狂気の色
その身を案じて、少女を追いかけた。
しかし今、手紙と遥はその少女に銃口を向けられている。
釣っている彼女の目は、鋭く二人を睨んだ。
その時に見えた、赤い髪に飾られた黒い桜の花びらの髪留めに、嫌になるほど目がいってしまう。
遥が両手に二本ずつナイフを持ったまま、ぼそりと手紙に話しかけた。
「これ、どういう状況なの?」
「さあ…。ただあの人は“捜索”で見ても敵のデータはなさそうだから。ただのゲームプレーヤーだと思うんだけど」
彼女がただのゲームプレーヤーであることに自信があるせいか、手紙はすでに弓をしまっていた。
そんな手紙を信じた遥も、無言でナイフをしまう。
その様子を見た少女は、小さな溜め息をついた。
「…ごめんなさいね」
赤い髪の少女は意外にも素直に謝り、銃を降ろす。手紙と遥からは視線を外しているが、悲しそうな表情をしていることが伺えた。
「まあ、俺たちも色々と騙されたりしたから、気持ちは分かるから」
そんな少女の気持ちを察した手紙は、笑顔を向けた。
「ま、いきなり武器を向けるのはどうなの? って思うけど。しかも銃を」
少し嫌味を加えながら、遥も少女を許す。
普通の人なら突っかかって来そうな言い方だが、少女はさらりと対応した。
「悪かったわ。あたしって混乱すると何するか分からないのよ」
長い赤い髪をなびかせながら、はっきりと少女は言い切る。しかし表情だけは、ずっとしかめっ面だった。
そんな少女は腕を組んで、やっと二人と目を合わせる。
「あたし『籠下白依』っていうの。今回の非礼を詫びるためにも、一応名乗っておくわ」
少し偉そうな、はっきりとした物言いの白依。
遥はこういうタイプは気に食わないんじゃないかな、と思った手紙は彼を盗み見る。しかしそれは杞憂に終わった。
「へえ…お姉さん、はっきりとした物言い出来るんだ? ぼくと一緒かな」
「そうかしら。まあ、あたしの言動はストレートだと思うけれど。…っていうか、まず貴方のことは知らないし」
「ま、ぼくもお姉さんのことそんなに知らないけど」
繰り広げられる二人の会話の必要性を、手紙は見いだせない。ただ遥の言い方が、日次相手に比べると優しいことには気付いていた。
険悪な雰囲気ではないので、お互いに悪い印象はないらしい。
ただ和やかでも、刺々しくもない微妙な空気が流れる。そんな場で、言いにくそうに手紙も名を名乗る。
「俺は手紙。変わった名前だけど、本名だよ」
苦笑いにも見える愛想笑いを浮かべた手紙を、白依はじっと見つめた。
「ふぅん。あたしも名前は変わってるって言われるけど、貴方には負けるかしら。……けど、あ……」
「はいはい。ぼくは加七遥って言う名前。遥ってかいて、ようって読むから」
白依の言葉を遮って、遥が気だるそうに自己紹介をする。
名字を訊かれそうになったから、ごまかしてくれたんだな…。
手紙は心の中で遥に礼を言いつつ、話を進めた。
「でも、どうして籠下さんはひとりでこんな所に?」
「………」
「えっと、あの…」
突然押し黙った白依に対し、手紙はわけも分からず困惑していた。
ただ白依も答える気はあるらしい。地面を睨みつけつつも、独り言のようなものを呟いては、頭を抱えていた。
「なかなか変な人だね?」
何かを考えている白依を見て、遥は手紙に耳打ちする。手紙も頷いて同意したとき、少し驚いた顔で後ろを振り返った。
「手紙、どうしたの?」
「あ、いや。今“捜索”を使ったら切手がこっちに向かってることが分かったんだけど…」
「けど?」
「誰かと一緒みたいで…誰だろう?」
「…?」
手紙と遥は首を傾げる。その時、白依の目が一瞬だけ鋭くなったことに、二人は気付かなかった。
しばらくすると、手紙たちの前に切手が現れる。姿を現した切手は、安堵の表情とともに溜め息をついた。
「はぁ、やっぱりフィールドに入っていたんだ…待ち合わせ場所にいないから驚いたよ」
「悪い悪い。色々あって」
笑顔で手紙が謝ると、遥もそれに続く。
「っていうか、切手が来るの遅かったじゃん」
「ごめんごめん、ちょっと話し込んじゃって」
少し申し訳なさそうにした切手は、頭を下げる。そんな切手の後ろから、控えめな笑い声とともに眼鏡をかけた少年が現れた。
「ははっ、優しい仲間をお持ちなんですね」
その少年の声は非常に落ち着いており、言葉の早さも良い具合で聞き取りやすい。見た目も清潔感があり、耳が隠れるほどの長さの淡い紫色の綺麗な髪も、良い印象をあたえた。
これもまたシワの見えない整った黒い学生服姿で、少年は初対面の手紙と遥に仰々しい挨拶をする。
「申し遅れました。私、『片雪維流』と申します。どうぞ、お見知りおきを」
大人びた低い落ち着いた声と、頭を深く下げる丁寧過ぎる挨拶を見て、切手は苦笑いをした。
最初にこの挨拶をされたとき、結構戸惑ったな…。二人は大丈夫かな?
ちらりと切手は二人に目をやった。
「これはご丁寧に。俺は手紙、もっとフランクにお願いします」
言葉は砕けながらも、敬意を忘れない言い方で手紙は維流に右手を差し出す。すると維流は微笑んで、右手を差し出し握手をした。
「ぼくは加七遥。お兄さんの方がぼくより年上なんだから、敬語とか使わなくていいんだけど?」
隣で二人の握手を見ていた遥も、ざっくりとした挨拶をする。
「すみません。この言葉遣いはなかなか治らないんですよ」
困ったような顔で、維流は遥に微笑みかけた。
中学生かな? 恐らく、手紙たちより年上の。それよりこの人、なーんか隙が無いな…。
遥は表には出さないように、心の中で思考を巡らす。
その時だった。
カチャ…。
いつの間にか銃で再び狙いを定めた白依が、今にも発砲しそうな目で、こちらを睨んでいる。
「来たわね…!」
その表情には、悲しみや憤り、そして狂気の色が垣間見えた。




