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聖峰の要  作者: くるなし頼
序章
1/48

手紙と切手

「じゃあ、またコレで会おうな」

「うん。元気でね」


桜が散りきり、青空が広がる春の日。


小学校の低学年ほどの二人の少年が、頭を覆えるほどの円い輪っかを持ちながら話して、別れていった。


青みがかった黒い髪の少年は、大きくて高級そうな黒い車に向かって歩いていく。


一方の緑色の髪の少年は、去っていく少年の背中を寂しそうに見送っていた。



そして二人の少年は、心で同じことを考えていた。


─────俺が新しい家に着いたら、すぐに。

─────彼が新しい家に着いたら、すぐに。


─────『電子都市リアリス』で会うんだ!


二人は強く、輪っかを握り締めた。





それから五年後。



すっかりと成長した二人の少年は、今日も『電子都市リアリス』を駆け回っていた。



辺り一面に短い間隔で木々が生い茂り、地面には所々水たまりが残っている。その水たまりは綺麗に晴れた青空をうつしていた。

だが、やがて水たまりを覗き込む一人の少年の顔だけがうつる。


青みがかった黒い髪の上に乗った、奇妙なキャラクターの帽子が少しズレる。少年はそれを慌てて抑えると、空いている手で水溜まりに触れた。


「冷たい…」


中学一年生らしい、高くも低くもない声で少年は呟いた。その声を拾った緑色の髪の少年は、青みがかった黒い髪の少年に近づく。


「何してんのさ?」


「感動してるんだよ。だって、ここって頭に叩き込まれた映像をみているようなもんだろ?なのに、本物の水を触っているみたいなんだよな…」


「全く。電子都市リアリスを利用し始めて五年経つって言うのに。ほんっとうに『手紙(てがみ)』は変わらないよね」


緑色の髪の少年が溜め息をつきながら、青みがかった黒い髪の少年を見た。


紛らわしく分かりにくいが、この『手紙』というのが青みがかった黒い髪の少年の名前である。この風変わりな名前に手紙自身、困ったエピソードがいくつかある。


まあコイツよりマシか、という目つきで手紙は緑色の髪の少年を見た。


「悪かったな。まあ『切手(きって)』も水溜まりを触れば感動するって」


「そりゃあね。この完成度は素晴らしいものだよ」


ここは一人一人が頭の中で見ている映像の世界である。それなのに映像の水を冷たいと感じてしまうのは、この『電子都市リアリス』の大きな特徴でもある。



水溜まりから離れた手紙は、彼の親友である切手に笑顔を向けた。


「じゃ、奥に行くか!」

「うん!早く行こう!」


切手からも笑顔がこぼれる。



幼さを残しながらも中学二年生となった『手紙』は、元気で明るい少年へと成長していた。顔は整っているほうだが、電子都市リアリスに出てくるキャラクターを模した帽子を被っているため、気付かれにくい。


手紙と同じく明るい性格を持ちながら、やや冷静さを兼ね備えた『切手』も、やはりまだ顔に幼さを残していた。



二人の少年の友情は、五年前に離れてしまった時から変わっていなかった。

もちろん、それにはこの『電子都市リアリス』の影響も大きい。



もともとは、どんなに遠くにいる人でも、直に会っているようになるコミュニケーションシステムとして『電子都市リアリス』は発売された。

利用者が、コンピューターが作り出した世界に実際に居るような感覚を味わえること。そしてなによりその地に、足を着けて動けるシステムは絶賛され、それなりの人気を博した。

その発売から数年、時代と客のニーズから電子都市リアリスに戦闘ゲーム要素が加わる。


それはコンピューターでよくある『戦闘オンラインゲーム』の要素だ。

全く別の場所にいる人と協力して、共にモンスター等といった敵と戦うゲーム。これをただのコミュニケーションのシステムに取り入れた。

すると主に若者層から莫大な人気を誇り、コミュニケーションシステムとして始めて発売された売上を、優に越えてしまった。


ちなみに手紙と切手はコミュニケーションシステムのみの時代から、電子都市リアリスを利用している。しかし、ゲーム要素が加わってからは、その利用頻度は各段に増した。



「敵がいる。右の奥の方の木の陰!」


走っていた足の速度を落としつつ、手紙は切手に告げる。


「了解!」


切手は頷くと、スピードを速めて敵の方向に向かっていく。その両手には二本の剣が握られていた。


完全に足を止めた手紙は、切手の背中を無言で見送る。その頃には、手紙の手にも弓という武器があった。



木の陰に隠れる敵の背後から、切手が音を立てずに近付いていく。敵は二メートルほどの茶色いクマのような外見をしていた。

…これが電子都市リアリスにいる、プレイヤーが倒すべき『敵』にあたる。



色違いの左右対称の形をした二本の剣を、切手は右手と左手で再度持ち直す。そしてすぐその後に、クマに切りかかった。


「はあっ!」


一歩踏み込み、右手の剣を左から右に、左手の剣を右から左に移動する形で攻撃する。その剣の軌跡は、綺麗な。(イコール)を描いた。


するとクマは少しだけふらつく。しかしすぐに立て直し、切手に向かって殴りかかっていった。



ちなみに電子都市リアリスでは敵にダメージを与えると、ふらついたり倒れたりという動作しかしない。

幅広い年齢層を狙ったものなので、血や体液、体の部位が飛び散るというアクションは存在しないのだ。



切手は後ろに跳び、そのクマの攻撃をさっ、とかわす。それ後もクマの攻撃を回避しつつ、何度も切り裂いていった。


「さすが切手。動くの速いな」


離れた場所で感心したように手紙は呟いた。その足は右へ左へ、何かの場所を求めているかのように、慌ただしく動いている。


「───よし、ここだなっ」


手紙はぴたりと足を止めると、さっそく弓を構えた。その表情はどことなく嬉しそうに見える。



木々がこれでもか、と生い茂っているなか、手紙の視線は真っ直ぐクマに向いている。


改めて自分とクマとの直線上の間に障害物がないことを確認し、手紙はある道具を取り出した。


「いくぞ…」


左腕を前に出し、右腕を曲げ少し引く。

持っていた道具こと木の矢は、すでに弦とともに右手にあり、左手の指に乗せるようにしていた。


綺麗な姿勢で弓を構えた手紙は、素早くクマに狙いを定めると、矢を撃ち放つ。


「でやぁぁ!」


放たれた矢は見事にクマに命中。切手より与えられるダメージこそ少ないが、その役割は大きい。


手紙はどんどん矢を放ち続け、外すことなくクマに当てていく。


「毎度の事ながら、凄い命中率だね」


切手は感心しながらも、手紙の攻撃により隙が多くなったクマに切りかかる。



切手が前に出て攻撃し、手紙がそれをサポートする。個々の能力は平凡なものの、二人のコンビネーションは並外れたものだった。


「これで決まり、っと」


手紙がクマに大きな隙を作らせ、切手が右手の剣で軽やかにとどめを刺す。

するとクマは背中からぽてりと倒れ、仄かな光となり消えていった。その場所には何かが落ちている。


「あ、手紙!クマが武器落とした!」

「幸先いいな!で、なんの武器?」

「んーと、あ、僕が装備できるやつだ」


切手は武器を見回しながら、その性能を確かめていた。


「うーん…今装備している武器の方が、性能いいかも」


武器は自分の力を強くするもの。

強くなるかとぬか喜びした切手は、小さく肩を落としていた。


「残念だ…じゃ、手紙にあげるよ」

「あはは、悪いな」


申し訳無さそうに、手紙は切手から剣の形をした武器を受け取る。

ちなみに弓を武器とする手紙は、剣は専門外過ぎて扱えない。それでも手紙には剣を欲しがるある理由があった。



それから二人は数時間もの間、クマというクマをたくさん倒し続けた。



そして、最初のクマに切りかかってから五時間後。


二人はプレイヤーの敵となるクマ等のモンスターがいない場所にて休んでいた。


「いやー、さすがに疲れたなー」

「だね。…って、手紙は後衛だったから、そんなにダメージ受けてないでしょ」

「失礼な。疲れるものは疲れるよ」


電子都市リアリスを満喫した二人は、まだ楽しそうにして歩いている。


そんな二人を羨ましそうに見る人影にも気付かずに…。



その時、ふと手紙が後ろを振り向いた。


「どうしたの、手紙?」

「いや、なんか視線を感じたような…ま、気のせいか」


手紙は再び前を向く。

すると何かに見られているという嫌な気持ちも吹き飛ぶ、嬉しいニュースを思い出したらしい。手紙はすぐにそれを言葉に出す。


「そういえば、明日からだよな?!」


喜びを隠せず楽しそうに言う手紙を見て、切手はすぐに何を言いたいのかが分かった。


「うん!電子都市リアリスに、ストーリーが付く件だね」

「それそれ!明日も朝一番に来ような!」

「もちろん。夏休み万歳ってやつだね」


切手も手紙に負けないくらい、この日を楽しみにしていた。しかしここで、切手がもう一度下を向く。


「はぁ…それにしても疲れた」

「はははっ、お疲れ」


切手の肩を軽く叩きながら、手紙は労いの言葉をかけた。その様子を横目で見ていた切手が、呆れた顔になる。


「…やっぱり手紙、元気だよね?なんだかんだで僕より体力あるし」

「俺は全力でその時その時を楽しんでるからな!」


いつも通りの、元気で楽しそうな口調で手紙は勝ち誇ったように笑う。



そのあと明日を待ち遠しくする二人は、すぐに電子都市リアリスからログアウトしていった。


「ちょ、ちょっと待って!」


慌てて物陰から出てきた少女は、大声を出して二人を呼び止めた。

しかし残念ながら、少女の声が届く前に手紙たちはログアウトしてしまっていた。


「ううう…私のバカ……!

 早く呼び止めればよかったのに…」


少女は地面に膝を、ついでに両手も地につけてしまう。後悔と恥ずかしさにより少女の紫色の瞳は涙ぐむが、茶色い長い髪がその顔を隠していた。


しばらくそのまま沈黙し続けた少女は、時を告げる鐘の音を聞きようやく顔を上げる。


「…あ、時間だ。…もう、行かなくちゃ」


そう呟くと同時に、その場から少女の姿は綺麗に消えてしまった。

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