無限図書館の目覚め、そして終焉への旅路
「終焉の鍵…」
これで、四神の試練は終わった。そして、この鍵が示す「終焉の座」とは一体何なのか。
俺は立ち上がり、深紅の羽根――朱雀が最後に残したであろう一片をそっと拾い上げた。それは不思議な温もりを宿していた。
(ありがとう、朱雀…お前との戦いで、俺はまた一つ、何かを掴めた気がする)
俺は羽根をインベントリにしまおうと指先でそっとつまみ上げた。その瞬間、羽根からじんわりと温かい熱が伝わり、まるで生きているかのように微かに脈打った気がした。そして、無限インベントリに収めた途端、予期せぬ出来事が起こった。
《識別開始――対象:神獣・朱雀の深紅の羽根》
《解析中……》
《固有魔力反応検出。神気レベル:極高。神獣認定:朱雀》
──ピィィィ……という、どこか物悲しくも神聖な、かすかな鳥の鳴き声が、記憶の彼方からよみがえるかのように空間に響く。
《識別結果通知》
項目:神獣・朱雀の深紅の羽根
分類:神具 / 魔導素材 / 記憶触媒
「この羽根は、神鳥朱雀が『絶望』に焼かれながらも残した、最後の魂の残滓である。炎の中から生まれ、浄化の力を持ち、神域と現世の狭間を繋ぐ鍵でもある。」
備考:
「朱雀の記憶は“希望の炎”と呼ばれ、失意の深淵に立つ者にしか共鳴しない。希望を忘れた者には、この羽根はただの灰に見えるだろう。」
《音声通知完了。〈終焉の鍵〉も識別鑑定を行いますか?》
突然響いた、どこからともしれない声に俺は心底驚いた。
(なんだ今の声は!?)
すると、その驚きに呼応するように、以前から俺を導いてきた「あの声」が、雑音交じりで聞こえてきた。
「…あ……あー…い…ます…か……? その声は、『無限図書館』の機能、音声通知です。様々な事象や物事に対し、分析・鑑定を行い、マスターである貴方に――」
「……に、リアルタイムで……プツッ……支援を……ザ…ッ……てい……*ガ…ッ……*ます……」
声は、最初のほうは良く聞こえていたが、最後のほうはノイズがひどく、聞き取れなかった。
俺は心の中で「聞こえているか?」と呟いてみた。しかし、いつもの「あの声」ならば感じ取れるはずの応答は、今は全くない。
(どうしたんだ…? 何かあったのか?)
だが、先ほどの声が「無限図書館」の機能だと知ったことには感心した。鑑定スキルの上位版らしいが、まさか音声まで備わっているとは。
ならばと思い、俺は「無限図書館」に向けて心の中で問いかけてみた。
(なぁ、「無限図書館」。先ほどの「あの声」、最後のほうがノイズが入り聞こえづらく、今に至っては応答すらない。何か起きているのか?)
すると、即座に《解析中・鑑定中……》という声が聞こえ始める。
《……解析不能。恐らく「あの声」なるものは神の領域の者であり、こちらからの干渉は受け付けられない。状況判断によると、何かの事象に阻まれたのか通信が断絶されたと思われます。ただし、対象の残留思念波形に微弱ながらも強い指向性と、マスターの魂への親和性が検出されました。何らかの強い意志が介在している可能性は否定できません。ただ、マスターの魂とスキル「囁きの回廊」には何かの繋がりのような物は感じ取れます。》
返ってきた返答に、俺は愕然とした。やはり、「あの声」に何かあったのだ。通信が断絶されたということは、しばらくはあの声の直接的な助けは無いということだろう。しかし、繋がりが完全に切れたわけではない、という点には安堵した。
(でも、この「無限図書館」…かなり便利だ!)
もと居た世界の「グー〇ル先生」に音声機能とリアルタイム解析、さらに鑑定まで付いたようなものだ。凄い助かる。
「あの声」に対してもまたどこかで繋がりが出来るだろう、そう感じながら、俺は朱雀を倒した後、広間の奥に現れた延々と下へ延びる階段に次の目的地へと足を運ぶことにした。
階段を降りながら、ふと疑問に思った。
(しかし、地上から永遠と下に潜り続けているけども、このダンジョンは一体どのくらい地下へもぐっているのだろう? 地面から何キロメートルも下とか、そんなことになっているのか?)
そう感じていると、即座に「無限図書館」からの回答があった。
《解析中……》
《このダンジョンは異次元に構成されており、内部空間が現実世界の地理と一致しないため、実質は地表より数メートルも潜ってはおりません。》
「へぇ~」と、納得しながら、俺は以前の世界で有名なあの「猫型ロボット」が持っていた「四次元ポケット」を想像していた。すると、無限図書館は俺の思考を読み取ったかのように、さらに返答を寄越した。
《マスターの記憶を解析。その「猫型ロボット」の「四次元ポケット」のイメージに近いと推測されます。》
「成程」
無限図書館の高性能さに改めて感心する。これがあれば、知識面で困ることはまずないだろう。その頼もしい機能に内心で深く頷き、俺は思考を切り替えて、目の前に続く長い階段へと再び意識を集中させた。
その階段は、このダンジョンに入ってきたばかりの頃に見たものと似ており、壁自体がぼんやりと発光していて明るい。だが、大きく違うのは、ここまでモンスターの気配が全くしないことだった。
(神獣ではあるが四聖獣である「玄武」「青龍」「白虎」「朱雀」を倒したんだ。この洞窟も、これで本当に最後だろう)
あの「声」も、ここを【神の試練】とも言っていた。最後には想像を絶する、文字通り「神」の領域の試練が待ち構えているのだろう。
そんなことを考えながら、俺は数時間、ひたすら階段を下り続けた。ひんやりとした空気が肌を撫で、時折、遠くから微かな水の音が聞こえるだけの静寂。やがて、その階段の先に、単なる開けた空間などではない、異質な気配を感じ始めた。
そして、永い降下の果てに、ついにその場所へとたどり着いた。
階段の終着点に広がっていたのは、これまでのような岩肌剥き出しの空間ではなかった。そこは、まるで神殿の最奥とでも言うべき、荘厳な雰囲気を持つ広大な空間だった。そして、その空間の奥に鎮座していたのは――ただの巨大な扉などではなかった。
それは、天を仰ぐほどの高さを持つ、漆黒の巨門だった。素材は見たこともない、星々を練り込んだかのような深淵の黒。まるで夜空そのものを切り取ってきたかのように、無数の星々が扉の表面で微かに、しかし確かに瞬いている。扉には、理解不能な古代文字が、それ自体が力を持つかのように金色に輝きながら刻まれ、まるで生きているかのようにゆっくりと脈動していた。
その威容は、畏怖の念すら抱かせる。これまでのダンジョンで見慣れた無機質な扉とは明らかに異質で、神聖なオーラと、底知れない強大な力が封じ込められていることが、肌で感じられた。鼻先には、金属とも星屑ともつかない、冷たく清浄な鉱物の匂いが漂い、足元の石畳からは、ズン…ズン…という、まるで巨大な心臓の鼓動にも似た微かな振動が絶えず伝わってくる。
扉の周囲には、まるで意思を持つかのように渦巻く、濃密な魔力の奔流が幾重にも重なり合っている。その中心に、鈍く光る鍵穴が一つだけ存在していた。それは、先ほど手に入れた〈終焉の鍵〉が、まるで吸い寄せられるように嵌ることを予感させる形状をしていた。
これが、【神の試練】の最終関門。四神を打ち破った先に待つ、最後の試練の扉。
その圧倒的な存在感は、これまでの全ての戦いの重みを凌駕し、これから挑むであろう、想像を絶する試練を静かに物語っていた。




