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聖峰の要  作者: くるなし頼
第一章 集う仲間
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二つの噂

手紙、切手、遥、日次の四人は足並みそろえて中央街を歩いていた。


「それにしても水月さんにも会えるなんて」


「びっくりだよな!」


浮かれる手紙と切手をよそに、日次と遥は険悪な雰囲気を漂わせている。


「…」


「…」


「…くすっ」


「な、なによ」


「…別に?」


遥のこの人で遊ぶ態度や行動、薄ら笑いが理解できない日次は、ストレスを重ねていく。


そしてそれに気付いた切手は、慌てて会話に割り込んでいった。


「そ、それよりさ!水月さんが言っていたことって、有名だったの?」


「え?あ、うん。中央街ではわりと出回ってるよ」


突然話題を逸らした切手に驚きつつ、日次は先ほどの会話を思い出していた。





約五分ほど前…。


いつの間にか現れた水月に、手紙たちはただただ驚いていた。


「水月さん?」


「あ、本当だ!」


そんな四人を見て、朝が嬉しそうに笑う。


四天王の一人で、電子都市リアリス最強の後衛戦士『桜城水月(おうじょうみつき)』。元気な朝とは違う、落ち着いて品のある水月の笑顔は、人々の心をいやしていた。



降千朝と桜城水月。

主にみんなの目の前に出てくる四天王は、大抵この二人だ。


その要因はやはり、この二人の性格が前にでるのに向いているためとされている。


「朝が迷惑かけたみたいで…」


申し訳なさそうに、水月が手紙たちに礼を言った。

いきなり二人もの有名人を目の前にした切手や日次は、驚いてしまい声が出ない。しかし緊張しつつも自分のペースを崩さない手紙と遥は、いつも通りに話をしていた。


「そんなことないです。こちらの方がお世話になったというか」


「ま、楽しかったよね?色々と…」


遥はニヤリと笑う。

その毒に気付いた日次は怒りを感じるものの、緊張により口が回らなかった。


そんな四人をよそに、真剣な顔つきになった朝が水月に話しかける。


「ね、水月。例の件は?」


「ああ…。『データ侵入』と『アルシィの民』の事だったよね」


あるワードに引っかかった手紙が、思わず朝と水月の会話に割り込んだ。


「データ侵入ですか?」


「え、ああ。今ちょっと問題になっているんだよ」


最初は驚いていた水月も、真面目な顔の手紙を見てきちんとした態度をとる。


「ちょっと、周りを見てくれるかな?」


水月は両手を広げて、中央街へ目を向けるように促した。

言われたとおりに手紙たちは周りを見る。



見えるのは、中央街の象徴でもある白い壁や地面に、街中を流れる細い水路。所々に植えられた綺麗な緑色の植物も、街の神聖さを漂わせている。


そのとき、遥が静かに口を開いた。


「…少ないね。ゲームキャラクターが」


「え…」


ここは中央街。


つまり、人が住む街。


そこには街の住人となるゲームキャラクターが必要になってくる。しかし、周りにいるのは本物の人間であるゲームプレーヤー達だけ。


「本来、ゲームキャラクターとして居るはずのものがいない。そして希ではあるけど、ゲームプレーヤーにゲームキャラクターのデータが入ってしまう例が報告されているんだ」


「そんな…本当ですか?」


半信半疑な日次は水月に聞き返す。


しかし、このデータ侵入に心当たりのある手紙と切手、そして遥は黙り込んでいた。


特に手紙はそのことについてずっと考えていたため、無意識に肩に力が入る。


「本当だよ。最悪の例では、僕らが戦う相手である『敵』のデータが侵入していたケースもある」


水月は日次が怖がらないように、優しい声で教えるように言った。そしてそのあと、他の三人にも優しく、そして哀しそうな目を向ける。


「君たちには、心当たりがあるようだね?」


「…はい!」


その問いに力強く手紙は答えた。



もちろん心当たりとは、砂記と桐姫のことである。

本来戦えないはずのゲームプレーヤー同士が戦えた。砂記はその理由を『敵』のデータの取り込みと言っていた。


自らデータを欲したなら、正しい表現は取り込みである。しかし望まぬデータが勝手に入ってきたなら、それは侵入だ。



何かを納得したような手紙を見て、全てを察したかのように水月は無言で頷いた。そして、朝と共に歩き出していく。


「もちろん、望まなくとも敵のデータが入ってしまえば、その人の情報は敵として表示される」


「…」


「でも、だからといって戦う必要があるわけじゃないんだよ」


足を止めた水月と朝が、四人に向かって笑みを向けた。


「その人が本当に救われる方法を、考えてあげて」


「…ふふっ、水月らしい。それじゃあ手紙たち、またね!」






回想を終えた手紙は、しみじみと水月のかっこよさを感じていた。


「うーん、一言一言に思いやりがあるよなー。尊敬する」


「まあ簡単になれるような人格じゃないよね」


ひねくれた言い回しで、遥は一応手紙に同意する。


その時ふと、遥は水月の言っていたもう一つの言葉を思い出した。珍しく素直に日次に声をかける。


「『アルシィの民』の噂も?」


「えっ?う、うん。そっちの噂の方が有名かな」


な、なんでこんな普通に話しかけるんだろう?裏があるのかな…。


思わず日次は遥に疑いの目を向けた。しかし元から素直な性格の日次には、遥が何を考えているかは全くわからない。



日次が怪しげな目線を送っていることに気付くことなく、切手は純粋に疑問を口にした。


「それって、どんな噂なの?」


「え?えっとね。まずアルシィの民っていう、この電子都市リアリスに命を売った人間のゲームプレーヤーさんがいてね」


「す、すごい人がいるもんだね」


「そんな人自体、本当か分かんないけどね。それでその人たちがアルシィ会社に不満を持って、こんなログアウト不可騒ぎを起こしたんじゃないかって」


ちなみにこのログアウト不可が起きる以前から『アルシィの民』という言葉はあった。居るかいないかも分からない、七不思議のような存在。

その定義も曖昧で、日次の言ったとおり電子都市リアリスに命を売った者、アルシィ会社より電子都市リアリスを追放されたが密かに帰って来た者などがある。


「でも噂だから、気にしない方が良いかも」


なんとなく暗い雰囲気になったので、日次は明るく振る舞い話を閉めた。その流れに乗るように、手紙も元気よく皆をまとめる。


「よし!じゃあこれから『雪原の墓地』のフィールドに行こう!日次もどう?」


「う…。行きたいけど、武器屋の仕事しなきゃだから……………………」


さっきの明るさが幻だったかのように、日次は心から落ち込む。それを軽く笑った遥と切手は、自分のやるべきことを語った。


「僕はちょっと武器の調整のために、武器屋に行かなきゃかな」


「ぼくは道具屋に。術士だから多種類の回復薬が必要だし」


すでに支度を終えていた手紙は、苦笑いして『雪原の墓地』で二人を待つことにした。





真っ白というより、灰色の世界。

雪はうっすらと積もり、今もまさに雪が降っている。現実世界のものと変わらない見た目の雪は、触れてもやはり冷たい。しかしさすがに電子都市リアリスだけあって、人肌に触れて溶けてしまっても、そこには何も残らない。


ただでさえ雪で視界が悪いのに、このフィールドには所々に小さな山が出来ており、見通しが悪い。

『雪原の墓地』の入り口に立つ手紙の目の前にも、その雪の山が立ちふさがっていた。


「でも、寒くは無いんだよな。助かるけど」


今はまだ雪しか見えないが、進んでいけば敵も現れる。そんな場所にひとりで行くようなことは、もちろん手紙はしない。



…いつもの、彼ならば。



《……み、じぶんの……が…こえる?》


「…!これは!」


砂記が手紙達を裏切った日。


そして遥と出会った日。



あのときに聞こえた声が、再び手紙に聞こえてきた。

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