倉成 桐姫
桐姫はリーダー的存在である手紙を中心に、切手や遥にもたまに顔を向けて話していた。
「あなたたちは丸い石をいくつか手にしていますね」
「うん。とはいっても、三個だけだけど」
緑に白に赤。手紙はそれを取り出して桐姫に見せる。
「まずはこれを八個集めてください。そうすればストーリークリアに一歩近づきます」
冷静に、いつもの調子で桐姫は告げる。しかし彼女の一番近くにいた遥は、苦い顔をしていた。
「…あのさ、どういう風の吹き回し? いきなりぼく達に手を貸すなんて」
「そうですね」
ぽつりと桐姫はそれだけ呟くと、下を向いて考え事を始めてしまう。
三人がそれを静かに待ち続けていたところ、やっと桐姫が顔を上げた。
「私が電子都市リアリスを恨む理由は、故郷を奪われたからなんです」
真剣な眼差しで桐姫は語り始めた。
突然変わってしまった話題に戸惑うも、三人は静かに耳を傾ける。
「アルシィス国からそう遠くはない場所に、ルノーダ島と呼ばれる島があります。そこは科学の発展からも取り残され、またその存在自体も、外国からはあまり知られていませんでした」
「ルノーダ島…確かに聞いたことないな」
この中で一番物知りでもある手紙も、首を傾げてしまう。
それは仕方がないことだと言うように、桐姫は頷いた。
「ルノーダ島は自然が多く、また資源も豊かです。そして数十年前、そんな田舎の島からとある天才が生まれました。それが私の叔父のリョクアです」
「え、リョクアってあんたの血縁者だったわけ?」
思わず遥が聞き返すと、桐姫は静かに頷く。
「はい。…そしてリョクアはその知能によりルノーダ島を越え、他の国にも行くようになり、島に様々な知識をもたらしました。しかしそれは同時に、外国の方にルノーダ島を知られることにもなります。
そしてついにリョクアの出身地を知ったとある人物が、ルノーダ島の『資源』を『資金』と見ました」
「…」
「あとは単純です。地図にもないルノーダ島はあっという間に無人島だったとされ、豊富な資源は資金となりました。…ここまで言えば、もうお分かりでしょう」
桐姫の落ち着いた声に、手紙は目を逸らしそうになる。しかし寸でのところでそれに耐え、正々堂々と向き合った。
「電子都市リアリスの資金不足を見て、鈴店右鋭は国での支援を提案した───そこと絡んでくるわけだ」
「…ええ。アルシィス国の政治家全員とはいいませんが、ルノーダ島の被害を隠蔽するのに、一部の人間が関わっているのは事実です。そして電子都市リアリスはルノーダ島の資源で出来上がったことも、紛れもない事実でしょう」
さらに二人は硬い表情で、政治について話し始める。
まるで朝の報道番組でしか聞くことのない難しい話を、ゲームの中で聞くとは思ってもみなかった切手は、少し動揺していた。
一方の遥は信じられない、というように顔を背けてしまっている。しかし時間が経つにつれて素直に受け入れたのか、遥の顔は桐姫の方に向けられていた。
その視線に、桐姫が気付く。
「…私は自分の島を食べた電子都市リアリスを許せません。ですが、あなたたちのように電子都市リアリスを利用する方々には、これといった感情を持ち合わせていません」
「それで?」
遥は低い声で先を話すよう促した。その真意がわからない手紙と切手は、不思議そうに顔を見合わせる。だが当の本人の桐姫は悟ったようで、優しそうというより安らかな笑みを浮かべた。
「ですので、私はあなたにも怒りや恨みは持ち合わせていません。むしろ…ゲームプレーヤーの方々を巻き込んでしまったことに、罪悪感すら覚えています」
「…そっか」
桐姫と同じような笑顔を浮かべ、遥は俯いてしまう。
「ええと」
「なんの話なのさ?」
二人の会話の意味が分からない手紙と切手は、遥と桐姫の顔を交互に見た。
そこでやっと、桐姫が意外そうな表情を浮かべる。
「あら。まだ話していなかったのですか?」
「この間、邪魔が入っちゃったから……」
遥はこの間のことを思い出した。
自分と、自分の暗い過去を受け入れてくれるだろう仲間に、その全てを打ち明けようとしたとき。あの少女がふいにそれを妨害してきたことを。
当時のことを思い出し、少々イラッとした遥だったがすぐに心を静める。
あの時と違って、ここに日次はいない。というより、あいつの妨害の心配もない。桐姫も話せと背中を押してくれている…。
遥は深呼吸した。
肺の奥深くにある空気を外へ押しだし、気持ちをほんのり軽くする。
「………実は」
自分の隠し事や過去を、遥が話そうとしたまさにそのとき。
手紙は不思議そうな顔つきで周囲を見渡した。
「?」
そして手紙は桐姫の後ろの方向を、じっと見つめ始める。それに気付いた切手が、首を傾げた。
「どうかした?」
「誰かがこっちに向かって走ってきてるみたいなんだけど…」
切手と同じように、手紙も首を傾げる。
手紙の疑問は、簡単なものだった。
いま手紙たちが居るフィールドは、様々な場所に溶岩が流れていたり、地面がでこぼこした場所である。それゆえに、道という道が造られていない。
しかし手紙が気付いた『誰か』は、まっすぐに手紙たちの場所へと向かってきていた。まだ手紙たちからは、その『誰か』の姿は目で確認できないにも関わらず、その足取りに迷いがない。
それを三人に告げたところ、切手と遥は不思議そうに互いの顔を見合わせるだけだった。しかし桐姫は、表情が真剣なものに変わる。
「そうですか…では、もう時間切れですね」
「え…?」
思わず遥が聞き返すと、桐姫の後ろに人影が見え始めた。そしてその影はどんどん近くなり、その姿も大きくなってくる。
ただそのあいだ桐姫は一切の笑みを向けず、また決して後ろを振り返らなかったことが、三人の印象に深く残っていた。
桐姫の後ろから現れた人物は黒いロングコートを身にまとい、頭にヘルメットをかぶせている。そのせいで顔は見えないが、その怪しい見た目に反して身長がそこまで高くない。年齢の平均身長を持つ切手と、そんなに変わらない高さだった。
その人物が、桐姫のすぐ後ろで足を止める。
「いらっしゃいましたか。リョクアの右腕とも言われる『顔隠し』…」
まっすぐな物言いをする桐姫には珍しく、彼女の言葉には皮肉が混じっていた。
しかし『顔隠し』と呼ばれた黒いヘルメットの人物は、なにも話さない。
「…」
「…だんまりですか? ふふっ。あなたはいつも卑怯者ですね」
ずっと仮面を着けたように無表情だった彼女に、自嘲の笑みがこぼれた。その瞬間、顔隠しの左腕が高くあがる。
「…!」
「なにを!?」
手紙たちが驚き、反射的に顔隠しと呼ばれた人物に武器を向けた。
その理由は、顔隠しが掲げた左手に巨大な剣が握られていたため。そしてその矛先を、桐姫に向けて今にも振り下ろそうとしていたためである。
誰よりも早く攻撃準備が整った手紙は、顔隠しに向けて矢を放つ。そして次に“瞬間移動”した遥がナイフをなげ、駆け込んだ切手が双剣で斬りつけた。
しかし…。
「え? なんで…」
切手が思わず呟く。
三人の攻撃は不自然にも顔隠しに当たらない。その現象はまるで、仲間に攻撃してしまったときに起こるものと酷似していた。
特技の“捜索”を持つ手紙は、思わず叫ぶ。
「やっぱり…! あんた敵のデータを取り込んでないな? 俺たちと同じゲームプレーヤー側か!」
ゲームプレーヤー、つまりゲームのデータ上は敵ではなく味方。電子都市リアリスでは、味方への攻撃は不可能である。
このとき、微かに顔隠しは手紙の方向を向いたようだった。
手紙たちの抵抗もむなしく、顔隠しの剣は振り下ろされる。
「守ってくださって、ありがとうございます」
仰向けに倒れた桐姫は、悲しそうな顔で自分を覗き込む少年たちに礼を言う。
特に深刻そうな顔をした遥が、震える声と共に首を横に振った。
「守れてない。だからあんたはゲームオーバーになっているんだろ…?」
桐姫はそれに対して、なにも答えない。
「でも、どうして一発攻撃しただけで、ゲームオーバーに…」
小さな声で切手は呟く。
「データの取り込みを出来る対象は『敵』だけではありません。強い『味方』のゲームキャラクターのデータを、顔隠しは取り込んでいます」
「でもどうしてあいつは敵のデータじゃなくて、味方のデータを?」
「私たちの、監視のためです」
ため息をついた桐姫は、指先から順に光に包まれていく。
「私たちがリョクア達の不利となる行動をしたとき、すぐに切り捨てる。それが顔隠しの仕事の一つです」
そういい終えた桐姫は、少年たちの頭の奥にある青空に気付いた。火山活動があるフィールドであるため、火山灰が空気中に舞っている。それでも、空が青いことだけはわかった。
こんなふうに寝転がり、青空を見たのは、確か…。
「…自分すら、守れませんでしたね。私は」
「…え」
聞き覚えのある桐姫の言葉に、遥が反応した。そのまま手紙と桐姫の視線は、ゆっくりと遥へと向かっていく。
「私たちは、なぜ自らを犠牲にしてしまうのでしょうか?」
「…」
「それは悪いこと? それとも、良いこと? …その答え合わせをいつかしてみたいものですね」
桐姫の手が遥の頬へと触れた。それと同時に、彼女は完全に光へと包まれてしまう。
「え、ちょっと!」
遥がだんだん消えていく桐姫を引き止めるように叫ぶが、構わずに彼女の体は見えなくなってしまった。
三人に、最後の言葉を残して。
「石を集めてこの世の危機を救うストーリー…『聖峰ルート』をあなた達は行くべきでしょう」
この言葉とともに、完全に桐姫はゲームオーバーとなった。その証拠に、手紙の“捜索”でも彼女の存在は見つけられない。
その代わり、彼女が居た場所に桃色の丸い石が現れた。
「…あ」
それを拾い上げた手紙は、それをじっと見る。いま集めている丸い石と、色違いの石を。そこでやっと、三人は全てを理解した。
桐姫は、丸い石を持っているような強い敵のデータを取り入れていたんだ。そしてこれを渡すために、わざと顔隠しに倒された…。
「…」
三人が様々な思いを抱く中で、意外なことに誰よりも早く口を開いたのは遥だった。
「…ごめん」
「へ?」
俯きながら放たれた遥の言葉に、手紙と切手は戸惑い、思わず聞き返す。よく遥の顔を見てみると、その表情は今までに見たことのないものだった。
「知らなかった。自己犠牲によって残された人って、こんなにも辛いものなんだ」
遥は袖で目の辺りをこする。すると再び震えるような声で、今度は顔を上げて言った。
「すぐには変われないかもしれない…でも、必ずぼくは変わるよ」
「…そっか」
彼の決意に、切手は微笑みを向ける。手紙も同じように笑顔を見せると、遥の肩をたたいた。
「よしっ、じゃあそれを教えてくれた桐姫のためにも『聖峰ルート』とやらを目指してみよう!」
「そうだね」
「うん、行こう!」
手紙の明るい声に、遥と切手も元気に答える。
そして彼らは敵から得たものを抱えて、再びゲームクリアを目指していく。
この話で、第一章は終わりです。
ここまで読んでくださって、本当にありがとうございます。
第一章がわりとシリアスな場面が多かったので、第二章はもう少し明るくしたいとは思っていますが…努力します。
次の話は三月中には投稿します。