第6話:年下騎士(攻略対象)との「温度差」遭遇
聖霊庁の訓練場には、むせ返るような男たちの熱気と、鉄がぶつかり合う硬質な音が渦巻いていた。
サトウ・ミナトは、訓練場を一望できる日陰の特等席に、自ら「最適化」を施した折り畳み椅子を持ち込み、そこにどっかりと腰を下ろしていた。彼女の片手には、冷やした果実水。もう片方の手には、第5話の事務改革で浮いた時間を使って自作した「騎士団行動分析シート」が握られている。
「……あー、暑苦しい。見てるだけでこっちの体温が2度くらい上がりそうだわ。なんで若さってのは、ああも無駄にエネルギーを放電したがるのかしらね」
ミナトは、喉の奥を鳴らしながら、半分閉じた目で訓練の様子を眺めた。彼女にとって、この光景は「勇ましく国を護る騎士たちの姿」ではなく、ただの「燃費の悪いエンジンが空吹かしを繰り返している非効率な現場」にしか見えなかった。
「ミナト様! 見ていただけましたか、今の私の連撃を!」
訓練の合間、1人の若者がミナトの元へ駆け寄ってきた。近衛騎士団の期待の若手、アルフレッド。キラキラとした金髪を汗で濡らし、子犬のような純粋な瞳でミナトを見つめる彼は、事務改革を成し遂げたミナトを「停滞した国を救う、叡智の化身」だと盲信している、いわゆる攻略対象の筆頭だった。
だが、ミナトの反応は、真夏の氷水よりも冷ややかだった。
「……アルフレッド。今の動き、無駄が多すぎ。正直、見てて疲れるわ」
「えっ……無駄、ですか? 私、これでも騎士団の中では最速を誇っているのですが……」
ミナトは、手に持っていた分析シートを無造作に指先で弾いた。そこには、アルフレッドの動きを現代的な力学と「生活の知恵」に基づいて分析した数値が並んでいる。
「いい? 3撃目の踏み込みが不必要に深すぎるのよ。相手を倒すという『目的』に対して、消費しているカロリーと時間が釣り合ってないわ。それから、その後の『正義の名において!』っていう叫び。肺活量の無駄使い。その呼吸を次の防御に回せば、生存率はあと4パーセント上がるわね。……っていうか、叫んでる暇があったら、もっと鼻呼吸を意識しなさいよ。酸素効率考えなさい」
「……せ、生存率? 酸素効率? ですが、騎士たるもの、誇りと共に戦うのが……」
「誇りで魔物が死ぬの? 死なないでしょ。死ぬのはあんたよ。……あー、もう、若いっていいわね。そんな精神論でお腹が膨れて。私なんか、いかに省エネで夕飯まで体力を温存するかしか考えてないっていうのに」
ミナトは、アルフレッドの理想論を「業務上のノイズ」として一蹴した。彼女にとって、この世界の「騎士道」や「忠誠」といった概念は、システムの動作を無駄に重くするだけの、不要なバックグラウンド・アプリに過ぎない。
(……この世界の人間は、物事を『物語』として捉えすぎるのよ。だが、現実は因果とリソースの食い合いだわ。効率を最大化し、リスクを最小化する。それこそが、私がこの不便な世界で『平穏な隠居生活』を勝ち取るための唯一の手段なんだから)
思考の暴走は止まらない。ミナトの脳内では、騎士団の装備の重量配分から、給食の配膳動線、さらには訓練後の風呂の順番に至るまで、ありとあらゆる「非効率」が、修正すべきエラーコードとして赤く点滅している。
「アルフレッド、明日までにその剣筋の『無駄排除』リストを作っておくわ。私の指示通りに動きなさい。そうすれば、訓練時間は今の3分の2に短縮できる。……あ、それと。そのキラキラした視線。……私の集中力を削ぐノイズになるから、30パーセントほど抑えてもらえると助かるわ」
「……30パーセント……。ミナト様、あなたは一体……」
アルフレッドは困惑し、しかし同時に、自分たちの理解を超えた「圧倒的な正解」を突きつけてくるこの少女に、さらなる畏怖と、名状しがたい胸の高鳴り――ミナトからすれば「最も不要なバグ」――を募らせていく。
ミナトは、再び椅子の背もたれに体を預けた。彼女の「生活最適化」は、おっさん女子特有のリアリズムを帯びて、このキラキラしたファンタジーの世界を、無機質で合理的な「現場」へと作り替えていく。
「……さて、次はあの騎士団の兵站の無駄を削りましょうか。食料の配分が感情論で決まってるのは、見ていて非常に不愉快だわ……」
ミナトの独り言は、アルフレッドの熱い視線を完全にスルーし、夕暮れ時の訓練場に冷たく響いた。彼女の目指す「楽園」への道は、皮肉にも、周囲を「有能な機械」へと変貌させる、最強の軍師としての第一歩でもあったのだ。




