溶岩の倉庫
溶岩の倉庫。
それは名前の通り、溶岩が川のように流れるフィールドである。もちろんゲームの世界であるためその溶岩に危険性は無いが、人間の本能から恐怖を感じてしまう。
そしてなにより、ぐつぐつと音をたてる景色からついこんな言葉が零れる。
「暑い…暑くないけど」
「うん、熱いよね…熱くないけど」
手紙と切手はぐだぐだと意味のない会話を交わす。もちろん雪原と同じように、電子都市リアリスでは温度を感じることはない。
「ほら、いいから“捜索”つかってよ」
呆れている遥が催促すると、手紙はつまらなさそうに返事をした。
「はいはい。…うーん、ハチノコや雪だるまと同じような『ストーリーが付く以前は居ない』かつ『フィールドの中で一番でかくて強そう』なのは、っと」
手紙の頭の中に、溶岩の倉庫のフィールドの簡単な地図が浮かび上がる。その地図上に現れる敵や味方の印に、その名前。
手紙はその中から、見たこともない敵の名前を見つけた。
「いた。フィールドの中央に『火だるま』がいる!」
「また変な名前だね…」
「切手、そこが電子都市リアリスのクオリティだって!」
張り切った口調で弓を手にした手紙は、道案内のために先陣を切って走り出す。そんな無茶をする後衛戦士の行動に、慌てて二人はついていく。
「待ってよ、手紙!」
「ちょっと! 防御力の低い後衛戦士が先陣きるなって!」
切手と遥が手紙に追い付きながら苦情を漏らす。しかし仲間の一言二言を、手紙は笑顔で一蹴した。
「なーにいってんだって。能力値的には、俺が一番防御力高いじゃん」
「う…」
痛いところを突かれた切手は言葉に詰まった。確かに回避メインの切手と、術士かつ回避に特化した遥は防御力を顧みない。
そうこうしているうちに、三人は目的地へと辿り着いた。
「ああ…なるほど。火だるまだね」
さっそく標的を見つけた遥が、溜め息混じりに呟く。
──火だるま。
それはまさかの、ついこの間見たようなあの雪だるまの赤バージョン。身体の大きさは軽自動車を三台重ねたほどの大きさである。そしてその全身は炎に包まれ、見ているだけで暑くなりそうだった。
三人は各々武器を取り出すと、同時に頷いた。すると手紙が声を張り、切手と遥もそれに続く。
「よし、行こう!」
「うん!」
「了解」
まず切手が二本の剣で切りかかり、最初のダメージを与える。火だるまからカウンターを受けないように、数回切り刻んだ後は背後に跳んで距離を置いた。
想定通り、切手に狙いを定めた火だるまはどんどん距離を詰めていく。そして攻撃をしようと燃える腕を切手に向けた瞬間、無数の矢が火だるまの胴体を直撃した。
「恐ろしきコンビネーションだね」
小さい声と共に、遥は笑顔をこぼす。
切手の初めの攻撃時からずっと魔法攻撃の準備をしてきた遥は、狙いを定めるとすぐにそれを放つ。
遥の手にある投げナイフから発生したのは、大きな竜巻。その竜巻はみるみるうちに大きくなり、火だるまの元へ勢いよく向かっていった。
「すっげー!」
手紙がその竜巻の大きさに感嘆したとき、火だるまを容易に包むほどにまで進化した竜巻は、火だるまに大ダメージを与えて消えていく。
その後、遥は時々“瞬間移動”でナイフを投げたりするも、どちらかというと魔法攻撃をメインにしていた。
「…? あれ? 戦法変えた?」
その変化に気付いた切手は、きょとんとしながらも思わず遥に訊く。
「まーね。こういう敵の場合、ぼくは魔法攻撃にシフトした方が良いと思って。…君の親友に昨日色々言われたしね」
口ではふてくされたように言っているが、遥の顔には毒気の無い笑みが浮かんでいる。それで全てを察した切手も、思わず笑顔を向けた。
「なるほどね。皆で戦おうとしてくれていると?」
「…文句ある?」
遥が本気で苛立ちを見せ始めたため、切手は慌てて首を横に振る。
「まさか! …強いて言えば、手紙に文句はあるかな」
「え?」
「人を変える前に、彼自身を早く変えてしまえば良いのにね…」
「…」
手紙自身が変わる、か。
さっさと酷い叔父さんを見捨てろってことかな? それとも、何か他にも?
切手の意味深な言葉について、遥は考えを巡らせた。しかしその間に火だるまは倒れ、手紙が近付いてくる。
「二人とも、お疲れ!」
元気の良い手紙を目の当たりにする。すると遥は考えの結論の必要性が分からなくなり、すぐに思考を止めた。
「お疲れ。…それで切手、例の物は?」
「うん。あったよ!」
火だるまの一番近くにいた切手が、倒した火だるまが落としたものを拾い上げる。それを二人の前に差し出し、手の中にある赤い丸い石を見せた。
「的中か。やっぱりストーリーが付いてから現れた強い敵は、かなりのキーキャラクターだったんだね。こいつらを倒していけば、このキーアイテムが手には入りそう」
腕を組んだ遥は、石を見ながらぶつぶつと呟く。その言葉を隣で聞いていた切手も、同じ意見なのか深く頷いていた。
「うん。僕もそう思う。しかもこの丸い石を持っている強めの敵は、各フィールドに一匹くらいの割合かもね」
「ってことは全部のフィールド回んなきゃ行けないのか。だるいなあ」
切手と遥が推論を立てるが、ゲームのお約束などを知らない手紙は押し黙るしかなかった。
しかしふと疑問を思い出したのか、長い間閉じていた口を開く。
「そういえば、俺と遥が雪原で雪だるまと戦っていた時、切手も同じ雪だるまと戦ってたよな? ひとりで勝ったってこと?」
「ううん。通りすがりの変な二人組が助けに入ってくれたんだ。雪だるまが落としたアイテムも、その二人に渡しちゃった」
そういえば自分が雪原のフィールドに来たとき、二人の先客が居たな…。と手紙は納得した。
だが切手の不審な単語を聞き逃さなかった遥は、不思議そうにしている。
「『変な』って?」
「うーん。大きな剣を使う男子と、銃を使う女子の二人組だったんだけどさ。女子の方の性格が初めて見るタイプだったんだよね…」
そこまで言われると、どんな性格の女子なのか気になってしまう。手紙と遥が詳しい説明を求めると、切手は唸りながら言葉を上げていく。
「短気…いや、気が強い? それでいて優しさを見せたり、こっちを睨んだと思ったら、仲間の方には満面の笑みを見せたり…」
ぐだぐだと特徴の述べていくうちに、とうとう切手が顔の前で手を合わせた。
「ごめん。上手く言い表せないや」
「まあ、いつかまた会えるかもしれないし。…それに、俺たちのやるべきことも定まった、んだよな?」
手紙は二人の顔を交互に見て、同意を求める。
「うん。とにかくたくさんのフィールドを回って、強い敵を倒して丸い石を集めよう」
「ま、そうしていればその次にやることも見えてくると思うよ」
切手と遥も強く頷き、三人の視線は新しいフィールドへと向けられた。
まさに、その時。
「…あ」
癖で使った特技の“捜索”。それにより確認できた因果の三人の名を、手紙は見つけてしまった。




