自己犠牲
「っと…彼のことを考えている場合じゃないね」
水月は、突然現れたリューザから視線を逸らし、巨大な雪だるまを見た。
よくイラストなどにあるような雪だるまと違い、マフラーや手袋などはしていない、いたってシンプルな容姿をしている。顔は石で出来ている設定なのか、まん丸い目が二つ付いていた。
白く巨大な雪だるまは、遠くにいる手紙に自分の木の腕を飛ばしている。“瞬間移動”により近接攻撃を試みる遥に対しては、自分の頭を投げるという暴挙に出ていた。
「うわっ、ちょっと!」
一メートルほどの大きな雪だるまの頭を“瞬間移動”で避けつつも、その大胆な攻撃に遥は驚きを隠せない。
ちなみに雪だるまの頭も、木の腕と同様にすぐに生えてくる。
不謹慎と思いつつも、水月は彼らの戦いを見て微笑んでしまった。
「アルシィ会社の社員は、どうしてこんな敵をつくったんだろうね?」
独り言を呟くと、水月はマシンガンを取り出す。そして雪だるまの胴体に向けて、思い切り撃ち放った。
途端に辺りにはまた銃器の音が響き渡り、ここが戦場であることを感じさせる。
マシンガンの弾は外れることなく、全て雪だるまに命中した。敵は一弾当たるごとにふらつくアクションをするため、連続的に弾を撃てるマシンガンにより、雪だるまはまるで震えているように見える。
これには手紙と遥も苦笑いしかできなかった。
「じ、じゃあ手紙。サポートは任せたよ?」
「お、おう。任される!」
手紙に一声かけた遥は、雪だるまに近付いてナイフを投げ始めた。手紙も矢の準備を手早く済ませると、後方から矢を放っていく。
やがて水月のマシンガンが静まり返るが、二人は戦闘のテンポを掴めたらしい。手紙と遥は避けるだけでなく、攻めることもできていた。
「よっ、よっ、と」
初めて遥と共闘したときが嘘だったかのように、手紙は迷うことなく矢を射れている。雪だるまが遥に腕で叩きかけようとすれば矢で腕を狙い、雪だるまが頭を投げようとすればすぐに頭を射抜いた。
もちろんそれは遥の自己犠牲するという性格が分かったのも大きい。しかし一番の要因は、遥の戦法に気が付いたためである。
それは手紙が弓を拾ったとき、偶然思いつけたことだった。
「よーし…」
遥はいつもの如く、敵である雪だるまの周りに現れたり、消えたりしている。その手には一本から三本のナイフが握られていた。
だが、手紙は今まで遥が一度に四本以上のナイフを持っているところを見たことがない。
これにより手紙は、速いペースでナイフを投げているわりには、遥はそこまで多くのナイフを所持していないと睨んだ。それからよく目を凝らして、遥ではなくナイフに目を向けて戦闘を見たところ、あることに気付く。
雪だるまの後頭部に二本のナイフを投げた遥は、再び瞬間移動して雪だるまの真上に飛ぶと、また二本のナイフを放った。その後すぐに雪だるまの目と鼻の先に移動したかと思うと、攻撃はせずに瞬時に特技を使っていなくなる。
相手を翻弄しつつ、多方面から攻撃をしている。最初、手紙はそれが遥の戦法だと思っていた。
もちろん間違ってはいないものの、足りないものもあった。
手紙は雪だるまの周りにも警戒しつつ、こちらから見て右側のほうに攻撃を当てる。その隙に遥は雪だるまの目の前に“瞬間移動”し、地に突き刺さったナイフを回収した。
これこそが、遥の戦闘の特徴だった。
ナイフ自体の本数は少ないが、投げたナイフを“瞬間移動”で回収。またそれを投げることで、永遠と攻撃が出来るようにしていた。
そしてそれを知った手紙は、ナイフが落ちている所に遥が現れることを知れる。これにより、矢を射れる場所を得ることができた。
「雪だるまの攻撃を手紙が阻止してくれるから、特力の節約にもなるってね?」
おかげで回避の回数が減った遥は、攻撃に集中する事ができる。
「なかなかいいコンビネーションだね。これなら僕は、こちらに集中できるよ」
水月はそう言いきると、目線を桐姫たちに向けた。その表情にはもう、笑みなどはない。
睨み返す桐姫は、リューザが余裕そうな顔つきであることに気付く。
「…?」
「もうすぐわかるって」
悪巧みを考える子供のように、リューザは水月のはるか後ろを見た。しかしその視線の先には、まだ肉眼では何も見えない。
さすがの水月もリューザの企みを見抜けず、ただただ武器を二人に向け始めていた。
だが、目では見えなくても、分かってしまうのはもちろん彼だ。
「え…?!」
手紙はリューザが向いた方と、同じ方向に視線を向ける。その異様な行動に、いち早く遥が気付いた。
「なに?また“捜索”?」
「うん。大量の敵がこっちに向かってくる!」
水月にも聞こえるように手紙は叫んだ。
雪が舞うなか、目を細くして水月は示された方向を見ると、小さくため息をつく。
「なるほど。僕はこっちにあてようってことかな」
時が進むごとに、肉眼でも見えるようになった大群の敵。このフィールドにいるゾンビを始め、小雪だるまなどの敵が一丸となり走ってくる。
一人一人は弱くとも、このフィールドの四分の一を占めるほどの敵の集いを倒すのは、簡単なことではない。
水月はビーム砲を取り出すと、敵の集団に向けて迷うことなく撃ち放つ。そのビームの光は多くの敵を巻き込み、煙のように消えさせた。
「僕の強みがよく分かっている…。僕と朝は、対集団戦に向いているから」
水月の武器と朝の術の攻撃は多くの敵を巻き込めるため、こういった多くの敵を迎え撃つのが得意である。それを知り尽くしたリューザは、あらかじめ敵の召還しておいたらしい。
「…勝機が見えました」
桐姫は立ち上がると、電池をしまった。そして手紙たちの元に向かい歩き出す。
「ん?退避しないの?」
意外だったのか、リューザは急いで桐姫の後を追いかけた。すると桐姫は手紙たちの方向を向いたまま、優しい口調になる。
「リューザのおかげです。あなたの準備の良さは尊敬してしまいます」
自分に追いついてきたリューザの頭を、桐姫は微笑みながら撫でた。これにはさすがの無気力少年のリューザも、嬉しそうな顔を見せている。
そんな彼らを危険な目で見ていたのは、雪だるまにナイフを投げている遥だ。
「なーにが勝機だって…」
ぶつぶつと文句を言いつつ、こちらに向かってくる桐姫たちの対処を考え始める。
一方、桐姫たちの動向に気付いていない手紙は、遥の雰囲気が変わったことに気付く。
「どうしたの?」
「いや…あの桐姫とリューザとか言う奴が、こっちに攻めてくるって」
「え」
手紙はさっ、と桐姫たちに目を向ける。確かに二人は遥の言う通りこちらに向かって歩いてきていた。何か会話をしているようだが、さすがに声は聞こえない。
なにせ、桐姫とリューザの表情がやっと読み取れる距離である。あまり声を張らない二人の声は全く届かなかった。
だが、遥は再びぶつぶつと呟く。
「失礼だよねー。なにが四天王さえいなければ余裕、だよ。バカにしてるよね」
「…?まあ、失礼だな」
まるで桐姫とリューザの会話に文句をつけるかのような発言をする遥に、手紙は首を傾げた。
被害妄想…?いや、そんなキャラじゃないよな…。
手紙は不思議に思ったが、桐姫たちが迫っているのは紛れもない事実である。今は疑問を置いておき、この状況を切り抜けることを考え始めた。
とにかく急遽雪だるまを倒して、桐姫と謎の少年リューザと戦うべきか?それとも負担を掛けてしまうが水月に助けを呼ぶべきか?
“捜索”により切手がこのフィールドにいて、自分たちと同じ雪だるまと戦っていることも手紙は分かっていた。それゆえに切手のことも早く助けたいと心が焦り、なかなか名案が浮かばない。
「手紙、一個提案があるんだけど」
雪だるまと戦う遥がまず先に、手紙に背を向けたまま話しかけた。
手紙には遥の表情は一切見えない。強く弓を握り締めた手紙は、遥が提案を述べる前に力の入った声で先手を打った。
「遥が囮で、俺が助けを呼びにいく?」
「うん。って…よくわかってるね?」
ちらりと遥は振り返り、一目だけ手紙を見るつもりだった。しかしその視線は雪だるまに戻ることなく、手紙に釘付けになる。
下を向き、力強く弓を握る。
手紙の体全体が、なにかの怒りを抑えるかのように震えていた。何より異常なのは、彼の雰囲気だ。
「…あれは……!」
桐姫とリューザも、思わず足を止める。
皆の視線を集める中、手紙は勢いよく顔を上げた。抑えられなかった怒りを隠すことなくその表情に表し、全ての意識と言葉を遥に向ける。
「お前…ふざけんな!」
「………え?」
強烈な感情が自分に向けられたらことに、心底遥は驚いてしまった。自覚の無い遥にさらに憤りを感じた手紙は、感情に任せたままさらに言葉をぶつけていく。
「自分を犠牲にすればいいのかよ?!それで俺が助けられると思うのか?!」
勢いよく放たれた言葉とともに、青白い炎のようなものが手紙の背後に薄暗く現れた。炎は手紙を覆ってしまうほど大きく、そして彼の感情を表すかのように激しく燃えている。
その炎に気をとられつつ、そして手紙の怒りに動揺しつつも、遥は手紙に向かって叫び声を上げる。
「あ、当たり前でしょ?だって敵にやられずに済むんだから。仲間を守れるなら安いものだよ」
「守る?」
青白い炎は手紙の後ろから離れ、頭上へと移動した。そして手紙の言葉を合図にしたかのように無数の火の玉に別れ辺りに飛び散っていく。
その火の玉は桐姫とリューザの元にも飛んできた。
「これは…まさか魔法攻撃?!リューザ、逃げて!」
桐姫がいち早く炎の正体に気付くも遅く、近くに来た火の玉は爆発してしまう。その爆風からリューザを守ろうと桐姫は動き出すが、一足遅かった。
リューザは既に爆風で数メートル飛ばされており、彼女もその風に思わず目を伏せ、収まるまでそのままでいた。
「あれ?」
静まり返ったところで、リューザが気の抜けた声を出す。目を開いた桐姫も自分の体力値を見て、首を傾げていた。
「あれだけの魔法攻撃を受けたのに、体力値が全然減っていませんね…」
「あ、桐姫も?」
「リューザもですか。どうやら彼は、魔法攻撃は苦手みたいですね」
「ねー。無意識に魔法攻撃が発動させちゃったのかな、感情のままに」
ちょっと信じられない、という目つきでリューザは怒り狂う手紙を見る。その横にいる桐姫は無言のまま、同じく手紙を見た。
「守るっていうのと、自己犠牲は違うんだよ!遥、お前がやっているのは、ただの自己犠牲だ!」
「…へえ?どう違うの?両方とも仲間の命は助かるのに」
魔法攻撃によりふらつく雪だるまから離れ、遥は手紙に近付いていく。冷めた目つきをしながらも、遥は心の奥底で感じる妙な違和感に気付いていた。
その違和感の正体は遥にもわからない。ただそれは自分の中にずっとあり、見ない振りをしていたもののような気がした。
そして不満そうに近付いてくる遥に向かい、手紙は強い口調で言い放つ。
「自分すら守れないやつが、仲間を守れると思うなよ!」
「…」
ぴたり、と遥の足は止まる。
「…自分すら、守れない…」
そして手紙の言葉を小さい声で遥は繰り返す。その目は見開かれ、動揺を隠しきれず、表情さえ色を失っていた。ただ先ほどまで感じていた違和感だけが、心地よく溶けだしていくことが微かに感じられる。
───きみだけは いきて
突如、遥の頭に昔の記憶と、悲しみの果てにもらった言葉が蘇る。
それは決して忘れられない、小さい頃の思い出だった。