担保の代わりに、実力を見せろ
三人目の顧客が現れたのは、返済期日の三十日より十二日早かった。
俺がちょうど宿の一階でマーサから紹介された別の客――御者をしているという中年男で、馬車の修繕費が急に必要になったという――と話を終えたタイミングだった。契約書にサインをもらって、金貨一枚を渡したところで、扉が開いた。
ルークだった。
そして、その後ろに二人いた。
一人はルークと同い年くらいの、細身の男だ。右足に包帯を巻いているが、松葉杖は使っていない。目が鋭く、唇が薄い。腰に剣を下げているが、柄の部分の革が擦り切れていた。よく使われている剣だ。こちらがエリックだろう。
もう一人は、女だった。
二十代半ばくらいだろうか。背が高い。革鎧を着ているが、上等なものだ。腰には短剣が二本。肩に大きなリュックを背負っていて、それが妙に旅慣れた印象を作っている。髪は短く切りそろえられていて、顔には薄い傷跡が一本、頬から顎にかけて走っていた。
目が俺を見た瞬間、値踏みするような色が出た。怯えではなく、観察だ。
Cランクの冒険者、というのはこの女だろうと俺はすぐに判断した。
「鮫島さん」とルークが言った。
「紹介します。エリックと、セラ・ドーンさんです。セラさんが、助けてくれた人で……」
「知ってる」
俺はセラを見た。セラも俺を見ていた。
「二階だ」
四人で部屋に入ると、さすがに狭かった。
エリックとルークは並んで床に座った。椅子はセラに勧めた。俺はベッドの縁に座った。
セラは椅子に座りながら、部屋をざっと見回した。質素な部屋だ。棚に木箱が一つ、机に書類が数枚。余計なものは何もない。
「噂には聞いてた」とセラが言った。声は低めで、よく通る。
「冒険者ギルドの掲示板に変な紙を貼ってる東方人がいるって」
「東方人」
「あなたの顔立ちは、東の大陸の人間に似てる。違う?」
俺は否定しなかった。この世界に日本という国はないだろうが、東方人という括りで通るなら、それでいい。
「謝礼の話をしに来たか」
「半分はそう。もう半分は、こいつらに付き合った」
セラはルークとエリックに視線を向けた。
「パーティに誘われた。金貨三枚の謝礼を免除する代わりに、しばらく一緒に組もうって話」
「聞いた」
「あなたに相談する義理はないんだけど、ルークがどうしても一緒に来てほしいって言うから」
俺はルークを見た。ルークが少し頷いた。
「セラさんに借金のことを話した」とルークが言った。
「パーティを組む条件として契約に入ってることも。隠すのは違うと思って……」
俺は少しだけ間を置いた。
それは正直な判断だと思った。隠してパーティを組んで、あとで「実は借金があって」となるより、最初に話しておく方が信頼関係を作りやすい。ビジネスの基本だ。
「それで」と俺はセラに言った。
「何を確かめに来た」
セラは足を組んで、俺を見た。値踏みの色がまだある。嫌な感じではない。これは敵意ではなく、習慣だ。冒険者として場数を踏んできた人間の、リスク評価の癖だ。
「あなたがどういう人間か、見に来た」
「見てどうする」
「こいつらが借金を抱えてるのは聞いた。返せなかったらどうなるのかも聞いた。あなたは暴力は使わないと言ったそうだけど、本当かどうかわからない。私がパーティに加わったとして、取り立てで面倒なことになるのは嫌だから」
「筋の通った話だ」
「それで、どうなの」
俺はセラを見た。
「暴力は使わない。使う必要がない。この街で俺が仕事をするためには、評判が全てだ。顧客を痛めつけたという話が広まれば、誰も借りに来なくなる。それは俺の損だ」
「損得の話」
「金貸しは損得の仕事だ。感情で動く人間に向いてない」
セラはしばらく俺を見てから、「正直ね」と言った。悪い意味ではなさそうだった。
「もう一つ聞いていい」
「どうぞ」
「ルークとエリックに、なんで追加で貸したの。普通、返せない相手には貸さないでしょ」
「可能性を買った」
「可能性」
「二人の実力と、意志と、組み合わせによって生まれる稼ぎの見込みだ。俺はその数字に投資した」
セラはゆっくりと息を吐いた。何かを考えている顔だ。
「……私も、借りることになるかもしれない」
俺は少し眉を上げた。
「Cランクが金に困るのか」
「冒険者は常に装備に金がかかる。それに」セラは少し間を置いた。
「私には目標がある。そのために、いずれまとまった金が必要になる」
「内容を今は聞かない。ただ、借りるときは事前に来い。用途によっては条件が変わる」
セラが少し目を細めた。
「用途で条件が変わるの」
「リスクで利率が変わる。安定した目的に使う金と、博打に使う金では、貸し方が違う」
「……なるほど」
セラはエリックとルークを見た。二人とも黙って聞いていた。エリックは最初から無口だが、目は動いていた。話の内容を咀嚼している顔だ。
「パーティに加わる」とセラが言った。
「謝礼は免除で」
ルークが「ありがとうございます」と頭を下げた。エリックも無言で頷いた。
「ただし」とセラが続けた。俺を見ながら。
「一つ条件がある」
「聞こう」
「このパーティの借金、私が保証人になる。二人が返せなくなった場合、私が肩代わりする。その代わり」
セラは真っ直ぐ俺を見た。
「利率を一割に下げて」
沈黙が落ちた。
ルークが「セラさん、そこまでしなくて……」と言いかけたが、セラが手を上げて止めた。
俺はセラを見た。
Cランクの冒険者が保証人につく。それは担保として悪くない。むしろ、かなり信頼性が上がる。二人の新人より、Cランクの実力者の方が安定した収入が見込める。
問題は、一割という数字だ。
二割から一割は、俺の利益が単純に半分になる。リスクが下がる分は考慮できるが、それでも半分は大きい。
「一割五分だ」と俺は言った。
セラが少し目を細めた。
「一割二分」
「一割四分。それ以上は下げない」
セラはしばらく俺を見た。俺もセラを見た。
どちらも目を逸らさなかった。
「……わかった」とセラが言った。
「一割四分で」
ルークが小さく息を吐いた。エリックが初めて口を開いた。「交渉するとは思わなかった」と、低い声で言った。俺に向かってではなく、セラに向かって。
「当たり前でしょ」とセラが答えた。
「保証人になるんだから、できるだけ負担を減らす。それだけ」
俺は書類を出した。今度は少し複雑な契約書だ。貸付の主体はルークとエリック、連帯保証人はセラ・ドーン、利率は一割四分、返済期日は当初から数えて六十日。
三人に順番に読ませて、順番にサインをとった。
最後にセラがサインするとき、俺は尋ねた。
「保証人になって、損をするかもしれないとは思わなかったか」
セラは書類から顔を上げずに答えた。
「こいつらが返せないとは思ってない」
「根拠は」
「私の勘」
「それは感情だ」
セラが顔を上げた。少し挑むような目をしていた。
「あなたが可能性を買うと言ったでしょ。私も同じことをしてる。数字じゃなく目で見てるだけで、やってることは同じじゃないの」
俺は少し間を置いた。
「……まあ、そうだな」
セラが少し目を細めた。笑ったわけではない。ただ、何か確かめたものがある顔だった。
サインが終わった。
俺は三枚の書類を丁寧に揃えて、木箱に入れた。
三人が帰ったあと、俺は机に向かって数字を整理した。
現在の貸付残高。ルークとエリックへの分、御者の男への分。合計で金貨六枚強。手元には銀貨十二枚ほど。生活費を引くと、新規に貸せる金はほとんどない。
これ以上顧客が増えれば、原資が足りなくなる。
次のステップは資金調達だ、と俺は思った。
つまり、誰かから金を借りるか、あるいは出資者を見つけるか。
闇金の世界では、金主から金を借りてそれを貸す、という構造は珍しくない。要はスプレッドで稼ぐ。低い利率で調達して、高い利率で貸す。その差分が利益だ。
この街に、そういう元手を持っていて、俺に貸してくれる人間がいるだろうか。
マーサは商売人だ。利益になると思えば動く可能性がある。
あるいは、商業ギルドというものがあると市場で聞いた。金融に近いことをしている組合があるかもしれない。
ただ、俺はまだこの街で実績が薄い。契約書を数枚交わしただけの、どこの馬の骨ともわからない東方人だ。信用を作るには時間がかかる。
焦らない。
最初の顧客から始めて、一つずつ積み上げる。それしかない。
俺は窓の外を見た。
夜の街だった。石畳に魔法灯の光が反射している。どこかの路地で野良猫らしき影が走った。遠くで誰かが笑い声を上げた。
セラが言った言葉が、頭の隅に残っていた。
あなたが可能性を買うと言ったでしょ。私も同じことをしてる。
数字で動く人間だと思っていたが、感情と数字の境目は、思ったより曖昧かもしれない。
俺が薫のために闇金に就職したのも、突き詰めれば感情だ。合理的な選択と言えなくもないが、根っこにあるのは感情だった。
それでも、仕事は数字でやる。
感情を根拠にしてはいけない。感情は判断を鈍らせる。
俺はそう自分に言い聞かせながら、書類を整理した。
明日は商業ギルドとやらを訪ねてみよう。話だけでも聞ければいい。相手がどんな人間か、どんな仕組みで動いているか、それだけでも把握しておく価値がある。
情報は、金と同じくらい重要な資産だ。
俺は明かりを落として、ベッドに横になった。
天井を見ながら、今日初めてまともに交渉らしい交渉をしたと思った。セラ・ドーンという女は、なかなか手強かった。Cランクの冒険者が保証人につくという提案は、俺には想定外だった。想定外の提案を、その場で数字に落として返せたのは悪くなかった。
一割四分。
妥協点としては、まずまずだ。
俺は目を閉じた。
異世界に来て、どのくらい経つだろう。もうすぐ二ヶ月になる。
薫の手術は、予定通りなら春のはずだった。
こっちの時間と向こうの時間が同じとは限らない。そもそも帰れるかどうかもわからない。
それでも、なんとかする。必ず。
その考えだけを胸に、俺は眠りについた。




