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元闇金、異世界で金貸しを始める  作者: 木鹿 伊成


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3/4

担保の代わりに、実力を見せろ

 三人目の顧客が現れたのは、返済期日の三十日より十二日早かった。


 俺がちょうど宿の一階でマーサから紹介された別の客――御者をしているという中年男で、馬車の修繕費が急に必要になったという――と話を終えたタイミングだった。契約書にサインをもらって、金貨一枚を渡したところで、扉が開いた。


 ルークだった。


 そして、その後ろに二人いた。


 一人はルークと同い年くらいの、細身の男だ。右足に包帯を巻いているが、松葉杖は使っていない。目が鋭く、唇が薄い。腰に剣を下げているが、柄の部分の革が擦り切れていた。よく使われている剣だ。こちらがエリックだろう。


 もう一人は、女だった。


 二十代半ばくらいだろうか。背が高い。革鎧を着ているが、上等なものだ。腰には短剣が二本。肩に大きなリュックを背負っていて、それが妙に旅慣れた印象を作っている。髪は短く切りそろえられていて、顔には薄い傷跡が一本、頬から顎にかけて走っていた。


 目が俺を見た瞬間、値踏みするような色が出た。怯えではなく、観察だ。


 Cランクの冒険者、というのはこの女だろうと俺はすぐに判断した。


 「鮫島さん」とルークが言った。


 「紹介します。エリックと、セラ・ドーンさんです。セラさんが、助けてくれた人で……」

 「知ってる」


 俺はセラを見た。セラも俺を見ていた。

 

 「二階だ」


 四人で部屋に入ると、さすがに狭かった。


 エリックとルークは並んで床に座った。椅子はセラに勧めた。俺はベッドの縁に座った。


 セラは椅子に座りながら、部屋をざっと見回した。質素な部屋だ。棚に木箱が一つ、机に書類が数枚。余計なものは何もない。


 「噂には聞いてた」とセラが言った。声は低めで、よく通る。


 「冒険者ギルドの掲示板に変な紙を貼ってる東方人がいるって」

 「東方人」

 「あなたの顔立ちは、東の大陸の人間に似てる。違う?」


 俺は否定しなかった。この世界に日本という国はないだろうが、東方人という括りで通るなら、それでいい。


 「謝礼の話をしに来たか」

 「半分はそう。もう半分は、こいつらに付き合った」


 セラはルークとエリックに視線を向けた。


 「パーティに誘われた。金貨三枚の謝礼を免除する代わりに、しばらく一緒に組もうって話」

 「聞いた」

 「あなたに相談する義理はないんだけど、ルークがどうしても一緒に来てほしいって言うから」


 俺はルークを見た。ルークが少し頷いた。


 「セラさんに借金のことを話した」とルークが言った。


 「パーティを組む条件として契約に入ってることも。隠すのは違うと思って……」


 俺は少しだけ間を置いた。


 それは正直な判断だと思った。隠してパーティを組んで、あとで「実は借金があって」となるより、最初に話しておく方が信頼関係を作りやすい。ビジネスの基本だ。


 「それで」と俺はセラに言った。


 「何を確かめに来た」


 セラは足を組んで、俺を見た。値踏みの色がまだある。嫌な感じではない。これは敵意ではなく、習慣だ。冒険者として場数を踏んできた人間の、リスク評価の癖だ。


 「あなたがどういう人間か、見に来た」

 「見てどうする」

 「こいつらが借金を抱えてるのは聞いた。返せなかったらどうなるのかも聞いた。あなたは暴力は使わないと言ったそうだけど、本当かどうかわからない。私がパーティに加わったとして、取り立てで面倒なことになるのは嫌だから」

 「筋の通った話だ」

 「それで、どうなの」


 俺はセラを見た。


 「暴力は使わない。使う必要がない。この街で俺が仕事をするためには、評判が全てだ。顧客を痛めつけたという話が広まれば、誰も借りに来なくなる。それは俺の損だ」

 「損得の話」

 「金貸しは損得の仕事だ。感情で動く人間に向いてない」


 セラはしばらく俺を見てから、「正直ね」と言った。悪い意味ではなさそうだった。


 「もう一つ聞いていい」

 「どうぞ」

 「ルークとエリックに、なんで追加で貸したの。普通、返せない相手には貸さないでしょ」

 「可能性を買った」

 「可能性」

 「二人の実力と、意志と、組み合わせによって生まれる稼ぎの見込みだ。俺はその数字に投資した」


 セラはゆっくりと息を吐いた。何かを考えている顔だ。


 「……私も、借りることになるかもしれない」


 俺は少し眉を上げた。


 「Cランクが金に困るのか」

 「冒険者は常に装備に金がかかる。それに」セラは少し間を置いた。


 「私には目標がある。そのために、いずれまとまった金が必要になる」

 「内容を今は聞かない。ただ、借りるときは事前に来い。用途によっては条件が変わる」


 セラが少し目を細めた。


 「用途で条件が変わるの」

 「リスクで利率が変わる。安定した目的に使う金と、博打に使う金では、貸し方が違う」

 「……なるほど」


 セラはエリックとルークを見た。二人とも黙って聞いていた。エリックは最初から無口だが、目は動いていた。話の内容を咀嚼している顔だ。


 「パーティに加わる」とセラが言った。


 「謝礼は免除で」

 

 ルークが「ありがとうございます」と頭を下げた。エリックも無言で頷いた。


 「ただし」とセラが続けた。俺を見ながら。


 「一つ条件がある」

 「聞こう」

 「このパーティの借金、私が保証人になる。二人が返せなくなった場合、私が肩代わりする。その代わり」

 セラは真っ直ぐ俺を見た。


 「利率を一割に下げて」


 沈黙が落ちた。


 ルークが「セラさん、そこまでしなくて……」と言いかけたが、セラが手を上げて止めた。


 俺はセラを見た。


 Cランクの冒険者が保証人につく。それは担保として悪くない。むしろ、かなり信頼性が上がる。二人の新人より、Cランクの実力者の方が安定した収入が見込める。


 問題は、一割という数字だ。


 二割から一割は、俺の利益が単純に半分になる。リスクが下がる分は考慮できるが、それでも半分は大きい。


 「一割五分だ」と俺は言った。


 セラが少し目を細めた。


 「一割二分」

 「一割四分。それ以上は下げない」


 セラはしばらく俺を見た。俺もセラを見た。


 どちらも目を逸らさなかった。


 「……わかった」とセラが言った。


 「一割四分で」


 ルークが小さく息を吐いた。エリックが初めて口を開いた。「交渉するとは思わなかった」と、低い声で言った。俺に向かってではなく、セラに向かって。


 「当たり前でしょ」とセラが答えた。


 「保証人になるんだから、できるだけ負担を減らす。それだけ」


 俺は書類を出した。今度は少し複雑な契約書だ。貸付の主体はルークとエリック、連帯保証人はセラ・ドーン、利率は一割四分、返済期日は当初から数えて六十日。


 三人に順番に読ませて、順番にサインをとった。


 最後にセラがサインするとき、俺は尋ねた。


 「保証人になって、損をするかもしれないとは思わなかったか」


 セラは書類から顔を上げずに答えた。


 「こいつらが返せないとは思ってない」

 「根拠は」

 「私の勘」

 「それは感情だ」


 セラが顔を上げた。少し挑むような目をしていた。


 「あなたが可能性を買うと言ったでしょ。私も同じことをしてる。数字じゃなく目で見てるだけで、やってることは同じじゃないの」


 俺は少し間を置いた。


 「……まあ、そうだな」


 セラが少し目を細めた。笑ったわけではない。ただ、何か確かめたものがある顔だった。


 サインが終わった。


 俺は三枚の書類を丁寧に揃えて、木箱に入れた。


 三人が帰ったあと、俺は机に向かって数字を整理した。


 現在の貸付残高。ルークとエリックへの分、御者の男への分。合計で金貨六枚強。手元には銀貨十二枚ほど。生活費を引くと、新規に貸せる金はほとんどない。


 これ以上顧客が増えれば、原資が足りなくなる。


 次のステップは資金調達だ、と俺は思った。


 つまり、誰かから金を借りるか、あるいは出資者を見つけるか。


 闇金の世界では、金主から金を借りてそれを貸す、という構造は珍しくない。要はスプレッドで稼ぐ。低い利率で調達して、高い利率で貸す。その差分が利益だ。


 この街に、そういう元手を持っていて、俺に貸してくれる人間がいるだろうか。


 マーサは商売人だ。利益になると思えば動く可能性がある。


 あるいは、商業ギルドというものがあると市場で聞いた。金融に近いことをしている組合があるかもしれない。


 ただ、俺はまだこの街で実績が薄い。契約書を数枚交わしただけの、どこの馬の骨ともわからない東方人だ。信用を作るには時間がかかる。


 焦らない。


 最初の顧客から始めて、一つずつ積み上げる。それしかない。


 俺は窓の外を見た。


 夜の街だった。石畳に魔法灯の光が反射している。どこかの路地で野良猫らしき影が走った。遠くで誰かが笑い声を上げた。


 セラが言った言葉が、頭の隅に残っていた。


 あなたが可能性を買うと言ったでしょ。私も同じことをしてる。


 数字で動く人間だと思っていたが、感情と数字の境目は、思ったより曖昧かもしれない。


 俺が薫のために闇金に就職したのも、突き詰めれば感情だ。合理的な選択と言えなくもないが、根っこにあるのは感情だった。


 それでも、仕事は数字でやる。


 感情を根拠にしてはいけない。感情は判断を鈍らせる。


 俺はそう自分に言い聞かせながら、書類を整理した。


 明日は商業ギルドとやらを訪ねてみよう。話だけでも聞ければいい。相手がどんな人間か、どんな仕組みで動いているか、それだけでも把握しておく価値がある。 


 情報は、金と同じくらい重要な資産だ。


 俺は明かりを落として、ベッドに横になった。


 天井を見ながら、今日初めてまともに交渉らしい交渉をしたと思った。セラ・ドーンという女は、なかなか手強かった。Cランクの冒険者が保証人につくという提案は、俺には想定外だった。想定外の提案を、その場で数字に落として返せたのは悪くなかった。


 一割四分。


 妥協点としては、まずまずだ。


 俺は目を閉じた。


 異世界に来て、どのくらい経つだろう。もうすぐ二ヶ月になる。


 薫の手術は、予定通りなら春のはずだった。


 こっちの時間と向こうの時間が同じとは限らない。そもそも帰れるかどうかもわからない。


 それでも、なんとかする。必ず。


 その考えだけを胸に、俺は眠りについた。

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