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聖峰の要  作者: くるなし頼
第一章 集う仲間
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放たれた槍

赤い溶岩が流れ、つい暑さを感じてしまうこのフィールドで、手紙は冷や汗をかいていた。

そんな彼の心情など知らんと言うばかりに、どこかの火山が噴火したような音が響く。



砂記が魔法攻撃を使って、ほんの数秒後。

手紙の足元の雷の音はやがて大きくなり、彼を貫くような形で地面から空へと向かっていった。



やばい。


これはやばい。



攻撃魔法を受けながら、手紙は心の中で何度も呟く。


手紙は感覚で体力値が急激に減っていることが痛いほど分かった。しかし、攻撃を受けているときは体は動かしにくく、回復など出来やしない。



やがて攻撃魔法が終わり、手紙はその場に倒れこむ。体力値はほぼ零に近く、あと一蹴りでも食らったらすぐにゲームオーバーになりそうだった。


「手紙! わっ」


「…くそっ!」


大きすぎる音で切手と遥も、手紙の危機にすぐに気付く。

しかし切手はリューザを振り切ることができず、一向に手紙にも砂記にも近付けない。APが零になった遥も同じで、特技を使うことも桐姫から逃れることもできなかった。


いつもなら“瞬間移動”で自在に移動できる遥は、この状況を特に歯がゆく感じているらしい。その思いは、桐姫にも簡単に読み取れていた。


「…」







魔法攻撃を受け、うつ伏せに倒れる手紙へと、砂記は歩み寄っていく。


“捜索”によって皆の位置を容易く把握できる手紙は、砂記が近づいていることを当然知っていた。


「…はぁ」


手紙は上半身だけを起こし、ずれた帽子を片手で直す。“捜索”により得た情報通り、砂記との距離は五メートルほどしかなかった。

そんな彼を見て、砂記は溜め息をつく。


「あと一撃で、お前も終わりだな」


「さすがにやばい、のかな…?」


ぼんやりと無表情で手紙は呟いた。






しかし、手紙は自分の手を強く握りしめる。


「失礼な!」



真剣な顔で力強くそう叫ぶと、手紙は勢いよく飛び起きる。地面にしっかりと足を着き、体力値はわずかでも堂々と砂記と対峙する手紙の表情は、次の瞬間にはまた変わっていた。


「俺はまだ負けてない!」


爽やかというより、いたずらっぽく笑みを浮かべた手紙は、砂記に背を向けて走り出す。その右手には弓が、左手には先ほど砂記が投げた槍が握られていた。

当然、砂記にとっては不愉快なことである。


「ちっ…足元に転がった俺の槍を…!」


槍をなくした砂記の攻撃手段は二つ。



一つは体術。

これはリーチのある槍と比べ、手紙に接近する必要がある。よって今すぐにでも手紙を追いかける必要がある。


一つは攻撃魔法。

これは槍より遠くから、しかも正確に攻撃を当てることができる。しかし魔法攻撃の発動まで時間を取られるため、その隙に手紙は体力値を回復するだろう。

威力の低い魔法攻撃を放っても、回復はされてしまう。だからといって高い威力の魔法攻撃を放とうとすればより時間がかかるため、回復されるうえ、こちらが攻撃を受けてしまう。


「あのやろう…」


砂記は手紙の後を追って走り出した。



「やっぱり、ついてきたか」


手紙は前を見て走りながらも“捜索”により砂記の位置を把握する。



…走りながらでも回復は出来るけど…タイミングを間違えると、攻撃を受けそうなんだよなあ。



ぶつぶつ考えながら、手紙は砂記に距離を詰められないように走り続けた。電子都市リアリスのフィールドは、障害物や侵入不可の場所もあるが、基本的に上から見ると正方形になっている。単純に考えれば、手紙はいつか砂記に追いつかれてしまう。


石や岩が多く足場の悪い地面を走っていると、やがて小さな火山がいくつもある場所へと二人は辿り着く。その中でもひときわ高い火山が、手紙の視界の右側に入ってきた。


「ここなら…!」


手紙は目を輝かせると、勢いよく持っていた弓を遠くに投げ飛ばす。


「?」


その行動の真意が分からない砂記は、捨てられた弓に興味など持たずにまた追いかける。すると手紙は後ろを振り返ることなく、走りながらぼそりと呟いた。


「片手が塞がっていると、道具も持てないから」


「なんだと?」


手紙はポケットの中から何かを取り出すと、それを地面へと叩きつける。そして間もなく、その場所から白い煙がのぼり始めた。

煙はあっという間に砂記と手紙を包み込み、二人の視界を奪う。


「まさか…煙幕か?」


「緊急退避用のだ!」


思わず足を止めてしまった砂記は、耳をすませて手紙の足音を拾おうとした。しかし噴火などで忙しい火山たちが、その音を見事に隠してしまっている。


「ほっ…」


煙幕を使った張本人である手紙は、とっくに煙の中から離脱していた。少しほっとしている表情から、砂記を煙の中に置いていけたことに安堵しているらしい。



でも安心している暇も、回復している暇もないんだ…!



魔法攻撃は、魔法攻撃をぶつける対象者が見えないと使えない。使おうと思えば使えるが、当てずっぽうであるため回避が可能になる。そのため砂記が煙の中に居る間は魔法攻撃を受ける心配はないが、煙だってそう長くは保ってくれない。


手紙は今、先ほど視界に入ったひときわ高い火山に登っていた。ひときわ高い、といってもせいぜい七メートル前後なので、登るのに時間はとられなかかったようである。


右手に身の丈よりはるかに大きい弓を取り出した手紙は、いったん左手にある槍を地面においた。


「それじゃあ、いくよ…!」


銀の矢を左手に持つと手紙は立て膝になり、大きな弓で銀の矢を空に向けて大量に放った。

やがて、その矢は雨のように砂記のいる煙へと降り注がれる。


「う…」


避けきれないほどの大量の矢に、砂記は体力値をどんどん削られていく。だが周囲は煙だらけで、しかも矢は上から降り注ぐだけなので、どこから放たれているのかは分からないままだった。



「すー…はぁ…」


深呼吸をした後、手紙は底を尽きた銀の矢の代わりに、砂記の槍を拾い上げた。


とても長く、大きな槍。


それを、手紙は矢のように弓にかける。


砂記は煙に覆われているが“捜索”を使える手紙には、そんなもの関係なかった。正確な砂記の位置を知り、狙いを定める。


「これで、終わりだな」


山の頂点にいる手紙は、足場がぎりぎりの所で弓を構える。すると長い弓の下部は足より下にくるが、そこに地面は無いため違和感なく矛先を砂記に向けられた。



自他共に手紙の必殺技だと言える、他の武器を弓で射る攻撃。それを手紙は惜しむことなく披露する。


「いっけぇーーーっ!」


自らを奮い立たせる叫びと共に、真剣な眼差しで手紙は弓で槍を放った。


「なんだ!?」


煙の向こうから聞こえた手紙の声に、砂記は思わず振り返る。もちろん砂記の視界は一面真っ白だが、一秒しないうちに何かの輝きが見えた気がした。


「…! あ…」


気が付かない、というより、頭で理解する処理が間に合わなかったらしい。



想像もできない出来事に、砂記は思わず目を見開く。そしてそのまま、砂記の体は背中から地面に倒れ落ちた。




俺の武器である槍が、俺の体を貫いた…?




もちろんゲームの世界であるため、痛みもなければ、貫かれた体に外傷なども一切無い。


しかし砂記は一瞬にして、自分の体力値が零になったことに気付いた。


「体が…動…かない…だと?」


確かにもとより砂記の体力値は減っていたが、そこら辺にいる後衛戦士ごときの攻撃一発で倒れるはずはない。


そのことについて疑問に思っているころには、白い煙も薄れていた。するとすぐ側から足音と共に、人影が見えてくる。


「砂記の槍と俺の攻撃力に加え、弓の攻撃力も合わさったから威力は高いはずだよ。その代償として、槍は消耗品扱いされて消えちゃうけど」


うっすらとした影は、やがて手紙という立派な形になった。仰向けに倒れた砂記は、喜びの感情が皆無である手紙の顔を見て、溜め息のような笑いを漏らす。


「なるほどな。普通はゲームプレーヤー自身の攻撃力と、武器の攻撃力の合算でダメージが決まる。そこに一つ分攻撃力が増えたら当然強いわけだ」


「…」


「俺の…負けだな」


体力値がなくなった砂記は、ゲームオーバーである。

いくら敵のデータを取り込んでいても、ゲームプレーヤーにはかわりはない。


「安心しろ。俺はもう、電子都市リアリスに来ることはない。今の電子都市リアリスには入り口が無い状態だ。それゆえに、誰も介入出来ない」


薄ら笑いをした砂記は、手紙の目を見ずに話していた。手紙は無言で頷くと、じっと砂記を見つめる。


その視線に気付いた砂記は、やっと手紙と目を合わせた。


「…なんだ?」


「俺さ、砂記にフルネーム教えなかったよな? でも、何であのとき…俺のフルネームを呼んだの?」


「ああ」


砂記はあのときの言葉を思い出していた。



────電子都市リアリスの特徴を良く応用した選択だ…。来い、『鈴店手紙』。本気でお前を電子都市リアリスから追い出してやる!



「…」


「俺は基本的に名字は名乗らない。なのに、砂記は何で俺の名前を呼べたの?」


「知っていた、からだ」


「…電子都市リアリスに閉じこめられる前から?」


「ああ」


「…」


「正確に言えば、名前だけ良く知っていたからだな」


砂記は再び視線をそらすと、今まで浮かべていた笑みを消した。


「『鈴店』か…」


「砂記も電子都市リアリスを嫌っているんだよね。だから、鈴店右鋭も憎んでるの?」


「いや、あの人は苦手だった」


「?」


果てしなく続く空のさらにその奥を見据えるように、しみじみと砂記は呟く。その言動に違和感を覚えた手紙は、思わず首を傾げていた。


「叔父さんと面識があるって言い方だけど?」


「面識、どころじゃないな。俺はあいつの元から逃げ出した人間だ」


「まさか、俺と同じ…?」


居なくなった実の子の代わりに集められた、子どもの一人なのか?

そう思って投げかけた質問を、砂記はすぐに否定した。


「違う」


「じゃあ…」


「俺は『元凶』なんだよ」


「─────え」


「せめてお前だけは無理矢理でもゲームオーバーにさせて、こっち側に迎えて守ってやりたかったんだがな…」


やっと手紙と目を合わせてくれた砂記は、微かに笑う。その笑みはとても優しく、そして悲しすぎるものだった。


思わずしゃがみこんだ手紙は、砂記の顔を覗き込む。



似てなくはない。けど、でも…!



混乱する手紙は、言葉を発することも、考えをまとめることも出来なかった。聞きたいことが山ほどあったが、時は過ぎてしまったらしい。


砂記の体が、白い光に包まれていく。


「ち、ちょっと待って!」


慌てて砂記の手を取ろうとするが、手紙が掴んだのは空気だった。その喪失感に思わず言葉を失った手紙に、砂記は静かに言い放つ。


「本当に、すまなかった…」

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