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聖峰の要  作者: くるなし頼
第一章 集う仲間
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鈴店事情

鈴店(すずたな) 右鋭(ゆうえい)


その名を聞いたとき、遥はやっと『鈴店』のことを思い出す。


「聞いたことある。…でも、何で有名な人だっけ?」


名前は分かるが、どんな人なのかが思い出せない。まるで歴史のテストみたいな状況になってしまう。


切手は空を見上げながら、少しずつヒントを与え始める。


「彼の名前を知っているということは、遥は電子都市リアリスの本社があるアルシィス国の人だね?」


「うん?そうだけど。…………あ」


ここでやっと、遥は鈴店右鋭のことを思い出した。それをニコニコと見守る切手に少しだけ腹が立ったが、それを抑えて答え合わせを始める。


「鈴店右鋭…。アルシィス国の政治家で…電子都市リアリスの生みの親のひとりだっけ?」


「そうそう。生みの親といっても、国単位で利益が期待できるから、電子都市リアリスを国でも支援することを決めただけ、だけど」


「だけ、って。十分すごいと思うけどね」


電子都市リアリスの開発には、莫大な資金を必要とした。しかしそんなお金が簡単に手にはいることはなく、電子都市リアリスの開発は何度も止まりかけた。


しかしその話を聞いた鈴店右鋭が動きだし、見事に電子都市リアリスを完成させ、アルシィス国の繁栄に貢献する。



珍しく不機嫌そうな顔をした切手は、地面に『鈴店右鋭』と指で書いては消していた。


「それで鈴店右鋭は有能だと認められた。…でも、僕はあの人が嫌いだ」


「…?」


遥は黙って首を傾げた。


そのときやっと、切手は自分が暗くなっていることに気付く。


「あ、ごめん。それじゃあ少し長くなるけど、手紙の過去を合わせて説明するね。



 僕たちが初めて会ったのは、記憶に無いほど遠い昔。

 両親同士が昔からの友人で、家も隣だったこともあって、いわゆる幼馴染の関係にあった。


 幼稚園と小学校は一緒で、同じクラスのこともあれば、違うクラスの時もあった。

 それでも仲が良かったのは、人間として相性が良かったからなのかもしれない。


 親友がいるっていうことはすごく幸せで、中学生になっても高校生になっても、楽しく過ごせるものだと思っていたんだ。



 問題は、僕らが小学1年生の時に起きた。手紙の一家がアルシィス国にある鈴店右鋭の家に車で向かう途中、高速道路で大事故が起きた。


 かなり大きな事故で、死傷者が多く出てしまったらしくて。

 そして残念なことに手紙のご両親は、その場で亡くなってしまった。

 そのなかで重傷を負ったものの、手紙は生き残った。でも彼は一人っ子で近くに身内もいない。

 そんな彼を僕ら湯家家は全員一致で引き取ることに決めたんだ。


 でも、そこに現れたのが、アルシィス国に住む手紙の叔父『鈴店右鋭』。わざわざカタヤ公国にある病院に行って、右鋭は手紙を引き取ることを伝えたんだ。


 身内に引き取られた方が良いと思った僕ら家族は、手紙を右鋭に託した。そして手紙は右鋭の住むアルシィス国に引っ越すことになる。



 友達だった僕らにとって、それは辛かった。そんな僕らを見かねて、右鋭は電子都市リアリスにログインできる輪っかをくれたんだ。




 それから数年は電子都市リアリスでよく遊んだな…」


切手は当時のことを思い出したのか、懐かしそうに笑みを浮かべる。


「それで?」


休ませるか、と言わんばかりに遥は切手に話の続きを催促した。


「ん、ええと。


 僕は今まで通り普通の学生のままで居たけど、手紙は引っ越しと共にレベルの高い小学校に転入してね。

 もともと頭は良い方だったから、勉強の面では苦労しなかったみたいだよ。ただ…」


言い辛そうに、切手は目をそらす。


「手紙の叔父である右鋭の家には、子供がたくさんいたらしい。

 けど全員血のつながりはなくて。唯一血のつながりがあったのは、手紙と右鋭だけだったらしいよ。


 本当は鈴店右鋭にも実の子がいたらしいけど、家出して消息が掴めないとか。


 そんなこんなで、手紙は数回しか会ったことのない叔父の家に住み、見ず知らずの子供たちと一つ屋根の下で生活するようになった。


 …これが、手紙の地獄の始まりになっちゃったんだ」






「ふぅ…」


そのころ、中央街に到着した手紙は、ベンチで一休みしていた。


周囲を見渡すと人々の顔は意外と明るく、武器を取り出して戦う意志を示す者も増えていることに気付く。


「また四天王が動いたのかな?みんな、けっこう沈んでないし、前向きになっている感じだな…」


つられて晴れやかな表情になる手紙は、ふと先ほどのことを思い出した。


「…」


だんだんと、手紙の顔は曇っていく。



以前も、電子都市リアリスで自分の過去を人に話そうとしたことがあった。そのとき手紙は今回同様、過去を思い出して口が回らなくなってしまった。


後になり判明したことだが、これはストレスを感じすぎて脳の機能が一時的に低下したことが原因だった。

電子都市リアリスはプレーヤーの脳を頼りに処理されている。それゆえに脳に負担をかけ過ぎると、電子都市リアリスに居ることさえ難しくなる。


手紙は溜め息をつくと、沈んだ気持ちでそのまま空を見上げた。






地面に座り、俯く切手がまた話を進める。


「鈴店右鋭は、有能な跡継ぎが欲しかったらしい。もちろん彼は政治家だから、今後アルシィス国を支えることが出来て、自分の名に恥じない政治家の子を望んだ。


 実の子が家出して焦った右鋭は、焦って路頭に迷った孤児たちを迎え初めたんだ。


 ちなみに実の子が居なくなったのは、僕らが生まれて間もない頃。

 そのせいか、右鋭は手紙を寄越せと手紙の両親に言ったこともあったらしい。もちろん、手紙の両親が守り抜いたけどね」


「…それで、手紙の両親が亡くなった後、手紙を引き取ったんだ?」


話がだんだん見えてきたのか、遥の表情も険しくなっていく。

切手はあまり堅くならないよう、弱々しい笑みを浮かべる。


「そう。僕たち家族が右鋭のそういう事情を知ったのは、手紙が引き取られて数年たってからでね。

 …その話を知っていたら、手紙を右鋭に渡すことなんてしなかったよ」


「…」


「あ、ごめん。ちょっと暗くなり過ぎたね。


 それで右鋭は理想の子供を育てるために、とにかく英才教育という英才教育をした。


 その中でどうしても潜在能力的に差がでてしまい、他より劣る子が現れる。


 すると今まで優しかった右鋭は、手のひらを返すように、その子供を切り離す。

 今まで勉強を強いていたのにも関わらず、家から追い出し、人手不足の肉体労働の仕事に強制的に着かせたりしたらしい」


「…!なにそれ?!」


ついに、静かにしていた遥が憤りを見せた。

想像以上に怒った遥に驚きつつ、さすがの切手も怒りを隠さない。


「ひどいでしょ?!…しかも今現在、その試練に耐えた子供は、手紙を含めて三人。

 そして今も現在進行形で、右鋭の教育と子供たちの選別は行われている」


「ちょっと待って。じゃあ手紙は今でも右鋭とかいうオジサンの家に居るわけ?」


「ううん。手紙はある日、ストレスを感じすぎて入院しちゃって。


 学校は変えない、今まで通り勉強に励むという条件で、今は僕の家に居候している感じかな」


切手が話し終えると、遥は黙って考え事を始めた。


「でも、少し納得した」


「え?」


「砂記の裏切りこと。右鋭とかいうオジサンは使えない子をどんどん切り離してたんでしょ?」


薄ら笑いなど忘れてしまったかのように、遥は真顔で意見を述べていた。


「優しかったのに、いきなり手のひらを返す。それを間近で見てたから、手紙は砂記に激怒できなかったんだよね?」


「…うん。そうだと思うよ」


「でも、全く悲しくないわけじゃない、か」


ぽつりと独り言を呟く遥は、そのまま空を見上げた。



少しだけ、手紙のことが理解できた気がする。


そう思ったことは、口には出さなかったが。






その頃、手紙はベンチで座っていることに飽き、歩き回っていた。


中央街にたくさん通る水路を見ながら、その美しさに感激する。思わず水路に手を伸ばし、水に触れた。


水路自体が浅いため、すぐに手が水に触れる。やはり電子都市リアリスの技術は健在で、冷たく感じることができる。

水は澄み、地面も水路も白色であるため、神聖な雰囲気を手紙は感じていた。


自分でも分からないが、なんとなく元気が出てきたことに気付く。


「さーて、そろそろ二人の所に戻ろうかな」


いつもの調子にもどり、手紙は穏やかな畑のフィールドに向かい歩き出した。



まさにその時。



「ま、待って…!」


突然後ろから震えた声で呼びとめられ、同時に手紙の右腕が掴まれる。


「え?」


当然驚いた手紙は、後ろを振り返った。



手紙の後ろにいた人物。

つまり手紙の右腕を掴んだ人物。


それは紫色の瞳をした、長い茶色の髪をもつ少女だった。

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