その人の名前
「四天王が、ストーリー攻略できないって…?!」
「そ、それって絶望的なんじゃ…」
口を揃えて、手紙と日次は思ったことを口にする。あたふた動く二人が面白かったのか、朝はクスクスと笑った。
「四天王のステータスははっきり言って反則級にまで高くなっちゃって。四人が手を組めばストーリーなんてすぐ終わっちゃうみたい」
「そんな…」
日次の顔は不安でいっぱいになっていた。その隣にいる手紙も、同じく強い不安を感じる。
そんな二人を困った笑みで見つめる朝は、なにも言わなかった。しかしその朝の表情から、手紙は自分も心のどこかで四天王に頼っていたことに気付かされる。
手紙は不安を振り切るように、強く首を横に振った。
「それじゃあ、俺たちが四天王も助けなきゃですね!」
「…へ?」
突然明るく言い放った手紙に、むしろ朝が驚いていた。
さらに手紙は拳を強く握る。
「だって、四天王は俺たちを精神的に助けてくれた。だから、その恩返しをしないと!」
「…確かに」
不安に包まれていた日次も、だんだんと決意を強くしたのか凛々しい顔つきになっていく。
電子都市リアリスが乗っ取られ、混乱状態になった人々を率先して導いてくれた四天王。その行動の偉大さを手紙は今さらながら思い出し、感謝する。
二人の平凡なゲームプレーヤーが気合いを入れ直すなか、一番びっくりしているのは朝だった。
「うーん。これは頼りになりそうだね」
朝の口からやっと出てきたのは、この言葉。
すぐに明るさを取り戻し朝が、少しだけ申し訳なさそうにする。
「じゃあ頼らせてもらおうかな……」
「?」
どことなく元気を失った朝に疑問を抱いた手紙は、真っ直ぐ彼女の目を見た。すると朝から、低い言葉がこぼれていく。
「実は…本当は四天王が完全にストーリー攻略できないわけじゃないの。一つのグループに四天王が一人までなら参加できる」
「…!」
「だから私たちも、ささやかな手伝いならできる。でも今は、私と水月は精神的に皆を支えたくて…」
どうやら朝は皆を元気にしつつも、どこかのグループに入ってストーリー攻略をしたほうがいいのかとも考えているらしい。
だがストーリー攻略を始めると、どうしてもそちらがメインになる。すると今までのように、人々から不安を取り除くのに大きな支障がでてしまう。
四天王の一人という大きな存在の朝。
おそらく、それが彼女を一番悩ませているのだろう。
そのとき日次が、ゆっくりと朝に歩み寄る。
「…今のままで、良いと思います」
優しい声で日次がそう言うと、朝の手を包むように握りしめた。
そしてそのころ…。
手紙の過去の話をしてから数十分。
なかなか帰ってこない手紙に待ちくたびれた二人は、中央街に向けて歩き出していた。
「迷子にでもなったとか?」
「うーん。どちらかというと何かに巻き込まれている可能性が高いかも」
呆れる遥と、手紙を心配する切手は、足を速めていく。
しかしもう少しで中央街へ着くという所で、遥は足を止めてしまった。
「…ねえ」
「うん?どうしたのさ、遥」
「ぼくなんかが、手紙の過去を知ってよかったの?」
申しわけなさそうな顔で、遥は切手から目をそらす。なぜそんなことを言い出すのか分からなかったが、切手は真剣に答えることにした。
「手紙が良いって言ったんだから、良いに決まってるよ」
「そっか…。じゃあむしろ『聞いてさしあげた』くらいの態度でいていいのかな?」
遥はニヤリと黒い笑みを浮かべる。
「なに言ってんのさ…」
呆れながらも、遥にはこういう雰囲気の方が合っていると切手は思った。人を見下し、からかって遊ぶような態度がよろしいわけではないが、彼らしさはある。
そのとき切手は手紙の過去を教えた、もう一人の人間のことをふと思い出す。
微妙に顔つきが変わった切手を、遥は見逃すことなく興味深そうに見つめた。
「なに、なに?なんかおもしろいこと?」
「おもしろくは無いけど。電子都市リアリスで会った人に、遥以外にも一人だけ過去を教えたことがあってさ」
「へぇ…?」
「その女の子が、大丈夫かなって」
「?」
話が読めない遥は、首を傾げる。
「その女の子が、けっこうおっちょこちょいっていうのかな?
アルシィス国の人だと『鈴店』って聞いただけで、鈴店右鋭の名前が出てくるよね?でも右鋭って他国では無名なんだ
だからアルシィス国以外にいる人には、いちおう手紙もフルネームを明かす。でも知らない人には下の名前しか教えない」
「なるほど。だから正体不明のぼくには名字を明かさなかったと」
再び切手が説明口調になっていることに苦笑しながら、遥は相槌をうつ。
自覚がない切手は、すらすらと話を進めていった。
「そうだね。でもその過去を教えた女の子は…手紙のことを『鈴店くん』って呼んでね」
「おいおい」
「もちろん、他に人がいるときは名前を呼ばないようにしているんだけど。さっきも言ったとおり、おっちょこちょいな子なんだ。だから『すずたなくん』っていいかける」
「迷惑だね」
冷めた声で遥が溜め息をついた。
再び人が出入りするようになったこのフィールドで、ひそひそ話をする二人は少し浮いている。
しかし二人はそのことに気付かなかった、というより気にしなかった。
切手は当時のことを思い出したのか、表情がやわらかくなっている。
「それでね。だいたい、
『す』では無自覚。
『ず』で、しまったと思う。
『た』で、どうしよう、と考える。
『な』は急いで違う言葉に置き換える。
そして出来上がった名前は『すずたか』くんや『すずたに』くんとかになる」
「…そんな人、ほんとにいるわけ?」
さすがに疑わしくなったのか、遥はうっすらと切手を睨む。
それでも焦ることなく、切手は深く頷いた。
「いるよ。でも根は凄くいい子だから。遥も会ってみる?電子都市リアリスに居たら、だけど」
切手の提案に対して、遥はものすごく嫌そうな顔を向けた。
「面倒だけど…真偽が気になるんだよね。それに…」
それに。
そのあとの言葉を言う前に、遥は固く口を閉じる。切手から顔を背けたあたり、言いにくいことなのだろう。
それを悟った切手は、遥を手招きして再び歩き出した。
「それじゃ、手紙と合流してから行こう。…きっと遥もその子と仲良くなれるはずだよ」
切手は、遥を連れて中央街へと移動する。
あれ、でももしかして。あの子と遥って、性格合わないかも…。
切手が自身の発言に後悔したときにはもう、その足は中央街に着いていた。
「ストーリー攻略も大事ですが、皆の不安を消し去るのも重要なことです。武器屋に来る人たちが日に日に増えて、元気な顔になっていく…。これ、四天王の皆さんのおかげなんですよね?」
「日次ちゃん…ありがとう」
「ふふ…はい!」
「でも手紙も日次ちゃんも、ボスとかに挑むときとかは呼んでね!駆けつけるように努力する!」
すっかりいつもの調子に戻った朝を見て、手紙と日次も嬉しくなる。
その場に笑顔が満ち溢れたとき、三人に近付く者たちがいた。
「あ、手紙に日次に………えっ」
「へぇ…!四天王か」
手紙を探していた切手と遥が、三人に合流する。朝に切手と遥が自己紹介されたあと、遥が日次に目を向けた。
「なんだ、日次もいたんだ」
「…う、やっぱり遥だったんだ…。な、なんで、すずた……けくんと一緒にいるの?!」
「うわー」
気の抜けたような、人をバカにしたような声を遥は出した。
切手の言ってた手紙の過去聞いた女の子って、こいつか。
遥は心の中でひとり納得する。
その態度が気に入らない日次は遥に文句を言おうとするが、手紙がいるため必死に抑えた。
しかし日次のこの決意は、遥の次の発言にて簡単に崩れていく。
「それで鈴竹くん。なんで日次と一緒にいるの?鈴竹くんは、ぼくたちとグループを組んで、日次と鈴竹くんは…」
「う、うるさいっ!」
日次が急遽考えた鈴竹と言う名前を連発する遥に、彼女は顔を赤くして怒りを露わにした。
「わあ怖い」
わざとらしく遥がそう言うと、手紙の後ろに隠れてみせる。その遥の顔に浮かぶ憎たらしいほど楽しそうな笑顔は、むしろ輝いて見えた。
「こら、そのくらいにしなさい」
切手が遥に注意する形で場をおさめる。
日次だけは納得がいっていなさそうだったが、こらえているようだった。
そんな中、手紙だけは無邪気な笑顔になる。
「日次と遥って仲良いんだな」
「そんなことないよ!」
「そんなことないから」
必死に否定する日次に、冷たく否定する遥。皮肉なことに、息はぴったりだった。
「…ふふっ」
四人のやりとりを朝は優しく見守っていた。その顔には手紙たちの初々しく、清々しい青春を羨むような感情すら伺える。
目を少し細めたとき、朝の背後に水色の髪の男性が現れた。
「なにやら、楽しそうだね」
「あ、水月。遅い」
振り向いた朝は、拗ねたように文句を言う。
「それにしては待ち時間を満喫していたようだけど」
文句をさらりと跳ね返す、四天王のひとり『桜城水月』もまた、優しい顔つきで手紙たちを見つめる。
朝は笑顔で頷くと、騒ぐ四人の元へ元気よく飛び込んでいった。