通りすがりの異世界人、最初の遭遇
「きゃぁーーーーっ!!」
その悲鳴は、明らかに恐怖と助けを求める響きを帯びていた。
『何だ!?』
俺は咄嗟に身を低くし、声のした茂みへと慎重に近づいていった。葉の隙間からそっと中を覗くと、そこには、まさに今、事件が起ころうとしている現場が広がっていた。
豪華な装飾が施された一台の馬車が道の真ん中で止められ、その周囲で激しい剣戟が繰り広げられている。数名の屈強な護衛たちが、明らかにそれ以上の数の、風貌からして堅気ではない者たち――おそらく盗賊だろう――に囲まれ、必死に応戦していた。しかし、多勢に無勢。既に数名の護衛が地面に倒れ、血を流している。
その護衛たちの中でも、ひときわ目を引く一人の騎士がいた。長く美しい金髪を後ろで一つに束ねたいわゆるポニーテールの髪型。軽装ではあるが、体の線を美しく見せる金属鎧を身に着け、その裾はスカートのように広がっている。小手とブーツを装備し、手にしたロングソードを巧みに操り、襲い来る男たちを一人で圧倒していた。
彼女は隊長なのだろう、時折、他の護衛たちに鋭い指示を飛ばしている。
『強いな、あの人…』
ここでふと思い、俺はそこにいる者たちを〈無限図書館〉に鑑定させてみた。
《鑑定中…》
《護衛対象者(複数)をスキャン…完了。平均レベル:5。平均HP:15。》
《攻撃対象者(複数)をスキャン…完了。平均レベル:8。最大HP:20。》
『…え? 低すぎないか?』
護衛も盗賊も、レベルは10に満たず、HPに至っては20前後。俺が【神の試練】で戦ってきた魔物たちとは比較にすらならない。やはり、〈無限図書館〉が言う通り、俺の強さはこの世界ではあまりにも異質すぎるようだ。
次に、あの金髪の女性騎士を鑑定する。
名前: コーディリア・セレスティア
種族: ヒューマン
職業: 騎士
役職: 王国近衛
レベル: 10
HP: 35/50
MP: 10/10
『レベル10! 他の者たちより頭一つ抜けている。それでもHPは50か…もう手傷を負っているな』
彼女の強さを補うように、盗賊たちはやはり数で押していた。
「卑怯だぞ!貴様ら! 皆の者、耐えよ! まもなくすれば仲間が駆け付けるはずです!」
コーディリアはそう叫びながら、襲い来る男たちを何とかいなしていた。
『ん!? 王国近衛!? ということは、馬車の中から不安そうに外を涙目で見ている、あのか弱い雰囲気の女の子は…お姫様か何かか?』
俺がそう考えていると、私の相棒がすかさず情報をくれた。
《―――ハイ。解析の結果、馬車内の人物は、この近隣の自由都市リューンを領有するアストレア王国の王女、アストリアン家皇女ライラ・アストリアンです。》
「………」
『これは幸運なのか、それとも不幸吸引システムの後遺症なのか…いきなり王族案件とか、面倒事の匂いしかしないぞ』
俺がそうこう考えて茂みから見ていると、明らかに親分らしき、一際体格のいい男が現れた。
「はっはっはっ! おぬしらに個人的な恨みは無いが、お主らに生きていられると困るお方がいらっしゃるのだ。ここで死んでもらうぞ!」
『何だろう……典型的な三流悪役のセリフだ…』
俺は〈無限図書館〉に、その親分を鑑定させる。
名前: ゴラン
種族: ヒューマン
職業: 盗賊
レベル: 15
HP: 55/55
MP: 15/15
『おっと。女性騎士様よりお強い。このままでは彼女はやられてしまうな。しかし、ここで助けに入れば、間違いなく王族と関わり合いになる。それは面倒くさい。どうするか…。』
俺がそう逡巡している間に、戦況は一気に悪化した。コーディリアが奮戦していた護衛の最後の一人が、ついに力尽きて倒れたのだ。
盗賊の親分、ゴランが下卑た笑みを浮かべて命じる。
「一人でかかるな!複数で同時に襲うんだ!さっさと終わらせろ!」
卑怯なことを平然と言うが、多対一において、それは最も効率的な戦い方だ。
数人の盗賊が同時にコーディリアに斬りかかる。彼女は必死で剣を振るうが、不意を突かれ、一人の男の蹴りで体勢を崩したところを、別の数人の剣がその身を切り裂いた。
「ぐっ…ぁ…!」
コーディリアは短い悲鳴を上げ、その場に崩れ落ちる。
ゴランは息もつかせぬまま馬車の扉を乱暴に開け、怯えるライラ姫を引きずり出すと、その胸を無造作に剣で貫いた。
「はっはっはっ! 金目の物は全て剥ぎ取ってずらかるぞ!」
ゴランは高笑いし、他の者たちに指示を出す。
その光景を見ていて、俺は、少しだけ不愉快に感じた。目の前で、抵抗できないか弱い者が、理不尽に命を奪われた。前世の自分と、どこか重なって見えたのかもしれない。
『…まあ、見過ごすのも後味が悪い。それに、王国の連中は誰も見ていない。やるなら今か』
俺はそう判断し、静かに茂みから出た。
まずは、一番近くで倒れた護衛から金目の物を剥ぎ取ろうとしていた男の背後に音もなく忍び寄り、羽交い絞めにし、その手から剣を奪う。
「なっ!?」
驚く男を、俺は殺さない程度に、しかし行動不能になるように、剣の柄で首筋を強かに打ち据える。
《マスター、その対象の頸椎を的確に打てば、命に別状なく意識を断てます》
〈無限図書館〉の助言通りに実行すると、男は声もなくその場に崩れ落ちた。
「誰だ?貴様!」
その物音に気づいた他の盗賊が、こちらを向いて叫ぶ。数人が俺に斬りかかってきた。
敏捷(DEX):Sのおかげか、盗賊たちの動きは、まるでスローモーションかのように遅く見える。俺は難なくその剣を避け、峰打ちで的確に急所を打ち、一人、また一人と無力化していく。
ゴランは、自分の手下たちが赤子の手をひねるように倒されていくのを呆然と見ていたが、ようやく俺のことを認識し、典型的な悪役さんのセリフを吐いた。
「な、何者だ!貴様!」
「通りすがりの、異世界人です!」
俺はそう言い放ち、ゴランを残して最後の盗賊を片付けた。
ゴランは俺の常人離れした身のこなしを見て完全に恐怖し、到底敵わないと悟ったのか、その場にへたり込んで尻もちをついた。
「な、な、何なんだ!貴様は!化け物か!」
半べそをかきながら、手に持っている剣をかろうじて俺に向け、震える声で問いかける。
俺はその剣をこともなげに足で弾き飛ばし、ゴランの喉元に、先ほど奪った剣の切っ先を突きつけた。
「言ったろ。通りすがりの、異世界人だと」




