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聖峰の要  作者: くるなし頼
第一章 集う仲間
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自分

次の日の朝、桐姫は隠しフィールドの『極秘の花園』にいた。



綺麗な花が多く咲き乱れるなか、桐姫はその中に寝転び空をみる。蒼く澄んだその空を、そして風により流れていく雲を見て、なぜか急に悲しみがこみ上げてきた。


とても綺麗で自分好みな花畑に、悩みが小さく見えてしまうほどの大きな空。自分が欲しくてたまらなかったものがあるはずなのに、目には涙が浮かぶ。


「私が欲しいのは、作り物の世界ではありません…」


両手を空に向けてのばし、すぐに下ろす。その勢いで散る花びらが、視界の端に見えた。


「…何があった?」


気が付くと、すぐ側に砂記が立っていた。


桐姫の瞳はまっすぐと空に向いているため、砂記の表情はまるで見えない。しかしその声色は心底彼女を心配していた。



その優しさに気が付いた桐姫は体を起こすと、砂記の顔を見る。そこに言葉では言い表せない安心感を得た桐姫は、いつもの凛々しい顔に戻っていた。


「少し、心が乱されました。でももう大丈夫です」


「…」


砂記は険しい顔で、じっと桐姫を見つめる。


糸部砂記と倉成桐姫。

彼らは血縁者でもなければ、出身地も違う。ただ電子都市リアリスが憎い。その意見の一致により手を組んでいる仲間だ。


それでも砂記には気になることがあった。


「桐姫は確か、最初はこの電子都市リアリスを乗っ取る作戦に否定的だったな」


「…」


「まさか…」


「その決意が揺らいでいる…そう言いたいのですか?」


にこり、というには嬉しさが足りない笑顔を、桐姫は砂記に向ける。


「安心して下さい。私がリョクアを裏切るはずが───」


「良いと思うぞ?」


「え?」


砂記が言った一言の意味が分からず、桐姫は聞き返した。ぶっきらぼうな顔つきの砂記は、少しだけ空に顔を向ける。


「お前はまだ若い。しかも自分の考えをしっかり持てる人間だ。今やっていることに違和感を感じるなら、自分のしたいことをすればいい」


「ふふっ。あなたにそんなことを言わせてしまうなんて、私はそうとう不安定だったのですね」


桐姫の手は花を避け、地面へと辿り着く。力強く地面を押して体を持ち上げて立つと、右手に斧を持つ。

その姿はまるで高貴な騎士のようだった。


いつもの凛とした自分を見せ、砂記を安心させようとした桐姫のこの行動。これを見た砂記は意外なことを口にした。


「お前の性格、リョクアに少し似ているな」


「そう…ですか?」


「ああ。自分で背負い込み、かつ他人に気を配れるところが」


「…」


真面目すぎる砂記の言葉に、言い返す言葉がなかった。


確かに桐姫は恩人でもあるリョクアを慕い、尊敬している。それゆえにリョクアみたいな人を目指して成長してきたつもりだった。


「リョクアはこの電子都市リアリスで起きた被害を背負う覚悟もあるからな。…お前もリョクアも、器がでかいんだよ」


「砂記だって、器はでかい方だと思いますよ?」


「俺は実家から逃げてきた身だ。お前たちみたいに抗うという考えすら持てないような人間なんだよ」


自嘲めいた口調で、砂記はその場に座り込む。

桐姫は砂記が電子都市リアリスを恨むようになった理由は知らない。しかし親の元から逃げ、リョクアに保護されていることは知っていた。

しかし逆に砂記は、桐姫が電子都市リアリスを恨む理由を知っている。


「私は抗うなんてこと、出来ていません。これは電子都市リアリスのせいで失われた『私の故郷』の、私の自己満足のための復讐ですから」


「…いつ思い出しても過酷だな。お前の過去は」


「私よりも深い傷を負ったのはリョクアでしょう。私は故郷の風景も、故郷と共に散った両親の顔も覚えていませんから」


「…」


記憶にもない故郷や両親のために戦うこと。そんなこと、俺にできるか? むしろ、桐姫はそんなことできているのか?



砂記は頭の中に浮かんだこの疑問を、口にすることはなかった。



「…」


目を瞑り、少しだけぼうっとして思考をずらし、桐姫はあの時のことを思い出し始めた。



記憶も定かではないまだ幼いころ、リョクアに手を引かれて歩いたアルシィス国の空港。その固い地面を歩いていた時に入った、短い電話。


そして真っ青になるリョクアの表情。



首を横に振り、急いで桐姫は思い出に蓋をした。彼女にとってあの時感じた恐怖は、今でも心の奥底に傷となって残っているのだろう。


その時ふと、敵対していた少年の言葉が蘇る。


「自分すら、守れない…」


「…?」


「あ、いえ。なんでもありません」


不審な顔をした砂記に向け、桐姫は珍しく慌てて手を振る。

そしていつもの表情を強引に引き出し、桐姫は重くなってしまった雰囲気を一蹴りした。


「それより、次はどうします? またあの少年たちの阻害をしますか?」


「ああ。あいつらはかなり進んでいるからな…。リョクアの準備が整うまで、ゲームクリアの妨害をする。危険因子はゲームオーバーにさせる。それが俺たちの仕事だ」


「了解しました」


二人は同時に頷く。

すると砂記は花の無い、土がむき出しになった場所に移動し、槍で地面に文字を書き始めた。何をしているのか気になった桐姫はそれを覗くと、そこには次回の作戦が書かれていたらしい。


彼女は書き終わったそれを見て、素直な感想を述べた。


「なるほど。それは良いかもしれません」


「ああ。これで行こう」


お互いに納得すると、次の戦のために思い思いの場所へ移動した。桐姫は再び花畑に体を投げ、蒼く澄んだ空を見上げ、独り言を呟く。


「『自分すら、守れない』『自分のしたいことをする』」


言葉をより深く理解するように桐姫は目を瞑って、肺の奥底からため息をついた。


「『自分』とは、なんなのでしょうか?」








一旦中央街に戻った手紙たちは、四天王の水月と別れ、三人でベンチに座っていた。手紙はゲームクリアに繋がると言われた二つの丸い石を手に持ち、じっと見つめる。


「なんなんだろーな、これ」


四天王の水月もゲームクリアに繋がるとしか言わず、詳しいことは一切口にしなかった。


「恐らくどこかで使う物だとは思うんだけど…」


切手は右にいる手紙が持つ石を、じっと見つめて首をひねる。

これがゲームクリアの鍵になると分かっても、何をすればいいのかは分からない。結局のところ、見事に立ち止まってしまった。


同じく遥も、左に座る手紙の手にある石を見る。


「ま、今まで通り色んなフィールドに行くしかないかもね」


「そうだな…」


曖昧ではあるが話の決着がついたため、三人は自然と新たなフィールドに行く支度を始めた。

しかし遥の動きだけが止まり、少しだけ何かを考え込む。すると何かを決意したような顔で、手紙と切手の方を向いた。


「手紙に切手、実は話したいことがあるんだけど」


「うん? なんだ?」


「どうしたのさ?」


急に畏まった遥に一瞬驚くも、二人は話をしっかり聞こうと、出発の支度の手を止める。



自分の何かを変えてくれた手紙に、自分を気遣ってくれる切手。彼らは遥にとって、とても大切で、特別な人となっていた。

そしてその二人が、自分の話を聞こうとしてくれている。きっと今が、自分の闇を吐き出すときなのだろう。そう感じた遥は、思い切って感情を言葉にした。しかし…。


「…実は、ぼくの過去の───」


「あ…あー! 鈴店くん!」


突如聞こえた新たな声により、遥の言葉はその決意と共に切られてしまった。手紙と切手の視線も、その声の方へと向いている。

その場には武器屋で働く茶髪の少女がいた。


「あ、日次(ひなみ)


「なんだか、久しぶりな感じだね」


なぜか驚いて固まっている日次に、手紙と切手が反射的に簡単な挨拶をした。


しかしこの場でより驚いているのは、決意を邪魔された遥と、偶然想い人を見つけて思わず声を掛けていた日次だろう。


「鈴店くんに、湯家くんも! そ、それに遥まで」


「…」


「よかったー! 無事だったんだ。心配してたんだよ?」


「…」


「って、なんなのその視線!」


恨みのような、妬みのような、とにかく負の感情を目で訴える遥に、耐えられなくなった日次は文句を言った。

しかしその程度で動じる遥ではない。


「別に。うるさいのが来たなって、心の中で思っただけ」


「うるさいって…」


「自分が静かだって思うわけ?」


「う…。…………。…あ! そ、それなに?」


言い返す言葉が見つからないため、日次は手紙の持つ丸い石に話題を逸らそうとした。そのとき遥の舌打ちが聞こえた気もしたが、その程度で動じる日次ではない。


「丸い石? 綺麗だね! たまに持っている人がいるけど、それなに?」


手紙も持つ石だけを見て、日次が笑顔で手紙に話しかける。


「え、他に持っている人いるの?!」


「う、うん。お店に来る人がたまに…」


日次は、ここまでこの話に手紙が食いつくとは思っていなかったらしい。少し動揺しながらも、真剣な顔つきの手紙のために記憶を探った。


「ええと、確か赤色の石を持った人達とかも居て。確か『溶岩の倉庫』のフィールドで手に入れたって…」


「そっか! ありがとう日次!」


満面の笑みで日次に礼を言うと、手紙は切手と遥と顔を合わせる。そしてすぐベンチから立ち上がり、日次に手を振って走り出した。


「それじゃ、武器屋がんばって!」


「いい情報ありがとうね!」


「…」


日次は爽やかに去っていく二人と、何か黒い感情を向けて走る一人を無言で見送る。


その頭と心の中は、手紙に言われた礼の言葉と笑顔で溢れていた。


「…」


自分の顔が真っ赤になっていることに気付き、慌てて手で風を送る。それでもまだまだ消えていかない幸せに、顔を緩めるのだった。



そして数十秒後。

やっと現実に戻ってきた彼女は、やっとあることに気付く。


「…って、あれ? 鈴店くんたちは?」

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