確かに従姉妹ですけど、そいつは公爵家の血筋ではありませんわよ?
[日間]ハイファンタジー - 短編 7位ランクイン!
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「リディア・グリフィス!!」
学園の卒業記念パーティ。この素晴らしい日に似つかわしくない、背後からの不躾な怒声に、わたくしは婚約者の腕からそっと手を離した。
振り返れば、会場の中央でイーワモード国からの留学生の王子ナサニエルが胸を張って立っていた。その腕にしがみついているのは、わたくしの従姉妹のマリーナだ。
『ドレスを買うお金がない』なんて涙目で泣きついてきたから、いつも通り突っぱねたのだけれど。
どうにか手に入れたらしい、新しいドレスは宝石を散りばめているのね。あの下品なドレスは一体いくらするのかしら?
「なにか用かしら?」
心配そうに眉をひそめる婚約者をその場に残し、わたくしは一人で前に出る。
ナサニエルから向けられた人差し指が不快で、つい歪みそうになる口元を隠すように、愛用の扇を優雅に広げた。
「き、貴様!イーワモード国の第四王子である俺様に向かって、なんだその口の聞き方は!!」
「ろくに用が無いなら呼ばないでちょうだい。ここは卒業生を祝う場なのだから、騒ぐのは迷惑だわ」
「くっ…!往生際の悪い女め!貴様を断罪しにきたのだ!!」
「……断罪?」
あらあら、ずいぶんと面白いワードが飛び出したわね。
留学直後にわたくしや、他の高位貴族の令嬢にしつこく言い寄ってきて、追い払われていた分際で、なにを断罪してくれるというのかしら。
扇の陰で、ローズピンクのぷっくりとした唇の端を、愉悦に歪める。
「みんな聞いてくれ!リディア・グリフィスは偽物の公爵令嬢だ!本当のグリフィス公爵令嬢はマリーナなのだ!!」
芝居がかった大立ち回りに、会場の空気が一瞬でざわめきに包まれる。
それに気を良くしたナサニエルは、これみよがしに身振りを大きくして言葉を続けた。
「リディア!貴様の父親が非人道的な行いをして、マリーナの父からグリフィス家の後継者の座を奪ったことは知っている!
それに貴様も、マリーナに嫉妬をして嫌がらせを繰り返していたそうだな!親が親なら子も子だ!!」
ナサニエルは肩を高く張り上げ、鼻息を荒くする。
「こんな性根の汚い親子に、公爵の爵位は過ぎている!大人しく公爵位をマリーナに明け渡せ!あるべき形へと戻すのだ!
さもなければ、我がイーワモード国が黙っていないぞ!!」
ビシィ!とでも音が鳴りそうな勢いで、再び指を突きつけてくる。
まったく、育ちの悪い男。何度、人のことを指させば気が済むのかしら。
周囲の貴族たちは、この展開に声も出ない。会場は先ほどと打って変わって、水を打ったように静まり返っていた。
「ふっ…驚き過ぎて声も出ぬか。…マリーナ、これで君が正式にグリフィス家の令嬢だ」
「本当ですか、ナサニエル様…!」
こちらの状況などお構いなしに、ナサニエルはマリーナの手を取り勝手な宣言をする。
マリーナは感動したように大きな瞳をうるませ、縋り付くようにその手を握り返した。
「これからは俺が君と結婚して、グリフィス公爵として君を一生守るよ」
「ふふ…ふふふ……あははははははッ!」
二人のお花畑劇場を引き裂いたのは、わたくしの高笑いだった。
可笑しくて堪らず、お腹を抱えそうになるのを淑女の理性でどうにか踏みとどまる。
「……あら嫌だ、我慢していたのに、つい声をあげて笑ってしまったわ」
「な、何がおかしい!」
ナサニエルの顔が赤く染まる。
「他国の事情もまともに知らずに、うわべだけを見て首を突っ込む王子様が、ちゃんちゃらおかしくて。さぁて、どこから突っ込んであげようかしら…。
…そうね、まずわたくしの父が行った『非人道的な行い』ってなにかしら?」
「そ、それは…人の命を盾に取ったり、詐欺まがいの事でもしたんだろう!当事者がよく知ってるはずだ!!
マリーナだって子爵からそう聞いたんだろ!?」
突然話を振られたマリーナが、自信なさげに視線を泳がせた後、キッとわたくしを睨みつけた。
「そ、そうよ!パパがいっつも言ってたんだから!
『弟がズルして奪った、本当は俺が公爵になるはずだったんだ』って!!」
「トムソン子爵がねぇ…ふふふ。あの方はプライドが高ぁい方だものね」
「何が言いたい!?」
「よろしい。それでは愚か者にもわかるように、少しずつ答え合わせをしてあげましょう」
先ほどナサニエルがしていたように、今度はわたくしが舞台にたつ役者のように、優雅に両手を広げてみせた。
「まず第一に、わたくしが居なかったとしても、そいつにグリフィス家を継ぐ権利は発生しないわ」
「なんだと!?」
「そんな、ひどい…!」
ショックを受けたように、ナサニエルの袖に縋るマリーナ。
「我がシュランガー国の貴族の後継者の役割は、その家の血を後世に残すこと。
…だけど、そいつにはグリフィスの血は一滴たりとも入っていないもの、仕方がないわ」
「何言ってるのよ!私は貴女の従姉妹なのよ!?そうやって、リディアはいつも私のことを仲間外れにして…!!」
大粒の涙をボロボロとこぼしながら食って掛かるマリーナに、わたくしは冷ややかな視線を向けた。
「いいえ、ただの事実よ。グリフィス公爵はわたくしの母であり、トムソン家から我が家へ婿入りをした父の兄の子供であるお前とは、一切の血縁関係がないもの」
「な、なにをデタラメを!!」
本当に知らなかったのだろう。ナサニエルが戸惑いの混じった声をあげた。
「マリーナ、わたくしはずっと言い聞かせたわね?お前は公爵家の人間ではない、立場をわきまえろ、と」
「で、でも私は貴女と従姉妹で…、パパは…パパが公爵になるって…」
この場に及んで、まだ自分が公爵令嬢になる可能性を信じているのかしら。頭が空っぽ過ぎて逆に憐れに思えてくるわね。
「トムソン子爵ねぇ…。昔からずいぶんとわたくしの父、…実の弟に劣等感を抱いていたようね。
シュランガー国では基本的に第一子が家を継ぐけれど、もし弟が優秀すぎて例外になったら?なぁんて気が気じゃなかったそうじゃない。
それでもなんとか跡継ぎになれて、やっと弟の上に立てたと思ったら、今度は弟の優秀さを称えるように、降って湧いた公爵家への婿入り話」
パチン、と扇を閉じる。
「……心を壊しても仕方ないと思うわ。哀れなことね、ご愁傷さま」
本来グリフィス家を継ぐはずだった第一子が事故で亡くなり、急遽お鉢が回ってきた幼き母。
慌てて、優秀で婿入り可能な子息を探した際に父が選ばれたのだけど……まあ、そのあたりの細かい歴史は、この馬鹿達には理解出来ないでしょうから割愛してあげましょう。
「そんな…それじゃ…マリーナは…」
ナサニエルの顔から急速に血の気が引いていく。
「正真正銘トムソン子爵令嬢。それ以上でもそれ以下でもない。
ちなみにそいつは第三子だから、継ぐ爵位は持ってないわよ」
「え……?意味わかんない。従姉妹なんだから、私も公爵令嬢にしてよ!父親が兄弟なんだから、出来るでしょ!?パパの弟の子供のくせに、リディアだけずるいわ!!」
あらあら、ここまで馬鹿だと野良犬の方が可愛げがあるわね。
そろそろ飽きてきたし、いい加減切り捨てることにしましょうか。
「いいこと、マリーナ。天地がひっくり返っても貴女が公爵令嬢になることはありえない。
貴女やトムソン子爵が買い物のたびに、ツケで『グリフィス家』の名を使用しているけれど、お前たちがその名を使ったところで何の効果も発揮しないのよ?
それを、今までは身内の情でその愚行に目を瞑ってあげていたけれど、もうおしまい。……貴族の名を偽る事は重大な犯罪だから、覚悟なさい」
「えっ…!?」
マリーナの肩がびくりと跳ねる。そんな事も知らずに、他家の名前を無断で使っていたの?親戚だから許されるって?そんな事あり得ない。
今までのツケの支払いもトムソン子爵家に転送されているでしょうに、何も気にせず公爵家の名を騙るなんて。どれだけ弟への劣等感をこじらせてるのかしら。
けしてトムソン家は貧しい家ではないけれど、今回のドレスやアクセサリーの支払いが楽しみね。
「これでちっぽけな頭でもわかって頂けたかしら?」
そう言ってにっこりと最高に美しい微笑みを浮かべると、マリーナはその場に膝からガタガタと崩れ落ちた。
それを見て、彼女から少し距離を取っていたナサニエルの顔色が急速に悪くなった。
「お、俺は悪くない!!この女に騙されたんだ!!俺は被害者だ!
そうだ、お前……こいつの従姉妹なら責任をとれ!俺を次期グリフィス公爵として迎え入れるなら、許してやってもいいぞ!」
「万が一お前を迎え入れたとしても、わたくしがグリフィス公爵なのだけど、話を聞いていないのかしら?耳が腐っているの?
こんな不良債権を引き取るなんて、王命でもごめんだわ」
それ、どんな罰ゲームよ。
「なっ!貴様、さっきから黙って聞いていれば、イーワモード国の王族の俺様に向かってなんて口の聞き方だ!!シュランガー国では、他国の王族に対してこのような失礼な態度をとるのか!??
謝罪を要求する!!地べたにはいつくばって土下座しろ!!さもなくば首を切り落としてくれる!」
顔を真っ赤にして床を激しく指差すナサニエルの姿に、わたくしは声を殺してくすくすと笑ってのける。
「俺は本気だぞ! これは我が国に対する侮辱だ! 宣戦布告と見なし、イーワモードに…」
「そもそも、本当にイーワモード国はお前を守ってくれるのかしら?」
「えっ」
ピタリ、とナサニエルの動きが不自然に止まる。
わたくしは再び、極上の悲劇を語る演者のように、大げさな動作を交えて語り始めた。
「ーーー遠い遠い、ある国に、賢く美しい侯爵令嬢と婚約をした王子がおりました。しかし王子は底抜けの愚か者でした。賢い侯爵令嬢と比較されて自尊心を傷つけられるのを嫌がり、頭の空っぽな男爵令嬢と浮気をしたのです。
そして、あろうことか侯爵令嬢にこう言い放ちました……」
わたくしの話が進むにつれ、ナサニエルは幽霊でも見たかのように顔を真っ青にし、ガタガタと震え出した。
あらあら。海を渡れば、自分の悪事がバレないとでも思っていたのかしら?
「『男爵令嬢こそが我が真実の愛だ!この先、可愛げのない貴様を愛することはないだろう。侯爵家の跡取りは男爵令嬢の腹にいる我が子とする!!』…あらあら、婚約破棄を突きつけるならまだしも、立派な他家乗っ取り宣言ね」
「ち、違う!!それは…っ!!!」
「その発言を重く見た国王は激怒。男爵令嬢を即座に堕胎させ、貴族籍を剥奪、北方の厳しい修道院へ幽閉しました。
では、その原因を作った愚かな王子はどうしましょう? 塔へ軟禁?断種?それとも平民に落とす?
……そんな話し合いが裏で進んでいる間に、あら不思議。王子はかつての側近と共に、夜逃げ同然で国外へ姿をくらませてしまったではありませんか」
周囲がざわざわと騒ぎ出す。
わたくしとマリーナの関係は国内の貴族として、当たり前に知っていた彼らも、海を挟んだ、特に国交の薄いイーワモード国のスキャンダルまでは流れてきていなかったのだろう。
良いタイミングで、わたくしの婚約者が背後からスッと数枚の書類を手渡してくれた。なんて有能。好き。
「ナサニエル。…お前は二か月ほど前から、留学生としてこの学園に紛れ込み、我が物顔で出入りしていたようだけど、学園に留学生を受け入れたという事実はないわね。
教師達も扱いに困って対処が遅れていたようだけど…。……あらあら、学園の警備員に注意されるたびにイーワモード国の名前を出して脅迫していたなんて……これこそ非人道的な不法侵入罪かしら? うふふふふ」
「くっ…」
「あら、お前の入国を手助けした元側近は、国に戻った直後に捕縛され、貴族籍を剥奪のうえ鉱山送りの刑だそうよ。まあ、お前が唆したように『こちらの国で成功して、いつか迎えに来てくれる王子様』を夢見て、今頃必死に岩でも削っているんじゃないかしら?」
主君が無能だと側近も苦労するわね。まぁこれの暴走を止められなかった側近も、愚かだったのかもしれないけれど。
「…というわけで」
わたくしは手元の書類の、とある一頁をめくる。
もはや絶望と憎しみが混ざり合った、血走った目でこちらを睨みつけてくるナサニエルへ、その決定的な紙面を突きつけた。
「これが先月、我が国の外交部に届いた、イーワモード国からの公式な書状よ。
『ナサニエルという名の王子は我が国にはもう存在しない。我が国の罪人が、貴国に多大な迷惑をかけたことを深く謝罪する。厳重な処罰を与えるため、直ちにその身柄を我が国へ引き渡してほしい』……ですって」
わたくしは婚約者へ書類を渡し、極上の笑みを浮かべた。
「こちらで有力貴族と縁付けば、母国での失態を有耶無耶に出来ると考えたのでしょうけど……。
強制送還ね、元王子様」
「あ、うああああ……っ!!」
ナサニエルはその場にへたり込み、頭を抱えて絶叫した。
会場の扉が厳めしい音を立てて開く。現れたのは、我が国の騎士団と、イーワモード国の紋章をつけた厳つい騎士たちだ。
「ナサニエル元第四王子。本国に対する国家反逆罪で身柄を拘束する!!」
「嫌だ!離せ!俺は王子だぞ!この女に騙されたんだ!!」
無様に引きずられていく元王子。
あら見苦しい。
本当なら、この卒業記念パーティ前に捕まえる筈だったのに、隠れるのがとにかく上手なのよね。このまま潜伏されたら面倒な事になると思ってたけど…。
まさかパーティにノコノコ現れた上に、自分から大騒ぎして目立ってくれるなんて。本当に愚かで助かったわ。
マリーナに関しても、そろそろ本格的にお灸を据えようと思っていた頃だったから、巻き添えで自爆してくれてちょうど良かったわね。
泣き叫びながら兵士に引っ立てられていくマリーナを見て、すっと胸がすく。
会場には、二人の惨めな悲鳴だけが虚しく響き渡り、やがて遠ざかっていった。
「……お騒がせしてごめんなさい、皆様。
さあ、パーティを続けましょう?」
わたくしが何事もなかったかのように微笑むと、会場からは拍手と称賛の声が沸き起こる。
再び差し出された愛しい婚約者の腕に、今度はしっかりと手を絡め、わたくしは誇り高く前を向いた。
(めでたし)
「シュランガー」→「知らんがなー」
「イーワモード」→「もーどうでもいいわ」
国の名前つけるのって難しいね…!




