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聖峰の要  作者: くるなし頼
第一章 集う仲間
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倉成 桐姫

桐姫はリーダー的存在である手紙を中心に、切手や遥にもたまに顔を向けて話していた。


「あなたたちは丸い石をいくつか手にしていますね」


「うん。とはいっても、三個だけだけど」


緑に白に赤。手紙はそれを取り出して桐姫に見せる。


「まずはこれを八個集めてください。そうすればストーリークリアに一歩近づきます」


冷静に、いつもの調子で桐姫は告げる。しかし彼女の一番近くにいた遥は、苦い顔をしていた。


「…あのさ、どういう風の吹き回し? いきなりぼく達に手を貸すなんて」


「そうですね」


ぽつりと桐姫はそれだけ呟くと、下を向いて考え事を始めてしまう。

三人がそれを静かに待ち続けていたところ、やっと桐姫が顔を上げた。


「私が電子都市リアリスを恨む理由は、故郷を奪われたからなんです」


真剣な眼差しで桐姫は語り始めた。

突然変わってしまった話題に戸惑うも、三人は静かに耳を傾ける。


「アルシィス国からそう遠くはない場所に、ルノーダ島と呼ばれる島があります。そこは科学の発展からも取り残され、またその存在自体も、外国からはあまり知られていませんでした」


「ルノーダ島…確かに聞いたことないな」


この中で一番物知りでもある手紙も、首を傾げてしまう。

それは仕方がないことだと言うように、桐姫は頷いた。


「ルノーダ島は自然が多く、また資源も豊かです。そして数十年前、そんな田舎の島からとある天才が生まれました。それが私の叔父のリョクアです」


「え、リョクアってあんたの血縁者だったわけ?」


思わず遥が聞き返すと、桐姫は静かに頷く。


「はい。…そしてリョクアはその知能によりルノーダ島を越え、他の国にも行くようになり、島に様々な知識をもたらしました。しかしそれは同時に、外国の方にルノーダ島を知られることにもなります。

 そしてついにリョクアの出身地を知ったとある人物が、ルノーダ島の『資源』を『資金』と見ました」


「…」


「あとは単純です。地図にもないルノーダ島はあっという間に無人島だったとされ、豊富な資源は資金となりました。…ここまで言えば、もうお分かりでしょう」


桐姫の落ち着いた声に、手紙は目を逸らしそうになる。しかし寸でのところでそれに耐え、正々堂々と向き合った。


「電子都市リアリスの資金不足を見て、鈴店右鋭は国での支援を提案した───そこと絡んでくるわけだ」


「…ええ。アルシィス国の政治家全員とはいいませんが、ルノーダ島の被害を隠蔽するのに、一部の人間が関わっているのは事実です。そして電子都市リアリスはルノーダ島の資源で出来上がったことも、紛れもない事実でしょう」


さらに二人は硬い表情で、政治について話し始める。


まるで朝の報道番組でしか聞くことのない難しい話を、ゲームの中で聞くとは思ってもみなかった切手は、少し動揺していた。

一方の遥は信じられない、というように顔を背けてしまっている。しかし時間が経つにつれて素直に受け入れたのか、遥の顔は桐姫の方に向けられていた。


その視線に、桐姫が気付く。


「…私は自分の島を食べた電子都市リアリスを許せません。ですが、あなたたちのように電子都市リアリスを利用する方々には、これといった感情を持ち合わせていません」


「それで?」


遥は低い声で先を話すよう促した。その真意がわからない手紙と切手は、不思議そうに顔を見合わせる。だが当の本人の桐姫は悟ったようで、優しそうというより安らかな笑みを浮かべた。


「ですので、私はあなたにも怒りや恨みは持ち合わせていません。むしろ…ゲームプレーヤーの方々を巻き込んでしまったことに、罪悪感すら覚えています」


「…そっか」


桐姫と同じような笑顔を浮かべ、遥は俯いてしまう。


「ええと」


「なんの話なのさ?」


二人の会話の意味が分からない手紙と切手は、遥と桐姫の顔を交互に見た。


そこでやっと、桐姫が意外そうな表情を浮かべる。


「あら。まだ話していなかったのですか?」


「この間、邪魔が入っちゃったから……」


遥はこの間のことを思い出した。


自分と、自分の暗い過去を受け入れてくれるだろう仲間に、その全てを打ち明けようとしたとき。あの少女(ひなみ)がふいにそれを妨害してきたことを。


当時のことを思い出し、少々イラッとした遥だったがすぐに心を静める。



あの時と違って、ここに日次はいない。というより、あいつの妨害の心配もない。桐姫も話せと背中を押してくれている…。



遥は深呼吸した。

肺の奥深くにある空気を外へ押しだし、気持ちをほんのり軽くする。


「………実は」


自分の隠し事や過去を、遥が話そうとしたまさにそのとき。


手紙は不思議そうな顔つきで周囲を見渡した。


「?」


そして手紙は桐姫の後ろの方向を、じっと見つめ始める。それに気付いた切手が、首を傾げた。


「どうかした?」


「誰かがこっちに向かって走ってきてるみたいなんだけど…」


切手と同じように、手紙も首を傾げる。



手紙の疑問は、簡単なものだった。


いま手紙たちが居るフィールドは、様々な場所に溶岩が流れていたり、地面がでこぼこした場所である。それゆえに、道という道が造られていない。

しかし手紙が気付いた『誰か』は、まっすぐに手紙たちの場所へと向かってきていた。まだ手紙たちからは、その『誰か』の姿は目で確認できないにも関わらず、その足取りに迷いがない。



それを三人に告げたところ、切手と遥は不思議そうに互いの顔を見合わせるだけだった。しかし桐姫は、表情が真剣なものに変わる。


「そうですか…では、もう時間切れですね」


「え…?」


思わず遥が聞き返すと、桐姫の後ろに人影が見え始めた。そしてその影はどんどん近くなり、その姿も大きくなってくる。


ただそのあいだ桐姫は一切の笑みを向けず、また決して後ろを振り返らなかったことが、三人の印象に深く残っていた。



桐姫の後ろから現れた人物は黒いロングコートを身にまとい、頭にヘルメットをかぶせている。そのせいで顔は見えないが、その怪しい見た目に反して身長がそこまで高くない。年齢の平均身長を持つ切手と、そんなに変わらない高さだった。


その人物が、桐姫のすぐ後ろで足を止める。


「いらっしゃいましたか。リョクアの右腕とも言われる『顔隠し』…」


まっすぐな物言いをする桐姫には珍しく、彼女の言葉には皮肉が混じっていた。


しかし『顔隠し』と呼ばれた黒いヘルメットの人物は、なにも話さない。



「…」


「…だんまりですか? ふふっ。あなたはいつも卑怯者ですね」


ずっと仮面を着けたように無表情だった彼女に、自嘲の笑みがこぼれた。その瞬間、顔隠しの左腕が高くあがる。


「…!」


「なにを!?」


手紙たちが驚き、反射的に顔隠しと呼ばれた人物に武器を向けた。


その理由は、顔隠しが掲げた左手に巨大な剣が握られていたため。そしてその矛先を、桐姫に向けて今にも振り下ろそうとしていたためである。



誰よりも早く攻撃準備が整った手紙は、顔隠しに向けて矢を放つ。そして次に“瞬間移動”した遥がナイフをなげ、駆け込んだ切手が双剣で斬りつけた。


しかし…。


「え? なんで…」


切手が思わず呟く。

三人の攻撃は不自然にも顔隠しに当たらない。その現象はまるで、仲間に攻撃してしまったときに起こるものと酷似していた。


特技の“捜索”を持つ手紙は、思わず叫ぶ。


「やっぱり…! あんた敵のデータを取り込んでないな? 俺たちと同じゲームプレーヤー側か!」


ゲームプレーヤー、つまりゲームのデータ上は敵ではなく味方。電子都市リアリスでは、味方への攻撃は不可能である。



このとき、微かに顔隠しは手紙の方向を向いたようだった。


手紙たちの抵抗もむなしく、顔隠しの剣は振り下ろされる。










「守ってくださって、ありがとうございます」


仰向けに倒れた桐姫は、悲しそうな顔で自分を覗き込む少年たちに礼を言う。

特に深刻そうな顔をした遥が、震える声と共に首を横に振った。


「守れてない。だからあんたはゲームオーバーになっているんだろ…?」


桐姫はそれに対して、なにも答えない。


「でも、どうして一発攻撃しただけで、ゲームオーバーに…」


小さな声で切手は呟く。


「データの取り込みを出来る対象は『敵』だけではありません。強い『味方』のゲームキャラクターのデータを、顔隠しは取り込んでいます」


「でもどうしてあいつは敵のデータじゃなくて、味方のデータを?」


「私たちの、監視のためです」


ため息をついた桐姫は、指先から順に光に包まれていく。


「私たちがリョクア達の不利となる行動をしたとき、すぐに切り捨てる。それが顔隠しの仕事の一つです」


そういい終えた桐姫は、少年たちの頭の奥にある青空に気付いた。火山活動があるフィールドであるため、火山灰が空気中に舞っている。それでも、空が青いことだけはわかった。



こんなふうに寝転がり、青空を見たのは、確か…。



「…自分すら、守れませんでしたね。私は」


「…え」


聞き覚えのある桐姫の言葉に、遥が反応した。そのまま手紙と桐姫の視線は、ゆっくりと遥へと向かっていく。


「私たちは、なぜ自らを犠牲にしてしまうのでしょうか?」


「…」


「それは悪いこと? それとも、良いこと? …その答え合わせをいつかしてみたいものですね」


桐姫の手が遥の頬へと触れた。それと同時に、彼女は完全に光へと包まれてしまう。


「え、ちょっと!」


遥がだんだん消えていく桐姫を引き止めるように叫ぶが、構わずに彼女の体は見えなくなってしまった。

三人に、最後の言葉を残して。


「石を集めてこの世の危機を救うストーリー…『聖峰ルート』をあなた達は行くべきでしょう」


この言葉とともに、完全に桐姫はゲームオーバーとなった。その証拠に、手紙の“捜索”でも彼女の存在は見つけられない。


その代わり、彼女が居た場所に桃色の丸い石が現れた。


「…あ」


それを拾い上げた手紙は、それをじっと見る。いま集めている丸い石と、色違いの石を。そこでやっと、三人は全てを理解した。



桐姫は、丸い石を持っているような強い敵のデータを取り入れていたんだ。そしてこれを渡すために、わざと顔隠しに倒された…。


「…」


三人が様々な思いを抱く中で、意外なことに誰よりも早く口を開いたのは遥だった。


「…ごめん」


「へ?」


俯きながら放たれた遥の言葉に、手紙と切手は戸惑い、思わず聞き返す。よく遥の顔を見てみると、その表情は今までに見たことのないものだった。


「知らなかった。自己犠牲によって残された人って、こんなにも辛いものなんだ」


遥は袖で目の辺りをこする。すると再び震えるような声で、今度は顔を上げて言った。


「すぐには変われないかもしれない…でも、必ずぼくは変わるよ」


「…そっか」


彼の決意に、切手は微笑みを向ける。手紙も同じように笑顔を見せると、遥の肩をたたいた。


「よしっ、じゃあそれを教えてくれた桐姫のためにも『聖峰ルート』とやらを目指してみよう!」


「そうだね」


「うん、行こう!」


手紙の明るい声に、遥と切手も元気に答える。



そして彼らは敵から得たものを抱えて、再びゲームクリアを目指していく。

この話で、第一章は終わりです。

ここまで読んでくださって、本当にありがとうございます。


第一章がわりとシリアスな場面が多かったので、第二章はもう少し明るくしたいとは思っていますが…努力します。


次の話は三月中には投稿します。

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