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聖峰の要  作者: くるなし頼
第一章 集う仲間
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静かな雪原

とある研究所で生まれ、五十人ほどの同じ境遇の仲間達と投薬による実験体にされていた遥。その過程で聴覚を失ってしまっていた。


その後、食事を届けてくれる研究員が居なくなってしまったことにより、生きるために『食べ物』を奪い合っていたという仲間達の驚くべき事実を知り、ショックを受けた。


その奪い合いのショックと、知らぬ間に死んでしまった仲間。


その闇が、遥の心の奥底に眠っていた。








それからすっかり成長し、電子都市リアリスにいる彼は、手紙の言葉を繰り返す。


「自分を、守る」


その言葉は、昔自分たちが生きるために、周りの子が『食べ物』を奪い合うことを示す。そう思ってしまった遥は、思想を振り払うように首を横に振る。



違う。手紙が言いたいのは、きっとそんなことじゃなくて…。



ちらりと手紙を盗み見る。彼はまだ怒った顔をしていたが、そこにはなぜか暖かな思いやりを感じた。


耳で聞いているわけではなく、頭の中で処理されるからこそ届く手紙の声。現実世界では聞くことのできないその声は、遥の心に大きく響いていた。



もしあの研究所で子供たちが貪る『食べ物』の危険性を伝え、止められていたら?

そしたらきっと、生存したのはぼくだけじゃない。もっと、多かったはず。

そうすれば、あの時のことをここまで引きずらずに済んだかもしれない。


手紙の守るっていうことは、そういうことなのかな…。


「あは、ははははは!」


何かが吹っ切れたように、遥は大きな笑い声をあげた。


「え、ちょ…え?」


その思いも寄らない奇行に、手紙は今までの怒りがすっと消えていく。


その代わりに、急にこみ上げてきた感情が焦りをもたらした。


「遥、悪い、言い過ぎた? まさかこれが頭のネジが外れるっていう状態か?」


「はぁ。酷いな」


怒っては驚き、笑って拗ねる。

遥は自分でもこんなに感情が動くことに驚き、思わず顔が緩くなってしまう。


そんな顔を隠すために手紙に背を向け、雪だるまへ強く鋭い視線を送った。


「自己犠牲と守るの違いはまだ完全には掴みきれないけど、手紙の言いたいこと、なんとなくわかったよ」


「…へ?」


「とりあえず、この目の前にいる雪だるまを二人で倒す。そのあと一緒にまた協力して、桐姫たちと交戦で良いんだね?」


遥には見えなかったが、手紙はその言葉を聞いて嬉しそうに笑ったらしい。


「…! おう! 一気に行こう!」


木の矢より値は張るが、威力の高い鉄の矢。手紙はそれを弓で引き、的の大きい雪だるまへと狙いを付ける。

その視界には雪だるまだけでなく、今にも“瞬間移動”を使うだろう遥の姿も入っていた。


遥がすっ、と消えた瞬間に、手紙は鉄の矢を勢いよく撃ち放つ。


「…お?」


雪だるまに向かっていった矢は、見事にその白く丸い胴体へと突き刺さった。すると雪だるまは白い光に包まれ、跡形もなく消えていく。


…手紙は雪だるまを倒した。


「…え? えっ?」


つまり、雪だるまの体力値は既に少なく、虫の息だった。そんなこと知ることもない手紙たちが言い争いをしているなか、雪だるまは懸命に戦おうとしたが、何か変わった遥と、それを喜んだ手紙によりあっさり敗北してしまった。


「…」


「…」


「…」


「…」


あまりにもあっさりと危機を免れたため、言葉が出てこない。その一方で、手紙は遥の冷たい視線を感じていたが、気付かないふりをした。


諦めたように小さくため息をついた遥は、気持ちを切り替えて桐姫とリューザに目を向ける。


「…ま、いっか。それよりあの人たちを…って、あれ?」


自分たちに近付いてきたあの二人は、さっきと変わらない位置で立ち止まっていた。

しかしその様子は、かなり異様だ。


「桐姫ちょっとー、どうしたの?」


間延びした喋り方だが、心配そうにリューザは桐姫に声をかけていた。


しかし桐姫は全身を震わせ、自らの体を守るかのように腕を組んでいる。彼女が纏う鎧は、その震えに合わせてカタカタと小さく音を鳴らしていた。


「う……わた、たたたししは」


顔色を悪くした桐姫は、必死にリューザの問いに答えようと口を開くも、なかなか声にならない。


そんな彼女を遠くから見つめる遥は、その不審な様子を見たことがあった。


「んー? なんだか過去を教えてくれようとして動揺した手紙に似てるかも」


「え、俺もあんなだった?」


「うん。声が変になる感じとか、そっくりだよ」



遥に響いた、手紙の『守る』という言葉。

同じ自己犠牲をする桐姫には、それはどのように響いたのか。


遥は目をつむり、心の中でそっと考える。



「桐姫? 桐姫?」


リューザの必死にも見える問いかけに、桐姫は顔だけ向けた。そしていざ言葉を口にしようとすると、また同じように声がでない。


「り、りりり、り…」


いつもの凛々しくて可憐な彼女の声は、跡形もなかった。



どうしてでしょう? なぜ、心が乱れただけで、こんな…?!



桐姫は自分の言うことを聞かなくなった体に疑問を持つ。しかし、どんなに頑張ってもなにも変わらない。



「精神の乱れはストレスに繋がるからなぁ」


哀れそうな目で桐姫を見た手紙は、冷静に分析を始めていた。

その声を聞き逃さなかった遥が、手紙の方を向く。


「ストレス?」


「うん。強いストレスを感じたりすると、頭痛がおきたりするじゃん? 恐らく、彼女はそれと同じ状態なんだよ」


「そっか。電子都市リアリスは脳でほとんどの処理をするから、頭に何かしらの負荷がかかると正常ではいられなくなるんだ」


最もな手紙の推測に、思わず遥は感心してしまう。そこで止めておけば言いものの、遥はつい余分な一言を口にする。


「手紙ってもったいないよね」


「な、なにが?!」


「せっかく頭が良いのに。それを見た目のアホっぽさと、楽観的な性格によって埋もれさせてるから」


「…あのなあ」


悪意があるのか無いのか分からない遥の笑みに、手紙は苦い顔をした。



「…っ!」


緊張感の無い二人をよそに、桐姫は先ほどリューザからもらった移動電池を使い、この場から消えていく。

それに続き、リューザもいつの間にか姿を消してしまった。







雪原のフィールドが静かになり、手紙と遥は緊張感がほぐれ力が抜けた。そのせいか先ほどまで戦っていた雪の上に、堂々と腰をおろしている。


「ふー」


「はあ。なんだか疲れた」


くたくたになっている二人を見て、そのそばで立っている水月が微笑んでいた。


「二人とも、お疲れさま。それに、手紙は魔法攻撃を使えたんだね」


「使えるには使えるんですが…あの時のアレは気付いたら感情と共に発動していただけなんです」


「そうなの?」


大量の敵を葬っていた水月は、まだまだ余裕そうな顔で厳つい武器たちをしまっている。そのタフ過ぎる四天王に、次元の違いを感じた二人は力なく笑うのだった。



砂記と桐姫という、戦う理由もよく分からない相手と戦い続けた手紙は、すがる思いで水月に疑問を投げかける。


「あの人たちはなんなんですか?」


「ん? ああ、あの敵側にいる人間の人たちのことだね」


いつもの穏やかさを備えつつ、水月は不思議な笑みを浮かべる。そして手紙たちと視線を同じ高さにしようと思ったのか、水月もその場に座り込んだ。


手紙と遥の視線を感じながら、水月はゆっくりと話し出す。


「彼らはこの電子都市リアリスを制御してしまった『リョクア』側の人間でね。敵のデータを取り込むことで、本来戦えないはずのプレーヤーと戦うことができる」


ここまでは本人から聞いたことのある情報である。しかしそのことは口にせず、手紙たちは黙って聞いていた。


「彼らはどこかの隠しフィールドを拠点として各地に現れ、一部のプレーヤーたちの妨害をしているんだ。その理由は定かじゃないけどね」


「やはり、ゲームクリアをさせないため…なんでしょうか」


「うーん、それはないと思うな。リョクアはゲームクリアをしてくれることも望んでいるみたいだし」


手紙の問いに、水月は少しだけ首をひねって答えた。ただこの謎については水月にもはっきりとは分からないらしく、きちんとした正解が見えてこない。



すると、遠くの方で誰かの声が聞こえてきた。


「手紙ー! 遥ー! 水月さん!」


それは手紙や遥にとって大切な仲間の声。二人は笑顔でそれを迎える。


「切手!」


「かなり遅いかったね? なにしてたの?」


顔に疲れを見せる切手は、一息ついてからそれに応えた。


「目の前にいきなり大きな雪だるまが現れて、戦っていたんだよ」


切手も手紙たちと同じ敵と戦っていた。

それに少し驚いた手紙と遥は顔を見合わせる。しかし水月だけは顔を険しくして、何かを考え始めていた。


「同じく、雪だるまか…。敵を操るリューザとか言う子も現れて、いよいよ怪しくなってきたね…!」


「あ、あやしく?」


不穏な雰囲気を漂わせる水月に、三人は少し不安を覚える。


四天王は誰よりも強く、また電子都市リアリスに詳しい。それでもよく分からない相手。それが手紙たちの前に立ちふさがる、リョクアというバックを持つ砂記と桐姫たちなのだろう。



いつの間にか、その綺麗な水色の髪に似合う優しい笑みを見せ始めた水月は、周囲を少し見渡す。その視線が何かを捉えると、その場へと少し動いて、何かを拾った。


「さあ、これを忘れないでね」


水月が差し出したのは、綺麗な白色のまんまるい石である。これを見た手紙と切手は、同時に思わず声を上げた。


「あっ、この石!」


手紙は以前ハチノコを倒したときに拾った、球体の緑色の石を取り出す。水月の手にある白色の石と、手紙が持つ緑色の石の形は瓜二つだった。


その様子を見た水月が、嬉しそうに笑う。


「これは君たちが倒した雪だるまが、最後に落としたものだね。恐らくだけと、それはゲームクリアに必要な貴重なアイテムだと思うよ」

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