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聖峰の要  作者: くるなし頼
第一章 集う仲間
21/48

加七 遥

聖峰の要をR15にした原因のひとつである、遥の過去のお話です。


正直なところ、今回の話は良い話ではありません。できるだけ表現を曖昧にするようにはしましたが、特に人命軽視、薬の使用の描写が苦手なかたはご注意ください。


次の話で今回の話を簡単にまとめますので、この話は読まなくてもストーリー上差し支えはありません。

「また、悪い結果かな?」


今から約六年前。

『加七遥』は『クワナ』と呼ばれ、とある研究所の地下に造られた無愛想な場所へと押し込まれていた。


もちろん当時は「押し込まれていた」なんて認識はない。ただ「そこで暮らしていた」。そう思って生きていた。



白い外壁の三階建ての建物の中身は、灰色のコンクリートの壁と床ばかり。隠すように造られた地下二階も、同じように無骨なデザインである。


そこの地下二階には同年代前後の友達が数十人いて、皆楽しそうに遊んでいる。比較的落ち着きのあったクワナは、皆の輪に混じることもあれば、一人読書をしていることもあった。

特に読書は大好きだったのか、たまに来る研究所の大人にねだっては新しい物をもらっている。とはいえ新しい物といっても新品の本はもらえず、古本をいつも渡されていた。

それでもクワナにとっては新しい物語に違いはない。不満などは無く、満面の笑みでその本を受け取っていた。


「なんでそんなに本が好きなの?」


中年の白衣を男性が、不意にクワナに訊いたことがあった。しかしクワナはその言葉をしっかりと理解できず、聞き返す。


すると男性は一瞬面倒くさそうな顔をしてから腰を低くした。そしてクワナとしっかり顔を合わせ、ゆっくりと話す。


「なんでそんなに、本が好きなの?」


「知らないことを知るのは、楽しいから」


にこりと遥は笑って答えた。

その心の裏に「物語を読むと生まれて、育っていく違和感」があることを隠して。


今日もその手を、新しい一ページへと伸ばしていく。




「クワナ、クワナはいるか?」


クワナはそこの大人たちから病人扱いを受け、よく病室に行く。毎回でる結果は悪いらしく、いつも大量の薬を服用していた。

少し落ち込んだクワナは、ちらりと横にいる子供を見る。


腰まである黒い長い髪の、同年代の男の子。彼の名は「クワミ」。数日だけ、遥の方が年下だった。


しかしクワナは彼が苦手だ。

クワミは痩せこけ、濃いクマのある目をクワナに向ける。すると決まって、その言葉を口にした。


「キミはいいね。ボクより自由に羽ばたけるんだ」


「…」


羨むような、妬むようなその目に、希望が見えない。クワナは黙って彼を睨むと、嘲笑うような苛立つ顔が返ってくる。


「どうせ、ボクの言っていることはキミには届かないんだろうけど、ね」


「…」


届かない。なぜ、そう決めつけるのか。

クワナは怒りを感じたが、決して口を開かなかった。そして車椅子で去っていく彼の背中を、ただただ目で見送る。



クワミが言いたいことは、ストレート過ぎた。


羽ばたける、キミにはこの言葉の真の意味はわからない、つまり届かないんだろう。

そんな例えを挙げているわけではない。


ただ、ボクの言葉をキミは聞けないだろう。これがクワミが言いたかったこと。



そう。クワナは、耳が聞こえなかった。



これは生まれつきではなく「病気」のせい。

幼いころから病を抱え、大量に薬を飲む。それでも彼の病は改善することなく、いつしか聴覚を失っていた。


「…ばーか」


誰にも聞こえない声で、遥は呟く。今はもう見えなくなった、足の機能を無くしたクワミに向けて。


聴覚を失ってからというもの、クワナは努力を惜しまなかった。そしてついに必死に本を読み調べた結果、クワナは読唇術を身につける。


相手がこちらを見てゆっくりと話してくれれば、クワナにはなんとなく言葉が伝わる。しかしこれをクワミは知らない。


後味の悪さを拭いつつ、クワナは薬を手に部屋へ戻っていった。



無造作にビニール袋に入れられた錠剤を、水と共にのどの奥へと流し込む。それを一日に、一分に何度も繰り返し、嫌な時間を終える。いつになってもこの行為に慣れないクワナであったが、周りの子供は平気な顔でそれを行う。



あれ、そういえば最近薬を飲む子が多くないかな?


ふと感じた疑問に、遥はすぐに蓋をした。



こうやって無意識のうちに、クワナは自分に言い聞かせていた。





しかし残酷なほど唐突に、クワナの奇妙な生活は終わりを告げる。


ある日、同年代の友達と共にカードゲームをしていた時。ずっと笑い合っていた周りの子たちが、いきなり顔色を悪くした。

なかには床に頭を押し付け、涙を流す子さえ居る。近くにいたクワミも例外ではなく、小さな手で車椅子にがっしりとしがみついていた。


唯一、この状況から取り残されたクワナは比較的落ち着いている子に声をかける。


「どうしたの?」


「どんがらがっしゃーんって!ばんばんって!上の階から変な音がするの!」


早口かつ混乱気味であるため、しっかりとした内容は聞き取れなかった。しかし何かよからぬことが起きているのだけは分かる。


















「かっがっくっしゃっどっもっがっ」


多花橋(たかはし)


「ゆっめっのっあっとっ」


「多花橋」


「…なんです?」


警官が行き交う見晴らしの悪い谷の底にある場所。そこで歌を口ずさむ多花橋と呼ばれた、白衣を纏った若い男性がふてくされたような顔をした。



警察が囲い、まだ調べを進める白い外壁の建物。その敷地内である庭で妙な歌を歌う部下を叱ったスーツの男は、深い溜め息を付く。


「その歌の、元の歌の真の意味を多花橋は知らないな?」


「バレました?」


「ああ。場違いで意味違い、重ねては不謹慎だから止めろ」


ぴしゃりと言い放ったスーツの男はタバコを取り出そうとして、諦める。その様子を見過ごさなかった多花橋は、にやりと笑った。


「三十代になっても、それは止められないんですね?」


「…ああ」


妙な組み合わせの二人組は、やがて白い外壁の建物へと辿り着いた。見張りの許可を得て内部に入り込むと、スーツの男がすぐに眉間にしわを寄せる。

今までお気楽気分だった多花橋ですら、その顔から笑顔を消してしまっていた。


「ここは特定の物質の研究所なんですよね?なのにどーやったら、こんなに人間のデータを纏められるんでしょう?」


布手袋をした多花橋は、机の上に置かれた薄い冊子をつまみ上げる。すると彼に何かを訴えるかのように、ページの隙間からバラバラと写真が流れ落ちた。


「お、おい!」


慌ててスーツの男がそれをキャッチしようとするも、ひらひらと舞う写真は全て床に落ちていく。しかたなくしゃがみこんだ二人は、それをじっと見つめた。


「…子供の写真か。裏にカタカナで何か書かれているが…」


「『クワニ』に『リンイチ』…?なんなんでしょーか?…ん?んんん?」


突然多花橋が散らばった写真を食いつくように見回し始めた。そしてそれが落ち着いたかと思ったのも束の間、今度は凄まじいスピードで写真をひっくり返しては元に戻し出す。


その奇行にスーツの男は驚くも、多花橋の顔は真剣そのもの。水を差せる雰囲気ではないので、とりあえず見守ることにしてみた。


「先輩、この子たち、似てます!」


「…なにが」


「顔ですよ!髪の生え方とか、体つきとか、そのほかも!全員がそうじゃないんですが、まとまりが出来るというか…」


口は動かしつつ、手も大急ぎで写真を幾つかの山へと分け始める。三十秒も経たないうちにその仕訳作業は終わり、スーツの男は一つの山を自分の方へと寄せた。


「似てる…のか?言われてみればという感じだが…」


「細かいとこが、割と似てます」


「ううー、ん?」


スーツの男がふと、寄せた写真を全て裏返してみた。すると今までの疑うような表情が一変し、真っ青な顔となる。

そして震える手を酷使しつつ、一枚一枚確認し、また別の山へと手を伸ばす。


多花橋は怯えたような先輩を、目を丸くして見ていた。


「あの先輩…どうしました?」


「同じだ」


「へ?」


「写真の裏のカタカナの上の方!お前が似てるといった写真の集まり、全てが!」


慌てて多花橋は写真を手に取り確認する。それはちょうど、十枚の写真の山だった。


「ほ、ほんとですね…『クワミ』『クワナ』『クワク』…『クワ』が共通します!」


「しかも一致しない文字の方、なんか数字の読みみたいじゃないか?」


背筋がぞっとするなか、二人は思わず顔を見合わせた。

すると二人は勢いよく立ち上がり、近くの警官に声をかける。


「へ?子供?いや、ここの施設では見つかってないですよ?」


とぼける、と言うより何故そんなことを聞くのか、と問い詰めるような態度を警官はとった。そんな警官を逆に問い詰めるように、スーツの男は写真を目の前に突きつける。


「じゃあこれは?!」


「写真…?こんなもの、あったんですか!?」


写真を見た警官は慌ててそれを受け取り、じっくりと見渡す。


「撮られたのは二週間前…背景がこの建物の物と似てますね」


「だろ!?」


「しかし、子供たちの姿はどこにも…」


混乱を超え、怒り狂うようなスーツの男に、警官は少し押され気味であった。


もともとスーツの男と多花橋は、違法研究所の研究結果の価値を見極めるために呼ばれた者である。そんな彼らがこんな写真を見つけ、錯乱する理由が警官にはよくわからない。


喧嘩腰になりつつあるスーツの男の近くで、多花橋が辺りを鋭い目つきで見回す。



確かにここには子供が過ごしていたような痕跡は無いんですよね。こう、怖いくらいに。



頭の中でぶつぶつと考えつつ、足を建物内の奧へと向ける。多花橋は先輩であるスーツの奧の姿が見える範囲で歩き回っていた。


「んー?」


人が二人くらいなら並べる長細い廊下の途中、彼は何か違和感を感じて振り返る。そして体の向きは前方に向けたまま、後ろ歩きでその場所に戻ると、そのままゆっくり腰をおろした。


「ごくわずかに、壁と床に隙間があるような…」


ふう、と溜め息をつきつつ、気になった壁にノックをする。するとその壁はほのかに揺れ、向こう側に空間があることを示してくれた。


多花橋は急ぎ足で元の場所へと戻ると、先輩と警官を連れて怪しい壁へと案内する。そして一時間かけてその壁は取り外され、不気味な空間が露わとなった。


「これは、地下への隠し階段?」


壁の向こうにあった薄暗い階段。そこを下ると、灯りなど一切なく、ただひたすらにコンクリートのトンネルが続く場所に辿り着いた。多花橋とスーツの男、警官は緊張を隠すことなく、開かれたこの道へと足を進めていく。



「あわわわわ!」


地下一階を探索中、先頭をきって歩いていた多花橋が大声を出した。


「多花橋?!」


「すみません、なんだか急に下り階段があったみたいで」


スーツの男と警官は手にしていた懐中電灯で床を照らす。多花橋の言う通り、下り階段がそこにはあった。

三人は迷うことなく、慎重に階段を下る。恐らく、この先は『地下二階』になるはずだ。

「ぐわっ」


ゴン、という音とともにまたもや多花橋が大声を出す。今度は聞かずとも、目の前にある壁にぶつかったことが二人にもわかった。


「また壁か…」


警官がやれやれと溜め息をつく。しかし気を取り直した多花橋は、静かに首を振った。


「壁、というより取っ手があるので扉みたいです。ただ…」


一呼吸置く。


これは、彼が考える一番怖いケースを否定するための間だ。


「…ただ、凄く酷い臭いが向こうから漂います」


この違法研究所が一掃されてから、既に一週間が過ぎている。


「構うな。…開けるぞ」


ゆっくり、スーツの男によりその扉は開かれた。


できればその先には何もなく、またひたすら何でも無い空間があれば良かったのだ。扉を開けた後、三人は強くそう感じたらしい。


「………っ」


写真の数はおおよそ五十枚ほど。その数と同じくらいの子供が、眩しいほどの灯りとともにそこに居た。

ただそこには力尽き、行き倒れをしているような者たちばかり。誰も己の力で重力に抗っている子供はいない。


ただ写真と人間は大きさが大きく違う。写真の枚数では想像もできないほどの絶望が、そこには広がっていた。


「動か…ないですね。やっぱり」


そろりと多花橋は子供のひとりに近付く。その子は床に足を投げ、這うように上半身だけをダンボール箱に乗せていた。明らかに息はもう無いが、一つ不審な点を見つける。


「手に何か持ってますね」


彼はじっと手を見つめてみた。力尽きてもなお、この子が話さない物。とても大切な物なのか、あるいは…。


手に顔を近付けた、まさにその時。


「う、うう…」


どこからか、三人の声ではない幼い声が聞こえてきた気がした。多花橋たちは目を合わせると、辺りを見渡しながら祈るように声を出し合った。


「おーい」


「生きている子がいるのかい?!」


「お願いだ!返事をしてくれ!」


先ほどの声の主の言葉を逃さないよう、三人はすぐに黙り込む。だが、返事はかえって来ない。


「いったい、どこに……って、おおっと」


必死に生き残りを探すスーツの男が、足をダンボール箱にぶつけてしまった。しかもそれは、先ほど多花橋が気にかけた子が上半身を乗せていたものである。


スーツの男の足の衝撃により、子どもの体も少し揺れた。それが引き金となったのか、執着するように何かを握っていた手はその形を失う。そのせいで、手に握られていたものが逃げるように床へと落ちていった。


「おいおい、これは!」


床にぶつかり、跳ねていき、転がっていく。子供の手がいっぱいになるほどの量のカラフルな錠剤が、新たな主を探すかのように散らばっていった。


静かに多花橋はその錠剤を幾つか拾い上げる。その一つ一つの姿形は異なるものの、だいたいは五ミリ程度の大きさだった。



「何かローマ字が刻まれているみたいですが…もう潰れてしまって読めませんね」


「これは何の薬なんだ?」


「調べてみる必要がありそうです」


真剣な顔つきで話す多花橋とスーツの男の横で、警官が二人の会話に割り込んだ。


「この階はまだ部屋がありそうです。よく捜してみましょう。研究所の大人達は我々に見つかったとたん自害してしまいましたが…せめて、子供たちの生き残りだけでも見つけたい」


静かに頷いた彼らは、多くの謎を目の当たりにしながら足を進めていく。そして部屋を歩き回ってわずか五分後、唯一の生き残りである『クワナ』を見つけるのだった。







クワナが見つかる一週間前。


上から聞こえる音に怯えた周りの子供たちを、クワナは宥めていった。途中から音が止んだのか、彼らはだいぶ落ち着き始める。



クワナが見つかる六日前。


昨日から大人達が一切クワナたちの階に来なくなった。一日二食の食事を上の階から運んでいたのは彼らである。しかし大人達は昨日、子供たちの知らないところで命を絶ってしまった。それ故に子供たちの食事もなくなる。水道はあったので、水だけでこれから凌ぐことになった。



クワナが見つかる五日前。


元気を失っていく周りの子供と同じく、クワナも最低限の動きしかしなくなった。それでもおかしなことに、周りの子供たちはふらふらと部屋を出ては、戻ってくる。無駄なエネルギーを消費していた。



クワナが見つかる四日前。


ついにひとり、そしてふたりと伝染するように、計十人もの死者がでてしまった。でもクワナはそれを不審に思う。

「みんな水は口にしていたのに、三日で十人も?」

人には個人差がある。それでも何より、自分よりもふっくらとした体型の子供もいたため、少し不審に思ってしまった。



クワナが見つかる三日前。


クワミが車椅子で、クワナの前にやってきた。幼いながらに仏頂面のクワミは、クワナに向かって手を差し出す。疑問に思いながらも、クワナも手を差し出すと、クワミがその手に大量の錠剤を置いた。

「君は生意気なクセに、生き方を知らないね」

ぼそりと声を残し、クワミは背を向けてどこかへ行ってしまう。呆然としてしまったクワナは、手の中にある薬をまじまじと見た。もちろんこれはクワナが飲んでいる薬でも無いうえ、見たことすらない。それ以前に胃を空にしての薬の服用は良くないと本で読んだクワナは、食を絶ってから薬は飲んでいなかった。クワナはもらった薬を床に置いたまま、眠りにつく。



クワナが見つかる二日前。


とうとう過半数の子供たちが息絶えてしまった。その反面、クワナは自身も弱っていることは分かったが、身体が異様に軽かった。これは体重的なものではなく、精神的なものが大きい気がした。



クワナが見つかる一日前。


クワナの居る部屋に、誰も来なくなった。さすがに怖くなり、階中を歩き回る。クワナたちが過ごす部屋に居るのは、もう息のない子だけ。それでも数人、遺体すら見かけない人もいた。


とうとう探していない部屋は病室のみ。クワナは嫌な予感を抑えつつ、その扉を開く。


「…!なにやってんの?!」


つい飛び出した言葉が、これだった。


脇に横たわる子供たちをよそに、病室の棚に寄り添う二人。そしてその付近で車椅子に座るクワミ。


その三人は、口いっぱいに何かを頬張っていた。


「あ、クワナ」


「クワナ?」


「…」


クワミだけが、静かにやつれた顔でクワナを見た。その表情は一瞬驚きの色を見せると、やがて悲しい笑みへと変わる。クワミは口にあるものを水で流し込むと、車椅子を前に進めた。


「クワミ、いま何を食べて…!」


「あはは、そういうことか…変なの。なんで毎日水しか飲んでないキミの方が、僕らより元気なのかな?」


深いクマを刻んだクワミの顔は、狂ったような声とともにクワナに近付いていく。恐怖で動けないクワナは、ただそれを待つことしかできなかった。


「君はよく言っていたね。『知らないことを知るのは、楽しいから』って」


「…え?」


その時、棚の方にいた子がひとり倒れた。


「皮肉だね。毎日食べ物を口にした者が死していく。けれど、きっと生き残りは何も食べなかったクワナだけ」


「どういうこと?」


「…。僕らは、毒を食べていたのさ」


聴覚を失ったはずのクワナが受け答えることに驚きながらも、クワミはちらりと棚に視線を向けた。


気が付けば、もうひとりももう床に伏せている。ついに今この階で動いているのは、二人しか居なくなってしまった。


クワミは手のひらから、以前クワナに渡した錠剤をこぼすと、床に散らばっていく。その一つが棚の方に転がると、先ほどから床に伏せていた子が最後の力を振り絞り、それを口に入れた。


「…!!まさか…薬を食べて…!」


「そうだ。言っただろ?毒を食べていたって」


「どうして、どうしてそんなことを…?」


ショックのあまり錯乱してしまったクワナは、問い詰めるようにクワミの肩を掴む。しかし動揺することも、その手を払うこともなく、クワミは淡々と述べていく。


「知らなかったからだ。キミと違って、僕らは『知らない』ことを『知る』ことなどしなかった。それゆえに、本来感じる危機感とかも無かったんだと思う。それと知らず、自分が生き残るためだけに奪い合った食べ物が毒だったなんてね」


「奪い合い…?どうして…どうしてそんな…!」


「………。きみはだけ生きて。きっと、キミは羽ばたけるから…」



クワナが見つかる日。


クワナは二度と目を開かないクワミの横で涙を流していた。


そしてしばらくすると、三人の大人に保護され、順調に回復していく。




クワナとクワミが腹違いの兄弟で、自分たちは研究所の人たちの間で、密かにできた子供であること。

あの薬は治療目的ではなく、人体実験のために投与されていたこと。

そしてこの出来事が、自分を一生責め続けてしまうこと。


クワナはまだ知ることは無かったが、薄々感じてはいた。

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