腐臭漂う階層と始まりの火球
神獣玄武を倒し、新たな力と次なる領域への鍵を得た俺は、消耗した心身を少し休ませた後、封印の間の中央に出現した下層へと続く荘厳な石の階段を降りることにした。
再び、永遠に続くのではないかと思えるような螺旋階段を数十分。ようやくたどり着いた新たな階層――おそらく第十一階層だろう――は、上の階層とは雰囲気が一変していた。先ほどまでの通路は青白い神秘的な光で満たされていたが、ここは光源が極端に少なく、見えないとまではいかないものの、かなり薄暗い。そして何より、鼻をつくのは強烈な腐臭と、湿ったカビの臭いだった。
(アンデッド系のモンスターでも出るのか…?)
敵を警戒しつつ通路を探索していると、前方からペタ、ペタ…と濡れた床を叩くような不気味な足音が聞こえ始めた。それと同時に、腐臭が一層強くなる。音の主の正体が、嫌でも分かってしまった。
やがて暗がりから姿を現したのは、まさしく俺の知識にある「ゾンビ」だった。人の形はしているものの、体は腐り落ち、所々骨が露出し、髪の毛は抜け落ちている。よくその体裁で動けるものだと感心するほどに崩れた体で、焦点の定まらない濁った目でこちらを捉え、ゆっくりと近づいてくる。
鑑定ウィンドウを瞬時に展開する。
名称: 〈ゾンビ(Zombie)〉
分類: アンデッド(魔物種/不死属性)
希少度: ★★☆☆☆(序盤で最も多く遭遇)
サイズ: 標準的な成人男性体型相当
HP: 約120
弱点: 頭部(脳)、聖属性、火属性
行動特性: ゆっくりとだが粘り強く追撃。突進攻撃や掴みつきダメージ。ダメージを受けても一度だけ自動復活(低確率)。
備考: 通常は単体行動だが、大群になると囲い込みを狙う。一部個体は「腐食臭」で装備耐久を削る攻撃を持つ。
(弱点は頭部、聖属性、火属性か。聖属性は無理だが、火なら!)
俺は〈フレイムアークソード〉を抜き放つ。ゾンビは複数体いたが、その動きは鈍重そのもの。炎をまとった剣の一振りで、一体目の頭部をカチ割る。…しかし、頭半分を失ったはずのゾンビが、なおも不気味に腕を伸ばしてくる!鑑定にあった「自動復活」か!?咄嗟に剣を突き立て、脳漿を撒き散らしながら完全に動きを止める。他のゾンビたちが「ウゥ…」と低い唸り声を上げ、さらにこちらへ迫ってくる。一体が掴みかかろうとしてきた腕を切り飛ばし、がら空きになった頭部を炎で貫く。
数分後、全てのゾンビが黒焦げの肉塊と化し、今度こそ動きを止めた。戦闘後、強烈な腐食臭が鼻に残る。ふと見ると、身に着けていた〈シャドウレザーアーマー〉の表面が僅かに変色し、耐久力が少し削がれたような気がした。
(あの腐食臭には、そういう効果もあるのか…。面倒だな)
ゾンビを難なく倒した後、ふと俺は思い出す。そういえば、このダンジョン探索に夢中になって忘れていたが、最初の目的は洞窟で安全に一夜を明かすためだったはずだ。それがいつの間にか、神々の遺跡なるものを攻略中とは。
(我ながら、少し行き当たりばったりが過ぎるかな…)
苦笑しつつも、すぐに考えを改める。異世界を自由に生きるためには、何よりも強さが必要だ。ましてや、この先も冒険を続けていきたいと思っているのだから、この遺跡で手に入るアイテムや装備、そして経験は必ず役に立つはずだ。これは自分を強くするための試練なのだと、そう自分に言い聞かせ、俺は再びダンジョン探索に戻るのだった。
そこから第十五階層に至るまでの道のりは、まさにアンデッドモンスターのオンパレードだった。
剣や弓で武装し、集団で襲いかかってくる〈スケルトン〉。
名称: 〈スケルトン(Skeleton)〉
分類: アンデッド(魔物種/不死属性)
希少度: ★★★☆☆(序盤~中盤のトンネルや墓所に出現)
サイズ: 成人男性の骨格そのまま
HP: 約100
弱点: 骨盤・関節部、打撃、聖属性 行動特性: 片手剣/両手剣や弓矢を装備。集団での連携攻撃を得意とする。槍を構えるタイプは突進で足止め。
備考: 骨が砕けると「砕け骨」が素材ドロップ。「骨の矢束」を矢素材として回収可能。
鑑定で弱点が「打撃」と「関節部」と分かっても、炎を纏った剣で骨を砕き、あるいは関節を的確に斬り飛ばして対処した。奴らがドロップする「砕け骨」や「骨の矢束」は、何かの役に立つかもしれないと無限インベントリに放り込んでおく。
物理攻撃がほぼ効かない半透明の〈ゴースト〉には最初こそ戸惑ったが、
名称: 〈ゴースト(Ghost)〉
分類: アンデッド(霊体種/不死属性)
希少度: ★★★☆☆(序盤~中盤の古城や祭壇に出没)
サイズ: 人間大の半透明の霊体
HP: 約80 弱点: 聖属性、風属性(一時的に実体化したとき)
行動特性: 物理攻撃はほぼ無効(フェーズ移動)。接触すると「呪い付与」や「恐怖付与」。消滅後に「影の残滓」を残す。
備考: 「霊力結晶」をアイテムドロップ。一部高位個体は時間停止フィールドを展開。
鑑定で「風属性」や「聖属性」が弱点であること、そして「一時的に実体化する瞬間がある」ことを見抜いてからは対処可能になった。〈フレイムアークソード〉の炎が、奴らが実体化した瞬間には有効打となり得た。倒した後に残る「影の残滓」や稀にドロップする「霊力結晶」も回収していく。
これらのアンデッドモンスターを倒し続けても、レベルは24からピクリとも上がらなかった。しかし、確実に戦闘経験は蓄積され、称号には「スケルトンスレイヤー」と「ゴーストイレイザー」が追加された。
道中、〈セレスティアルルーンマップ〉の示す隠し部屋からは、いくつかの武具も手に入れた。例えば、頑丈そうな〈スチールチェインメイル〉。早速鑑定してみる。
名称: 〈スチールチェインメイル〉
分類: 金属鎧/胴装備(★★☆☆☆)
防御力: 物理防御+30、斬撃耐性(小)
備考: 標準的な鋼鉄製の鎖帷子。重量はあるが、革鎧より防御力が高い。手入れを怠ると錆びやすい。
(なるほど、物理防御は上がるが重いのか。今の〈シャドウレザーアーマー〉は軽快さが利点だし、悩むな…)
とりあえずインベントリにしまい、次に指先までしっかり保護してくれる〈アイアンガントレット〉を見つけたので、これも鑑定。
名称: 〈アイアンガントレット〉
分類: 金属鎧/腕装備(★★☆☆☆)
防御力: 物理防御+15、打撃耐性(微)
備考: 鉄製の篭手。指先の保護に優れるが、細かな作業には不向き。
(これも悪くないな。今の皮の篭手よりは確実に硬い)
俺はこれまでの装備と比較しつつ、有効そうなものは身に着け、そうでないものは無限インベントリへと収納していった。その他にもいくつかの良質なポーション類や素材も手に入った。
そして、第十五階層の最深部と思われる場所。そこにあった隠し部屋の宝箱から、ひときわ異彩を放つ一冊の本を見つけた。
(これは…魔導書か?)
表紙には古代炎竜族が鍛えたとされる“炎の詠唱ルーン”が刻まれ、本の端が微かな燐光を放っている。俺はそれを手に取り、鑑定した。
名称: 〈炎の導師書・イグニスグラモン〉
分類: 魔導書/攻撃系初級呪文書(★★★☆☆)
主な効果: 読むことで“ファイアーボール”の詠唱式を脳裏に刻み、以後呪文詠唱が可能になる。
MP消費: 60
詠唱時間: 3秒 効果範囲: 直径約2mの火球を飛ばし、命中地点で半径1.5mの範囲を炎属性ダメージ(基礎火ダメージ:200)
クールタイム: 5秒
追加効果: 習得時:「火属性耐性」への理解が深まり、火炎攻撃を受けた際のダメージを2%軽減(永続)。書中には基本的な詠唱詠み上げ術やマナ制御のコツが収録。
閲覧制限: 初心者向け(詠唱補助ルーン付き)。
備考: 古代炎竜族が鍛えたとされる“炎の詠唱ルーン”が表紙に刻まれている。書の端に微かな燐光が灯り、習得者の熱意に反応して明滅する。
(やはり! これを読めば、俺もついに魔法が使えるようになるのか!)
逸る心を抑え、俺はいつものように近くの安全な隠し部屋に避難し、魔導書を読もうと試みた。表紙に手を触れた瞬間、魔導書が表紙の炎竜ルーンを中心に、刻まれた全てのルーンが一斉に真紅の光を放ち、眩い光を放ち始めた。驚く間もなく、本の内容――詠唱式、マナの流れ、イメージの固定法などが、膨大な情報となって直接頭の中に流れ込んできたのだ。
光が消え、魔導書が普通の本に戻った後、俺はおもむろに目の前の壁に向かって右手をかざし、習得したばかりの呪文を唱えてみた。
「ファイアーボール!」
瞬間、右手から放たれたのは、およそ初級魔法とは思えない、直径数メートルはあろうかという巨大な火球だった。それは轟音と共に壁に激突し、爆炎を上げて周囲約10メートル以上を抉り取るように破壊した。衝突点の壁や床は一瞬で蒸発し、空気中に漂っていた微細な埃すらも熱波で消し炭になったかのようだ。周囲の空気が焼けつくように熱い。
「……」
唖然として、自分がやったことを見つめる。
(…もしかして、「魔力(MAG):S」のおかげで、威力がとんでもないことになってるのか…?)
破壊された壁の残骸を見て、申し訳ない気持ちになる。ただ、この一撃で、ファイアーボールを使う際の体内の魔力の流れ、その感覚のようなものが掴めた。
今度はまだ壊れていない壁に手をかざし、体内に流れる魔力量を意識的にコントロールする。最小限の魔力で、先ほどとは比べ物にならないほど小さな火球をイメージして、再び唱える。
「ファイアーボール」
今度こそ、ラノベやアニメで見たような、初心者向けのイメージ通りの大きさの火球が放たれ、壁にパチンと音を立てて当たった。威力は抑えられたが、確実に発動している。
(よし、今度は失敗しなかった。魔力制御、大事だな)
新たな力を手に入れ、俺は満足げに頷いた。
「ステータスオープン」
名前: (前世の名前)
種族: ヒューマン
レベル: 24
HP: 8400/8400
MP: 5600/5600
【ステータス】
筋力(STR): S
体力(VIT): S
敏捷(DEX): S
知力(INT): S
魔力(MAG): S
幸運(LUK): S
【スキル】
「鑑定」、「無限インベントリ」、「言霊理解」
【魔法】
「ファイアーボール」
【称号】 「ゴブリンハンター」、「スライムハンター」、「ウルフスレイヤー」、「神獣殺し」、「スケルトンスレイヤー」、「ゴーストイレイザー」
(うん、新しく「魔法」の欄ができて、「ファイアーボール」が追加されてるな。これで戦術の幅も広がるはずだ)
俺は魔導書を無限インベントリにしまい、次なる階層へと向かう決意を新たにするのだった。




