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元闇金、異世界で金貸しを始める  作者: 木鹿 伊成


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不良債権と追い貸し

 ルークが戻ってきたのは、約束の一ヶ月より五日早かった。


 俺が宿の一階で宿の主人――マーサという名の五十がらみの太った女で、愛想はいいが目の奥が商人のそれをしている――と話していたところに、扉が開いた。


 入ってきた男を見て、俺は一瞬だけ目を細めた。


 ルークだった。ただし、来たときより明らかに様子がおかしかった。


 右腕を吊っている。簡単な布の三角巾だ。顔色が悪く、唇が少し乾いている。それでも足取りはしっかりしていた。目が合うと、向こうはまっすぐこちらを見た。逃げる目ではない。ただ、何かを抱えている目だった。


 「鮫島さん」

 「二階だ」


 マーサがちらりとこちらを見たが、俺は何も言わなかった。マーサも何も言わなかった。この宿の主人は余計なことを聞かない。それがこの宿を選んだ理由の一つだ。


 部屋に入って、椅子を勧めると、ルークは素直に座った。


 「腕はどうした」

 「折れました。正確には、ヒビです。ポーションで治療したんで、あと三日くらいで動かせるようになるって言われました」

 「依頼中か」

 「はい。ゴブリンの巣の掃討で……仲間とはぐれて、三体に囲まれました。盾は直してもらったんですけど、タイミングが悪くて」


 俺は黙って続きを待った。


 ルークは膝の上に置いた左手を見つめながら、続けた。


 「報酬は、出ました。金貨一枚と銀貨六枚。ゴブリン三体の耳を持ち帰ったので、討伐証明の分も合わせて。でも、治療費でほとんど消えて……」


 「いくら残ってる」

 「銀貨五枚です」

 俺は計算した。返済額は金貨二枚と銀貨四枚。銀貨の換算率は金貨一枚あたり銀貨十枚だ。つまり、銀貨五枚では全体の五分の一程度しか払えない。


 ルークが顔を上げた。


 「全額は無理です。でも、来ないという選択肢は取りたくなかった。それだけは言いたくて」


 俺は腕を組んで、しばらくルークを見た。


 ルークの目に嘘はなかった。腕を怪我して、治療費が飛んで、それでも五日早く来た。逃げることも、言い訳を考えて先延ばしにすることも、できたはずだ。現に、この五日という前倒しは、おそらくルークなりの誠意の示し方だ。期日前に来れば少しでも印象がマシになると思ったのだろう。


 打算でも構わない。来ない人間よりずっといい。


 「状況を整理する」と俺は言った。


「腕が完治するのに三日。その後、依頼に出られるようになるまでに何日かかる」

 「完治したらすぐ出られます。Eランクの依頼ならほとんど体力勝負なので」

 「次の依頼でいくら稼げる見込みがある」


 ルークは少し考えた。


「順調にいけば、金貨一枚から一枚半ほどです。ただ……」

 「ただ?」


 ルークは少し躊躇してから言った。


「実は、もう一つ問題があって」


 俺は黙って続きを促した。


 「一緒に依頼に出ていた仲間なんですけど、エリックっていう剣士で……そいつが、今回の依頼で足を負傷して、Cランクの冒険者に助けてもらったんです。その方に、謝礼を払わないといけなくて」

 「いくら」

 「金貨三枚、って言われてます」


 俺は少しだけ眉を上げた。


 「お前が払うのか」

 「俺が誘った依頼だったので。エリックが怪我したのは、俺が判断ミスをしたからで……」

 「そのCランクの冒険者とはもう話がついてるか」

 「一週間待ってもらってます。でも……」

 「つまり、今お前が必要な金は、俺への返済分と、そのCランクへの謝礼を合わせて、金貨五枚と銀貨四枚か」


 ルークは黙ってうなずいた。


 俺はしばらく天井を見た。


 追い貸し、というやつだ。


 返せない客に追加で金を貸す。闇金では禁じ手ではないが、リスクが高い。返せない人間にさらに貸しても、雪だるまになるだけで、結局不良債権になることが多い。


 ただし、条件がある。


 返せない理由が「意志の問題」なのか「状況の問題」なのか、そこだけは見極めなければならない。


 ルークの場合、怪我は運が悪かった。判断ミスという話もあったが、Eランクの新人がゴブリン三体に囲まれて生きて帰ってきたこと自体、むしろ評価に値する。仲間の分の謝礼を払おうとしていることも、逃げていない証拠だ。


 問題は再現性だ。


 「一つ聞く」と俺は言った。


「そのEランクの仲間と、今後も組むつもりか」


 ルークは少し面食らった顔をしてから、「はい」と答えた。


 「エリックは腕がいいです。今回は運が悪かっただけで……」

 「パーティとして組んでいるか」

 「正式には、まだです。二人だとパーティとして登録できなくて。もう一人誘おうとしてたんですけど、なかなか……」

 「三人以上でパーティを組めば、受けられる依頼の幅が広がるか」

 「広がります。DランクやCランクの依頼も視野に入ってきます。報酬も上がりますし、効率もよくなります」


 俺は腕を組んだまま、もう少し考えた。


 数字として整理するとこうなる。


 現状のルーク単独だと、一依頼あたり金貨一枚前後。三人パーティでDランク依頼を安定して受けられれば、一依頼あたり金貨三枚から四枚、それを山分けしても一人あたり一枚以上にはなる。回転数が上がれば月に複数回こなせる。


 貸し倒れリスクと、回収可能性を天秤にかけた場合――


 「追加で金貨三枚を貸す」


 ルークが顔を上げた。


 「既存の返済と合わせて、新たな契約を結び直す。貸付総額は金貨五枚と銀貨四枚。それに新規分の利息二割を加えた金額を、六十日以内に返済しろ」

 「で、でも……返せるかどうか……」

 「お前が判断することだと言った。ただし、条件を追加する」


 俺はルークをまっすぐ見た。


 「三人パーティを、三十日以内に組め」


 ルークが目を丸くした。


 「パーティを組んで、依頼の効率を上げる。それが返済の現実的な道筋だ。俺はお前の事業計画に投資する。だが漫然と一人で依頼を受け続けるなら、貸さない」

 「……事業計画」

 「金を貸すとき、俺は相手が返せるかどうかを考える。感情じゃない。数字と可能性だ。お前には可能性がある。ただし、今のままでは効率が悪すぎる」


 ルークはしばらく俺の顔を見ていた。


 怖い顔だとはわかっている。自分でも鏡を見るたびそう思う。目つきが鋭く、口元が固く、表情がほとんど動かない。初対面の人間が怯むのは毎度のことだ。


 それでもルークは、視線を逸らさなかった。


 「……三人目を探します」

 「ああ」

 「謝礼を払うCランクの人って、強いですか」


 俺は少し眉を上げた。


 「なぜ俺に聞く」

 「もし、その人がパーティに加わってくれるなら、一気にDランク以上の依頼を受けられると思って。金貨三枚の謝礼を払う代わりに、パーティに誘うっていう交渉ができないかなって……」


 俺は少しだけ、ほんの少しだけ、口元を動かした。笑ったわけじゃない。ただ、悪くない、と思ったのは確かだった。


 「それはお前が判断することだ」

 「はい」

 「ただし、交渉する前に契約を結び直す。謝礼の金も今日渡す。使い道はお前が決めろ。俺は口を出さない」

 「……わかりました」


 俺は書類を出した。前回より少し丁寧に作った契約書だ。貸付金額、返済期日、利息、および今回追加した条項――三十日以内のパーティ結成を条件とする、という一文――を書き込んで、ルークに差し出した。


 「読め。サインする前に、必ず全部読め」


 ルークは時間をかけて、一行ずつ読んだ。途中で一度、顔を上げて「この条項は、守れなかったらどうなりますか」と聞いた。


 「遅延損害金が発生する。遅れている間、利率が三割に上がる」

 「……わかりました」


 ルークはサインした。俺もサインした。


 それから俺は、金貨三枚をルークの手に渡した。前回と同じ、冷たい金属の感触。ルークの手は、今度は震えなかった。


 ルークが帰ったあと、俺は一人で数字を確認した。


 残った手元の金は、銀貨八枚。


 ほぼ全額を貸し出した形だ。生活費の余裕はほとんどない。マーサの宿代は来週払いが来るし、食事代も考えると、あと二週間が限界だ。


 綱渡りだった。


 だが、経営というのはいつもそういうものだ。加藤さんがよく言っていた。


「最初の一年は死ぬ気でやれ。体力があるうちに顧客をつかめ。そこを越えたら、あとは雪だるまだ」


 加藤さんは闇金の上司にしては珍しく、理屈で仕事をする人間だった。暴力を使わない、脅さない、ただし取り立ては徹底する。そのスタイルを俺はそのまま引き継いでいる。


 俺はルークの契約書を眺めながら、もう一つのことを考えていた。


 あのCランクの冒険者だ。


 名前はまだ聞いていない。だが、ルークの話では、ゴブリンに囲まれた新人二人を助けに入れる判断力と実力がある。しかも謝礼の交渉もできる。つまり、腕があって、金銭感覚もある人間だ。


 そういう人間は、いずれ金が必要になったとき、きちんと計算して借りに来る。


 顧客候補だ、と俺は思った。


 感情ではない。数字と可能性の話だ。


 俺は契約書を畳んで、引き出しの鍵のかかる木箱に入れた。


 窓の外では、夕暮れの街に明かりが灯り始めていた。どこかの露店で肉を焼く匂いがしてくる。子供が走り回る声がする。馬の蹄の音がする。


 異世界の夕方というのは、妙に静かで、妙に騒がしい。


 薫は今、何をしているだろう。


 その考えは、いつも一瞬で頭をよぎって、それ以上は考えないようにしていた。考えても仕方のないことを引きずるのは、仕事の邪魔になる。


 ただ。


 なんとかする。必ず。


 それだけは、揺らがない。


 俺は立ち上がって、明日の広告文を考え始めた。ギルド掲示板の紙がそろそろ日焼けして見づらくなってきているから、新しいものに替える必要がある。


 今度はもう少し大きな字で書こう。


 急ぎの金、貸します。


 それだけでいい。余計なことは書かない。


 必要な人間には、それだけで伝わる。

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