疾走する者
次の日の朝八時頃、手紙と切手はすでに電子都市リアリスに居た。
『中央街』と呼ばれる、プレーヤーの敵がいない完全な安全地帯。この街の中央には噴水があり、街の至る所に細長い水路が通っている。
白をメインとしたこの街にはベンチが多く、休憩所や待ち合わせ場所としてよく使われていた。
まさにその中央街にいる手紙と切手は、顔を緩めながら大きく伸びをする。
「おーっ。ついに来たな!」
「だね。確か午後四時からストーリーが付くんだよね?」
「そうそう。だから午後三時から一時間は電子都市リアリスのメンテナンスが入るんだよな…」
メンテナンスをするときは、誰も電子都市にログインできなくなる。
その前に全力で遊ぶために、この二人は早起きまでしていた。
「…っと、いけね。矢が少なくなってる。
ちょっと今から買いに行ってくる」
「僕も回復の薬とか買ってくるから。
じゃあ、ここで待ち合わせで」
手紙は切手といったん別れ、店に向かって歩き出す。
やはりストーリーが付く日とあって、電子都市リアリスにはいつもより人が大勢居た
「あ!あの変な帽子被った人の制服、なんか豪華だね」
「本当だ。凄く凝ったデザインだし、どこかの私立学校生かな?」
周りから聞こえるひそひそ話を、手紙は聞こえなかったことにして過ぎ去っていく。しかし、ついガラスに映った自分の姿を横目で見てしまう。
すると、帽子のキャラクターと目が合った。
「そんなにこの帽子って変かな?…じゃなくて!」
実は、電子都市リアリスにはゲームでよくある『装備品』というものがかなり自由な存在となっている。
武器を含め、服などの装備品は全て自分でデザインしなければならない。
服などはデザイン無しの設定をすれば、現実で着ていたものが反映してくれる。しかし武器は、何かしらデザインを考える必要があった。
武器はともかく、手紙は服に関してはデザイン無しにしている。
騒がれたその制服も、手紙が通っている学校のものだった。
確かにまあ、少し目立つよな…。
手紙はつい、溜め息をつく。
ズボンは黒で無難にはなっているが、問題は上の半袖にある。
どこにでもある白い半袖の制服に、物凄く凝った校章が左肩と胸に一つずつ。背中にうっすら、在学生にも意味が分からない模様が入っており、赤を基調としたネクタイにもまた、何かのデザインが入っていた。
この世界では凝った制服が少ないため、手紙はかなり浮いていた。
「ま、切手の制服を借りる手もあるんだけどさ…親しき仲にも礼儀ありってやつだしな!うん!」
独り言を言いながら、手紙はひとり納得する。
ちなみに手紙が被っている帽子は、真っ白なおわんを逆さにして、上になった部分を平らにしたような形をしている。強いていえば警察官の帽子の形に近い。
そして前にまん丸の黒い目が二つ、その帽子の縁には牙と手足がついている。そのためこのキャラクターは、ぱっと見ると手紙の頭にしがみつき、噛みついているように見えるのだった…。
手紙が待ち合わせ場所に戻る頃には、切手も既に居た。しかしよく見ると、誰かと話しているようだった。
「ん…?切手の学校の友達かな?」
切手の学校の友達とは、手紙も何人かは面識がある。だが今回そこにいるのは、全く見覚えのない人物だった。
よく見ると、切手の学校の制服を着た少女と切手は話している。なせが切手は困惑しているように見えた。
…これはお邪魔しないほうがいいのかな?
手紙が変な気遣いを考えていると、切手が手紙が来たことを察し、振り返る。
「良かった…!おかえり手紙」
「お、おおう!?」
どうして良いか分からず、変な返答を手紙はした。切手と居た少女は、見たことない手紙をちらっと見てから、切手に話しかける。
「えっと、湯家くんのおともだち?」
「そうだよ」
この『湯家』というのは切手の名字で、彼のフルネームは『湯家切手』になる。
手紙はタイミングを見計らい、少女に話しかけた。
「俺は鈴店手紙。切手の幼なじみにあたる者、になるね」
「鈴店手紙さん…」
少女は明らかに『手紙』を強調して繰り返す。苦笑いした切手が解説を入れた。
「僕と手紙の両親も幼なじみ同士でね。子どもに共通点のある名前を付けたかったみたいなんだよ」
「あー、なるほど。…えっと、挨拶が遅れてごめんね。
私は湯家くんと同じクラスの雲多唯。よろしくね」
雲多はにこりと笑顔を見せる。ショートカットの薄い桃色の髪が、彼女の礼儀正しさを表しているようだった。
「それより鈴店くんはどこの学校のひと?」
今度はしっかりと、雲多は手紙に話しかけている。
やはり手紙の珍しい制服は気になるらしい。
手紙は右手で頭をかきながら、なんと説明すればいいのかを考えていた。
「そうだなー…。切手と雲多さんの学校よりかなり離れているんだけど」
「まあ僕の家からだと、車で二時間かかるよね」
すかさず切手が、手紙をフォローした。
雲多はとにかく、かなり遠いということを理解し、心底驚く。
「二時間?!遠いね!下手したら国境越えられるよ?!」
「う、うん。まあ、そうなっちゃうな」
何かをごまかすように、手紙は笑いながら冷や汗を流す。そしてすぐ後に話題をそらすため、切手に話しかけた。
「それで切手、さっきは何か困っていたみたいだけど」
「あ、うん。実は雲多さんの友達が来ないらしくて」
切手の話はこうだった。
雲多の友達は初めて電子都市リアリスに来たらしい。待ち合わせ場所を定めていたが、一時間経っても来ないため、少し心配になったとか。
簡潔な話を聞き終えると、手紙は考え事をしながら雲多に質問をした。
「その友達の名前と職業、容姿を教えて?」
「う、うん。その子は葉月藍って子で、私と同じくらいの身長なの。髪が金髪で、職業はないの。コミュニケーションシステムのみの利用者だから」
「了解」
手紙は切手を見る。そして二人は同時に頷いた。
「雲多さん。葉月さんは僕たちでも探してみるよ。電子都市リアリスには詳しいし」
「え、いいの?」
「うん。こういうのは、手紙が得意だから」
切手と雲多が話している間、手紙は俯きながら目を瞑っていた。その口は何かぼそぼそと独り言を発している。
「…コミュニケーションシステムのみの、葉月、藍…ここにはいないかな」
手紙は目を開くと、切手たちの方を向いて首を横に振る。
「いた!奥の方!」
「うわっ、ほんと?」
葉月探しを始めて十数分、手紙と切手は中央街とは別の場所にいた。
二人がいるのは『雨上がりの林』と呼ばれる、まさに昨日二人がクマと戦っていたフィールドだった。
手紙と切手は、奥を目指して走り出す。
「それにしても手紙のその『捜索』の特技、便利だよね」
「んー、まあ、いざという時に役立つよな」
電子都市リアリスのゲーム機能を利用している者には、特技と呼ばれる力がもらえる。
この特技はひとり一つ。大体は自分の機動性をあげるものになる。
先ほどから話題になっている手紙の特技は、『捜索』。そのフィールドにいる人や敵の居場所を一瞬にして把握できるというものだ。
「しっかし、なんで葉月さんはこんな所に?待ち合わせ場所は中央街なのに」
手紙が当然の疑問を口にすると、切手が頭を抱える。
「僕は葉月さんとも同じクラスだけど…その、性格はいい子に違いないんだよ?ただ、無自覚で重度の方向音痴なだけで」
「無自覚で、重度の…?」
「うん。しかも足が速いらしくて。
休み時間に教室を移動するときあるじゃん?急いでいると、つい友達をおいて先に走って行っちゃうみたいなんだけど、必ず迷子になるんだ」
「…」
話を理解した手紙からも、さっそく溜め息が漏れた。
切手の情報はまだまだ続く。
「着替えがある体育の授業では高い確率でいなくなるみたいで。一部の生徒からは『疾走の失踪人』って呼ばれている…」
「なるほど…それで、あれが噂のシッソウさんかな」
前に見えてきた人影を手紙は指差した。そしてすぐに手紙と切手は、それぞれの武器を取り出す。
その理由は、葉月が敵であるクマに囲まれていたからだ。
しかも五匹に囲まれているところからして、身動きもとれなかったのだろう。
切手は手紙よりスピードを上げていく。
「手紙!コミュニケーションシステムのみでも、敵は寄ってくるんだよね?」
「うん!攻撃はされないけど、意味もなくついてきたりする!迷惑だよな!」
二人は急いで葉月の所に向かっていく。するとだんだんと、葉月の声が聞こえてきた。
「な、なんでクマがこんなに?!雲多、どこ!?雲多は無事?!」
電子都市リアリスの仕組みをいまいち理解していないのか、葉月はクマを怖がり、動けずにいたようだ。
こんな状況でも友人を心配できるところは天晴れなのだが。
弓の射程範囲内まで来た手紙が、切手より先に攻撃を始めた。弓から放たれた矢は見事に一匹のクマに命中。クマたちの注目を、手紙に向けることに成功した。
攻撃を食らったことで怒ったのか、五匹のクマたちは一斉に手紙に向かって走ってくる。
ちなみに弓を使う手紙の防御力は低い。五匹ものクマに寄ってたかって殴られたら、確実にゲームオーバーになる。
「させないよ!」
切手はそう宣言すると、クマたちの進路に立ちふさがり切りかかる。今度は切手がクマ全員にダメージを与えることで、自分に注意を引きつけようとしていた。
しかし、切手もそこまで防御力は高くない。
それゆえに、手紙も続々と矢を射てフォローする必要がある。
そんなに時間はかからず、手紙と切手はクマを一掃した。
「湯家くん、だよね?ありがとう。あと、そっちの人も」
自分を囲んできたクマが消えて安心したのか、葉月はこぼれるような笑顔で手紙と切手に礼を言った。その姿を見て、手紙が切手に小声で聞く。
「本当にこの子が疾走の失踪人?」
「うん。…見た目は凄くおとなしそうでしょ?確かに性格も温厚なんだけどね」
切手は苦笑しかできなかった。
その後、無事に葉月を雲多のところまで送ると、手紙たちは再び雨上がりの林に行った。
…どうやら、クマ五匹程度では暴れ足りないらしい。
林に入った所で、切手は大きく伸びをした。
「うーん、そろそろクマも慣れてきたかな?さっきもあっさり倒せたし」
「確かに。じゃあ次はシロクマあたりにでも……。……!」
笑いながら話していた手紙は、いきなり真剣な顔になり辺りを見回した。その緊張感をすぐ感じ取った切手は、すぐさま剣を取り出す。
「手紙、どうしたの?」
「…敵に目標にされた。…おかしいな、すぐ近くに居るはずなのに」
敵が手紙を攻撃しようと狙いを定めると、反射的に察知ができる。これも、手紙の特技である“捜索”の恩恵だ。
しかし敵の姿は見当たらない。
そこで手紙はもう一度“捜索”を使う。
「ううーん。やっぱり、ここのあたりにかなり強いのが居るはずなんだよな…」
“捜索”はわりとはっきり敵の居場所を掴めるはずである。しかしなぜか、今回は分からないらしい。
切手は考え事をしながら、ふと思いついたことを手紙に訊き始める。
「…ねえ手紙、ここの場所にはクマが多いよね?」
「うん。むしろクマしか見てない」
「…クマってさ。眠るよね」
「?うん。動物だし。冬にはわざわざ土に潜って冬眠まで………あ」
手紙は自分の足元に注意しながら、“捜索”を使った。
「うわあ!」
嫌な予感が当たったとき、地面が揺れ動く。