不死者の王リッチ、魂を賭した死闘
(不死者の王座…やはり、リッチか!)
全身の毛が逆立つような、強烈なプレッシャーだ。過去のトラウマが、心の奥底で囁きかける――お前には無理だ、と。だが、俺はもうあの頃の無力な俺じゃない。この手には頼れる相棒〈エクソルシウム〉と、積み重ねてきた力がある。恐怖に心が凍りつきそうになるのを、奥歯を噛み締めて押し殺し、俺は〈エクソルシウム〉の柄を強く、強く握りしめ、深呼吸一つ。聖剣が放つ微かな温もりが、この邪悪な気配の中で唯一の救いのように感じられる。準備は万端だ。
「さて、お手並み拝見といこうか、不死者の王とやら」
次なる戦いへの覚悟を決め、俺は黒い大扉に手をかけた。ひんやりとした氷のような冷たさが掌に伝わり、扉の奥からズズ…という地を這うような微かな振動と、それに共鳴するかのような低い唸り声、あるいは何者かの呻き声のようなものが、扉越しにかすかに聞こえてくる。扉の表面に刻まれたルーンが、俺の接近に反応したかのように、一度だけ禍々しく脈打った。その瞬間、夥しい数のルーンの一箇所、中央に描かれた目のようにも見える文様が、ほんの一瞬だけ、まるで生きているかのようにぬらりと蠢いたのを、俺は見逃さなかった。
(何か、仕掛けがあるのか…?)
構わず、扉を押し開ける。
ゴオォォ…! 淀んだ死の空気が、まるで意思を持った奔流のように俺に襲いかかった。鼻腔に凝縮された腐臭とカビ、そして微かな鉄錆の匂いが叩きつけられ、一瞬息が詰まる。
目の前に広がったのは、途方もなく広大な円形の広間だった。磨き上げられた黒曜石のような床は、おぼろげな紫の光を鈍く反射している。壁には無数の骸骨が、まるで壁面装飾のように埋め込まれ、その虚ろな眼窩がこちらを見つめているようだ。遥か高いドーム状の天井からは、巨大な鉄製のシャンデリアが何本もの鎖で吊るされ、その燭台に灯る無数の紫色の炎が、広間全体を不気味に揺らめきながら照らし出し、床に影絵のような模様を描いている。
そして、広間の中央。そこには複雑怪奇なルーンが幾重にも描かれた巨大な魔法陣があり、その中心から禍々しい黒紫の魔力が、まるで間欠泉のように間断なく立ち昇っていた。
その魔力が、ゆっくりと、しかし確実に凝縮し、人型を成していく。最初に現れたのは、骨と皮ばかりに痩せこけた両手。ローブの袖から覗くその指が、まるで生きているかのように微かに蠢く。次いで、髑髏の顔。眼窩には、魂を吸い込むような冷たい深紅の光が、ゆらりと灯った。豪華だがところどころが擦り切れた黒いローブと、肩から背を覆う豪奢なマントを纏い、その片手には先端に禍々しい紫黒の宝石が埋め込まれた歪な杖を握っていた。
リッチがゆらりと杖を掲げる。ほんの僅かな動作だが、その先端の宝石が禍々しい光を増し、リッチの周囲に五つの魔法陣が、空間そのものに亀裂を入れるように、一つ、また一つと、まるで時を測るようにゆっくりと展開されていく。魔法陣が完成に近づくにつれ、周囲の空気が重く圧し掛かり、壁の骸骨がカタカタと微かに鳴動する。それぞれが異なる属性の危険な魔力を練り上げ始めるのが、肌を刺すような感覚で伝わってくる!
〈リッチ〉だ。それでも、俺は冷静に鑑定を発動する。
名称: 〈リッチ(Lich) - エルダーフォーム〉
分類: アンデッド(魔物種/不死属性)
希少度: ★★★★☆
HP: 約1500 MP: 約2000
弱点: 聖属性攻撃、秘術封印(封印属性)、フィロストーンの破壊
行動特性: 強力な複数詠唱魔法。自身に「魔力結界」。HP50%以下で「魂の共振」(一時回復+バフ)。戦闘中「アンデッド再生」(HP微量回復)。
備考: 元魔導師、魂を宝珠に封じ不死化。フィロストーン破壊で真の討伐可能。討伐後「魂晶片」ドロップ。
(フィロストーン…魂の宝珠か。あれを壊さない限り、こいつは倒せないってことだな!)
リッチは声を発することなく、ただその深紅の眼光を俺に向け、無言の圧力を放ってきた。その髑髏の顎が微かに動き、まるで嘲笑を浮かべているかのように見えた。次の瞬間、天井から無数の黒い魔力の矢が、文字通り雨のように降り注ぐ!「死の雨」だ!
俺は〈エクソルシウム〉の「破魔の聖域」を瞬時に展開!聖なる光のドームが俺を包み、死の雨を防ぐが、MPが急速に削られていくのが分かる。
(MPの消費が激しいな…それに、この雨、聖域を貫通してくるやつも僅かにある!)
聖域を維持しつつ、俺はステータスを開いて状況を確認した。
HP: 8520/8700
MP: 5150/5800
状態: 正常
「ファイアーボール!」
聖域の中から、最大出力の火球をリッチに叩き込む! リッチは微動だにせず、その身に纏う「魔力結界」が火球を容易く霧散させた。
(やはり結界持ちか! しかも強力だ!)
死の雨が止んだ。一瞬、大地が息をつくかように静まった。シャンデリアの炎が鎮まり、壁の骸骨の音も途絶える。
だが、すぐにリッチは新たな詠唱を開始していた。広間の四隅に設置されていた〈結界維持の黒曜石〉がリッチの魔力と共鳴し、詠唱速度を異常なまでに上げている。
(あの柱か! アレを壊せば…!)
リッチが次に放とうとしているのは、広範囲沈黙魔法「サイレンスフィールド」!
(まずい、詠唱が速すぎる!サイレンスを食らったら終わりだ!)
俺はリッチへの攻撃を中断し、最も近い黒曜石の柱へ〈エクソルシウム〉の聖光刃を叩きつけた!
リッチは無言のまま杖を振るい、俺と柱の間に黒い障壁を出現させた。聖光刃は障壁を突き破り、黒曜石の柱に亀裂を入れた!柱から迸る魔力の残滓が、パチパチと音を立てて消える。指先に一瞬だけ痺れが走った。
リッチの詠唱が一瞬乱れる。その隙を突き、もう一本の柱へファイアーボールを放つ!
リッチは杖を振るい、ファイアーボールを叩き落とすが、その隙に俺は三本目の柱を〈エクソルシウム〉で粉砕! また一つ柱が砕け、背筋に冷たい汗が走った。
(あと一本!)
サイレンスフィールドの発動が間近に迫る! 心臓の鼓動が、まるでひとつひとつカウントダウンを刻むように大きく響く。 俺は最後の柱へ向かって全力で駆ける! リッチは忌々しげに杖の先端を床に打ち付け、ついにサイレンスフィールドの発動を諦め、代わりに無数の骨槍を俺目掛けて射出してきた。
「うおっ!」
数本が鎧を掠め、衝撃で体勢を崩しながらも、〈エクソルシウム〉の聖光刃が黒曜石を貫き、最後の柱が砕け散る。
「……」
再び、一瞬の静寂。骨の轟音が耳の奥にまだ残っている。壁の骸骨からカタカタと響く骨音が、まるで俺の昂ぶる鼓動のように重なり合う。
(今だ!)
疲労で指先が震えるのを押し殺し、俺は全身の力を込めてリッチへと突進した。
(かなり食らったな…それにMPもだいぶ使った。このままで大丈夫か…?)
突進しながら、一瞬だけステータスを確認する。
HP: 7230/8700
MP: 4300/5800
状態: 正常
(まだやれる! フィロストーンはどこだ!?)
鑑定を集中させる。リッチのローブの胸元、肋骨の奥で禍々しい光を放つ、拳大の紅い宝珠! あれが〈フィロストーン〉!
(本当は怖い…だが、この瞬間を逃せば終わる!)
俺は一直線にリッチの胸元目掛けて突貫する!
リッチが杖を床に突き立てると、周囲に黒い衝撃波「死霊波動」が迸る! 俺はそれを〈エクソルシウム〉で受け止め、衝撃に耐えながらも前進を止めない!
リッチが新たな詠唱を始めるが、結界石を失った影響で以前より詠唱に時間がかかっている。俺はリッチの懐に飛び込み、フィロストーン目掛けて聖剣を突き立てた!
ガキンッ!という硬い感触と共に、フィロストーンに亀裂が入る! やったか!?という期待と、まだだ、という焦りが胸を締め付ける。
リッチの全身が激しく痙攣し、眼窩の紅い光が激しく明滅した。言葉にならない、空気を震わせるような苦悶の波動がリッチから迸る!HPも一気に半分近くまで削れた!
だが、リッチは倒れない。フィロストーンから黒いオーラが溢れ出し、リッチの体を包む!「魂の共振」! リッチのHPが急速に回復し始め、その眼窩の紅い光がさらに増す!同時に「アンデッド再生」も発動し、僅かながらHPが継続回復していくのが見えた。
(まずい、回復とバフか!しかも再生持ちとは!)
リッチはフィロストーンを庇うようにローブで隠し、杖を天に掲げ、これまでで最大の魔力を練り上げ始めた。詠唱が凄まじい速度で進み、周囲の空間が歪み、死の気配が部屋の隅々まで満たしていく。壁に埋め込まれた無数の骸骨がカタカタと激しく震えだし、天井のシャンデリアの紫の炎が竜巻のように荒れ狂い、床に踊る影を凶暴に歪ませる。
腕が鉛のように重く、剣を握る指先が痺れてきた。視界が時折霞み、MPもほとんど残っていないのが感覚で分かる。**一秒が、永遠にも感じられるほどの濃密な時間。呼吸すらも忘れてしまいそうだ。それでも…!
(MPが…もたない! 次の攻撃が最後だ、これで決めなければ…!)
俺は〈ハイポーション〉を呷り、一瞬回復したHPを盾に、文字通りけちりながらMPを計算し、最後の力を振り絞り、〈エクソルシウム〉にありったけの聖属性魔力を込める! 剣身が眩い白銀の光を放ち、部屋の闇を切り裂く!
「聖光刃!」
ありったけの想いを込めた一撃を、リッチのフィロストーンが隠された胸元へ撃ち込む! リッチは言葉にならない呻きを上げながらも詠唱を止めない!
光刃がローブを焼き焦がし、ついに再びフィロストーンに到達する!
パキィィィィン!!!
甲高い音と共に、紅い宝珠が砕け散った!
リッチの眼窩の光が急速に弱まっていく。その骸骨の体から力が抜け、ゆっくりと床に崩れ落ちるかのように見えたが、その動きは途中で止まり、やがて静寂だけが残った。
「はぁ…はぁ……終わった…のか…?」
俺はその場に膝をつき、荒い息を繰り返す。〈エクソルシウム〉を杖代わりに床に突き立て、ようやく立ち上がった。広間には先程までの喧騒が嘘のような、絶対的な静寂が戻り、ただシャンデリアの紫の炎がパチパチと燃える音だけが響いている。壁の骸骨のカタカタという音も、いつの間にか止んでいた。俺はしばらくの間、深呼吸を繰り返し、激しかった戦いの余韻と、強大な敵を打ち破った達成感を噛み締めていた。だが、それと同時に、胸の奥底から形容しがたい寂寥感が湧き上がってくる。あまりにも強大な存在を打ち破ったことへの、一種の虚無感かもしれなかった。聖剣エクソルシウムの微かな脈動が、自分の心臓の音と交わるようだった。
(危なかった…本当にギリギリだったな…ポーションもほとんど使い果たした)
リッチが消滅した場所には、いくつかのアイテムが残されていた。
一つは、リッチの魔力が凝縮したかのような黒紫色の結晶片。鑑定すると〈リッチの魂晶片〉(★★★★☆)と出た。高位のアンデッドの素材らしい。
そして、もう一つは黒曜石で作られた鍵。
名称: 〈第二十階層神域への鍵〉
分類: 特殊キーアイテム(★★★★★)
備考: 神獣・青龍が守護する第二十階層への扉を開くための鍵。リッチの魔力によって封印されていた。
(これが、青龍の神域への鍵か…)
そして、最後に一冊の古びた魔導書。表紙には穏やかな光輪を纏う聖印が描かれている。
名称: 〈癒しの光輝・ルミヒール〉
分類: 魔導書/回復系初級呪文書(★★★☆☆)
主な効果: 読むことで“ヒール”の詠唱式を脳裏に刻み、以後呪文詠唱が可能になる。 MP消費: 40 詠唱時間: 2.5秒 効
果範囲: 対象単体のHPを少量回復(基礎回復量:300)。
追加効果: 習得時:「回復魔法効果」への理解が深まり、自身の回復魔法効果が1%上昇(永続)。
備考: 古代の巫女が人々の傷を癒すために用いたとされる、最も基本的な回復魔法。
(回復魔法! これがあれば、ポーションの節約にもなるし、もっと安定して戦える!)
俺は早速〈癒しの光輝・ルミヒール〉を手に取り、その内容を吸収する。ファイアーボールの時と同じように、温かい光と共に呪文の知識が流れ込んできた。
そして、その直後、
『レベルが上がりました』
名前: (前世の名前)
種族: ヒューマン
レベル: 25 → 26
HP: 8700/8700 → 9000/9000 (ポーションとレベルアップで全快)
MP: 5800/5800 → 6000/6000 (レベルアップで全快)
【ステータス】
筋力(STR): S
体力(VIT): S
敏捷(DEX): S
知力(INT): S
魔力(MAG): S
幸運(LUK): S
【スキル】
「鑑定」、「無限インベントリ」、「言霊理解」
【魔法】
「ファイアーボール」、「ヒール」
【称号】 「ゴブリンハンター」、「スライムハンター」、「ウルフスレイヤー」、「神獣殺し」、「スケルトンスレイヤー」、「ゴーストイレイザー」
(よし…レベルも上がって全快か。次への決意も新たになったな)
試しに、自分の腕に軽く傷をつけてから「ヒール」と唱えてみる。掌から柔らかな光が溢れ出し、傷が癒えていくのが分かった。HPも表示通り回復している。
「ふぅ…」
俺は立ち上がり、このリッチのいた広間で、改めて深く息を吐き、しばし休息を取ることにした。
(青龍…玄武、リッチと来て、次はどんな化け物が出てくるんだか。だが、今の俺なら…)
新たな聖剣〈エクソルシウム〉と、攻撃魔法、そして回復魔法。手に入れた力を確かめるように拳を握りしめ、俺は次なる第二十階層への挑戦を見据えた。




