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聖峰の要  作者: くるなし頼
第一章 集う仲間
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木製の腕

雪原のフィールドの入口にいる切手は、辺りを見回していた。


「中央街で偶然再会した水月さんに、ここで待っておくよう言われたけど…」


真っ白な空間に、切手はポツンとひとりだった。別に寂しいわけではないが、空しい。


だからといって闇雲に手紙や水月を捜すことは賢くないと、思い悩む。



その時、遠くの方から何かが爆発するような大きな音がした。


「な、なんだ?!」


思わず音の方を向くと、北西の方から南に向けて一筋の光が放たれていた。

よくよく耳をすまして聞いてみると、戦闘機が演習でも行っているかのような、銃器の音も聞こえてくる。



…もしかして、これが噂の………。


強い確信をもった切手は、先ほど見えた光の方向を頼りに北西へ走り出す。


迷わないようまっすぐ進むため、所々にある小さな山たちをわざわざ登り、すぐに下る。それを繰り返していると慣れてきたのか、目線は手紙たちが居るだろう場所だけに向けられ、足は忙しそうに前に向かって走っていた。


「わっ」


しっかりと目の前を見ないでいたせいで、切手は思い切り何かにぶつかる。勢いがありすぎたのか切手の体は後ろに飛ばされ、危うく転ぶところだった。


やれやれと息をつきつつ、切手はあることに気付いてしまった。


「ぶつかっても体力値が減っていない…。つまり“相殺”が働いたみたいだけど」


切手の特技“相殺”は相手の攻撃と自分の攻撃がぶつかったとき、力の差に関係なく互いにダメージを零にするもの。

電子都市リアリスでは物にぶつかったり、高いところから落ちたりすれば体力値は減る。しかしそれは『攻撃』扱いにはならないらしく、切手の“相殺”でも打ち消せない。


だが確実に切手はいま、特技を使って何かにぶつかったダメージを打ち消していた。


「それって…つまり……」


恐る恐る切手は自分のぶつかったもに目を向けた。


そこには、おおよそ五メートルほどの白い巨体の敵がおり、か細く短い腕を振り上げて切手に狙いを定める姿があった。


「うわああああ!」







一方、手紙たちのほうでは。


その後も桜城水月が圧倒的な火力を使い、桐姫と砂記を追い込んでいく。


「くっ…砂記!今後に支障が出ます。退避しましょう!」


「それが…すまない。移動電池を盗られた」


「えっ」


桐姫の鋭い視線が手紙と遥に向く。


「…」


『盗った』という言い回しに、手紙は良い思いをしてなかった。しかし遥は手紙より不快になったらしく、黒い笑みを砂記に向ける。


「は?なに言ってんの?っていうか、君ってあの電池がないと移動もできないわけ?うわーなっさけなー」


ナイフを握り、遥は攻撃魔法を使う準備を始めていた。


手紙もそれに続いて、二人に矢を狙い定める。



ただでさえ強力な水月の攻撃に加え、遥の魔法に手紙の矢が加わる。


さすがの桐姫と砂記も、これだけ来ると避けられなかった。


「…っ!」



…さすがに攻撃術士の砂記は、もう絶えられないでしょう。


少し悔しそうな桐姫はこの攻撃の業火のなか、冷静な判断を下していた。



桐姫は速やかに自分のもっていた移動電池を取り出すと、砂記に押し付ける。こうして無理やり砂記に電池を渡すと、片手で持っていた斧を両手で持ち直した。


「おい、桐姫!」


驚く砂記は電池を突き返すように桐姫に向けて手を伸ばす。しかし桐姫は首を横に振った。


「いえ、あなたはこれで逃げて。応援を呼んでください」


「それはお前が行け!」


砂記は強く言い切るも、桐姫はもう顔すら砂記に向けていない。そのかわり優しい表情と声で、桐姫は呟くのだった。


「あなたはリョクアのためにも生き残るべきです」


流星群の如く降り注ぐ水月たちの攻撃に向かって、桐姫は表情を再び険しくする。


そして今度はそれを避けることなく、桐姫は全てを受け止めた。


「桐姫!」


砂記は悲痛な声で、自分に背を向けて立つ目の前の女性の名を叫ぶ。桐姫は回復薬を巧みに使いつつ、その攻撃に耐え続けていた。



やがて砂記は気付く。


桐姫が自分の盾になっていることを。


それをやめさせるには、自分が移動電池で移動するほか無いことを。



そんな桐姫を見ても、水月は攻撃の手を休めない。むしろ敵の殲滅を成し遂げるチャンスを逃さぬよう、本気になっているようにも見える。


一方の遥は魔法攻撃をしつつ、桐姫と自分がどこか似ている気がして、興味深い目で見ていた。しかし何が似ているのか分からず、少しもやもやしている。




「…なにが、したい?」


唯一、手紙だけは桐姫の捨て身の行動に動揺させられ、攻撃の手を止めていた。

いくらゲームとはいえ、攻撃を自ら受けに行くことには抵抗がある。手紙は、それを難なくこなす桐姫に、自己犠牲を働く遥を重ねてみてしまった。


「なにがしたいんだ…!」




「くそっ!」


自分のために攻撃を受け止める桐姫を見ていられなくなった砂記は、ついに移動電池を使い消えていった。


その気配を感じた桐姫は、素早い動きで水月から離れ、距離を置く。


「君たちは、何をしたいのかな?」


やっと攻撃の手を止めた水月が、静かに桐姫に問いかけた。先程まで大騒音をあげていたこの場所が急に静まり返ったので、妙な不気味さが漂う。


「私たちはそれぞれの目的を持っています。ただ一つ言えるのは、皆が電子都市リアリスを恨んでいるということです」


乱れてしまった長く綺麗な黄緑色の髪を整えることなく、桐姫は堂々としていた。


「あなたがたは知らなさすぎます。この電子都市リアリスが生まれるための『代価』が、どれほどのものかを…!」


憤りを隠そうとしているのか、桐姫は俯いて声を荒げていた。

その後しばらく黙ったかと思うと、けろりといつもの真剣な表情に戻し、水月を真っ直ぐと見つめる。


「確かに、僕らは知らないことが多すぎる」


あっさりと肯定した水月に笑みは見られない。その代わり、肩には再びビーム砲が現れていた。


「でも、多くの人を危険に晒している君たちも、悪人にかわりはないよ!」


「…」


桐姫に狙いを定め、水月は発射準備を手早く進める。


その時、偶然手紙が警戒のために使った“捜索”に反応する人影があった。

その影は水月に向かって一直線に進行している。


「水月さん、危ない!」


思わず叫んだ手紙の声に反応した水月は、驚いて背後に目をやった。そして瞬時の判断でビーム砲を己の盾にし、怪しい人影の斬撃から身を守る。


「外したか。ちぇっ」


遥くらいの背格好の少年が、水月に向けた剣を鞘に納め、後退した。


「四天王って、やっぱり強いんだ。ボクの攻撃を防ぐなんて」


少年はニヤリと笑うと、桐姫のもとに跳躍して向かっていく。その軽い身のこなしは、とある動物を連想させた。


「ね、ねこ?」


思わず手紙は呟いた。それに気付いた少年はちらりと手紙を横目でみる。



クリーム色の短髪に黄金の瞳。そして線の細いひょろひょろとした体格。そんな少年に向かって、桐姫は微笑みを向けた。


「『リューザ』!来てくださったのですね」


眠そうな目をした『リューザ』と呼ばれた少年は、気の抜けた口調で喋っていた。


「桐姫が来ないんだもん。次の仕事があるって言うのにー」


桐姫のそばまで辿り着いたリューザは、彼女に向かって移動電池を投げた。


「しまった!」


思わず見入っていた手紙は慌てて弓を取り出してリューザの邪魔をするも、移動電池は桐姫の手に収まる。



手紙と同じく固まっていた水月と遥も急いで攻撃を始めるが、もうすでに遅かった。



「ありがとうございます、リューザ」


「まー良いってことよ。さっさと行こーよー。…っていっても、邪魔だよね。こいつら」


半分に開かれた瞳で、リューザは手紙たちを睨む。そして何かを思いついたのか、一瞬だけ目を大きく見開いた。


「そっかー。思いついたよ、良いこと」


警戒を強める手紙たちは武器の矛先をリューザに向ける。しかしそれを見てニヤリと笑うリューザは、雪を被った地面に左手をつけた。


「一回使いたかったんだよね、シケンダンカイとか言ってたけどー」


リューザの左手が地面から離れた次の瞬間、その地が局地的に光り出す。


「ま、まさか…」


反射的に“捜索”を使った手紙は、今なにが起こっているのかをすぐに把握し、冷や汗を流した。


マイペースを貫くリューザは、とくに表情を変えることなくその光を見つめる。


「さーて、どんな敵がでてくるんだろーね?」


そう言った直後、全長五メートルほどの巨大な雪だるまが現れた。雪だるまはか細く短い木製の腕を手紙に向けると、躊躇うことなくそれを飛ばしてくる。


「わわわっ」


慌てて手紙はそれを避けたが、雪だるまは諦めない。どんどん生えてくる自分の木の腕を、ロケットのように飛ばしていく。手紙の側にいた遥も途中から狙われたため“瞬間移動”で逃げ回る。



そんななか、少し離れた場所にいる水月だけは、疑うような目でリューザを見ていた。


「敵を召還した…?彼は、一体…?」

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