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天使の前髪

作者: 春隣 豆吉
掲載日:2012/12/13

天使の前髪をつかめ→好機を逃すなという教訓だそうです。

「藤枝さん、ちょっと来て」

 金曜日、定時を30分過ぎたころ出先から戻ってきた宮本課長は、仕事を終えた私に声をかけてきた。PCで送信した資料にミスでもあったのだろうか。私としては完璧に仕上げたはずなんだけど・・・ちょっとビビリながら私は課長のもとへ行く。

「何でしょうか、課長」

「藤枝さんは、土曜日って空いてる?」

「はい?」

 上司である宮本課長は、背が高くスマートで、きりっとした二重の目にすっとした鼻筋、引き締まって口角の上がっている口・・・とイケメンの部類に入る顔。仕事もバリバリこなすやり手だ。ただし、部下に求めるレベルも高いので泣かされた後輩は数多い。

 そのため密かに周囲では「鬼の宮本:通称オニミヤ」と呼ばれている。それでも上司にへつらうこともなく部下のピンチに助けてくれる課長は、上司には一目置かれ部下には慕われている。私もいい上司に恵まれたと思ってる。

 そんな課長が、どうして私の土曜の予定などを聞くんだろう?まさか、デート?いやいや課長はオニミヤって呼ばれてるけど女性に人気があって、私のような平凡女を誘わなくても、秘書課のきれいな女性や総務の可愛い子など選り取りみどりのはず。

 でも、まさかってことがあっても悪くないよなあ・・・。課長、独身だし。

「実は、資料作りを手伝ってほしいんだ」

 私の妄想なんか知らない涼しい顔をした課長の言葉がふってくる。

「・・・資料作りですか。」

 自分の妄想がちょっと恥ずかしくなって、思わずうつむいてしまう。しっかり、董子!!

「そう。皆用事があるみたいだし・・・藤枝、どうせ暇だろう?」

「確かに・・・これといって用事はありませんが。課長は忙しくないんですか?」

 思わず課長の言い草にムッとしてしまう。確かに私はここ2年ばかり彼氏はいませんし、友達は彼氏や家族とクリスマス~と浮かれてるのばっかりですが!!仕事中毒気味なあんたに言われたくないっつーの!!物には言いようってものがあるだろう、オニミヤ!!そしてなぜ「藤枝さん」から「藤枝」に呼び名が変化してるんだ。

「・・・私もこれといって予定はない。藤枝の入力は速いし、資料探しも迅速だ。手伝ってくれると非常に助かる。頼む」

 暇だと決め付けられたのはむかつくけど、オニミヤに当てにされるのは悪い気はしない。

 私は内心“手伝ってあげてもよくってよ。おーほっほっほ”と思いながら「・・・分かりました。土曜日だけでしたら手伝います」と承諾したのである。



 休日出勤だから普段着でいいと課長に言われたため、私はツイードのコートにプルオーバーとスカート、それにカラータイツとブーツで出社した。課長のほうもフランネルのチェックのシャツにコーデュロイのパンツというカジュアルな格好。椅子の後ろに黒いダウンジャケットがかかっていた。

 なんかスーツしか見たことないから、課長が若く見える・・・・いつもは細い黒フレームのメガネなのに休日だからか、ネイビーのカジュアルな雰囲気のメガネだ。

「なんだ」私の視線に気づいた課長が訝しげにこっちを見る。

「いえその、若く見えるなあとおもって。」

「俺は34だ。藤枝と変わらん」

 そういえば私と課長は4歳しか違わないのよね。

それにしても休日になると「私」じゃなくて「俺」になるのか。ほほう。

「それもそうですね、失礼しました課長」

 私が頭を下げると、オニミヤは「これが概要になる」と資料を渡してきた。

 うーん・・・資料をさがしてデータを入力して・・・頑張れば午前中に終わるかな。

「俺としては、午前中に終わると踏んでるんだがどうだ?」

「そうですね、午前中に終わらせるように頑張りましょう」

「藤枝なら、そう言うと思った」

 そこでオニミヤが笑う。なんか・・・どきっとした。

 その後は、それぞれの席で黙々と仕事をし予定通り午前中に資料を作成することができた。

「よし、さすがは藤枝だな。いい資料ができた。藤枝は昼飯どうするんだ?」

 このあたりはオフィス街で飲食関係は土日休みのところが多い。一駅先の繁華街に行ったほうがよさそうだ。

「どこかで適当に食べて帰ります」

「そうか。じゃあ一緒に昼飯を食べよう。お礼におごるよ」

 課長はそういうとコートをはおって帰宅の準備を始めた。

「は?」

「藤枝、何ぼんやりしてるんだ。」

「は、はははい」

 私はあわててコートを着て課長のあとを追った。


 課長が連れてきてくれたのは一駅先の繁華街の裏通りにある洋食屋だった。

「ここは俺の友人が経営してるんだ」そういうと、課長は店の扉を開けた。

 裏通りにあるせいか、あまり待たずに座ることができた。

「課長のお友達に料理人がいらっしゃるとは知りませんでした」

「この店は俺の友人で3代目になる。何を食べてもうまいが、グラタンかオムライスがおすすめだな」

「そうですか・・・何にしようかなあ」

 メニューを開くと、海老グラタンやポテトグラタン、チキングラタンなどが目に入る。隣のページにあるオムライスも美味しそう・・・

「課長は何にするんですか?」

「俺はハンバーグランチ。」

「グラタンとオムライスを勧めておいて自分は違うの食べるんですか。」

「俺が何度も食べて美味しいと思ったから、藤枝に勧めたんだ」

 なるほど、それも一理ある。私は、チキングラタン温野菜セットを注文することにした。

「お待たせしました。・・・・ミヤがここに女性連れで来る日がとうとうきたか」

店主さんらしき人がニヤニヤしながら課長に話しかける。

「食事をおいたら戻れよ。藤枝、コイツは松浦。ここの3代目だ。松浦、彼女は俺の部下で藤枝・・・」

 そこでなぜか松浦さんが「ちょっと待った・・・藤枝さん、下の名前当ててみせようか」と課長を制止して私を見た。

「藤枝さん・・・下のなまえ“とうこ”じゃない?」

「はい。そうですけど・・・」

「やっぱりね・・・・ミヤ。お前、天使の前髪をつかんだわけか」

 なぜかすごく嬉しそうな松浦さんと、それを嫌そうに見ている課長。私の下の名前がどうしたというのだろう。

「さっさと厨房に戻れよ。藤枝も、松浦の言うことは気にするな。さっさと食べろ」

「あ、はい。あの課長」

「なんだ?」

「松浦さんが言ってた天使の前髪をつかんだ、ってなんですか?」

「・・・・今は聞くな。あとで教えてやる」そういうと、課長はハンバーグランチを食べ始めてしまった。


 結局、課長は「天使の前髪」については話してくれず、私のほうも“課長が言いたくないなら聞かなくていいや”とあっさりあきらめた。

 オニミヤは話題が豊富で意外と一緒に食事をして楽しかったのは思わぬ収穫。しかもおごってもらったし。

 私は休日出勤をして損した気分だったのだが、家に到着するころには結構楽しい一日だったと思うようになっていたのである。


読了ありがとうございました。

誤字脱字、言葉使いの間違いなどがありましたら、お知らせください。

ちょっと感想でも書いちゃおうかなと思ったら、ぜひ書いていただけるとうれしいです!!


クリスマス短編を書くはすが

クリスマスぽくない話になってしまったので、UPしてみました。

アラサー女子の、ほんのりときめいた話を書いてみたのですが

どうでしょうか。

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