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聖峰の要  作者: くるなし頼
第一章 集う仲間
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特技の確認を

「…だめですね」


カタヤ公国のとある病院の医師が、頭を抱えて立ち尽くす。


何人もの人間が、白い部屋にベッドに横になっていた。その頭には、電子都市リアリスにログインするための機器がある。

一人一人には色んな医療器具が取り付けられており、栄養の補給を行っていた。



いつの間にか、落ち込む医師の周りに数人の人間が集まり出す。そして、力強く彼の背中を叩いた。


「我々が立ち止まってどうする?」


「そうそう!医者の紅野(こうの)先生が諦めてどうするんです?!」


「せっかく様々な分野の科学者や技術者が集まったんだ。力をあわせるぞ!」


紅野と呼ばれた男性は、白衣を着た友人たちに励まされ、少しだけ笑顔を取り戻す。


「そう…ですよね…うん。とにかく、だれも栄養失調や病気では死なせません!」


専門家が力を合わせて、電子都市リアリスから戻らない人々を助けようとしている。

もちろんそれはカタヤ公国だけでなく、アルシィス国やシア王国も同じだった。






そして同時刻。


日は昇り、ちらほらとゲームプレーヤーが穏やかな畑に現れだした頃。


リョクア側の砂記と桐姫との戦闘を終えた手紙たち三人は、小屋の中にいた。


「で、君は何者なのさ?」


窓は無いが、昨日の一件のせいで出入口の扉も無いこの小屋には、大量に太陽の光が入り込んでいる。


清々しいはずの時刻に似合わず、複雑な顔をした切手は、いきなり現れた遥の正体を気にしていた。


「ぼく?ああ、そういえば緑色の髪のお兄さんには自己紹介してなかったね。ぼくは加七遥。十二歳」


「十二歳って、小学六年生?」


「うん。まあ、そうなるかな」


曖昧な笑みを浮かべ、遥はてきとうな返事をする。見方によっては、何かを隠ししているようにも見えた。


ベッドに座る遥は、もう一方のベッドに座る切手と、壁に寄りかかる手紙を交互に見る。


「それより、僕もお兄さんたちの名前知らないんだけど」


「あ、そっか。俺は手紙。十二歳の中学一年だな」


今更ながらに手紙は名乗る。切手も手紙の自己紹介を聞き終えた後、それに続いた。


「僕は湯家切手。手紙の同学年だよ」


「ふーん…」


ゆっくりと、遥の視線は手紙にのみ向く。そして手紙と目があった瞬間に、毒のある微笑みを向けた。


「手紙って本名だよね?こっちもフルネームの本名名乗ったけど、そっちら苗字は名乗らないんだ?」


「う…」


言葉につまる手紙を、遥はただただ楽しそうに見ていた。

おそらく遥は手紙の苗字に興味は無い。しかしこうやって人をからかったりするのが、彼にとっての娯楽らしい。


「ま、いっか。それよりさ、ぼくも仲間にしてよ」


数秒間の無言の時間が経過すると、遥はすぐに話題を変えた。そして口を挟まれる前に、言葉を続ける。


「ぼくが助けに入らなかったら、切手はゲームオーバーだっただろうし。そしたら手紙も砂記に瞬殺だったはずだよね?」


「…否定はできないけど」


がっくりするように切手は肩を落とした。改めてそれを言われると、少し心が痛むらしい。



「そういえばお礼言ってなかったな。ありがとう、遥。あと、仲間になるのは歓迎だよ」


つい数秒前までは言葉を濁していたとは思えないほど、手紙は明るく遥に言った。


砂記の一件があったため、仲間になるのは難しいと考えていたのか、遥は少しだけ驚いた顔になる。しかしすぐにいつもの薄ら笑いに戻ってしまった。


「じゃあ、よろしくね?」







人が多い方がゲーム攻略は楽。それを理解している手紙たちは、遥を新たに仲間に迎えた。


もちろん砂記や桐姫から守ってくれたことも、大きく影響したのだろう。


「で、君たちこれからどうするつもり?」


とりあえず小屋から出た三人の足は、遥の一言でいきなり止まる。

答えにくい問いに、切手は苦い顔をした


「それが問題なんだよね」


切手と手紙の困り果てた顔を見た遥は、呆れた表情をみせる。そしてすぐにくるりと背を向けて、遠くを指差した。


「はーあ…。無計画だねぇ。…とりあえず、中央街に行かない?結構、情報集まると思うよ」


「お、おう…」


手紙と切手は、遥に誘導される形で移動することになった。


穏やかな畑は昨日と変わらず、平穏な雰囲気を漂わせている。緑色のイモムシがそこらへんを徘徊したりしているが、三人は目もくれない。



そろそろ中央街に着くという頃に、再び手紙の足がぴたりと止まる。


「あれ、今日もいる」


手紙が意外そうにそう呟くと、切手と遥も足を止めた。


「なに、どうしたの」


素っ気なく遥が手紙の方を向く。手紙の視線を辿っていくと、あのでかい蜂の見た目をしたハチノコがいた。


「ああ。君たちが昨日戦ってた蜂か。なんだか切手が軽々敵の攻撃受け止めてたよね」


懐かしそうに語る遥に、切手は苦笑しかできなかった。


「み、見てたんだ」


「砂記を追ってたから」


遥は切手の表情など気にすることなく、さらりと答える。


その間にハチノコは直線に進みつつ、すぐに進行方向を変えながら畑の上を飛び回り、周囲にプレッシャーを与えていた。遠くから見ている分には、そのきびきびした動きは面白い。

そのままの勢いで木や小屋といった障害物にぶつかりよろめく姿は、手紙の笑いを誘う。


「くく、くくく…」


「…?でも、よく手紙は蜂に気付いたね」


「ああ、俺の特技だよ」


手紙は自分の特技の“捜索”の説明を簡単にした。切手も続いて自分の特技の“相殺”について話そうとしたが、遥はそれを止める。


「待って待って。どうせなら見てみたいから」


「え?…って遥!なんでハチノコに向かって走り出すのさ?!」


「切手の特技を見せてもらいに。もちろん、ぼくの特技も見せるから!」


意外なことに年相応ともいえる無邪気な笑顔で、遥はハチノコの元に向かっていく。



遥は言動は生意気だが、電子都市リアリスが大好きな少年に違いはない。


そう感じた手紙と切手は、つい自分たちの小さい頃と遥を重ねてしまい、思わず微笑む。


「おーいっ」


「待ってよ、遥!」


二人も畑を駆けていく。そして遥に追いつき合流すると、三人は武器を取り出した。

ここからそう遠くはないところでハチノコがウロウロしているが、まだ三人に気付く様子は無い。


指と指の間に一本ずつナイフを挟み、一度に四本ものナイフを持つ遥。そのナイフは白を基調に水色、薄い黄緑色に塗られていた。大きさは一般家庭にある包丁くらいで、そこまで重さはないようだ。


「投げナイフってことは…前衛戦士なの?」


切手がナイフを見ながら、遥に訊いた。


「いや、ぼくは攻撃術士だよ。だいたい雑魚は投げナイフ、ボスクラスは魔法で戦うね」


「使い分けてるんだ?なんかかっこいいな!」


どこに興味を惹かれたのかは分からないが、手紙は目を輝かせる。

そんな手紙に慣れている切手は冷静だった。


「でも手紙も使い分けてるようなものじゃないかな?必殺技はボス戦でしか使ってないよね」


「必殺技?そんなのあるの?…それはぜひ見てみたいね」


遥が手紙の必殺技に興味を抱いたとき、手紙の特技が発動した。


反射的に手紙は叫ぶ。


「…くる!」


手紙の先ほどまでのお気楽そうな顔は、一瞬にして真剣な表情に変わった。つられるように切手と遥の表情も引き締まり、視線をハチノコに向ける。


「わわっ」


「…速いね」


ハチノコは三人に気付かれないように、羽音をたてず真っ直ぐに突進してきていた。


手紙と切手は強く地を蹴り、後ろに大きくジャンプする。ハチノコの進路から外れた二人は、遥が全く動かないことに気づいた。



悪い顔でハチノコを見る遥に、ハチノコは完全に狙いを定めたらしい。ついに羽音をたて、今までよりさらにスピードを上げて遥に向かっていった。


「余裕だな…」


離れた場所に移動した手紙が、呆れた顔でため息をつく。その声が聞こえたのか、遥は視線をハチノコから手紙に移した。


「…なんか、言った?」


ニッコリ。


そんな効果音が聞こえてきそうなほど、遥は悪意しかない笑顔を手紙に見せつける。


「あのな…」


「って、そんなこと言っている場合?!遥、そろそろ逃げなきゃ、確実にゲームオーバーだよ!」


落ち着いて遥と話している手紙の側で、切手が焦り始めていた。



それもそのはず。


本気のハチノコは速い。


はたから見れば、時速六十キロの車が遥に向かって突っ込んでくるように見える。



心配し、遥を守るため“相殺”をしにいこうとする切手を手紙が止めた。


「大丈夫だって。ほら、言ってたじゃん。遥は特技を見せてくれるって」


「でも!…ってそういえば、手紙は遥の特技を知っているんだっけ?」


「うん。砂記と戦うとき、実際に見た。…お」


話の途中で、手紙が遥のいる方向を指さした。


「そろそろ使うと思う」


「う、うん」


まだ遥を心配しながら、切手は手紙が示した方向を見る。

途中、やはり“相殺”を使おうとした切手が走り出したりした。しかし手紙により全て阻止される。


「遥はちゃんと避けるから!」


「で、でも特技が発動しなかったら…!まだ、遥は小学生だし…」


「お前、いつからそんな心配性の親みたいな性格になったんだよ」


「だって、僕たちより年下なんだよ?一瞬の過ちが命取りに…」


「あんな悪い顔ができる奴が、そんなヘマしないって」


「でも…」


「なに言ってんの、ふたりとも!?」


口論をしていた二人のすぐ横に遥が現れた。

そして持っていたナイフの柄の部分で二人の頭を叩くが、手紙はそれを軽々避ける。


やはりというべきか、遥の顔には怒りが見えた。


「あ、遥だ…」


戦闘プレーヤー同士であるため、遥の叩くという攻撃は切手には当たらない。それでも叩かれたという事実は残る。


切手は苦笑いと共に、遥が無事だったことに安堵した。


「お、遥か」


遥の攻撃を避けたため一歩後ろに下がった手紙は、何食わぬ顔でいた。


そんな手紙を遥は不機嫌そうにじろりと睨む。


「手紙はぼくの悪口言い過ぎ。というか“捜索”使ってたでしょ?」


「バレてたか。まあ“捜索”があったからこそ遥の不意打ちを避けれたんだけど」


ははは、と笑いながら手紙は頭をかく。


捜索を使えば遥の居場所はすぐに分かる。自分のそばに来た遥を警戒したため、手紙は回避が可能だった。


目標を失いその場をウロウロするハチノコを遠くから見て、遥が大きな溜め息をつく。


「まあいっか。…さ、蜂も困ってるしそろそろ戻んないとね」


三人は武器を構え直す。そしてすぐに切手と遥は敵に向かって走り出した。


「今度は切手にもしっかりと見せてあげるよ。ぼくの特技“瞬間移動(テレポート)”を」

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