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聖峰の要  作者: くるなし頼
第一章 集う仲間
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自信

砂記の姿はなくなった。


それを見送る手紙は、まだぼやっとしている。


自分が、かなり危険な状態にあると知らずに。




「おまえぇぇーーー!!」


悲痛な叫びが、空間に響いた。


いつもの気だるさの影すらない、怒りに満ちた形相のリューザに、手紙はやっと気付く。


「…え」


我に返って状況を客観視し始めた手紙は、自分がまだ体力値を一度も回復していないことを思い出した。


「やべっ」


微かにしかない自分の体力値に驚きつつ、急いで回復薬を取り出す。しかしあまりにも慌てすぎたせいか、手紙の手から回復薬が滑り落ちてしまった。


ちらりと視線を動かすと、リューザはすぐそこまで迫っている。


「ちょ、ちょっと待てって!」


手紙は苦笑いしながら、新たな回復薬をとりだす。だが、リューザは一切の甘えを許さなかった。


「待つわけない! …砂記の仇!」


地面を勢い良く蹴り、リューザは一気に手紙と距離を詰める。


「…?」


しかし今まで散々焦っていた手紙は、あと一秒もかからずリューザが辿り着くというのに、なぜか余裕そうな顔を浮かべていた。そのことにリューザは気付いたが、特に気にとめず、攻撃する事だけに集中する。


「わっ」


だが、その途中で身体に何かがぶつかり、リューザの体勢は手紙の手前で崩れてしまった。


なにが起きたのか? そう思い顔を上げると、そこには手紙を庇うように、腕を組んで立ちはだかる遥の姿があった。


「全く、油断も良いところだよね。少しは周りに集中したら?」


ため息混じりに遥から放たれたこの言葉は、手紙に向けられたものである。その代わり、リューザには、先ほど投げナイフが命中していたらしい。


同じくやっと今の状況に気付いた桐姫が、リューザの元に駆け寄ろうとした。だが切手がその道中に現れ、足止めされてしまう。


落ち着きを取り戻した切手と桐姫は、剣と斧で押し合いながらも、素っ気ない会話を交わしていた。


「お互い、油断したみたいだね」


「そのようですね」


その最後に、武器の刃がはじきあう音が響き渡る。






遥が“瞬間移動”により助けにきてくれたため、回復が終わった手紙も再び武器を手にした。


「遥、サポートさせてもらうよ!」


「うん。任せるからね? 手紙!」


きっ、と敵であるリューザを睨みつけた二人は、武器を強く握る。


「…むぅ」


リューザは難しい顔で、飛んでくる木の矢を避けながら、神出鬼没で現れる遥の投げナイフをかわす。


そんな高度な回避術を目の当たりにした遥は、いきなり手紙の後ろへと“瞬間移動”した。特に言葉を交わしていないにも関わらず、手紙は全てを察したかのような、ほのかな笑みを見せる。


「矢の残量的に、一度限りだからな!」


手紙は叫び声と共に、大量の木の矢を浴びせるように放った。それによりリューザは避けるのに必死で行動を制限させられてしまう。


「ナイス」


小さい声で遥は呟く。そして手紙の後ろで魔法攻撃の準備を進め、手紙の矢が尽きた頃にはその魔法攻撃を解き放った。


遥の後ろから、強い勢いで風が吹く。そしてその風は一点へと集まり、矢のように鋭くリューザを貫いた。


「…っ!」


苦痛そうな表情で腹を抱えたリューザが、二人を睨む。ゲームキャラクターであるためなのかは分からないが、彼は痛みを感じるかのような態度を見せている。


その時、ふいに手紙はあの不思議な声を聞いた。


『あははっ、見苦しい…』


「…え」


リューザがその場を動けないことを確認してから、手紙は周囲を見渡す。だがいつものごとく、声の主は見つからない。


溜め息をついた手紙は、探すのを諦めて戦闘に戻ろうとした。しかし、意外なことにリューザが空に向かって叫ぶ。


「うるさい! お前は高みの見物してるだけなくせに! このけっ……」


『黙れ!』


罵りあいをするかのような、怒りに満ちた言葉が交わされる。あの不思議な声が聞こえない切手や遥は怪訝そうな顔をしているが、手紙だけは違った。


「え…君、この声の正体を知っているの?」


「この声って…聞こえてんの? あんた」


質問と質問がぶつかり合ってしまったが、手紙もリューザも同じ驚きの表情をしていた。


「リューザ、下がりなさい!」


この混乱した状況をまとめたのは、彼女だった。


切手と戦いながらも、桐姫は落ち着いた声でリューザに言い放つ。そしてその後、桐姫は空を見上げて、少し厳しい口調で言葉を投げかけた。


「あなたも…あまり良い行いとは思えませんね。ここから立ち去りなさい」


『…ふん』


文句がありそうな言葉の余韻を残し、声は消えるように以後聞こえなくなった。


やや困惑気味だったリューザは、桐姫と目を合わせる。


「桐姫ごめん。冷静さをちょっと失ってた」


「仕方ありません。とりあえず、あなたは休むべきでしょう。…あとは私に任せて下さい」


「うん…。そうする、桐姫がそう言うなら」


力なく呟いたリューザは、その場から消えていった。


すると自然に、手紙たち三人の視線は桐姫に向かう。

三対一という劣勢な状況下にも関わらず、桐姫は凛とした表情をしたままだった。


「あなたは確か手紙という名でしたね。…一つ教えてください。なぜ、砂記の負けを悔やんだのですか?」


強い意思のこもった声で桐姫は手紙に問いかける。手紙もそれに応えるように、しっかりとした答えを返した。


「彼の本音を知ったから。…砂記は俺が苦しんでいると思って、助けようとしてくれていたってね」


「?」


手紙以外の三人が、言葉の意味が分からず顔を見合わせた。それでも取り乱すことなく、手紙は言葉を付け足す。


「俺をゲームオーバーにして、保護するつもりだったらしい。砂記は俺の…鈴店手紙のいとこだった」


「…え、いとこって…まさか」


「右鋭の実の息子…?」


手紙の過去を知る切手と遥は、動揺を隠せずに目を見開いて驚いていた。


「鈴店…」


桐姫は重い表情で、ただそれだけを呟く。


どうやら彼女は、砂記の父親が鈴店右鋭であったことも、手紙の名字が鈴店であることも知らなかったらしい。



悲しみを感じる手紙や、まだ頭の整理がつかない切手と遥をよそに、桐姫はひとり目を瞑った。


「…」


四人の間に沈黙が流れる。


そんな重い空気を破ったのは、手紙だった。


「でも、俺は砂記は間違っていると思う」


空を見上げた手紙は、さらに言葉を続ける。


「砂記は自分のせいで俺が苦しんでいると思い、償いのため俺を助けたかったんだ。だけど俺は、砂記のせいなんて思ったり出来ないよ」


「手紙…」


切手が思わず親友の名を口にした。

まだ空を見続ける手紙は、砂記にも言葉を届けるかのように明るい笑顔を見せる。


「それに俺は砂記みたいに、まだ叔父さんと話し合うことすら出来てない。まだ、する事が残っているんだ。砂記に保護されたって、俺は絶対戻っていくよ」


手紙が視線を皆の顔へと戻すと、目を開けた桐姫と目があった。彼女は真剣な顔のままである。


「砂記の思いは、意味のないものだったのでしょうか」


いつもより低く、沈んだ声色で桐姫は呟いた。しかしそれを否定するかのように、手紙が強く首を横に振る。


「そんなことないよ。砂記自身も最後は笑顔を見せてくれたし。それに…俺は、凄く嬉しかったんだ」


「…?」


「今まで顔も合わせたことのないいとこが、俺を助けようとしてくれた。それって幸せなことだよ。…って、俺さっきから恥ずかしいことばっかり言っている気がするんだけど」


いきなり冷静さを取り戻した手紙が、キョロキョロと辺りを見渡した。そんな彼の肩を、遥が叩く。


「何を今さら。そういうことを言えるのは、手紙の特技の“無羞恥”のおかげでしょ?」


「失礼な。俺の特技は“捜索”だし、何でそんな楽しそうな笑顔してるんだよ…」


「いいから、はい、話続けて」


「あのな…ま、いいか。その砂記の優しさは、実は俺の自信にもなったんだ。もっと勇気を出して叔父さんと話そうって思えたし」


途中、早口になりつつも手紙は言葉を言い終えた。それから一呼吸おいた後に、桐姫は手紙をじっと見つめながら話しかける。


「自信、ですか。つまり、自分を信頼するということですね」


「そうだけど…そういう言い方すると、なんだか偉そうだな」


「いえ、そんなことはありません」


意外なことに、桐姫は安らかな笑みを三人に向けた。



…砂記はきっと、自分を信じる強さがあったんですね。そして私が悩んでいるとき、自分を信じるように、自信を持つように言ってくれていた…。



桐姫の脳裏には、二つの言葉が現れる。


───自分すら、守れない。


───自分のしたいことをする。



自然と、桐姫の視線は遥を盗み見る。


自分と同じく、自己犠牲の働いている少年。しかし彼はそれを多少なりとも乗り越え、かけがえのない仲間を手に入れていた。


「私には、まだ難しいかもしれません。ですが、私も自分のしたいことだけはしてみます」


そう言うと、桐姫は手にしていた斧を地面に突き立てる。




リョクア、ごめんなさい。


ただ私は関係のない人を巻き込むのは、やはり…嫌。


ですので、せめて自分のやりたいことをして終わりにします。



そして斧から手を離すと、驚きながら彼女を見る少年たちに、言い放った。


「短い間でしたら、私はあなたたちの役に立ちましょう」


この言葉とともに、彼女はにこやかな笑みを浮かべる。

その奥深くに隠れた希望と悲しみに、手紙たちが気付けるわけがなかった。

次の話が第一章のラストになる予定です。

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