、一応名乗っておくわ」


少し偉そうな、はっきりとした物言いの白依。


遥はこういうタイプは気に食わないんじゃないかな、と思った手紙は彼を盗み見る。しかしそれは杞憂に終わった。


「へえ…お姉さん、はっきりとした物言い出来るんだ? ぼくと一緒かな」


「そうかしら。まあ、あたしの言動はストレートだと思うけれど。…っていうか、まず貴方のことは知らないし」


「ま、ぼくもお姉さんのことそんなに知らないけど」


繰り広げられる二人の会話の必要性を、手紙は見いだせない。ただ遥の言い方が、日次相手に比べると優しいことには気付いていた。


険悪な雰囲気ではないので、お互いに悪い印象はないらしい。



ただ和やかでも、刺々しくもない微妙な空気が流れる。そんな場で、言いにくそうに手紙も名を名乗る。


「俺は手紙。変わった名前だけど、本名だよ」


苦笑いにも見える愛想笑いを浮かべた手紙を、白依はじっと見つめた。


「ふぅん。あたしも名前は変わってるって言われるけど、貴方には負けるかしら。……けど、あ……」


「はいはい。ぼくは加七遥って言う名前。遥ってかいて、ようって読むから」


白依の言葉を遮って、遥が気だるそうに自己紹介をする。



名字を訊かれそうになったから、ごまかしてくれたんだな…。



手紙は心の中で遥に礼を言いつつ、話を進めた。


「でも、どうして籠下さんはひとりでこんな所に?」


「………」


「えっと、あの…」


突然押し黙った白依に対し、手紙はわけも分からず困惑していた。


ただ白依も答える気はあるらしい。地面を睨みつけつつも、独り言のようなものを呟いては、頭を抱えていた。


「なかなか変な人だね?」


何かを考えている白依を見て、遥は手紙に耳打ちする。手紙も頷いて同意したとき、少し驚いた顔で後ろを振り返った。


「手紙、どうしたの?」


「あ、いや。今“捜索”を使ったら切手がこっちに向かってることが分かったんだけど…」


「けど?」


「誰かと一緒みたいで…誰だろう?」


「…?」


手紙と遥は首を傾げる。その時、白依の目が一瞬だけ鋭くなったことに、二人は気付かなかった。





しばらくすると、手紙たちの前に切手が現れる。姿を現した切手は、安堵の表情とともに溜め息をついた。


「はぁ、やっぱりフィールドに入っていたんだ…待ち合わせ場所にいないから驚いたよ」


「悪い悪い。色々あって」


笑顔で手紙が謝ると、遥もそれに続く。


「っていうか、切手が来るの遅かったじゃん」


「ごめんごめん、ちょっと話し込んじゃって」


少し申し訳なさそうにした切手は、頭を下げる。そんな切手の後ろから、控えめな笑い声とともに眼鏡をかけた少年が現れた。


「ははっ、優しい仲間をお持ちなんですね」


その少年の声は非常に落ち着いており、言葉の早さも良い具合で聞き取りやすい。見た目も清潔感があり、耳が隠れるほどの長さの淡い紫色の綺麗な髪も、良い印象をあたえた。


これもまたシワの見えない整った黒い学生服姿で、少年は初対面の手紙と遥に仰々しい挨拶をする。


「申し遅れました。(わたくし)、『片雪(かたゆき)維流(いる)』と申します。どうぞ、お見知りおきを」


大人びた低い落ち着いた声と、頭を深く下げる丁寧過ぎる挨拶を見て、切手は苦笑いをした。



最初にこの挨拶をされたとき、結構戸惑ったな…。二人は大丈夫かな?



ちらりと切手は二人に目をやった。


「これはご丁寧に。俺は手紙、もっとフランクにお願いします」


言葉は砕けながらも、敬意を忘れない言い方で手紙は維流に右手を差し出す。すると維流は微笑んで、右手を差し出し握手をした。


「ぼくは加七遥。お兄さんの方がぼくより年上なんだから、敬語とか使わなくていいんだけど?」


隣で二人の握手を見ていた遥も、ざっくりとした挨拶をする。


「すみません。この言葉遣いはなかなか治らないんですよ」


困ったような顔で、維流は遥に微笑みかけた。



中学生かな? 恐らく、手紙たちより年上の。それよりこの人、なーんか隙が無いな…。



遥は表には出さないように、心の中で思考を巡らす。





その時だった。




カチャ…。





いつの間にか銃で再び狙いを定めた白依が、今にも発砲しそうな目で、こちらを睨んでいる。


「来たわね…!」


その表情には、悲しみや憤り、そして狂気の色が垣間見えた。

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