第十階層の試練、神獣玄武
(星、六つ…!? やっぱりボス部屋で間違いなさそうだ。しかも「神獣守護域」だって?…おいおい、神獣ってなんだよ、神の獣か? ヤバそうな響きしかしねぇぞ…)
鑑定結果が、この先の戦いがこれまでの比ではないことを物語っている。俺はゴクリと唾を飲み込み、無限インベントリから〈神門開扉石〉――あの白骨遺体が持っていた、第七遺門の鍵――を取り出した。この大扉が、その第七遺門なのか、あるいはこの石がより広範な神門に作用するのか。今は確かめようもない。ただ、これを使うしかない。扉の中央にある窪みにそれを嵌め込むと、石は吸い込まれるように収まり、ズズズ…と地殻が擦れるような、あるいは世界そのものが軋むような重低音を響かせながら、黒曜石の巨大な両扉がゆっくりと、内側へと開いていく。
扉の先は、「封印の間」とでも呼ぶべき、途方もなく広大なドーム状の空間だった。磨き上げられた黒曜石のような床がどこまでも続き、遥か高い天井には、まるで夜空を封じ込めたかのように無数の星辰を模したルーン文字が明滅し、神々しいまでの静謐な光を投げかけている。足元に広がるのは、生命の螺旋か、銀河の渦か、複雑怪奇な紋様を描く巨大な魔法陣。その全てが、この空間がただならぬ場所であることを示していた。
空間の中央、魔法陣の中心には、小山と見紛うほどの巨影が静かに鎮座していた。それは風化した岩山にも似た、巨大な亀。その甲殻は幾星霜もの時を刻んだかのように古び、苔むしているかのようにも見えるが、同時に神々しいまでの威厳を放っている。それはまるで、世界の始まりからそこに存在していたかのように、時の流れから切り離されたかのように、絶対的な沈黙を守っていた。〈セレスティアルルーンマップ〉も、この空間では奇妙に反応が鈍く、中心存在の正確な情報を示すのを躊躇っているかのようだ。
俺が息を殺し、慎重に一定の距離まで足を踏み入れた瞬間、空間全体の空気がビリビリと震え、足元の魔法陣が一際強く輝いた。そして、石像かと思われたその巨影が、ゴゴゴ…という地鳴りのような音と共に、ゆっくりと、本当にゆっくりと、大蛇のようにも見える太く長い首を持ち上げたのだ。その動き一つ一つが、世界の法則を揺るがすかのような重みを伴っている。やがて、二つの深淵を覗き込むような、蒼く冷たい光を宿した瞳が、寸分違わず俺を捉えた。
その途方もない存在を、俺は全身全霊で鑑定する。目の前に展開された鑑定ウィンドウは、これまでのものとは比較にならないほど巨大で、そこに表示される情報もまた、息を呑むほどに詳細かつ圧倒的なものだった。まるで、この存在の格を反映するかのように、ウィンドウ自体も荘厳なオーラを放っているかのようだ。
名称: 〈神獣・玄武〉
属性: 土/水/結界
分類: 神性存在(★★★★★★)
能力: 重力結界、反射障壁、時間遅延フィールド、封印障壁、水流操作、地脈操作、絶対防御甲殻
備考: 世界の理を護る四神の一柱。北方を守護し、万物の安定と封印を司る。その甲殻はあらゆる物理的・魔術的攻撃を無効化し、その意思は空間の法則、果ては時間すら歪める。
(六つ星…神性存在…! 能力の数が多すぎるし、備考がもう意味不明なレベルだ!)
そのあまりの格と規格外の能力に、背筋が凍る。玄武は口を開くことなく、宇宙の深淵から響くような、重々しく荘厳な声が直接、俺の精神に語りかけてきた。
『汝、無限を欲し、力を誇る者よ。されど、その手は世界の理にすら触れんとする……その重さに耐える覚悟、その魂にあるというのか?』
その言葉を合図に、空間全体の空気が張り詰め、厳粛な試練の幕が静かに上がった。玄武の周囲に、目に見えないが肌で感じるほどの濃密なエネルギーが渦巻き、何重もの絶対的な障壁が形成されるのが気配で分かる。
玄武はなおもその場から動かない。だが、その全身を覆う甲殻が深緑の幽玄な光を放ち始め、あらゆる攻撃を拒絶する強力無比な防御結界と、こちらの力を利用して反撃する反射障壁を展開しているのが鑑定で明らかになる。
「舐めるなよ…!」
俺は〈フレイムアークソード〉を抜き放ち、Sランクの筋力を込めて炎を最大限に纏わせた斬撃を叩き込む! しかし、キィィン!という甲高い金属音とも岩石の摩擦音ともつかない轟音と共に、俺の渾身の一撃は虚しく弾かれ、凝縮された炎の衝撃波が勢いを増して俺自身に襲い掛かってきた!
「ぐっ…! これが反射障壁か!」
咄嗟に盾で受け流し、爆風で後退する。物理攻撃も、炎の魔法部分も、全く通用する気配がない。まさに鉄壁、いや、神壁とでも言うべき防御力だ。下手に手を出せば自滅しかねない。
(どうする…!? このままじゃジリ貧だ!)
鑑定スキルを酷使し、神経を極限まで集中させる。すると、玄武の腹部、分厚い甲殻のさらに奥深くに、ごく小さな点滅する光――〈障壁共鳴核〉が存在することを突き止めた。そして、その周囲の甲殻が、呼吸するように、あるいは脈動するように、ごく僅かな時間だけ、微細な隙間を開閉させていることにも気づいた。
(あそこだ! あの瞬間に叩き込む!)
全身のバネを使い、反射される攻撃の嵐を紙一重で掻い潜りながら、玄武の巨体へと肉薄する。周囲の空気が重く、まるで粘性の高い液体の中を進むようだ。それでも、俺は止まらない。一瞬だけ開いた腹下の甲殻の隙間に、コマ送りのように見える世界の中で、滑り込む!
「おおおおおっ!」
至近距離から〈フレイムアークソード〉の切っ先をねじ込み、物理的な破壊力と炎熱の魔力を一点に凝縮させた渾身の“複合属性攻撃”を叩き込んだ!
「グオオオオオッ……!」
玄武の巨体が初めて大きく揺らぎ、甲殻の奥深くで何かが砕け散る鈍い感触が剣を通して伝わってくる。神獣が、初めて明確な苦悶の咆哮を上げた(ように感じた)。周囲に張り巡らされていた絶対的な障壁が、陽炎のように揺らぎ、その輝きを失っていく。
だが、安堵する暇はなかった。最初の核を破壊された玄武が、ついにその山のような巨体を持ち上げ、大地を揺るがしながら立ち上がったのだ! ドォォン!という轟音と共に、巨大な岩石のような前脚が振り下ろされ、俺が先ほどまでいた場所がクレーターのように陥没する!
「うおっ、危ねぇ!」
間一髪で避けるが、床全体に凄まじい圧力が走り、強力無比な重力結界が展開された。体が鉛を飲み込んだかのように重く、呼吸すらままならない。鑑定すれば、このフィールド効果はマップの表示機能すらバグらせるほどの超広範囲“重力場フィールド”と表示された。
(体が…動かん…! これが神の力か…!)
敏捷Sのステータスをもってしても、動きは普段の十分の一にも満たない。玄武の緩慢だが、その巨体故に広範囲かつ圧倒的な質量を持つ踏みつけ攻撃を避けるだけで精一杯だ。〈シャドウレザーアーマー〉の軽量さと、Sランクの体力(VIT)がなければ、一撃で圧殺されていただろう。
(それでも…狙いは脚だ!)
鑑定で左前脚の関節付近、分厚い甲殻の下に新たな結界核が形成されているのを確認。この重力下で無理な機動は自殺行為だ。だが、俺にはALL-Sのステータスと「不屈の精神」がある! 最小限の動きで攻撃をいなし、フェイントを幾重にも織り交ぜ、一瞬の隙をこじ開ける。そして、ありったけの魔力を収束させた〈フレイムアークソード〉の突きを、その結界核に叩き込んだ!
バキィィィン!という甲高い破壊音と共に核が砕け散り、俺を縛り付けていた重力場が嘘のように霧散した。
「グウウオオオオオオオオオオンンン!!」
立て続けに二度も核を破壊され、神獣玄武が天を衝くような、真の怒りを込めた咆哮を上げた(ように感じた)。その瞬間、玄武の属性が土から水へと切り替わるのを鑑定で確認。直後、玄武の甲羅の隙間という隙間、そして大きく開かれた口から、凄ましい水圧を伴った濁流と、無数の水圧弾が噴出され始めた!
「なっ…!?」
回避する間もなく、封印の間は瞬く間に濁流に飲み込まれ、水位が急速に上昇していく。足元は完全に水で覆われ、もはや水中戦、あるいは激流の中での戦いを強いられる。さらに厄介なことに、一定時間ごとに破壊したはずの“結界再生”が発動し、玄武の周囲に薄い水の障壁が再構築されようとするのだ。
(まずい、再生される前に、畳みかけるしかない!)
俺は水中での凄まじい抵抗を物ともせず、〈フレイムアークソード〉を渾身の力で振るう。炎の刃が濁流の中で激しく蒸気を発生させ、ジュウウウッ!という音と共に周囲の水を沸騰させる。時折、高圧の水弾と炎の刃が接触し、小規模ながら指向性を持った蒸気爆発が起こる。その爆風と熱波、そして衝撃を巧みに利用し、鑑定で特定した玄武の甲羅内部、心臓付近にあると思われる更なる反応核にダメージを蓄積させていく。
そして、ついに勝機が見えた! 玄武が連続する蒸気爆発に怯んだ一瞬、その首ががら空きになる。
「もらったぁっ!!」
俺は懐から〈スチールスピア〉を取り出し、無限インベントリからありったけの魔石を握りしめてそのエネルギーを槍に注ぎ込み、Sランクの筋力の全てを込めて投擲した!槍は水流を切り裂き、沸騰する蒸気を貫き、一閃の光となって玄武の首筋、わずかに甲殻が薄くなっている最後の結界核へと、寸分違わず突き刺さった!
「ギャアアアアアアアアアアア…………ッッ!!」
これまでとは比較にならない、魂の奥底から絞り出すような断末魔の絶叫が、広大な封印の間に響き渡る。神獣玄武の巨体が大きく痙攣し、その体から力が抜けていくのが分かった。そして、ゆっくりと、しかし確実に、その巨体が傾き始める。
玄武が完全に崩れ落ち、その存在が粒子となって消えゆく寸前、再び荘厳な声が、今度はどこか労わるような響きをもって、俺の意識の中に直接流れ込んできた。
『見事なり、人の子よ……汝の不屈の魂、その力を認めよう……汝の道に、理を与えん……この世界を、真に理解する者として……』
その言葉と共に、消えゆく神獣の身体から二つの眩い光が分離し、俺の目の前に静かに降り立った。一つは黒曜石のような輝きを放つ石、もう一つは純粋な知識の奔流となって俺の魂に流れ込む感覚だった。
そして、どこからともなく、あの聞き慣れた声が響いた。
『レベルが上がりました』
名前: (前世の名前)
種族: ヒューマン
レベル: 19 → 24
HP: 6900/6900 → 8400/8400
MP: 4600/4600 → 5600/5600
【ステータス】
筋力(STR): S
体力(VIT): S
敏捷(DEX): S
知力(INT): S
魔力(MAG): S
幸運(LUK): S
【スキル】
「鑑定」、「無限インベントリ」、「言霊理解」
【称号】 「ゴブリンハンター」、「スライムハンター」、「ウルフスレイヤー」、「神獣殺し」
(レベルが一気に5も上がった…! さすがに神獣は経験値が凄いな。それに、新しい称号「神獣殺し」か。物騒だが、まあ、その通りだな)
そして、目の前の光が形を成す。
【獲得アイテム・スキル】
●アイテム:〈神門開扉石〉
分類: 結界解除用キー・ルーンストーン(★★★★☆)
用途:
神域や神獣が守護する扉を解錠するためのキー。
特定のルーン構文を持つ神代扉と連動し、任意の“神門”を開放する。 備考: この石は「青龍守護域」への道を開く。
●スキル:〈言霊理解〉
分類: 言語・文法スキル(★★★☆☆)
効果:
異世界のあらゆる文字体系(古代文字/神聖文字/魔法語/召喚語など)を完全理解・翻訳。
(また〈神門開扉石〉か。今度は「青龍守護域」…やはり、この遺跡にはまだ先があるんだな。そして、〈言霊理解〉! これであの〈神々の遺跡指針録〉が読めるかもしれない!)
これはとてつもない収穫だ。玄武との戦いは熾烈を極めたが、得られたものはそれ以上に大きい。
玄武が完全に消え去った後、封印の間の中央、玄武が鎮座していた巨大な魔法陣がその輝きを一層強め、その中心部が静かに沈み込み始めた。やがて、ゴゴゴ…という地響きと共に、そこには下層へと続く、渦を巻くような荘厳な石の階段が現れたのだ。
おそらく、これが次の「青龍守護域」へと続く道なのだろう。
俺は深く息を吐き、消耗した体力と魔力を感じながらも、新たな力と知識への期待に胸を高鳴らせた。
(青龍…今度はどんな化け物が待っているんだか)
軽く笑みを浮かべ、俺は次なる試練の地へと意識を向けた。




