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ファンタジーの洗礼

自分の体の調子やステータスを確認していると、そう遠くない場所から、短い叫び声が聞こえた。生々しい、苦痛に満ちた声だ。

(今の声は…?)

慎重に音を立てないよう、声がした方向へと向かう。茂みの影からそっと覗き込むと、そこには信じられない光景が広がっていた。


緑色の肌をした小柄な生き物が三匹。腰にボロ布を巻き付けただけの醜悪な姿で、何かを囲み、クチャクチャと卑しい咀嚼音を立てている。よく見ると、それは…成人男性と思しき亡骸だった。腹部が大きく裂かれ、奴らはその内臓や肉を貪り食らっていたのだ。おそらく、先ほどの叫び声はこの男性のものだろう。


そのうちの一匹が、警戒するようにあたりを見回す。低い額、豚のような鼻、尖った耳、そして憎しみに満ちた目。俺の記憶にある姿と完全に一致した。

(ゴブリン…!)

流石は異世界ファンタジー! 本当にゴブリンのような魔物が存在する世界なのか! 不謹慎にも、ほんの少し胸が躍った。しかし、すぐに我に返る。もし前の人生の俺なら、このおぞましい光景とゴブリンの姿に腰を抜かし、まともに動けなかっただろう。だが今の俺は冷静に状況を観察している。これも願った「不屈の精神」のおかげか、と妙なところで感心してしまった。


しかし、どうしたものか。奴らは明らかに人間を襲い、捕食している。危険な存在だ。そう考えていると、風向きが変わったのか、ゴブリンが発するであろう生臭く不快な異臭が鼻をついた。思わず口元を覆う。その時、手が不用意に茂みの葉に触れ、カサリ、と音を立ててしまった。


(マズイ!)


ゴブリンたちの動きが止まる。三対の濁った目が、一斉にこちらを向いた。ギャ、ギャ、と何か短い言葉を交わし、時折こちらを指さしている。完全に存在がバレた。しかも、奴らは俺を新たな獲物、あるいは食事の邪魔者として認識したようだ。


このまま隠れていても状況は悪くなるだけだと判断し、警戒しながらゆっくりと茂みから姿を現す。

ゴブリンたちは、食事を中断されたことに苛立っている様子で、口元の血を汚れた手で拭い、涎を垂らしながら威嚇するように唸り声を上げる。まるで、「お前も食ってやる」と言わんばかりだ。


一匹は錆びて刃こぼれしたナイフ。もう一匹は木の根か何かを加工したような、歪なこん棒。最後の一匹は、先ほどまで貪っていた男性のものだろうか、比較的まともな剣を手にしていた。


(分が悪い…)


俺には格闘技の心得も、武器を扱った経験もない。前世では病弱で、まともな運動すらしたことがなかったのだから当然だ。自然と体が強張り、警戒態勢をとる。ゴブリンたちは、じりじりと間合いを詰めてくる。


その瞬間、ナイフを持ったゴブリンが奇声を発し、飛びかかってきた!

咄嗟の動きに驚き、体が竦みそうになる。だが、次の瞬間、奇妙な感覚に襲われた。


(…遅い!)


ゴブリンの動きが、まるでスローモーションのように見える。振り上げられたナイフの軌道、踏み込む足の動き、歪んだ顔の表情まで、全てがゆっくりと認識できた。これもステータスALL-Sの恩恵か? 考えるよりも先に、体が勝手に動いていた。


飛び込んできたゴブリンの、ナイフを振りかぶった腕を潜り抜けざまに掴み、その勢いを利用して体勢を崩させる。がら空きになった喉元へ、ゴブリン自身が持っていたナイフを深々と突き立てた!


「ギャッ!?」


しかし、ゴブリンは喉を貫かれても即死せず、なおも暴れようとする。しぶとい! ふと、前世で読んだ物語の知識が頭をよぎる。ゴブリンの生命力、急所…。

(息の根を…!)

ナイフをさらに奥まで捻じ込み、ぐり、と抉る。同時に空いた手でゴブリンの頭部を掴み、首を捻り上げるようにして力を込めた。ゴキリ、と嫌な音が響き、ゴブリンの動きが完全に止まる。手には、まだ温かい血と、骨の砕ける感触。初めての殺生。その感触は、形容しがたいほど気持ち悪かった。


だが、感傷に浸る暇はなかった。仲間が殺されたのを見て逆上したのか、剣を持ったゴブリンが雄叫びを上げて襲い掛かってくる。俺は咄嗟にゴブリンが持っていたナイフを投げ捨て、剣を持つゴブリンの腕を掴むと、柔道の技など知らないはずなのに、体が自然と動き、まるで一本背負いのように相手を地面に叩きつけていた。衝撃でゴブリンが剣を手放す。その手を捻り上げ、自由を奪うと同時に、落ちた剣を拾い上げる。そして、躊躇なく地面に押さえつけたゴブリンの喉元を突き刺し、息の根を止めた。


残るは一体。こん棒を持ったゴブリンは、仲間二匹があっという間に殺されたのを見て完全に戦意を喪失したようだった。恐怖に顔を引きつらせ、背中を向けて一目散に逃げ出した。


(まずい、仲間を呼ばれたら厄介だ!)


咄嗟にそう判断し、手にしたばかりの剣を、逃げるゴブリンの背中に向けて力任せに投げつけた。ALL-Sの筋力から放たれた剣は、正確にゴブリンの背中を貫き、地面に縫い付ける。ゴブリンは断末魔の叫びを上げようとしたが、俺は素早く駆け寄り、その口を強引に押さえつけ、完全に絶命するのを確認した。


「はぁ……はぁ……」


三匹のゴブリンを仕留め、ようやく息をつく。辺りには血と臓物の匂いが立ち込めている。

ふと我に返り、自分が今しがた行ったことに驚愕した。人を殺したわけではない。相手は明らかに人間を捕食する危険な魔物だ。それでも、見た目は人に近い存在の命を、躊躇なく三つも奪ったのだ。その感触も、まだ手に残っている。


だが、不思議と吐き気や恐怖は感じていなかった。心が妙に落ち着いている。これも「不屈の精神」の恩恵なのだろうか。それとも、ALL-Sのステータスが精神にも影響を与えているのか…?


ともかく、この世界が、知識として知っていたファンタジーの世界と同じように、あるいはそれ以上に危険な場所であることを、身をもって実感した。


俺はゴブリンに突き刺さったままの剣を回収し、柄についた血を軽く拭う。そして、最初に犠牲になったであろう男性に近づいた。すでに完全に事切れており、その顔には激しい苦痛と恐怖がありありと刻まれていた。

そっと、その瞼に手を伸ばし、閉じてあげることしかできなかった。


「安らかに…」


小さく呟き、俺はその場を後にすることにした。まずは、安全な場所を見つけなければ。そして、この剣以外の、何か身を守る手段も。

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