終焉の座の混沌龍、絶望への序章
朱雀との死闘を終え、俺は新たな力〈無限図書館〉と、不吉な響きを持つ〈終焉の鍵〉を手にしていた。神獣たちの試練はこれで終わりを告げた。だが、この鍵が示す「終焉の座」とは、一体何を意味するのか。言いようのないプレッシャーが、俺の心を重くする。
それでも、進むしかない。俺は朱雀が最後に残した深紅の羽根を無限インベントリにしまい、固く〈終焉の鍵〉を握りしめた。
目の前には、朱雀の神域の最奥に静かに佇む、これまで見たこともない巨大な漆黒の巨門があった。〈終焉の鍵〉が、その門の中央にある鍵穴と微かに共鳴しているのを感じる。
俺は意を決し、鍵を差し込んだ。
カチリ、という音と同時に、鍵が吸い込まれるように回りきる。ゴゴゴゴゴ…という地鳴りとは異なる、空間そのものが歪むような異音と共に、星々が瞬く扉が静かに、しかし確実に内側へと開いていく。
一歩足を踏み入れると、背後の扉は音もなく閉ざされ、そして瞬く間に霧散して消えた。退路はない。
そこは、言葉を失うほどの異様な空間だった。壁も天井も存在しない。足元には確かに黒曜石のような硬質な地面の感触があるが、見渡す限り、地平線も水平線も見えない、永遠とも思えるほどの虚無の空間が広がっている。ただ、遠くにかすかな星雲のようなものが幾重にも重なり合い、ゆっくりと揺らめいているのが見えるだけだ。まるで、宇宙の創造と終焉の狭間に迷い込んだかのようだ。
(ここは…どこなんだ…? これまでの遺跡とは全く違う…)
俺が呆然としていると、頭の中に直接、無限図書館の声が響いた。
《解析終了。ここは異空間です。何者かの絶大な力により創造・維持されている固有結界、あるいは神造次元と推測されます。領域の境界を確認しましたが、観測可能な範囲では無限の広さを有しております。この空間を単独で構築・維持できる存在は、既知の魔力体系を超越した、異次元の力を保持している可能性が極めて高いと判断されます。》
(異次元の力…この空間の主は、それほどの存在だというのか…)
無限図書館の解析結果に、背筋が凍る思いがした。それでも、俺は進むしかない。
手探りではあるが、星雲が揺らめく方向へと、一歩、また一歩と足を進める。虚無の中を歩くという奇妙な感覚。自分の足音だけが、妙に大きく反響する。
数分、あるいは数十分歩き続けたのだろうか。時間の感覚すら曖昧になるような空間で、突如として、これまで経験したことのない、魂の根源を揺さぶるような凄まじいまでの威圧感が俺の全身を襲った。
(この気配…間違いない、この空間の主だ!)
それは、神気と呼ぶにはあまりにも禍々しく、しかし同時に宇宙の根源を思わせるような、神々しいまでの気配。その気配の中心、虚空からゆっくりと、まるで世界の法則を書き換えるように、巨大な影が姿を現した。その出現と共に、空間の奥底からゴゴゴゴ…という地鳴りとも、星々の軋みともつかない、重く低い音が響き渡り、足元の虚無の地面が微かに振動した。
その体躯は山脈のように雄大で、鱗は磨き上げられた黒曜石のように鈍く輝き、所々がまるで虚無の亀裂のように空間そのものを歪ませている。翼は存在しないかのように見えるが、その背からは混沌とした七色のオーラが、不定形な翼のように絶えず噴き出し、周囲の空間を侵食している。そして、その頭部。天を歪めるかのような二対の巨大な角、その間には第三の眼とも言うべき紅い宝玉が埋め込まれ、不気味な光を放っている。そして、その瞳…瞳と呼べるものはなく、ただ全てを吸り込み、全てを無に帰すかのような、深淵の闇そのものが二つ、そこにあった。
無限図書館が、即座にその存在を解析し、俺に情報を叩きつけてくる。その声には、初めて焦りのようなものが混じっていた。
名称: 〈大龍・混沌龍(Chaos Dragon)〉
分類: 龍族神性存在(★★★★★★★)
HP: ??? / ???
MP: ??? / ???
属性: 混沌/竜脈/虚空
弱点: 聖属性攻撃(虚無の結界を断ち切る)、想像力スキル(存在概念を揺らす)、封印術(神性を拘束し、再生を封じる) 行動特性: 混沌吐息、原初震撼、龍魂顕現
備考: 宇宙的規模の破壊と創造を司る、原初の龍の一柱。その存在自体が世界の法則を歪める。
(七つ星…!? しかも、またHP計測不能かよ! 備考が…宇宙的規模の破壊と創造!?冗談じゃないぞ!)
大龍・混沌龍、カオスドラゴン。その名と存在そのものが、絶望を告げているかのようだ。
カオスドラゴンは、その虚無の瞳を俺に向けたまま、動かない。だが、そのプレッシャーだけで、俺の呼吸は浅くなり、心臓が嫌な音を立てて早鐘を打つ。
《推奨行動:先制攻撃。対象の行動パターンは未知数。聖属性を有する〈エクスカリバー〉による初撃を推奨します》
(分かってる!)
俺は〈エクスカリバー〉を抜き放ち、その聖なる輝きを最大にする!
「いくぞ、カオスドラゴン!」
先手を取ったのは俺だ! 地面を蹴り、一直線にカオスドラゴンの懐へと飛び込む!
だが、カオスドラゴンは微動だにしない。その巨大な顎がゆっくりと開き、そこから黒紫色の霧――「混沌吐息」が、まるで生きているかのようにうねりながら、淡い光を放ちつつ、触れた虚無の地面をジュウジュウと溶かしながら俺に向かって噴き出された!
(まずい!)
俺は咄嗟にエクスカリバーで霧を薙ぎ払おうとするが、霧は実体がないかのように剣をすり抜け、俺の全身を包み込む。
《警告:マスターの全属性耐性がランダムに変動中。現在の火耐性、著しく低下。氷耐性、一時的に上昇。次の変動まで予測不能。聖属性への親和性も不安定化しています》
「なっ…!?」
属性耐性がめちゃくちゃになるだと!? これでは弱点を突くどころか、こちらの弱点すら固定できない!
混乱する俺を嘲笑うかのように、カオスドラゴンはその巨大な前足を振り上げた。そして、振り下ろす!
「原初震撼!」
ズドオオオオオオオオオオン!!!
地面全体が、まるで終末の日のように激しく揺れ動き、足元から無数の巨大な岩の槍が突き上げてくる! それはただの岩ではない。虚無のエネルギーを黒紫のオーラとして纏い、空間の断片を砕きながら、触れただけで存在が希薄になりそうだ。
「うわあああああっ!」
俺はSランクの敏捷性を活かして辛うじて岩槍の森を駆け抜けるが、いくつかの槍が鎧を掠め、衝撃で吹き飛ばされる。
HP: 9500/12600 | MP: 8100/8400 | 状態: 属性耐性混乱、軽度の虚無浸食
(くそっ、いきなり大ダメージか! 耐性が変わってるせいで、思った以上に食らう! 虚無浸食ってなんだ!?)
《虚無浸食:HP及びMPが微量ずつ継続的に減少します。聖属性の浄化、あるいは高位の回復魔法が必要です》
無限図書館が冷静に、しかし緊急性を帯びた声で告げる。
体勢を立て直した俺に、カオスドラゴンは再びカオスブレスを吐きかけてくる。
《火耐性、さらに低下。雷耐性、大幅上昇。水耐性、マイナスに転化。虚無浸食、進行中》
(水耐性がマイナス!?冗談じゃない! しかも虚無浸食まで!)
俺は「イマジネーション」で、自身の周囲に絶対的な聖属性のバリアを展開するイメージを描く! カオスブレスの霧が聖なるバリアに触れた瞬間、霧の一部が霧散するが、バリア自体も激しく魔力を消耗していく。
(聖属性なら、この霧を中和できるか…!?)
俺はエクスカリバーの「聖光爆裂斬」を放つ! 聖なる光の奔流がカオスブレスの霧を切り裂き、カオスドラゴンの巨体に直撃する!
「グオ…?」
カオスドラゴンが、初めてその虚無の瞳にわずかな揺らぎを見せた。その咆哮は、まるで万物を呑み込む闇の叫びだった。聖属性は確実に効いている!
しかし、カオスブレスの影響で俺の属性耐性は常に変動し続けている。今度は氷耐性が大幅に低下した瞬間、カオスドラゴンはまるでそれを見計らったかのように、周囲の空間から絶対零度の氷塊を無数に生成し、俺目掛けて射出してきた!
「インフェルノ!」
俺は咄嗟に広範囲火炎魔法で氷塊を迎撃するが、火耐性が低下しているため、爆風と熱波で俺自身もダメージを受ける!
(自分の魔法でダメージを食らうなんて…!)
カオスブレスによる属性シャッフルは、こちらの戦術をことごとく裏目に出させる。無限図書館からの戦術提言も、「最適行動が常に変動するため、具体的な指示は困難。ただし、聖属性攻撃は安定して有効な模様。虚無浸食の治療を優先してください」と、歯切れが悪い。
「セレスティア・グレイス!」
俺は現状で最強の回復魔法を自身にかける。神聖な光が全身を包み、虚無浸食と火傷、打撲が癒えていく。MPが一気に半分近くまで減ったが、今はやむを得ない。
(聖属性が効くなら、それに賭けるしかない! そして、イマジネーションでこの混沌を乗り越える!)
俺はカオスドラゴンが再び「原初震撼」で大地を揺るがすのに合わせ、あえてその衝撃に乗って宙を舞い、落下の勢いを利用してエクスカリバーを叩きつける! カオスブレスで変動する耐性に対応するため、攻撃の瞬間だけ「イマジネーション」でエクスカリバーに「万物貫通」と「絶対聖域」のイメージを付与する!
ガギィィィン!!
凄まじい手応え! カオスドラゴンの黒曜石のような鱗に、初めて明確な亀裂が入った!
「グオオオオオオオオオオオオオオッ!!」
カオスドラゴンが、明確な怒りの咆哮を上げた。その虚無の瞳が、俺を憎悪の色で捉える。
(やった…! 通じた!)
だが、次の瞬間、俺の体は凄まじい力で地面に叩きつけられていた。カオスドラゴンの、オーラで形成された見えざる尾の一撃だった。視界が明滅し、意識が飛びかける。
HP: 2800/12600 | MP: 3500/8400 | 状態: 重傷、全属性耐性低下、激しい消耗、虚無浸食(再発)
(ここまでなのか…? 全ての力を注いでも、まだ奴はHPが半分も減っていないように見える…いや、そもそもHPが見えない。こいつは、本当に…規格外だ)
朦朧とする意識の中、カオスドラゴンがその巨大な顎をゆっくりと開き、終焉を告げるかのように、これまでとは比較にならないほどの混沌のエネルギーを凝縮させ始めたのが見えた。そのエネルギーは、黒と紫、そして深紅の光が渦巻き、見るだけで魂が吸い取られそうなほどの邪悪さと破壊の力を秘めている。
《警告! 高エネルギー反応検知! マスターの現HPでは直撃すれば即死の可能性があります! 回避は極めて困難、最大級の防御行動を推奨!》
無限図書館の警告が、無慈悲なまでに響く。
(終焉…? ふざけるな! この力…「想像力の申し子」は、ただの飾りじゃないはずだ! 俺が思い描けば、運命すらも…! 諦めるな、考えろ、何か、何かこの絶望を覆す一手があるはずだ!)
思考が焦燥に駆られる中、カオスドラゴンの巨大な顎が開き、凝縮された混沌のエネルギーが、世界そのものを終わらせるかのような破滅的な輝きを放ち始めた。それは、あまりにも強大で、あまりにも絶望的な一撃。
無限図書館の警告すら、もう頭に入ってこない。ただ、目の前に迫る圧倒的な「無」の奔流。
(くそったれが…!)
最後の瞬間、俺は意識の全てを右腕の〈エクスカリバー〉に、そして「想像力の申し子」のスキルに叩きつけるように集中した。具体的な策はない。だが、ただ無様に喰われるわけにはいかない――!




